【魔を滅する転生星】第1章

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第1章:[パライストラ篇](1/19)
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 二〇一二年の春。

 ギリシアはアテネの最奥に存在する土地。

 此処は聖域(サンクチュアリ)と呼ばれ、結界にて周囲から隔絶されている。

 そしてこの地は古より、女神アテナを奉じて世界の愛と平和を守護するべく、少年達が集っていた。

 アテナ──ギリシア神話に於いては、天帝ゼウスが最初の妻メティスが身籠った際、最初の息子がゼウスの玉座を奪うと予言され、

 それを恐れたゼウスがあろうことかメティスを喰い、その智慧を奪う。

 その後、ゼウスは極度の頭痛に苦しみ、プロメテウスに斧で頭を割らせると、完全武装した女神アテナが誕生した。

 智慧と伎芸の女神として生まれたアテナは、父であるゼウスに地上を託され、神々は天へと昇る。

 爾来、アテナは数百年に一度聖域に生まれ変わり、邪悪を討ってきた。

 正義の象徴の楯を左手、勝利の象徴のニケーを右手に携え、平和の象徴としてオリーブ、知恵の象徴蛇、夜の象徴として三日月を、眷属に闇夜を見通す梟を伴い聖域に君臨する。

 二三〇年振りにアテナが降誕したのが一九七六年の事で、悪意に唆されたサガに殺され掛けるが、それに気付いたアイオロスによって救われ、城戸光政という初老の男に預けられた。

 一三年後、一九八九年にアテナ──城戸沙織は祖父である城戸光政の夢であった銀河戦争を開催。

 一〇〇人から居た孤児の内の僅か一〇人が、アテナの聖闘士として参加した。

 その後、聖域の教皇から白銀聖闘士が刺客として送り込まれて、遂に沙織は自らがアテナの化身であると星矢達に告げる。

 そして聖域に乗り込み、偽の教皇サガを討った沙織はアテナとして立った。

 アスガルドからの侵攻、海皇ポセイドンの覚醒。

 更にはアテナ降臨の真の目的……冥王ハーデスとの最終聖戦。

 それ以後にも、散発的な敵との闘いは起きている。

 一九九九年にはマルスを名乗る敵が現れ、射手座の星矢を中心に闘った。

 それから更に一三年後、聖域にて、一人の聖闘士がコロッセオで厳しい修業に励んでいた。

「おりゃぁぁぁぁっ!」

 拳を振り抜く少年。

 聖衣を纏っている以上、彼も一応は聖闘士。

 だけど相手も然る者で、その拳を平然と受ける。

「稲妻復興(フォルゴーレ・ルネッサンス)!」

 紫電を拳に纏って殴り掛かる少年だったが、それもダメージを受けた風ですらなく受け止められた。

「くっ!」

「動きは良いね。だけど、僕にその程度の雷は効かないぞ?」

 少年はバックステップで下がるが、そんな隙は与えぬとでも謂わんばかりに、自らの拳を揮う。

「喰らえ、七つの燐光の煌めきの一! 七燐水砲!」

 蒼き燐光の煌めきが収束されていき、ジェット噴射された水が光線の如く撃ち放たれ……

「うわぁぁぁぁああっ!」

 驚くべき速度で迫って、菫色の聖衣を砕かれながら吹き飛ばされた。

 壁にぶつかり罅をいれて止まると、呻きながら立ち上がった少年がふと自身の姿を見る。

 聖衣の胸部がボロボロに破壊されていた。

「くっ、参りました……」

 悔しげに表情を歪ませ、相手に一礼しながら言う。

「いや、強くなったよ」

「ですが、僕は貴方に一撃でさえ入れていない」

「黄金聖闘士が青銅聖闘士を相手に、そう簡単に入れられていたらその方が問題だよ」

「まあ、そうですが……」

 憮然とした表情で言う辺り納得はしてなさそうだ。

「エデン、君の修業は取り敢えず終了だ。今日からは堂々とオリオン座のエデンを名乗ると良い」

「はい、ありがとうございます師匠!」

「勉学方面の師のミケーネと精神方面の師フドウは、合格を出したのか?」

「はい。勉学と精神修養も大事だからと師匠に言われて早数年、そちらにも確りと取り掛かりましたから」

「そうか。ではオリオン座のエデン」

「はい!」

 師匠からの言葉を一字一句聴き逃すまいと、エデンと呼ばれた少年は真っ直ぐに師を見つめ、次の言葉を待った。

 六歳の頃から聖闘士となる修業を始め、最初は父親の友人だというミケーネから軽く習う程度だったが、正式な守護星座を持っていない雷王聖衣の聖闘士で、

 彼はやはり真の守護星座を持つ聖闘士の許で修業させたいと願い、アテナにそれを頼んでみた処、黄金聖闘士を師にと言ったのだ。

 ただ、守護星座の聖衣を持たないとはいえど、彼は獅子座の聖衣が空位なら、確実に黄金聖闘士になっていたと云われる実力者。

 エデンも彼に不満があった訳でもない。

 とはいえ、やはり黄金聖闘士に修業を付けて貰えるのは嬉しいもので、エデンはミケーネに今まで修業を付けてくれたお礼を言い、黄金聖闘士の下に就く。

「さて、見ての通り今の僕は生身であり、黄金聖衣も纏ってはいない」

「は、はぁ……」

 それは見れば判る。

 今の師匠は雑兵辺りがしている革製のプロテクターを纏い、服も丈夫なだけの粗末な作りの物だ。

 この状態で、聖衣を装着したエデンを軽くあしらうのだから凄まじい強さ。

「小宇宙も極限まで落とすから、たったの一撃だけ……心臓でも何処でも良い、好きな場所に全力全開手加減抜きで打ち込め」

「ハァ!? 師匠、いったい何を言ってるんです!」

 本気で意味が解らない。

 幾ら黄金聖闘士とはいっても、生身で小宇宙を極限まで落とした状態ならば、青銅聖闘士の拳でも本気で放てば死ぬ事すらある。

 まあ、この師匠はとても人間とは思えない耐久力を持つから、下手な手加減をしたら拳の方が壊れてしまいかねないのだが……

「解らないか? 僕を殺しても構わないから一撃を放てと言ってるんだ」

「どういう事ですかっ? 何故、僕が師匠である貴方を殺さねばならない?」

「心配せずともアテナからの御許しは頂いているし、この場で限りなら僕を殺しても罪に問われない」

「そんな事を言っているんじゃない! 大恩ある師の貴方を殺せなんて、出来る訳がないじゃないか!」

 まあ、実際にあの一輝でさえ地獄を見せられて尚、エスメラルダが目の前で殺されるまで、師のギルティを殺せなかったのだ。

 エデンに殺せと言って、『はい、そうですか』などと実行出来る訳も無い。

「成程、師匠は殺せないという訳か?」

「当たり前です!」

「ならば、こう言ったらどうかな?」

「──?」

「お前には父親と腹違いの姉と義母親が居るな?」

「はい」

 ルードヴィク、ソニア、ミーシャの三人は父親だけは兎も角、姉のソニアとは半分しか血が繋がってはおらず、義母親のミーシャとは全くの他人ではあるが、確かな家族の絆がある。

 本当の母親は嘗て、父親のルードヴィクが世界へと戦争を仕掛けた際、連れ添っていたと聴いていたが、その戦争で死んだらしい。

 これはルードヴィクを始めとして、義母親や姉に、ミケーネとフドウも言っている事だ。

 特にその頃のミーシャは動けず、死んだと思われていた事もあり、新しい連れ合いをルードヴィクが見付けていても仕方ない事と、そう考えてはいたが複雑な思いだった。

 それでもルードヴィクの血を継ぐエデンを、実の子の如く愛情を注いだのだ。

 だからそれがどうしたと言うのだろうかと、エデンは師匠を見遣る。

「なに、簡単な話だよ……エデンの実の母親であったメディア。彼女を殺したのは………………僕だ」

「──っ! 何だって?」

 驚愕に染まるエデンの顔を見て、師匠たる男は瞑目しながら更に言い募った。

「敵だったから、殺さねば世界が破滅していたから、そんな風に言い訳をしても仕方がない。だから一撃だけだ、その一撃に全てを懸けて放ってこい!」

「くぅぅっ!」

 確かに相手は生身だし、聖衣も纏ってはないない。

 小宇宙さえ落とすというのなら仮令、まだ未熟でしかない青銅聖闘士のエデンでも殺せる筈だ。

 だが、それでどうなる?

 今の家族は温かい。

 父親のルードヴィクは、嘗ての罪の償いに働いているというが、家に帰ってくれば善き父親で、善き夫を体現するかの如くだ。

 義母のミーシャにとってみれば、エデンは自分が動けずにいた間に愛しい夫を掠め取った女の息子。

 なのに、実の息子と変わらない愛情を注いでくれていたし、義姉のソニアにしてもそれは同様である。

 不幸な事なんて何も無かったし、顔も知らない母親の恨みなど晴らしていったい何になるのか?

 エデンは師匠の言葉に、困惑するしかない。

「く、うぉぉぉぉぉっ! 稲妻復興(フォルゴーレ・ルネッサンス)!」

 バゴォォォォォン!

 必殺技まで使ったエデンの一撃は、ユートの頬を殴り付けるに終わった。

「どうした、あんな一撃で良かったのか?」

「僕は……貴方に実力を以て勝ちたい。こんな理由で居なくなられたら、僕にとっては迷惑ですよ」

「フッ、そうか……」

「今の一撃は、僕が被った迷惑料だと思って下さい……双子座(ジェミニ)の黄金聖闘士・優斗師匠」

 一礼をすると、エデンは宿舎へと戻っていく。

「やれやれ、存外と大人になっていたのか? なあ、翔龍?」

「知りませんよ。まったく師弟で何をやってるのか」

 背後には黒い髪の毛を長く伸ばし、瞑目するかの様に呆れながら目を瞑って、溜息を吐く青年が居た。

 纏う鎧が黄金色である事から、翔龍と呼ばれた青年が十二宮の守護を預かっている黄金聖闘士だというのが判る。

「天秤座(ライブラ)の黄金聖闘士・翔龍。それで? 天秤宮からわざわざ降りてきたのは何故だ?」

「父……教皇が御呼びになられていますよ」

「ふむ、教皇が……ね」

「貴方の計画の所為だとは思いますよ」

「そうか、判った。直ぐにも教皇の間へ上がろう」

 そう言ってユートは教皇の居るだろう、教皇の間へ登るべく先ずは黄金十二宮最初の白羊宮へ向かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 エデンは聖衣を聖衣石に仕舞うと、服を聖域御用達の訓練着から普通のスーツに着替えると、聖域から出る為の手続きを済ます。

