第0章:[一九九九年の闘い](1/1)
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西暦一九九九年……
この年になって突如として現れた敵、それは自らをローマ神話に伝わっている軍神マルスを名乗る者。
火星士(マーシアン)という昆虫をモチーフにした鎧を纏う闘士を操り、アテナと聖闘士に挑んで来た。
火星士を排除しながら、星矢達はマルスの四天王やマルス本人と対峙。
戦闘になる。
そしてその戦闘を見ている者が居た。
ユート・スプリングフィールド──またの名を緒方優斗という少年である。
闘いには参加出来ない。
あの場に行っても役に立たない処か、足手纏いにしかならないからだ。
小宇宙は一般青銅聖闘士より高いが、肉体的に見れば単なる年齢一桁の子供に過ぎず、総合的には初期の頃の星矢と変わらない。
纏う聖衣は窮めて黄金に近しい青銅聖衣だが、聖衣だけが強くても意味などありはしないのだ。
悔しいが何も出来ない、それが故にせめてユートは記録をしていた。
この闘いが自身の嫌いな連中に利用されない様に、聖闘士の闘い、星矢達の命の煌めきが此処に在ったという証拠を残すべく……
そしてカメラの向こう側では、数名の黄金聖闘士と何名かの白銀聖闘士、十名程度の青銅聖闘士が闘っておる、黄金聖闘士の中には双子座の聖闘士が居る。
双子座の優斗。
もう一人の緒方優斗。
未来の優斗が一度のみ、ユートの前へと姿を現したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
射手座・サジタリアスの星矢、天秤座・ライブラの紫龍、水瓶座・アクエリアスの氷河、乙女座・バルゴの瞬、獅子座・レオの一輝と共に双子座・ジェミニの優斗はマルスの四天王と闘っていた。
また、マルスの火星士(マーシアン)を相手取って闘っているのは、白銀聖闘士からは蛇遣い座・オピュクスのシャイナと鷲座・イーグルの魔鈴、ヘラクレス座のカシオス、
南十字座・サザンクロスの一摩、祭壇座・アルターの玄武。
青銅聖闘士からは一角獣星座・ユニコーンの邪武、カメレオン星座のジュネ、大熊星座・ベアの檄、海蛇星座・ヒドラの市、小獅子星座・ライオネットの蛮、狼星座・ウルフの那智。
冥王ハーデスとの聖戦、あれから九年しか経ってはおらず、未だに大した人数が揃っていない。
嘗ての黄金聖闘士達は、既に全滅している。
白銀聖闘士も青銅聖闘士との同士討ちにより殆んどが全滅し、昔に童虎の弟子をしていた玄武、そして新しく白銀聖闘士に任ぜられた一摩のみ。
新しい青銅聖闘士も未だに育ってはいない。
紫龍と春麗の養い子である翔龍は、聖衣こそ授かっていたもののマルス本人や四天王と闘える訳もなく、各地で暴れる火星士と戦闘をしていたし、
暗黒聖闘士だった暗黒ペガサスも孤軍奮闘をしている。
雑兵達は数百人規模で居るがこの場で闘うには能わない為、闘いが全く出来ない一般人の避難誘導に努めていた。
火星士(マーシアン)との闘いを白銀聖闘士、青銅聖闘士に任せた黄金聖闘士の六人は、マルスの四天王を相手に各々が一対一の闘いで苦戦を強いられる。
マルス四天王、大地を操るロムルスには紫龍が激戦を繰り広げていた。
ウェルカーヌスに対し、氷河は極光処刑(オーロラエクスキューション)で、絶対零度すらも焼き尽くす勢いのバルウス・デフラーヴァンに対抗している。
バックスは自らの小宇宙で生み出す酒を飲み干し、酔拳の如くトリッキーな動きで翻弄してくるが、一輝はそれを躱しながら機会を待ち鳳翼天翔で迎撃した。