 聖域の出入口で受付をしている雑兵に、手続きで得た書類を渡すと愛想笑いを浮かべてきた。

「ははは……エデンさん、手続きは完璧です」

「そうか、済まない。手間を取らせたな」

「いえいえ、こいつが俺の仕事ですんで」

 聖域に居るのは聖闘士ばかりではない。

 雑務を熟す雑兵やアテナの世話をする女官、更にはアテナに仕える巫女など、多くの人間によって運営をされていた。

 エデンは、オリオン座の青銅聖闘士であり、白銀聖闘士や黄金聖闘士の補助を行うのが仕事。

 そんな風に考えると雑兵と代わりないが、直接的な戦力に違いはない。

 ギリシアからイタリアへ飛ぶエデン。

 目的は一つ、自身が正式な青銅聖闘士として師匠から認められた報告だ。

 連絡をしたら義姉も来てくれると言われた。

 久方振りの家族四人集合という訳である。

「ただいま、父上、母上」

「ああ、お帰りエデン」

「お帰りなさい」

 帰ってきたエデンを笑顔で迎える、ルードヴィクとミーシャの二人。

 嘗てはマルスとなって、アテナ軍へ火星士や四天王を伴い侵攻したルードヴィクだったが、今はその力を喪って罪滅ぼしの為に懸命になって生きている。

「帰って来たのねエデン」

「姉上! はい、青銅聖闘士・オリオン座のエデン。ただいま戻りました」

 白銀聖闘士・雀蜂座(ヴェスパ)のソニア。

「そう、無事に聖闘士になれたみたいね」

 女性聖闘士だが、現在は仮面を外して美しい顔を晒している。

 今、この場に居るのは愛する家族だけだからだ。

 女性聖闘士が仮面を着けるのは、聖闘士の世界というのがアテナ以外は男のみのものだったから。

 だが然し、歴史の必然として女性も闘わねばならない事はあり、女性が聖闘士になる場合には女である事を捨て、素顔を隠して闘う掟となっている。

 もしも素顔を異性に見られてしまったなら、その時は見たその相手を殺すか、愛するしかないという。

 例外として、家族になら素顔を見せても問題無い。

 まあ、聖闘士は基本的に孤児や食い詰め者がなる事も多い為、家族が居る事の方が珍しいのだが……

 数年前に白銀聖闘士となったソニアは、師匠の許に暮らしながらも任務に就いており、家族で会うのは実に二年振りである。

 今回はエデンの聖闘士就任を祝い、ソニアの師匠の南十字星座(サザンクロス)の一摩と、エデンの師匠である双子座のユートの計らいで休みを貰えたのだ。

 四人は二年振りの家族の語らいを楽しむのだった。

第1章:[パライストラ篇](2/19)

 黄金十二宮(ゴールド・ゾディアック)、聖域に於ける女神アテナを守護する要となる施設である。

 その名前の通り十二の宮で構成され、宮一つにつき一人の黄金聖闘士が守護を担っており、宮によっては敵を防ぐ為の特別な仕掛けが施されてもいた。

 白羊宮──牡羊座が守護する第一の宮、代々が聖衣修復師を担う。

 金牛宮──牡牛座が守護する第二の宮、剛力無双が担う。

 双児宮──双子座が守護する第三の宮、小宇宙により迷宮を出現させる事が出来る、また魂の相剋に悩む者が多い。

 巨蟹宮──蟹座が守護する第四の宮、最も死の臭いが強くて守護者が殺した者が成仏出来ず、浮かび上がって嘆く事もある。

 獅子宮──獅子座が守護する第五の宮、勇猛果敢な脳筋……もとい、勇者が護る宮でもある。

 処女宮──乙女座が守護する第六の宮、敵対者を阻む四門結界が存在し、その一隅には沙羅双樹の園が在るという。代々、最も神に近い小宇宙を持つ聖闘士が担う場合が多かった。

 天秤宮──天秤座が守護する第七の宮、善悪の判断を降す聖闘士の要とされる唯一、聖衣に武器を持った──鎖や鉄球や円盤や弓矢も武器で無いと言い張る様だ──黄金聖闘士が担う。

 天蝎宮──蠍座が守護する第八の宮、現状は特別な何かがある訳ではないが、人馬宮との間に魔宮が存在したとか。

 人馬宮──射手座が守護する第九の宮、特に何かがある訳ではないが、現在は先代射手座のアイオロスのメッセージが存在する。

 魔羯宮──山羊座が守護する第十の宮、代々が聖剣を扱う聖闘士が担う傾向が強い。

 宝瓶宮──水瓶座が守護する第十一の宮、氷の闘技を使う聖闘士が担う傾向がある。

 双魚宮──魚座が守護する第十ニの宮、最後の宮であるが故に教皇の間までは猛毒を持つ王魔薔薇で敷き詰められている……と云われてるが、

  そもそもそんな道をどうやって黄金聖闘士は進み、教皇の間へ向かうのだろうか?

 そして更に先に在るのが教皇の間、黄金聖闘士の中から選ばれるアテナの代行者たる教皇が居る間。

 教皇の間の先にはアテナの寝所のアテナ神殿が存在しており、其処にはアテナ像が屹立している。

 そのアテナ神像こそが、代々のアテナが纏ってきたアテナの聖衣だと云う。

 その十二宮の下に宿舎や闘技場など、雑兵の皆さんが住む場や訓練をする場が広がっていた。

 黄金十二宮と下の施設、これを総じて聖域(サンクチュアリ)と呼ぶ。

 地上の愛と平和を守護する者達、アテナの聖闘士の総本山であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 【教皇の間】

 他の宮に比べて豪奢な作りになっている部屋、その奥まった場には玉座が鎮座しており、玉座に今代での教皇の紫龍が座っていた。

 教皇の重たそうな法衣、そして目元まで隠されている飛竜の飾りをあしらった黄金の兜、それには未だに慣れない紫龍。

「教皇、黄金聖闘士・双子座の優斗……御召しにより参上致しました」

 赤い絨毯を踏み締めて、玉座の目前まで進み出るとユートは跪く。

 神話の時代より伝わりし双子座(ジェミニ)の黄金聖衣を纏い、背中には薄い青で裏打ちされた純白色をしたマントを羽織るその姿、

 頭には両側面にアルカイックな顔が付いた兜を被り、それは正しく黄金聖闘士。

 前世、ハルケギニア時代にこの地へ訪れた際、この十二宮を登り、教皇の間で先代の双子座の黄金聖闘士サガと闘い、聖衣に認められてサガより引っぺがしたユートは、〝裸のサガ〟と引き分けた。

 黄金聖衣を纏いながらの体たらく……情けない限りだとは思うが、相手が最強の黄金聖闘士で、ユートはデモンベインの世界に於いて小宇宙へと目覚める前に未那識に目覚めていたとはいっても、

 当時は不安定でもあった事も手伝ってか、やはり簡単にはいかなかったと云う事だ。

 そんなユートに苦笑いをした紫龍は、冠を脱ぎ去ると手摺に置き口を開いた。

「フッ、二人だけなのだ。そう畏まるな優斗」

 元より一九八九年より、生死を供にした仲間。

 公的に周りにも誰かが居るなら兎も角、今の状況では苦笑いしか出ない。

「そうだね、紫龍……」

 ユートも苦笑をしながら立ち上がる。

「にしても、相変わらずな感じだね紫龍は」

「抜かせ、お前も変わりないだろうが。それで?」

「うん?」

「エデンとの事は解決したのか? 彼がオリオン座の聖衣を得て半年になるか、今日が最後の試験だった。なら、例のアレを話したのだろう?」

「ああ、自力で越えたいのに消えられたら迷惑だとか言われて殴られたよ」

「フッ、そうか」

「いつの間にか大人に近付いたって事かな」

「そうだろう。翔龍も龍峰も大きく育った。春麗には感謝をしないとな」

 何と無しに老いたみたいな会話になっている。

「ん、ん! さて、優斗。エデンの修業も一段落した訳だが、本当にパライストラに向かうのか? それも麒麟星座(カメロパルダリス)の青銅聖闘士として」

「その心算だ。エデンという逸材を育てられたのは、確かに僥倖だった。だけど鈴音が言うにはニ〇一二年──つまりは今年、聖戦が始まったらしいからね」

「むぅ……約百年後の世界から来た娘だな?」

「信じられない訳じゃ無いだろう? ニニ年前に僕らはクロノスの力を借りて、前聖戦の時代に跳んだ」

「ああ、老師に信じて頂くのに苦労をしたからな」

 ニニ年前、一九九〇年の冥王ハーデスとの最終聖戦から暫くが経ち、アテナは星矢の左胸に刺さる剣……インビジブルソードを何とかするべく、当時から見てニ四三年前に跳んだ。

 それを追い初めから着いて行った瞬と動けない星矢を除き、氷河、紫龍、一輝にユートを加えてアテナの居る時代へと向かう。

 その際、紫龍は第七の宮である天秤宮に落ちた。

「フッ、天秤座聖衣の継承の話や老師との昇龍覇の掛け合い。そして何よりも、今一度とはいえ老師に御会い出来たのが嬉しかった」

 初めは未来から来た事を信じて貰えず、廬山昇龍覇の掛け合いまでして漸く、信じて貰ったのだ。

「だが、彼女の言う事が正しいにしても、ルードヴィクは既にマルスではなく、黄金聖闘士もハービンジャーは兎も角、他はお前達と翔龍だ。最早、マルスとの闘いが起きるとは思えないんだがな……」

「世界は安定を求める……別の聖戦が起こる可能性も捨て切れない。それに来年のニ〇一三年に女神パラスが復活するらしいしね」

「そう……だったな」

「強そうな聖闘士を見繕って鍛えれば、聖戦を生き残れるかも知れない」

「解った、こうなっては、宜しく頼むとしか言えん」

「任せろ紫龍。龍峰や光牙も確かパライストラに行っていたよな」

 中国は五老峰で生まれ、聖闘士になるべく修業をしてきた少年、龍峰は紫龍と春麗の間にデキた正真正銘の息子。

 現在は仮免中で龍星座(ドラゴン)を紫龍から継承しており、パライストラに入学をしていた。

 光牙は一九九九年の闘いの場に残された二人の赤子の一人で、城戸沙織と星矢の二人に育てられる。

 もう一人の赤子のアリアはアテナの側近となるべく育てられ、聖域でユートがある意味では育てた。

 とはいえ、父親ではなく兄みたいな感じだが……

 紫龍が教皇としてアテナの武を司る代行者であるとすれば、アリアは巫女として舞を司る代行者。

 月(ユエ)は三日月の守護を受ける識を司る代行者。

 アテナをアテナ足らしめる幾つかの要素、それらの一つの名前を与えられて、万が一に──いつもの通り──アテナが敵に囚われたり動けなくなった場合は、

 アリアが天聖衣(アス・クロス)を纏い、象徴として代わりを務めねばならず、祭壇座とは別の意味合いで月は教皇の補佐役だ。

「北欧(アスガルド)には寄っていくのか?」

「いや、場所的に寄るってのは違うだろ。まあ、先にアスガルドに行って顔くらいは見せて来るけどな」

「そうか、なら構わない。籍を入れてないとはいえ、子供を作ったのだ。頻繁に会いに行け」

「お前は頻繁に会いに行き過ぎるけどな、紫龍」

 北欧のアスガルド。

 教主ドルバルと海皇による謀により、ポラリスを司るオーディンの地上代行者ヒルダが狂乱し、神闘士(ゴッドウォリアー)を操って聖域に仕掛けて来た。

 今生でのユートは、二人の黄金聖闘士を連れヒルダへと会いに行き、神闘士と闘って彼女を呪縛より解き放つ事に成功する。

 勿論、他に幾人か聖闘士を連れて行ったが……

 互いに苦笑いしながら、教皇と黄金聖闘士の会話だとは思えない、四方山話に花を咲かせていた。

 エデンとは現地(パライストラ)集合の為、一緒に行く必要はないから精々、楽しもうと思うユート。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 我らが、アスガルドの神オーディーンよ。

 我ら雪と氷に覆われし、この北の果てアスガルドの地に在りて、

 日の光も知らず、また豊かなる緑も知らず……

 然れど、この苦難は世の人々に代わりて我らが受くるものなり。

 それが主の与えし試練であり宿命なれば、我らは喜びてこの苦難を受け耐え忍ばん。

 全てはこの地上の永久の平和と愛の為に……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 北欧・アスガルドとは、主神にオーディンを頂いた北の凍土に生きる者の大地であり、オーディンの地上代行者をポラリスのヒルダが務めている。

 そんなヒルダにはその昔に恩人との間に作った娘が居て、オーディンの闘士達──神闘士(ゴッドウォーリア)を統括するリーダーをしていた。

 母親に似て美しく育ち、神闘士の一人として鍛えてもいたから、スレンダーな美少女といった風情だ。


「そこの人、すぐに止まりなさい。これより先は我らが主神オーディン様が守護する地、アスガルド。貴方からは小宇宙を感じます。何処かの神の闘士ですね? このアスガルドの土地に何用ですか?」

 フーデッド・マントを身に纏う者、体格から恐らくは男だろうと思われるが、問題は小宇宙を感じるのだと云う事。

 ならば、このアスガルドの地以外の神の闘士である可能性は非常に高い。

「ふむ、籍は入れていないのだがアスガルドに愛人と娘が居てね。暫くは任務があって会えなくなるから、顔を見に来たんだよリム」

「……っ! 私の愛称を? それじゃあ、若しかして貴方はお父様!?」

 驚くリムと呼ばれた少女にフードを脱いで、素顔を晒して見せた。

「やっぱりお父様だ!」

 キリッとした表情を緩ませたリムは、白馬から飛び降りると父親──ユートに確りと抱き付く。

「リム、僕の小宇宙だと解って貰えないのは寂しい話だぞ?」

「う゛! だって、殆んど会えないのですよ?」

「む! ならば仕方ない、身から出た錆だと諦めるしかないかな」

「そ、それにお父様、小宇宙を小さくしていて感じる事は出来ても、判別は難しいのです!」

「まあ、それもそうか」

 今のユートは修業の為に五感を封じ、未那識を以てそれを補っているからか、実際に感じられる小宇宙は青銅聖闘士より小さい。

 リムと呼ばれた少女は、ユートと話したい事は山ほどあったのだが、取り敢えずはワルハラ宮殿に向かう事にした。

 ユートが後ろで手綱を握ると、リムはまるで甘えるかの如く前に座ってユートへ凭れ掛かっている。

 リムは今年で一三歳。

 それなりに父親に甘えていたい年頃だった。

 因みに、ユートの年齢は戸籍上だと一九歳という、有り得ない年齢差の父娘。

「お母さんとブリュンは、どうしている?」

「いつも通りです。お姉様はお母様の後を継がねばなりませんし、日々が修業の毎日ですから」

 リムには今年で二十歳となる姉が居り、ブリュンと愛称で呼ばれている。

 ユートが一人の相手に、二人も子を儲けるのは皆無ではないが珍しい。

 おまけに両方が娘だ。

 ユートは数多に居る女性に子を産ませる事はあるのだが、殆んどが息子だったから本当に珍しかった。

 更には十年くらい頑張っても、結局は子を成さなかったという事例もある。

 故に、二人で娘というのは珍しい処ではない。

 ワルハラ宮殿に着くと、馬を従者に厩舎へと連れていかせ、リムはユートと共にヒルダの私室に向かう。

「お母様、お姉様、ただいま戻りました!」

「お帰りなさい、リム」

「リム、お帰りなさい……寒かったでしょう?」

 出迎えて最初に挨拶をしてくれたのは、母親であるヒルダ。

 もう一人、フワフワした銀髪を長く足元まで伸ばしている、どちらかと云えば叔母のフレアに似ていなくもない容姿の女性……

「ブリュン姉様!」

 リムの姉であるブリュンだった。

 リムは騎士、ブリュンは巫女という形でアスガルドの護り手となっている。

 故にこそ、リムが騎士然とした格好なのに対して、ブリュンはヒルダの身に付けた薄紫色の舎務衣と同じ服装をしていた。

「リム、今日は随分お転婆だけどどうしたの?」

「はい、お母様。哨戒中にお父様と会いました!」

「──え?」

 驚くヒルダ、ブリュンも驚いたのか目を見開く。

「久し振りだね、ヒルダ、ブリュン」

「アナタ……ユート!」

「お父様!」

 籍を入れてないものの、子供まで生ませた女性は愛しいし、生まれてきた子供だって愛している。

 だから会えば嬉しいという感情に嘘は無い。

 おまけに云えば、ヒルダは使徒契約を受け容れている一人であるが故に、見た目には実年齢が三八歳だとは思えないくらい、若々しい容貌をしているのだ。

 ユートはヒルダとブリュンを抱き締めると、娘には頬に、そしてヒルダには唇にキスをした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「そうですか、パライストラに生徒として……」

 ユートは自分が青銅聖闘士として、パライストラに入学する事を話す。

 ヒルダもパライストラの話は聞いており、どういう施設かは知っていた。

 アスガルドは嘗て、海の神である海皇ポセイドンに利用され、壊滅的な危機に見舞われた事がある。

 その復興を支援しつつ、ヒルダの隣でずっと助けていたのがユートだ。

 まるでポラリスの傍で、麒麟星座が輝く様に……

 まあ、男と女が常に側に在ればその内に情も湧き、何時しか寝所で肌を重ね合っても不思議はない。

 しかも、オーディンの地上代行者としての責務を負い続け、世慣れをしてないヒルダが一年くらい傅く男とは全く違い、対等な関係で見てくれる相手と初めて接した訳で、

 ちょっと手が触れ合うだけでも白い肌の頬を桃色に染め、視線を逸らしてはチラチラと見遣る様な、年頃の娘さんみたいな反応を屡々していたし、況してや相手は恩人ともなれば、

 この手の想いに子供と云っても過言ではなく、気持ちを持て余していれば特別な感情だって抱いてしまうし、雪国なだけに転がる雪玉の如く止まる事を知らない加速をする想いは、

 特別な感情から恋心へ変化してしまい、妹のフレアと話しているだけで邪魔をしたくなったり、もっと触れたいと考える様にもなる。

 一番、触れ合える場所は二人切りの寝所であるし、最も温もりを感じられると思われる行為が、ヒルダの拙い男女関係の知識的に、肌を魅せて互いに邪魔になる衣を脱ぎ捨てての睦み合いだった。

 まあ、当時は一六歳程度の小娘だったし、おまけに祈るだけの毎日を過ごし、滅私を貫いていたのだから仕方があるまい。

 ある意味、何も知らないお嬢様を籠絡した悪党こそユートだと云えよう。

 その結果が二年後に生まれた娘のブリュン。

 一九九二年に誕生をしたブリュンは、今では立派な淑女であり主神オーディンに仕える巫女だった。

 因みに、それはユートが過去に跳ばされたからこその出逢いであり、ブリュンの誕生からは一年後となる一九九三年の五月二一日、

 ユート・スプリングフィールドが、双子の兄のネギ・スプリングフィールドと共に誕生している。

 つまり、世間的にユートが生まれる前に同じ血筋となる筈の娘が誕生していたのだという。

 ある意味、こいつは何をヤっているのやら……

「ユート、パライストラでは自重して下さいね?」

「は?」

「だって、パライストラの子達はリムと同じ年頃なのでしょう? アナタのモノを受け容れたら壊れてしまうわ……」

 ユートはヒルダの言葉にずっこけた。

「教皇……紫龍にも似た事を出発間際に言われたよ。まったく、自業自得だとは自覚しているけどねぇ」

 ユートの場合はそう成れば成ったで、まあ良いかと美味しく『戴きます』してしまうからこそ、始末に追えない訳だ。

「まあ、差し当たりヒルダを戴こうかな?」

 柔らかく抱き締めると、頬を手で優しく撫で上げて唇を重ね、もう片方の手は服の襟口から侵入させて、素肌から直接的に胸を愛撫してやる。

「もう、せっかちね。娘達が固まっていますよ?」

「あ゛!」

 娘の存在をそっちのけにイチャつき始めてしまい、未だに彼氏の一人すら居ない初心な二人は、真っ赤になって固まっていた。

「それに寝所でもない此処で押し倒されては、流石に私も困りますから……ね」

 ニコリと笑顔で言われ、ユートは頬を掻く。

 とはいえ、本当に久し振りに会った訳だし、使徒のヒルダは実年齢は兎も角、肉体年齢は使徒契約前より若々しくて、割とその妖精の如く美しい肢体を持て余す事もあり、

 深夜の寝所ではユートと共に夜が明けるまで眠る事も無く、ベッドのスプリングをギシギシと鳴らしていたと云う。

 また、娘二人も久し振りに姉妹でベッドに入って、『妹がデキるのかな?』とか『名前はどうしましょうか?』とか、気の早いというよりは少し興奮し過ぎな会話をしていたり……

 因みに完全に安全日であったらしく、一晩中励んでいたにも拘わらずその後、ヒルダのお腹が大きくなる事はなく、娘二人は少しだけガッカリしていたとか。

 アスガルドで一日を過ごしたユートは、ヒルダと娘二人に見送られながらも、パライストラへと向かって出発した。

第1章:[パライストラ篇](3/19)

「止まりなさい!」

 ユートがパライストラに向かい歩いていると、森の向こうから少女が現れて、恫喝をしてくる。

 その少女がパライストラの関係者なのはすぐ解り、ポリポリと頭を掻いた。

 彼女をパライストラ関係の人間だと断じた理由は、顔を覆う隈取りの描かれた銀色の仮面にある。

 聖闘士の世界はアテナを除けば女人禁制、それでも女性が聖闘士になる為には仮面を着け、女である事を捨てなければならない。

 これは聖域の掟の一つ、万が一にも仮面の下の素顔を異性に晒してしまえば、見た相手を殺すか、若しくは愛するしか無いと云う。

 無論、敵に視られたならソッコー始末するのだ。

 まあ、根本的に女を捨てるなど不可能な訳だから、ユート的には無意味な掟と思っている。

 とはいえ、神代の時代に作られた黴臭い掟だろうと掟は掟、故にパライストラの聖闘士候補生や仮免扱いの青銅聖闘士は、目の前の少女みたいに仮面を身に付けて素顔を隠していた。

「僕は敵じゃない。今日からパライストラに通う生徒として、聖域よりやって来たんだ!」

「……名前は?」

「麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗」

「確かに聖域から二人……聖闘士の仮免を得た人達が来ると聞いたわ。でもね、貴方が本当にそうだと限らないわよ……ねっ!」

「うおっ!」

 行き成り回し蹴りを放ってくる少女、ユートはそれを驚きつつも危なげ無く躱すと文句を言う。

「何をする!?」

「貴方のその闇の小宇宙、私には隠せないわ!」


「まるで闇を悪いモノみたいに言うな! 確かに闇に呑まれれば危険だろうが、闇そのものは悪じゃない。そうやって闇に偏見を持つ莫迦が居るから、マルスの乱は起きたんだろうが!」