四天王の紅一点、ディアーナに瞬は星雲嵐舞(ネビュラ・ストーム)を放ってライトニング・マジックを相殺する。
そして星矢と優斗は強敵であるマルスに、聖闘士の矜持をかなぐり捨てて二人で攻撃をしていた。
アテナ──城戸沙織も、自らが【アテナの聖衣】をその身に纏い、勝利のニケを右手で翳すと光を放ち、四天王へと封印の矢と成して撃ち込んだ。
力を減衰された四天王、彼らは黄金聖闘士達に吹き飛ばされてしまう。
マルスをも二人は抑えており、勝利を目前としていたがそれを覆すべく墜ちてくる闇の隕石。
ユートはそれを見て──〝視て〟確信した。
「力の在処……その源!」
気付くと双子座の優斗が此方を見遣り、そして正しいのだと言わんばかりに彼は──未来の自分は頷く。
カメラを雑兵に預けて、ユートは駆け出した。
あの闇の隕石を操るであろう、その繰り手が居ると思われる場所へ。
音速を越え、その館へと辿り着いたユートは内部に入り込む。
「見付けたぞ、お前がこの聖戦の元凶か!」
「莫迦な……どうしてこの場所が?」
「力を使えば痕跡がどうしたって残る。僕はそれを視る事に長けているんだ!」
「くっ!」
それは黒髪の女だった。
小宇宙こそ膨大だったのだろうが、先程の強大なる闇の隕石を召喚した影響なのか、闘う力が残っている様にも見えない。
「己れ! アモール!」
「はい、姉上」
黒光りし、赤い線を持つ鎧に身を包む逆立つ金髪の少年が、女の前に出た。
「お前は!?」
「私は上級火星士(ハイマーシアン)……コーカサスのアモール」
火星士が昆虫絡みの名前を持つ事は知っていたが、上級火星士(ハイマーシアン)というのは初耳だ。
まあ、名称からして普通の火星士(マーシアン)より上の存在なのだろう。
「僕は青銅聖闘士(見習い)麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗!」
「フッ、青銅聖闘士(ブロンズ)が上級火星士(ハイマーシアン)である私に勝てるとでも?」
「青銅聖闘士とはいえど、白銀聖闘士や黄金聖闘士に匹敵する者は居る。強さは何も聖衣の色だけで決まる訳じゃ……ないっっ!」
拳を揮うが、アモールは軽く片手で受け止め……
「成程、強さは聖衣の色だけで決まる訳ではない……ですか。至言ですねぇ」
その侭、腕を挙げて天井へと投げ飛ばしてしまう。
「ですが、実力が伴わねば唯の戯れ言に等しい!」
「ガハッ!」
今のユートは自身の能力の一つ、【千貌】を使って姿形だけは一四歳くらいに見せている。
これは麒麟星座(カメロパルダリス)を纏う為だ。
だが然し、リーチは伸びているが強さが劇的に上がるという訳ではないから、単純な身体能力的に見れば白銀聖闘士と変わらない。
小宇宙自体は白銀聖闘士を越えているのだが、如何せん肉体が余りにも幼くて弱い為に、それを補うので精一杯な所為だ。
そう、ユートの〝力〟は足りていない訳だが、それと〝強さ〟は別物なのだ。
聖闘士の力で足りなければ他から持ってくるまで。
「くっ、何故ですかっ? 貴方の能力がどんどん上がっている様に感じる……」
アモールはユートの拳を受けながら、不快感と共に違和感を感じていた。
「あの闇の隕石が何なのかは知らないが、持ち出してきたのが〝闇の〟隕石だったのは間違いだったな!」
「どういう意味です?」
「闇の小宇宙を持つ僕には心地好い」
「な、に……闇の小宇宙? そんな、我々以外に闇の小宇宙を持つ人間が?」