「な、何を言って!?」

 【マルスの乱】は仮免や候補生であってもある程度は知っており、強大なる力を持つ火星の闘神マルスが一九九九年に、世界へ宣戦を布告した。

 今から一三年前の事で、候補生や仮免生の年齢では生まれていないか、或いは生まれて間もないかいずれかであり、直接的に闘いを見てすらいないが……

 とはいえ、そんな一三年前の【マルスの乱】が齎らした混乱は酷く、目の前の少女も女だてらに闘いを選んだ辺り、その影響を受けた一人であろう。

 ルードヴィクが救済措置を執ってはいても、行き渡らない事は多々あるのだ。

「兎に角だ、疑って襲って来るなら容赦はしない! 麒麟星座(カメロパルダリス)……フルセット!」

 右腕を掲げると銀の腕輪が光を反射し煌めき、闇翠(ダークエメラルド)の宝玉が輝きを放つと、ユートの頭上には中国の吉兆の象徴たる瑞獣、麒麟の姿を象るオブジェが顕現した。

 青銅聖衣の筈なのだが、えらく荘厳な雰囲気を漂わせるオブジェに、少女の顔は驚愕に染まる。

「麒麟星座(カメロパルダリス)の青銅聖衣!?」

 少女はこの聖衣を資料で見た覚えがあった。

 聖衣はその形状や階級を資料に纏め、本にして保管をしてあるから少女も聖衣の形状を知っている。

 【聖衣名鑑】を纏めたのは双子座の黄金聖闘士だと聞くが、写真付きで青銅の階級から黄金の階級まで、それこそ初代鋼鉄聖衣とか精霊聖衣に至るまで、全てを網羅していたものだ。

 カシャーン! 軽快な音を鳴り響かせると分解し、オブジェ形態から聖衣装着形態となり、ユートの肉体へと鎧っていく。

 ものの数秒足らずで完全武装を終えて立つユート、その姿は仮免生とはとても思えないくらい、様になっていたと云う。

 しかも不可思議な事は、聖衣の輝きだろうか?

 吸い込まれる様な美しい闇翠の聖衣は、青銅の域を越える神秘の煌めきを少女の瞳に魅せていた。

「青銅聖闘士・麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗……さあ、聖衣を纏う時間くらいはくれてやる。門番紛いの事をやってるなら、聖衣を与えられた仮免生なのだろう?」

「くっ! 鷲星座聖衣(アクィラ・クロス)!」

 右腕の聖衣石(クロストーン)を掲げ、少女も聖衣を招喚する。

 尚、原作となる【聖闘士星矢Ω】を詳しくは知らないユートは、新しく聖衣の構築をした時には聖衣石(クロストーン)の概念こそ採り入れたが、

 どんな形状かは知らなかったが故に、自分の普段使う聖衣石(ク ロストーン)に聖衣を封印しておいた。

 故に少女の聖衣石(クロストーン)は、ユートの物と酷似している。

 具体的には聖衣石の色は聖衣と同じ、銀色の腕輪に宝玉として填まっていた。

 ユートの麒麟星座(カメロパルダリス)の聖衣色は闇翠(ダークエメラルド)、だから聖衣石(クロストーン)の色も闇翠。

 白銀聖衣や黄金聖衣は、聖衣石(クロストーン)色が名前と同じだから、各々が銀色と金色で統一されているのだが、青銅聖衣の場合は色が様々故に、聖衣石の色も様々に存在している。

 鷲星座聖衣(アクィラ・クロス)の色はミントグリーンで、当然ながら聖衣石の色もミントグリーンだ。

 少女の小宇宙の属性は風らしく、聖衣は風を纏って頭上に顕現すると、軽快な音を響かせて分解されて、少女の細身な肢体を鎧う。

「私の名前はユナ。鷲星座(アクィラ)の青銅聖闘士」

 お互いに名乗ったのは良いのだが、ユナと名乗った少女は困惑をしていた。

 パライストラは基本的に聖闘士か元聖闘士の教師、それ以外には聖闘士候補生と聖闘士仮免生しか居ないのだが、一応は食堂なんかにはおばちゃんが居たり、雑兵が詰めていたりくらいはする。

 だから聖闘士仮免生が、持ち回りで巡回任務を与えられており、今回はユナがその当番だった。

 それは良いとして、強い闇の小宇宙の持ち主が近付いて来て敵だと思ったら、普通に今日来る予定だった麒麟星座(カメロパルダリス)の聖闘士だと云う。

 間違いなく麒麟星座だとしたら、自分が今から闘う意味は全く無いし、何故か感じられる小宇宙に反比例して勝てるイメージが湧いてはこなかった。

 そう、小宇宙自体は大したものとも思えない。

 これなら下手をしたら、仮免生前の候補生の方が強く大きいくらいである。

 構えも碌に執らないし、隙だらけにも見えた。

 そのくせ、勝てないと思わせるナニかを感じる。

 だが、此方から話を聞こうともしないで喧嘩を売った手前では、ヤル気になった相手に『やっぱりやめよう』とは言い辛かった。

 ユナとて、よもや【闇】の小宇宙の持ち主が然も平気で聖闘士をしているとは思わず、平素から闇を悪しきモノと考えられる土壌から仕方なかったとはいえ、

 もう少し耳を傾けるべきだったと後悔をしてしまう。

 ユナが動かないからか、ユートが漸く構えた。

「あの構えは!」

 ユートの構えはユナが知るもの、それはつい最近になってパライストラにやって来た【光】の聖闘士が、必殺技を放つ際に行っている前動作。

 秋の大四辺形を形作り、夜空を彩る一三の星の軌跡をユートの手が描く。

「ペガサス流星拳っっ!」

 その名の如く流星群とも云える【闇】を湛えた拳、それが一瞬の間に一〇〇発もの数が飛んできた。

 しかも【光】の聖闘士の彼と同じ技の様であって、その修錬度や精密さなどがまるで違う。

 【光】の聖闘士の流星拳は十数発くらいの間隔で、同じ軌道を執っている事もあって読み易く、防いだり躱したりも可能な範囲だ。

 だけど彼の──麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗の流星拳はそれと異なり、全く軌道が一致しないバラバラで読めなかった。

 結果としてユナは……

「キャァァァアアッ!」

 流星拳をまともに浴び、背後の樹木を砕きながらも吹き飛ばされて、可成りの距離を開けられてしまう。

 だが、ユートはユナを休ませてやる心算など無く、あっという間に距離を詰めて来ると……

「一角獣跳蹴(ユニコーンギャロップ)!」

「ちょっ!」

 ジャンプ一番、ユニコーンの名前を関する蹴り技を放ってきた。

 その数は凡そ秒速三四〇メートル、即ちマッハの域に達した一〇〇発にも及ぶ蹴りの技。

 流石に一直線に一〇〇発の蹴りを放つ技は躱す事も不可能ではないが、ユナは不様に転がりながらギリギリでの回避を行う。

「さ、さっきから何なの! ペガサスとかユニコーンって、麒麟と全く無関係な名前の技ばかり!」

「そりゃそうだ。この技はペガサスの星矢、ユニコーンの邪武が使っていた技。僕の固有技じゃないから」

 肩を竦めると、そんな事を平然と言い放つ。

 ユナも伝説の聖闘士──星矢は知っていた。

 嘗ての天馬星座の聖闘士であり、現在はアテナを護る中心人物の黄金聖闘士、射手座(サジタリアス)。

 伝説の世代、星矢と同期の青銅聖闘士達の変遷とは可成り多様だ。

 ペガサス星矢は射手座の黄金聖闘士に。

 天馬星座の青銅聖衣は、造り直された後で義息子の光牙が受け継ぐ。

 ドラゴン紫龍は天秤座の黄金聖闘士を経て、現在は聖域を纏める教皇だ。

 天秤座の聖衣は紫龍の許で修業し、天秤座を受け継ぐ証である翔龍のタトゥーを顕在化した息子──翔龍が継いでいる。

 因みに、龍星座(ドラゴン)の青銅聖衣は造り直されて実の息子であり、ユナの同期生である龍峰が受け継いだ。

 キグナス氷河は師匠であるカミュの聖衣、水瓶座を受け継いで黄金聖闘士に。

 白鳥星座の青銅聖衣は、後に氷河に弟子入りをしたヤコフへと受け継がれて、その後にヤコフから氷河の息子であり、ヤコフの弟子の凍夜に受け継がれた。

 アンドロメダ瞬は乙女座の黄金聖闘士となり、今は聖域で基本的には処女宮に詰めているが、先代シャカに比べてフットワークが軽い瞬は、

 各地を青銅聖闘士カメレオン星座のジュネと回り、傷付いた人々の救済に努めている事から『最も神に近い男』と呼ばれる。

 アンドロメダ星座の青銅聖衣は新たに造り直され、弟子にして息子である詠に受け継がれた。

 謎がなのが、鳳凰星座の青銅聖闘士だったフェニックス一輝。

 一応は獅子座の黄金聖闘士となっているが、獅子宮に居た試しが無いのだ。

 何処に行ったのかは同期の星矢達すら知らず、時折はフラりと聖域に戻っているから生きてはいるらしいだけで、それすら噂の域を出てはいない。

 だが、最近は全く戻っていないらしいが……

 鳳凰星座の青銅聖衣は、封印が為されて鳳凰星座の青銅聖闘士の座は、誰かしらが受け継いだと聴く。


 一角獣星座の青銅聖闘士のユニコーン邪武は、とある場所で馬と戯れていると聞くが、これは任務の一環であるらしく現役だ。

 海蛇星座の青銅聖闘士、ヒドラ市は現役というより何故かパライストラで生徒をしている。

 大熊星座の青銅聖闘士、ベアー檄は聖闘士を引退してパライストラで教鞭を揮っていた。

 聖衣はまだ誰も受け継いではいない。

 ライオネット蛮、ウルフ那智の二人は聖闘士を引退して、鋼鉄聖闘士を養成する訓練所でグレートティーチャーを名乗っている。

 彼らの青銅聖衣はどちらもユナの同期、仔獅子星座の蒼摩と狼星座の栄斗へと受け継がれていた。

 実の処一番の謎なのが、伝説の聖闘士にはもう一人が存在していたと云われ、なのにそれが誰だったのか名前は疎か、守護星座すら伝わってはいない事。

 唯、他の伝説の聖闘士に比肩し得るのは間違いないと云われていた。

 麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗と名乗る彼が使ったのは、星矢と邪武の技で間違いなさそうだ。

「くっ、今度は此方の番! 喰らいなさいっっ!」

 ユナは右脚を上げて回転しつつ蹴りを放つと、同時に風を巻き起こす。

「神聖竜巻(ディバイン・トルネード)ッ!」

 そね風は旋風となって、更にはうねりを上げながら竜巻となりユートを襲い、その内に呑み込んだ。

「残念、僕に風は効かないんだよ」

「えっ!?」

 竜巻に捲き込まれた筈のユートは、然し全くの無傷でしかなかった。

「そ、そんな……」

 現状、ユナの必殺技である神聖竜巻(ディバイン・トルネード)が、涼風の如くではもう勝ち目は無い。

「手加減はしてやるから、これを喰らって勉強し直すが良い!」

 ユートは言うが早いか、まるで女性的なしなやかさで跳躍すると……

「鷲星閃光(イーグルトゥフラッシュ)ッッ!」

 爪先(トゥ)による飛び蹴りをユナへと放つ。

「うあああああっ!」

 胸元に蹴り入れられて、聖衣の胸部が砕け散る。

 ペガサス、ユニコーンに続いて今度はイーグル。

 イーグルとはユナの纏う鷲星座(アクィラ)の階級的に上、星矢が青銅聖闘士の時代に白銀聖衣だった頃の鷲座聖衣(イーグルクロス)の事だろう。

 だとすれば彼は、星矢と邪武と鷲座の白銀聖闘士とも何らかの関わりがある。

「くっ! 貴方……は……いったい、何者……?」

 そんな疑問を残しつつ、ユナの意識は闇に落ちた。

「ふぃー!」

 気絶をしたユナを睥睨しながら、ユートは麒麟星座の聖衣を解除すると、溜息を吐いて聖衣石(クロストーン)へと仕舞う。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 聖衣が多少の損壊をし、気を失ったユナを見遣ると所謂、お姫様抱っこで抱えたユートは聖衣を見つめながら首を傾げる。

「確か、鷲星座(アクィラ)の聖衣を担当したのって、貴鬼だったよな? こんな魔法少女スピニング☆ユナだか、

  キュアアクィラだかみたいな聖衣に仕上げてしまうとか……ムウが聞いたらさぞ御立腹だろうな」

 鷲星座聖衣(アクィラクロス)は、見た目に布地っぽさを持つ聖衣の一部や、まるでミニスカートみたいなウェストパーツを持ち、見た目に魔法少女かプリキュアかと云った外観だ。

 基礎はユートが構築していたが、外観は聖衣修復の応用で貴鬼が造っている。

 因みに、構成素材の一つとなっている神鍛鋼(オリハルコン)だが、過去へと跳ばされた際にとある聖戦にコッソリと参加をして、大量にゲットをしていた。

 可成りのボロ儲けであったと記憶しているが、確かその時は別の聖闘士が闘っていて、横から神鍛鋼(オリハルコン)を掠め取った形になるのか……

 敵の名前は、【星漢】の二つ名を持つクレイオス。

「そういや当時、テレビが面白かったのかハマっていたからなぁ。その時にでも魔法少女ものかプリキュアでも観たのか?」

 ユートはふと想像した。

『輝く聖なる風、キュアアクィラ!』

「ブフッ!」

 ツボにハマって噴き出してしまう。

「年齢的にもジャストか、クックッ!」

 魔法少女やプリキュアの年齢は、今のユナと同じくらいだから正にハマり役。

 ユナもまさか自分自身と無関係な処で笑われているなど、それこそ夢にも思わないだろう。

「それで、いつまで其処に隠れてる気だ?」

 一頻り笑ってから真面目な表情になると、ユートは傍の樹木の陰に隠れていた人物に話し掛けた。

「気付いていたか……」

 筋骨隆々な巨漢が腕組みをしながら木陰から出る、それは大熊星座(ベアー)の青銅聖闘士で、名前は檄。

 今はパライストラの教師を務める男だった。

「酷い教師も居たもんだ。生徒が悪漢に襲われているのに、隠れて見物をしているだけなんだからな」

「抜かせ、本当に悪漢なら何を於いても助けるわ!」

「……だろうね」

 相手がユートだからこそ黙って見ていたのだ。

 ユートなら滅多な事にはなるまいし……

「ユナには良い実戦経験になったからな」

 パライストラの生徒は、実戦経験が不足していたから丁度良かったのだろう。

「んでさ、檄? 【闇】の小宇宙についてパライストラではどう教えてる?」

「う、うむ。力はそれ自体に善悪は無いと教えてはいるのだが、【マルスの乱】での【闇】の小宇宙を湛えた隕石による重力被害……

  あれが事の他酷かったらしくてな、どうしても【闇】を良い意味では捉えられんらしい」

「チッ、そいつは確かに難しい話だな」

 まあ、ユートは【闇】の小宇宙以外にも属性が使える訳だし、わざわざ軋轢を生む必要性も無い。

「それで、檄から視て生徒はどうなんだ?」

「やはりペガサスやドラゴンを継いだ二人は、潜在力が一段階くらい上だった。それにアンドロメダもな。だが、オリオン座のエデンは別格だ。

  流石はユートの直弟子という処か、頭二つは飛び抜けている」

「そりゃ僕もエデンを伊達に鍛えてないからねぇ」

 現在の聖闘士への道程は二種類があり、一つは昔の通り師弟によるマンツーマンの修業法。

 今は属性との兼ね合いもあるが、基本的にこの場合だと師の技を受け継ぐというケースも多い。

 もう一つがパライストラへの入学だ。

 聖闘士養成学校であり、聖闘士候補生から始まって聖闘士仮免生になったら、青銅聖衣を与えられる。

 また小宇宙を持たない、或いは小宇宙が青銅聖闘士のレベルで持ち得てても、守護星座を見出だせないといった場合に、

 機械の聖衣──鋼鉄聖衣を与えられ、鋼鉄聖闘士として正規聖闘士の補佐を行う。

 小宇宙が白銀聖闘士以上にまで達している場合は、精霊などを象る精霊聖衣を与えられていた。

 権威は白銀聖闘士に準ずるが故に、責任も同じくらいに重大である。

 問題は訓練生、候補生の数に反比例するかの如く、聖衣の数が足りない事。

 特に黄金聖闘士クラスの力を持ちながら、守護星座の聖衣に空きが無いから、黄金聖闘士に成れないなどの問題は深刻だ。

 別に今の黄金聖闘士が退けば良い訳ではないから、単純に引退と昇格という事など出来はしない。

 まあ、そこら辺は何とかするべく既に動いている。

「黄金聖闘士のお前には敵わないが、ユナも実力などは決して劣らんぞ?」

「ああ、中々に強い風を繰り出してきたからね」

 小宇宙を封印中であるとはいえど、ユートは経験も技術も遥かな格上だから勝てなかった訳だが、相手がユートでなくばユナは充分に一線級だったと思う。

「さて、取り敢えず檄──否、檄センセ。これから宜しくお願いしますね?」

「ブッ!」

 ユートがからかう様に急に生徒の口調となった為、檄は思わず吹き出した。

第1章:[パライストラ篇](4/19)
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「ただいま、沙織さん……それに光牙!」

「お帰りなさい星矢」

「お帰り、父さん!」

 黒髪の青年──星矢が手を振って肩にはバッグを担ぎながら歩いて来る。

 赤い袖無しの服にジーンズという、一三歳から変わらぬ格好をしていた。

 三日月島と呼ばれているアテナ所縁の島、城戸沙織と星矢と光牙の三人は執事の辰巳徳丸と共に、それなりに大きな邸で暮らす。

 たまに恐いお姉さん──間違ってもオバサンと呼べない──がやって来ては、光牙を鍛えていた。

 星矢が再々、出掛けているのは仕事であると光牙は聞かされており、事実として帰って来ればお土産片手に優しく微笑んでくれる。

 きっと自分は満たされていると思う、いつも柔和な笑みを浮かべて、勉強は嫌いだけど教えてくれている母親の沙織が居て、お茶らけてはいて三枚目ながら、

 時に厳しく、時には優しく接してくれる父親の星矢が居て、御巫山戯が過ぎると恐い執事の辰巳ジジィも要るし、シャイナという恐いお姉さんな師匠も居た。

 光牙の世界は三日月島で完結していたが、それでも数年間という優しい時間は掛け替えの無いモノだ。

 そんなある日、光牙は知ってしまった──聖闘士という存在について。

 どうやら、父親の星矢はその聖闘士であり、お姉さん──シャイナも聖闘士であるらしい。

 そして星矢が仕事だと言って出掛けるのも、聖闘士としての任務なのだとか。

 任務を伝えに来た時は、シャイナが普段は尻に敷く奥さん的な雰囲気を醸し出すというのに、この時ばかりは膝を付いている。

 つまり、平素は星矢にとってシャイナは逆らえないお姉さんだが、仕事の際には上司といった関係なのであろうと推測が出来た。

 その時には二人共、公私の区別を付ける為なのか、星矢がキンキラきらびやかな鎧を身に付け、シャイナも紫掛かった白銀色の鎧を身に付けている。

 光牙は思い切って沙織に訊いてみた。

「なあ、母さん」

「どうしたの、光牙?」

「聖闘士って、何?」

「っ! 光牙……」

 何故だろうか、沙織の瞳には何処か寂しそうで憂いの影が見えたのだ。

 暫くの沈黙の後に沙織はポツリポツリと話す。

 ──アテナの聖闘士。

 それは神代の頃より地上の愛と平和を、ギリシアの戦女神アテナと共に護ってきた少年達。

 アテナは正々堂々とした闘い方を好み、武器を使うのも厭うた為に聖闘士達は自らの肉体を極限にまで鍛え上げる。

 その拳は空を裂き、その蹴りは大地を割ると云う。

 今代のアテナがギリシアの聖域(サンクチュアリ)に降誕してより、三十年近くが既に経過している。

 その間にアテナと聖闘士は様々な邪悪と闘い抜き、そして今でも闘い続けているのだと語られた。

 光牙の推測の通り星矢も聖闘士であり、その中でも最強の十二人──黄金聖闘士と呼ばれている。

 とはいえ、激しい闘いの末に最強の十二人は減り、今や数は半分にまでなってしまった。

 牡羊座(アリエス)

 牡牛座(タウラス)

 双子座(ジェミニ)

 獅子座(レオ)

 乙女座(バルゴ)

 天秤座(ライブラ)

 水瓶座(アクエリアス)