だからといって、彼らに闇の隕石の影響は未だに出ていないと云うのに、既にユートに影響が出ているのは闇の力の強さの違い。
闇の魔族と契約を交わしながら、光の道を一心に突き進んだユートには、光も闇も己が力として来た。
故にこそ光に翻弄される事は無いし、闇に惑わされもしない。
そしてユートの特性──総ての力を受け容れる器、これが要となる。
嘗ては無限螺旋の闘いに於いて、邪神クトゥルーの神氣をも大量に受け容れたユートは、それでもパンクする事はなかった。
まあ、慣れていなかったから精神は壊れ掛けたが、それでも肉体だけは無事に済んだのだ。
事、此処に至っては漸く理解する事が出来た。
未来の自分が戦闘に参加させなかった理由。
確かに実力があの時点で足りないのもそうだった、だが本命は闇の隕石の影響で力が上がるのを見越し、此方側で黒幕を相手にさせる事が目的だったのだ。
というより、未来の自分自身がそれを体験したからこそ、同じポジショニングを取らせた。
「ハァァァァァアアッ! 流星拳っっ!」
「この程度でっ!」
今や闇の隕石の力を取り込んだユートは、一時的にしろ黄金聖闘士クラスの力を揮えており、更に元々が黄金聖闘士の力を使った事がある身故に、その小宇宙に振り回される事もない。
流星拳の速度は急上昇。
「ぐっ、そんな……これは速度が上がる? マッハ1処じゃない! マッハ5、マッハ10、マッハ50、マッハ100……こんな事があるのか? この侭、上がり続ければ!」
いつの間にか拳の軌跡は幾重幾条もの闇色に沈む線となりて、アモールの肉体をズタズタに切り裂いた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっ!」
マッハにして約九十万、拳の数にして一秒間に一億にも及ぶ速度で打ち据えられたアモールは、鎧をも砕かれながら吹き飛んだ。
「アモール!? 何という事! マルス様ではない、貴方こそが闇の神アプスの器と成り得る存在!」
「闇の神アプスだって? シュメール神話でアプスは深淵なる地の闇に沈む淡水を司る神、塩水を司るティアマットを妻とする……だったか?
エヌマ・エリシュで神として語られているアプスだが、お前はその神の招来を目論んでいたって訳か!」
だけど、ティアマットが時と共に魔に堕とされて、地母神から悪竜に零落させられ、アプスは忘れ去られた神となった。
正確には民族的な征服を行う際、アプスの名前を入れながらも存在を空虚化していったのだが……
「火星の神格の器であったマルス、それを更にアプスの器とする……か。何というか、マスターテリオンのY計画っぽい話だな……」
混沌の海より生じた淡水と塩水の神格化、アプスとティアマット。
その内のアプスを招来するべく、こんな闘いを仕掛けて来たという訳だ。
やり口がマスターテリオンに似ている、つまりこの仕儀の真の黒幕は……
「這い寄る混沌……か」
ユートはそれを阻止するしかないと考えた。
「くそっ! よくもこの私を此所まで!」
凄まじい形相のアモールが立ち上がって、ユートに襲い掛かってくる。
「アモール、お前と遊んでいる暇は無いんだ。銀河を砕く奥義に散れ!」
両腕を頭上でクロスし、闇の隕石により増幅された小宇宙を収束させ、それを振り降ろすと同時に莫大なエネルギーをスパークして炸裂させた。
「さあ、滅べ……銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)!」
ゴガァァァァァァァァァァァァァァァアアンッ!