 そして、星矢が九番目の人馬宮を護る射手座(サジタリアス)だと云う。

 シャイナは白銀聖闘士・蛇遣座(オピュクス)。

 シャイナが光牙を鍛えていたのは、決して聖闘士にする為ではなく、飽く迄も自身を護る為であり道を自ら決める為。

 聖闘士になるのも良し、ならないのも良しだ。

 どの道を選ぶにしても、貧弱貧弱ぅぅぅっ! では話にもならないのだから。

 基本的にはシャイナに鍛えられ、帰って来れば星矢も鍛えてくれた。

 何と云うか、シャイナは厳しくて厳しくて厳しくて厳しくて厳しくて厳しい。

 修業が大変だというのは覚悟はしていたが、これは本当に心が折れそうになるくらいだ。

 星矢も修業の時には厳しいと云えば厳しいのだが、それでも父親としての優しさや温かさはあった。

 そんな星矢から習っているのはペガサスの闘技で、流星拳やローリングクラッシュなどを教わっている。

 それ以外にも【心眼之法訣】という、相手の速度がどれだけに速かろうとも、その先を読む技術など闘いに必要な事を一通り。

 また、聖闘士は素手による闘いが基本ではあるが、武器の扱いを知る事により武器との闘い方を学ぶ。

 これは星矢が師匠である魔鈴から学んだ事、間合いの取り方や取り回しなどを知れば、闘いを有利に進める事も可能となる。

 過去、星矢達も武器の使い手と闘う事が屡々あったらしいし、これから新世代の光牙が闘う可能性も充分にあるから、きっと無駄にはならないであろう。

 修業を始めてから四年の時が経ち、一三歳となった光牙は三日月島を出ると、パライストラに向かい仲間と共に闘う事など、此処では学べない事を教わる為、光牙は旅立つ。

 光牙には嘗て星矢が纏っていたペガサスの青銅聖衣を造り直し、新しい形状になった謂わば新ペガサスの聖衣を与えられた。

 与えられた光牙自身は知らないが、星矢が実際に纏っていた最終青銅聖衣は、黄金の血や女神の血による進化を繰り返し、性能などが段違いに上がっており、

 新しい聖闘士が振り回されるだけでしかなく、聖域の聖衣を一新した時にこれらも同じく一新されたのだ。

 色は旧ペガサスと同じで空色をしており、聖衣櫃は廃止され聖衣石(クロストーン)に封じられている。

 流石にあんな櫃を現代社会で背負うと、目立ちまくる上に『私は聖闘士』だと喧伝する様なものだから。

 パライストラに着いて、光牙は得難い仲間を得ると彼らとの生活をしながら、真の聖闘士となるべく修業を続けるのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「う、ん……朝……か?」

 朝日に目を焼かれた為、ベッドの上で寝返りを打った光牙は、眠たい目を擦りながら起き上がる。

「何だか懐かしい夢を視た気がするなぁ……ふあ!」

 欠伸と共に背伸びをし、寝間着から普段着に着替えると、聖衣石(クロストーン)の腕輪を右腕に着け、顔を洗うべく洗面所へと向かった。

「よー、光牙ぁ!」

「蒼摩か、おはよう」

 仔獅子座(ライオネット)の青銅聖衣を与えられて、仮免生となりパライストラに来た二世聖闘士の蒼摩。

 所謂、親のや兄弟の世代も聖闘士である者や、外で師匠を持つ者達の事を揶揄する言葉、それが〝二世聖闘士〟である。

 蒼摩の父親は南十字座(サザンクロス)の一摩。

 そういう意味合いでは、義理の父親が聖闘士の光牙もそうだし、実父と義兄が聖闘士の龍峰もそうだ。

 また、白銀聖闘士に昇格をした兄からの修業を受けており、聖衣を受け継いでいる狼星座(ウルフ)の栄斗も括りとしては変わりがないとも云える。

 それはつい先日に此処へ来たオリオン星座のエデンとて同様で、白銀聖闘士・雀蜂座(ヴェスパ)のソニアの弟で、聖域に於いて黄金聖闘士からの修業を受け、青銅聖衣を与えられたとして二世扱いだ。

 要は初めからパライストラで訓練生となった者達が自らと、親や兄弟に聖闘士を持つ者や外から師匠を持って来た者を区分して二世と呼んでいる。

 つまり、光牙もエデンも蒼摩も龍峰も、そして昨日の夕方にユートへと絡んだ鷲星座(アクィラ)のユナ、

 彼女も外部で孔雀座(ピーコック)のパブリーンという白銀聖闘士から教えを受けていた為、パライストラ訓練生から上がってきている仮免生に疎まれていた。

 まあ、飽く迄も一部勢力的な意味でだが……

 ちょっとダサい白色制服に袖を通し、朝食を摂った光牙達は朝礼に出席をするべく、アテナ像の前に集合をして並んだ。

 訓練生、候補生、仮免生などの聖闘士を目指す者、教師、用務員、雑兵などが住まうパライストラだが、例外は無くこのアテナ像を信仰の対象として祈る。


「学園長よりの話がある」

 檄がマイクの前でそう言うと、学園長が壇上へと登って話を始めた。

 学園長は現役聖闘士で、守護星座の聖衣を持たないが故に、精霊聖衣を与えられている一人──雷王聖衣(ライトニング・クロス)のミケーネの事である。

 学園長とはいえ、最近まで聖域に詰めてエデンへと武術を教えていたが故に、まともに学園での仕事などしてはいない。

 勿論、学園長の決裁が要る仕事は聖域の方で熟していたし、たまにはパライストラに来て人材を見て回るくらいはしている。

「先日、聖域からオリオン星座のエデンが仮免生として来た訳だが、本来であれば同じ日にもう一人が来る予定だった。だが一身上の都合──アスガルドで愛人とイチャイチャしてた──により、

  一日遅れで当学園に仮免生として入学した。皆、新たな仲間と切磋琢磨する事を私は願う!」

 そんなミケーネが壇上で挨拶をして、本来であれば上司と云うべき黄金聖闘士を聖域で仮免を手に入れた仮免生として紹介した。

「青銅聖闘士・麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗だ! 互いに切磋琢磨して一刻も早く真なる聖闘士となる事を願う!」

 ユートはパライストラの白い長袖な制服姿で壇上へ上がり、右腕を胸元に据えるパライストラでの独特な『了解』の意を示すポーズを執ると……

「先程、学園長に紹介を与った麒麟星座の優斗だ! みんな、宜しく」

 嘘は言っていない。

 ユートは確かに麒麟星座(カメロパルダリス)の聖衣を持ち、仮免生という名目で此処に来ているのだし、間違った自己紹介では決してなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 教室に戻ると昨日、絡んできた鷲星座(アクィラ)のユナが近付いて来る。

「ユナか、何か用?」

「ごめんなさい!」

 話し掛けると行き成り、平身低頭して謝罪の言葉を投げ掛けてきた。

「何が?」

「先日、貴方に襲い掛かった事よ」

「ああ、あれね。僕としては返り討ちにした訳だし、嫌われたかと思ったけど」

「私から襲撃をした上に、返り討ちに遭って嫌うなんて事はしないわよ」

 表情は仮面で見えない、だけど口調から憮然としているのだろうなと、ユートは推察をする。

「襲い掛かったって?」

「ユナってば、もう転入生に唾付けたの~?」

「アルネ、小町、人聞きの悪い事を言わないでよ! それじゃ、まるで普段から私が男遊びしてるみたいじゃないの!」

 黒髪をロングストレートにして、頭にはヘアバンドを着けている少女と、茶髪をツインテールにした少女がユナに話し掛けた。

 どうやら黒髪がアルネ、ツインテールが小町という名前らしい。

「朝礼で貴方の自己紹介は見てたけど、私達とは初めましてだね。私は兎星座(レプス)のアルネ」

「あたしは鶴星座(クレイン)の小町だよ」

 自己紹介をされたユートは改めて名乗る。

「僕は朝礼で言った通り、麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗。宜しく」

 多分、ユナなりの御詫びといった処なのだろう。

 自分がこうして派手に謝れば、少なくとも友人であるアルネと小町は興味を惹かれて近付いて来る。

 それが会話の切っ掛けにでもなれば、パライストラに馴染み易くもなろう。

 まあ、ユナは女の子だから友人も基本的に女の子、こういう場合は同性の方が良いのだが、其処はユナも仕方ないと考えたらしい。

「お、何だよ。来て早々に女子に声を掛けるなんて、結構手がはえーな」

 赤茶けた髪の毛をツンツンにした少年が、ユート達に近付き話し掛けてくる。

 正真正銘、赤毛の少年を伴って人好きな感じの嫌味の無い笑顔を向けており、別にからかいに来たという訳でもなさそうだ。

「えっと、君らは?」

 なんて訊ねたが、実の処は片方──赤毛の少年の事は熟知している。

 何故ならば、アテナ達が彼の少年を聖域で姫巫女をしている少女と共に拾い、星矢と共に育てていた事を現場に居たから知っているのだから。

 訊ねられた二人が、茶髪の方から順番に自己紹介をしてきた。

「俺は仔獅子星座(ライオネット)の蒼摩。熱い炎の属性持ちだぜ!」

「俺は天馬星座(ペガサス)の光牙だ」

 蒼摩と名乗った少年が、手を振って癖のある黒髪を肩まで伸ばした少年へと、顔を向けると大声で呼ぶ。

「おーい、お前も此方に来て挨拶をしろよ!」

「うん、判ったよ」

 蒼摩に比べると大人しいらしく、少年はもう一人──翠色の髪の少年を伴って歩いて来る。

 ユートはどちらも直接は会った事が無かったけど、写真で顔だけは知っている少年達であった。

「やあ、初めまして。僕は龍星座(ドラゴン)の龍峰……コホッ!」

「僕はアンドロメダ星座の詠……宜しく」

 どちらも正に二世聖闘士であり……

「聞いて驚け!」

「牙の勇者?」

「いや、牙の勇者って何なんだよ!?」

「さあ? 何なんだろ」

 反射的に返しただけで、意味は解らない。

「まあ良いか。この二人は伝説の聖闘士、ドラゴンの紫龍とアンドロメダの瞬の息子なんだぜ!」

「ふーん」

「ふーんって、反応が薄くないか?」

「僕は父親が英雄だからといって、息子をよいしょするのはどうかと思うから」

 龍峰と詠の顔が変わり、何処か友好的な表情になっていく。

 恐らくは散々に言われてきたのだろう、英雄の子供というのは良くも悪くも、大変なものだと云う事か。

 それにしても、龍峰は良いとして詠は翠の髪の毛な訳だが、瞬はアニメ版とは違って原作風味の亜麻色であった筈、彼の母親は金髪だというのにどんな遺伝子の悪戯でこの色に?

 龍峰は両親共に黒髪で、龍峰本人も黒髪だから解るのだけど……

 顔立ちは紫龍の面影が残るが、どちらかと云ったら春麗の遺伝子が優ったのだろうか? 女装をさせたら似合うかも知れない。

 三つ編みにして春麗と並べたら母娘で通じる。

 詠は瞬みたいな癖毛を長く伸ばし、実際に三つ編みにしているからか、男の子というよりボクっ子な上で男の娘という感じが強い。

 銀河戦争で黄色い声援を受けていた瞬の息子なら、寧ろ当然なのだろうか?

「麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗。宜しく」

 二人と握手を交わす。

 何も成していない内に、父親の功績から期待をされたり、逆に勝手な失望感を露わにされる気持ちは少し理解出来るが故に、龍峰と詠の二人とは良い関係を築きたいものである。

 義理とはいえ星矢の息子の光牙、紫龍の息子である龍峰、瞬の息子の詠。

 氷河の息子は未だに来ていないが、揃えば鳳凰星座(フェニックス)を除けば、嘗ての星座が一揃えとなる訳で、ひょっとしたら学園もその辺を期待しているのかも知れないと考えた。

 因みに、マ○コンの氷河が結婚なんてしたのか? といえば、マーマへの想い出に浸っていた彼だって、一人の男なのだから傍に誰かしら居れば、リビドーの赴く侭に手だって出す。

 妻の名前はナターシャと云い、以前に氷戦士(ブルーウォリアー)に襲われた際に彼女と出逢った。

 氷戦士を纏めるのが兄、アレクサーだった事も手伝って、囚われた氷河の事に責任を感じていたし、父殺しを止められなかった事もあって自殺さえしようとしたくらいの娘で、

 もっと早くそうなっても良かったのでは? と思ってしまうくらいに美少女である。

 結局は氷河に救われて、暫くは何ら関わりを持たなかったもののある日、ひょっこり再会をした。

 それから何度か会う機会にも恵まれ、いつしか二人は惹かれ合ったと云う。

 一九九九年の闘いの前、妊娠が発覚した事もあって籍を入れ、【マルスの乱】の後に正式にナターシャと結婚をした。

 出逢いから既に二二年、三十路も半ばの今は氷の国の女王と呼べる程、目も眩む様な美女となっている。

「そういや、お前の属性は何なんだ?」

 属性──氷河や瞬の様に小宇宙へと属性を変換させる技能を正式に採り入れた聖域では、新規の候補生達にそれらを修得させると、自らも会得していった。

 これは偶に顕れる討伐の対象が属性を持ち、相対する属性を使えば攻撃面での優位性を持てると考えて、アテナが決定をした結果であると云える。

 ユナは先日の事で【風】の属性だと判っているし、蒼摩は自ら【炎】属性だと話していた。

「……」

 よもや【闇】とは言えないユートは、仕方なく嘘ではないが真実でもない……

「【光】属性だよ」

 【光】だと言った。

 本当は全ての属性を持っているが、其処まで言うには及ばないだろう。

 授業を受ける時は【光】属性を使えば良い。

 何だかユナが微妙な雰囲気を醸し出している。

「へえ、光牙も【光】なんだぜ? これって珍しいらしいんだがな」

「おい、蒼摩!」

「良いじゃねーか、属性くらいよ!」

 バンバンと背中を叩きながら笑う蒼摩に、呆れながらされるが侭の光牙。

「そうだね、蒼摩の言う通りだよ。僕の属性は【水】なんだ」

「僕は【風】」

 龍峰と詠が言うがこれはまあ、予想をしていた。

「私も龍峰と同じ【水】」

「あたしは【土】だよ」

 次いでアルネと小町も、自らの属性を答えた。

 そんな和気藹々な雰囲気をぶち壊す声が響く。

「ふん、二世連中が!」

 憎々しげな少年が吐き捨てる様に言ったのだ。

「誰だ? あいつ……」

「飛魚星座(ヴォランス)のアルゴよ、余り私達を好きではないらしいわ」

 聞いた事がある。

 純パライストラ生と外様とも云える、昔ながらでの修業後にパライストラに来た者での確執。

 アルネと小町もどちらかと云えば、純パライストラ生ではあるが、ユナと友達だからか二人共特に拘りは無さそうだ。

「(前途多難……か)」

 ユートは密かに嘆息するしかない。

「というより、何でお前が此処で仮免生をしているんザンスか?」

「無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄ぁっっ!」

「ヤッダーバァァアアアア……」

 行き成り近付いてきた、モヒカン男に当て身を喰らわせて気絶させる。

「い、市先輩? 優斗! おま、突然何を!?」

「おや、具合でも悪いのかなぁ? たいへんだ~! 保健所へ連れて行こう」

 完全な棒読み。

「いや、保健室だろ!?」

 光牙のツッコミは無視、市先輩(笑)をユートは担いで保健所──もとい、保健室へと運んで行く。

 その後、市には自分の事を話すなとおど……頼んでおくのだった。

第1章:[パライストラ篇](5/19)
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 授業はアテナの事や聖域の歴史、他神話系統の知識などを学んでいき、訓練場では戦闘訓練や属性と無属性の切り換えなど、知識を詰め込むだけでは得られない事を学んでいく。

 当たり前だが、前知識の無い純パライストラ生だと訓練生から始め、実技だけでなく座学も必須とした。

 今日は鋼鉄聖闘士の歴史についてを学ぶ。

「ああ……鋼鉄聖闘士というのはだな、アテナを護る正規の聖闘士の補佐をする機械製の聖衣を与えられた者達だ。基本的に守護星座の導きが無い者、小宇宙に目覚めていない者がなる」

 訓練生や候補生の場合は明日は我が身であると考えるのか、或いは学ぶので精一杯なのかは判らないが、特にリアクションも無くて筆記していく。

 だけど、仮免生となった青銅聖闘士の見習い達は、心無い者だと失笑をした。

 機械に頼る小宇宙も使えない半端者である……と。

 それはユートの最も忌み嫌いなタイプであり、そういう連中は寧ろ踏み付けたいとすら思う。

 飛魚星座(ヴォランス)のアルゴの様な、特定の師匠の修業を受けての途中編入者に対した偏見持ちも少なくないというのは、ハッキリ云うと問題だった。

 聖闘士の本領は戦闘で、即ち座学だけをやれば良いと云う訳ではないのだし、実技も確りとやっていく。

 実技に関しては模擬戦という形を執り、一対一での戦闘や多対一や多対多など様々なシチュエーションを想定した闘いを行う。

 仮免生ともなれば、実技での模擬戦闘訓練でも聖衣は纏うし、闘えば負傷もして聖衣を壊す事もあった。

 とはいえ、聖闘士は多少のダメージであれば幾らでも治せるし、聖衣とて修復が可能なのだ。

 何しろ聖衣は少しばかりの損傷であるならば、聖衣石(クロストーン)へと戻したら自己修復が成される。

 勿論、鳳凰星座(フェニックス)みたいな一掴みの灰さえ在ったら、其処から再び羽ばたくとかダイナミックな修復ではない。

 昔の聖衣櫃(パンドラボックス)みたいな機能で、それよりは強い修復だ。

 事実として……

「鷲星座聖衣(アクィラ・クロス)!」

 ユナの鷲星座聖衣(アクィラ・クロス)は、少し前にユートにより胸部を破損していたが、今ではすっかりと修復が成されていて、

 傷一つ無い形で分解されるとユナの細く折れそうな、だけどとても色気を持った肉感的な肢体を鎧った。

「兎星座聖衣(レプス・クロス)!」

 水の小宇宙が噴き出し、兎を象るオブジェがアルネの頭上に顕現し、分解されると真っ白な雪の如く聖衣がアルネを鎧っていく。

「鶴星座聖衣(クレイン・クロス)!」

 大地が隆起すると小町の頭上に鶴を象る菫色をしたオブジェが顕現して、甲高い音を鳴り響かせて分解、装着がされた。

「アクィラのユナ!」

「レプスのアルネ!」

「クレインの小町!」

 青銅聖闘士(ブロンズ)の三人娘が聖衣を纏う。

 三人娘の内のユナは龍峰と模擬戦を行い、アルネは風鳥星座(エイパス)のパラダイスと、小町がアルゴと闘う事となっていた。

 檄の『始め!』の掛け声から始まる模擬戦。

 戦闘を始める六人の仮免生達だが、ユートはそれを見て何とも言えない表情となる。

「何つーか、呪文詠唱の無い魔法戦を見てる気分」

 水を飛ばすは風を吹かせるは床から土壁を出すは、聖闘士というより魔導師な感想しか湧かない。

 純粋な意味での小宇宙戦とは何だったのか?

 そんな是非を思わず問いたくなる光景に、ユートは嘆息をするしかなかった。

「鏡花水月っ!」

「はぁっ!」

 龍峰がユナに向けて水を鉄砲の様に打ち出す。

「拳の一点に収束した水の小宇宙を敵に打ち出す技、それならいっその事だから拳に乗せて殴った方が良くないか?」

 ユートの兄のネギが雷の魔法を乗せる【雷華崩拳】というのを使っていたし、多分だがその方が威力という意味では強い。

 況してや……

「(龍星座(ドラゴン)の拳は盾と同様、青銅聖衣の中でも最硬を誇る。黄金聖衣を除けば正に最強の矛だ。星矢がやったみたいに盾とぶつければ互いに破壊されるが、

  楯座(スキュータム)の白銀聖衣さえ打ち砕く。それにあの鏡花水月とやらを乗せれば、可成りの威力を見込めそうだけど)」

 わざわざ打ち出しているから、威力は純粋な小宇宙頼りになっているのが如何にも惜しいと思う。

「(そういや、身体が丈夫じゃないらしいな。だから肉弾戦より中距離を選んでいるのか?)」

 鏡花水月を躱したユナが空中で前転をしながらも、右手を引っ掻く形で揮う。

「強風鉤爪(ゲイル・タロン)ッ!」

 鷲の鉤爪をイメージし、風の小宇宙を乗せて放った一撃が龍峰を襲う。

「明鏡止水!」

 龍峰の盾からは水が噴き出し、水の盾を形成すると風の鉤爪を防いだ。

 脚技を特意とした戦法を使っていたが、手技が無い訳でもなかったらしいユナの攻撃、それを龍峰は苦も無く防ぐが……

「やっぱり水を盾から切り離して使うのか」

 直接的に盾へ乗せるのではなく、形成した水の盾をドラゴンの盾から切り離していた。

 ユナは風の小宇宙を纏うと回し蹴りを放つ。

 それはユート対して使った技、惜し気も無く晒した太股が眩しい蹴りから風の竜巻が巻き起こった。

「神聖竜巻(ディバイン・トルネード)!」

「し、しまった!」

 龍峰が体勢を整える前に竜巻が吹き飛ばす。

「うわぁぁぁぁぁああっ! ぐはっ!?」

 壁に大の字に叩き付けられた龍峰が、ズルズルと床に落ちた。

「それまで、勝者アクィラのユナ!」

 互いに殺し合う闘いではないにせよ、此処に一つの決着が着いたみたいだ。

「龍峰、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 遺恨無くユナは龍峰へと手を貸し、その手をアッサリと取った龍峰はゆっくりと立ち上がる。