「なにぃ!? ギャァァァァァァァァァァアアッ!」
既に流星拳でズタボロにされていた鎧は最早、何の役にも立たずにアモールの肉体と共に砕けて消える。
「ふぅ……」
流石に疲れが出たのか、ユートは一息吐いて女の方を向いた。
「次は貴女だ!」
「……そうね。どうやら、闇の隕石も黄金聖闘士により阻止されたみたいだし、これまでかしら」
「随分諦めが早いな……」
「フッ、諦めるのには慣れているのよ」
女の過去に何があったか知らないし今更興味など無かったが、どうも諦める事ばかりの人生だった様だ。
そんな世界を変えたくて〝奴〟の口車に乗った……つまりはそういう事なのかも知れない。
「マルス様をアプスの器として、マルス様と私の血を引くこの子を世界の王に。そうすれば……いえ、もうこれまでね」
女がその腕に抱いているのは、まだ生まれて間もない赤ん坊だった。
闇の隕石は双子座の優斗が自らの属性と特性を最大に利用し、完全なる落下を阻止してしまった事により周囲に影響は及ばず、目論んでいたマルスをアプスの器にする事も叶わない。
自身の護りの要であった弟も死んで、力を喪っている今の自分ではユートから逃げる事は能わない。
チェックメイト……
「貴女の名は?」
「メディア。人間である事を捨てた時から、私は魔女メディアよ」
「そうか、ならメディア。金色の御許へ還るが良い」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ユートは血に塗れた手で布に包まれた赤ん坊を抱いており、決戦場の地へと戻って来ていた。
〝奴〟が唆したのなら、もう一悶着くらいはあると思ったが、どうやら今回は特に何も無かったらしい。
何の目的があってマルスやメディアを唆したのか、それは解らない侭だった。
ユートは顔すら見せない自分に赤ん坊を……エデンを託す。
メディアが死の間際に、エデンをユートへと託した際、名前を教えられた。
シュメールはアッカド語では【平地】を意味して、総てを平らげた後に王として世界を築く者、そういう意味で付けたとか。
またこの後に知った話だったが、マルス=ルードヴィグがこの様な凶行に走った理由は、テロにより妻のミーシャを喪ったと思い、テロリストを殺して回っていた処を、
『テロリストを幾ら殺しても無意味です。貴方が世界を変えないと』などと長い銀髪の少女より吹き込まれ、その後に会ったメディアと共にこの計画を実行に移したらしい。
然し、間違いが一つ。
ミーシャは怪我を負いはしたが、【OGATA】の代表としてその場に居た、優斗が他の幾人かと共に救い出しており、生きていたという事。
勿論、優斗が居ても即死するダメージを受ければ、死んでいたのだろう。
この辺は不幸中の幸いと言わざるを得ない。
とはいえ、そもそも優斗もミーシャとマルスの関係を知ったのが事件後だし、ユートは知り様がなかったのが、事件を止められなかった要因だし、
優斗が事件を経験しているからには、ユートは止めてはならないというジレンマがあった。
逃げ遅れていた双子……赤ん坊が決戦場に居たが、片方は闇の隕石の小宇宙に汚染され、もう片方の子はアテナの光の小宇宙を一身に受けていたらしい。
親も既に亡く、赤ん坊の内の光を受けた子は優斗が聖域でアテナの巫女として育て、もう片方は城戸沙織と星矢が三日月島で育てる事になった。
また、ガタガタとなった聖域を復興するべく紫龍が教皇の座に就いて、祭壇座の玄武が一時的に天秤座の黄金聖闘士に就任。
後に玄武は、紫龍と春麗の養子である翔龍の師匠となった。
また、紫龍は実子である龍峰も玄武に預ける。
忙がし過ぎて泣ける玄武だったが、昔は修業を怠けていたのだから問題無いと紫龍は笑っていた。
氷河はマーマの眠っている東シベリアの地に戻り、瞬も医者の居ない土地を渡り歩いて、一輝は獅子座の黄金聖衣を置いて何処かへ消えてしまう。
シャイナが雑兵を統括、青銅聖闘士は後進の育成を
アテナに命じられた。
その際、聖闘士養成学校パライストラを開校する。
二〇〇三年……
埼玉県は麻帆良学園都市に来たユートが消えたのと時を同じくし、優斗が入れ替わる様に麻帆良へ入り、二〇〇四年より兄と火星の人造異界を救うべく動く。
この時、黄昏の姫巫女を人身御供として封じなければならなかったが、ユートはこれを自らの使い魔たる討魔将軍シェーラの魔力を以て代えた。
目的は、黄昏の姫巫女を百年後に送らずに未来から過去へ還るシーケンスを執らせない事。
そもそも、その為にこそとある少女をこの地に拘留したのだから。
シェーラは眠りに就き、ユートは二〇〇五年に別の世界へと渡った。
二〇〇八年に再び還って来たユートは、九歳となったエデンの師匠として闘い方を教える事になる。
そして二〇一二年……