 それはまるで、スポーツを観たかの様な錯覚を覚える光景だったと云う。

 それと同時に、アルネとパラダイスの闘いも終わったらしく、アルネが台風弾丸(タイフーン・ブレット)で吹き飛ばされていた。

 飛魚星座(ヴォランス)のアルゴと小町の闘いも佳境に入ったみたいであるが、ツインテールの左側を揺っていたゴムが切れて降りていて、聖衣も可成りの損傷を被っている。

「オラオラオラッ!」

「うぐ、あぐっ!」

 腹パンを三連発、更には顎に一撃を入れるアルゴ。

「がはっ!」

 嗜虐的な笑みを浮かべ、アルゴは拳大の水を拳に集めると、宙を舞った小町に向けて打ち放つ。

「喰らえ、轟水拳打(アクア・フィスト)!」

 一時に二十発もの水で出来た拳が小町を襲い……

「キャァァァァッ!」

 鶴星座(クレイン)の聖衣が砕かれながら、後ろの壁まで吹き飛ばされた。

「トドメだ! 飛魚跳撃(ヴォランス・ジャンプ・クラッシャー)!」

 足下からジェット水流を発して加速したアルゴが、小町の小さな肢体を頭から突っ込んで貫く。

「ぐえっ!」

 丁度、それは鳩尾へと入って小町は全ての酸素を吐き出してしまい、仮面をしていて判らないが涙を流しながら苦悶の表情となっていると思われる。

 後ろの壁が抉れている様が威力を物語り、破壊衝撃からか鶴星座聖衣(クレイン・クロス)も威力をまともに受けて砕けていた。

「それまで! 勝者は飛魚星座(ヴォランス)のアルゴだ!」

「小町!」

 檄からの勝利宣言の後、ユナとアルネの二人が小町へと駆け寄る。

 呻き声を上げる小町は、どうやら既に気絶しているらしく、小さな身体を余り身動ぎさせない。

「アルゴ、やり過ぎよ!」

「ハァ? やり過ぎだ? 聖闘士の闘いは命懸けなんだよ! 属性の不利を覆して勝った俺が、何で責められなきゃならねー?」

 両腕を勢いよくバッと開いたアルゴは、口元を吊り上げながら叫んだ。

「よせ、ユナ!」

「優斗? だけど!」

「アルゴの言葉には概ね、間違いはない。命懸けの闘いに敗けるというのは死を意味する、これが実戦なら小町は死んでいる!」

「ぐっ!」

「とはいえだ、これは実戦という訳でもなし、最後の一撃は要らなかったろ?」

 ユートがアルゴを睨め付けつつ言う。

 まあ、単なる弟子志願のテスト程度で兄をズタボロにしたユートが言えた言葉でもないが……

「ふん、新入り! 文句があるなら俺と戦り合って勝つんだな!」

「うわ、なに? その噛ませ犬臭が溢れた科白」

「んな!? だ、誰が噛ませ犬だとぉぉお!」

 若干、引き気味なユートの言葉に真っ赤な顔で怒鳴るアルゴは、怒り心頭で拳を振り上げた。

「やめんかぁぁぁぁっ! 二人共っっ!」

 一触即発な空気の中で、檄が衝撃波さえ起こせそうなシャウトにて止める。

 名付けて大熊絶叫(ベアーシャウト)……は兎も角としても、流石のアルゴも檄の雷には顔を顰めつつ、然し口を閉じた。

 階級的に同じ青銅聖闘士とはいえ、所詮は見習いに過ぎない仮免生のアルゴと歴戦の勇士の檄、その差は圧倒的と云えるのだから、当然の反応であろう。

「そんなに闘いたければ、機会を作ってやる。我々、アテナの聖闘士が無闇矢鱈と私闘など赦されんぞ! 十分間休憩の後、飛魚星座(ヴォランス)のアルゴと、

  麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗で試合をする。暫し二人共、頭を冷やせ」

「判りました……」

「了解」

 アルゴは舌打ちするくらいに忌々しそうな表情で、ユートは瞑目しながら首肯をしつつ言った。

 ユートは小町を抱えると所謂、保健室と呼べる場所へと連れていく。

 ユナとアルネもそれに慌てて付いて行き、訓練場は自然と純パライストラ生と外部入学生で分かれて銘々に会話を始めた。

 光牙と龍峰も、光牙が来たばかりの頃にちょっとした事で喧嘩になり掛けて、試合で事を収めている。

 お互いに伝説の聖闘士の息子、だが龍峰とは異なり光牙は謂わば養子。

 その事で口論となって、殴り合いへと発展して試合という流れだ。

 後に龍峰は光牙に語る。

『義兄さんをバカにされた気がした』

 龍峰は確かに紫龍と春麗の実の息子だが、義兄である翔龍は廬山の麓で赤子の頃に拾われた養子。

 彼は両親の愛情が龍峰に向かう様に、早くから家を出ると龍星座(ドラゴン)の聖闘士として動いていた。

 世界各地で暗躍を続ける神の闘士の存在が見え隠れする中、異変の調査に出ていた氷河と連携をしつつ、争いが有らば闘う。

 勿論、聖闘士の仕事には要人警護もあるから、それを行う事も多々ある。

 また、正規にはアテナの聖闘士でなかったのだが、双子座の黄金聖闘士が擁している聖騎士(セイント)──聖闘士とは分けてこの様に書く──とも連携して、異変調査を進めていた。

 特に暫く双子座と共に居なかった天秤座や時計座、炉星座や六分儀星座達が戻ってからは、彼女らと連携をする事も多い。

 アテナの守護はこの当時だと射手座の星矢が常時、三日月島で行っていた。

 特別なアテナの姫巫女はアテナの侍女達に任せて、任務を与えられた聖闘士は全員が出払う事も珍しい話ではなく、その穴埋めには白羊宮に黒髪の女性が立っていたと云う。

 龍星座(ドラゴン)は龍峰が大きくなり、仮免生となる頃には紫龍に返却され、背中に天秤座を継ぐ者の証が浮かぶ翔龍には、天秤座の黄金聖衣が与えられた。

 紫龍に代わり暫く天秤座を預かっていた玄武から、黄金聖衣を受け取ってからは天秤座の黄金聖闘士として活動をしている。

 玄武は祭壇座(アルター)の白銀聖衣を与えられて、教皇である紫龍が里帰りをしている間の指揮を執り、紫龍が教皇の玉座に帰ってから、名実共に教皇の補佐役として指揮をしていた。

 そんな先達の意志を継ぐ義兄を崇敬の念で見る龍峰にしてみれば、養子である事を卑下する光牙を赦せなかったのかも知れない。

 龍峰も、自分があんなに激昂するとは思わなかったと言い、その事に関しては光牙に謝罪をしている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「聖なる癒しのその御手、母なる大地のその息吹……我等が前に横たわる傷付き倒れし彼の者に、我ら総ての力持て、再び力を与えん事を……『復活(リザレクション)』」

「それ、魔法なの?」

「ああ、そうだよ」

 ユートが呪文詠唱すると両手から暖かな光を発し、傷付いていた小町の肉体が徐々に回復していく。

 その光景にユナとアルネは驚いていた。

 魔法の存在そのものは、二人共が知る事。

 この世界には魔法使いが居て、聖闘士と同じとは云わないまでも二千年を越える歴史を持つのだと。

 聖闘士も理論上は魔法が使えるらしいが、パライストラや聖闘士の修行地では特に教えてはいない。

 というより、未だに五里霧中な授業体制という事もあって、教えようにも教師も居ない状態である。

「聖闘士の小宇宙は心の奥の生命の灯火だ。そして、其処から派生したエネルギーたる魔力、氣力、霊力、念力を使うのが魔法や闘氣や霊能や超能力。

  黄金聖闘士や白銀聖闘士にも超能力を使う者は居るし、霊能を使える存在も居るのだから魔法を使う聖闘士が居てもおかしくはないだろ?」

「え、ええ。そうね……」

 牡羊座の貴鬼の様に生ま付き超能力が使える人間も居り、それに小宇宙を足して強大な力に換える聖闘士も少なからず居るのだ。

 例えば、貴鬼の亡き師匠である牡羊座(アリエス)のムウがそうだった様に。

「小町の肉体は治せたが、問題は鶴星座(クレイン)の聖衣だろうね」

 鶴のオブジェ形態を執る濃い菫色であった聖衣が、現在は痛々しくもボロボロであり、破損や罅だらけで鉛色となっている。

「この聖衣は死んでいる。こうなっては聖衣石による修復も利かない」

 これでは仮令、聖衣修復師であっても〝通常〟では修復が出来ない。

「そ、そんな!」

「小町が悲しむわね」

 ユートが残酷な現実を口にすると、仮面で判らないがユナは驚愕の声を出し、アルネも悲哀を秘めた声で呟いた。

「そろそろ時間だね。僕はアルゴと闘って来るよ」

 死んだ聖衣は扨置くと、ユートは訓練場に戻る。

 其処では、アルゴがニヤニヤしながら聖衣を纏って腕組みし待ち構えていた。

「よう、新入り。逃げたのかと思ったぜ?」

「逃げる? 何の為に?」

「へっ、俺の小宇宙はこの純パライストラ生の中でも三指に入るんだ! てめえ如きじゃ俺にゃ勝てねーんだからよ!」

 アルゴは確かに強い。

 純パライストラ生とは、即ちこの学園で育ったと言っても過言ではない者達、彼はその百人は悠に居るであろう純パライストラ生の中でも可成りの実力者で、

 厳しい鍛練を経て早い時期に訓練生から候補生に上がって、そして仮免生となりこの飛魚星座(ヴォランス)の青銅聖衣を得ている。

 性格は兎も角としても、実力は間違いなく学園でもトップクラスなのだ。

 ユートは嘆息をすると、檄の方へと顔を向ける。

 早く始めろと言わんばかりのユートの表情を見て、流石の檄も大きく溜息を吐きたい気分になった。

 パライストラの中で育った聖闘士や仮免生や候補生の中には、外で師匠を持つ候補生や親兄弟が聖闘士のサラブレッドに対して鬱屈した感情を持つ者も居て、

 檄や他の教師もそこら辺は頭を痛めている。

 故にこそ龍峰や詠も厭な思いをした事は決して少なくなく、結局は外様同士で友人関係を築き上げた。

 それが更に派閥みたいなものとなり、外様組と純パライストラ組に分かたれる要因となる。

「優斗よ、お前は聖衣を纏わんのか?」

「必要ありません」

「む、そうか……」

 アルゴはそれを聞いて、顔を真っ赤にし怒り狂う。

「てめえ、この俺を虚仮にする心算かよ!?」

「良いから始めよう」

 ユートの態度はアルゴの苛立ち紛れの怒声にも変わる事は無く、檄は処置なしと頭(かぶり)を振ると……

「始め!」

 右腕を挙げると始まりの合図を掛けた。

 アルゴがすぐに水に変換された小宇宙を収束する。

「ブッ飛べや! 轟水拳打(アクア・フィスト)!」

 放たれる二十発にも及ぶ収束された水の拳。

 数こそ大した事はない、だけど速度の方は間違いなく凡そ秒速三四〇メートルという、青銅聖闘士の標準的な速さを持っている。

「エタ・ナル・インフィ・アイオン・ゼロ。来れ氷精・爆ぜよ風精・弾けよ凍れる息吹!」

 ユートはその水の拳を、紙一重の隙間で躱しつつも悠長な事に、呪文の詠唱を謡うかの如く紡いでいた。

 それはMMを滅ぼす際、使えぬと思っていた連中を絶望に叩き落とすべくわざと使い、自分達の勘違いをまざまざと見せ付ける様に使った魔法の力。

 普段は殆んど使おうともしない、MMが推奨していた精霊を使役するタイプ。

「氷爆(ニウィス・カースス)ッ!」

 パキィン! 打ち込まれる水の拳を躱しつつ前進、最接近をしてアルゴに氷爆を撃ち込んでやると、温度にして凡そ零下一八〇度、

 青銅聖衣をも凍結する事が可能な凍気を発し、アルゴを氷付けにしてやった。

 小宇宙でガードをしていれば魔法を防ぐ事も可能な筈だったのだが、アルゴは小宇宙攻撃に集中させていた為に、殆んどモロに喰らってしまったのだ。

「油断をすれば魔法使いに足下を掬われるって典型、小宇宙を使えても僅かな隙が自分を殺すと知れ」

 まあ、別に殺しちゃいないのだが……

「それまで、勝者は麒麟星座の優斗!」

 ポカンとしていた檄が、ユートの科白が終わってから我に返り、勝利の宣言をするのであった。

2020/10/5