【魔を滅する転生星】第1章

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第1章:[パライストラ篇](11/19)
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 夕飯の後に、月(ユエ)と部屋にて二人きりで会話を楽しんでいた詠だったが、急に真面目な──それでいて柔らかい微笑みを浮かべながら月(ユエ)が言う。

「詠ちゃん、明日はちょっと特別な日なんだよ♪」

「特別? はて、何かしら有ったっけ?」

 月(ユエ)の言葉に首を傾げて思い出す詠だったが、聖域でのイベントには思い当たらなかった。

「誰かしら誕生日とか? 月(ユエ)じゃないよね」

「違うよ~。実はねぇ……今日、レオーネ様が獅子座の継承をするんだ!」

「レオーネさんが? でも……それじゃ、今の獅子座(レオ)の一輝伯父さんは」

 ずっと獅子宮を留守にしていたからリストラか? 詠は失礼千万な事を考えたものの、一輝は確か行方不明とされてはいるのだが、

 実際には任務に就いていると父親──乙女座(バルゴ)の瞬から聞いていた。

「こないだ、一輝様が帰って来て聖衣の継承をするって話を教皇様としてたの。それで、明日が獅子座聖衣の継承式典なんだって」

「へぇ……」

 レオーネは、先代獅子座の黄金聖闘士アイオリアと従者リトスとの間に生まれた子供で、冥王ハーデスとの最終聖戦の前にユートの画策の末に結ばれる事で、

 アイオリアの死後にリトスがレオーネを生む。

 聖衣は世襲制ではなく、飽く迄も守護星座の導きと修業次第だが、レオーネはアイオリアと同じく獅子座(レオ)を守護星座とする。

 今までは一輝という今代の獅子座(レオ)が居たし、それ故に聖闘士の資格を与えられても、聖衣を得る事は無くずっと修業に明け暮れていた。

 だけどその一輝本人が、獅子座(レオ)の黄金聖衣を返還すると言ってきた為、今回は急遽としてレオーネを新たな獅子座(レオ)へと任命する運びとなる。

 何しろ、行方不明になる前は一輝こそがレオーネの師だったのだ。

 自らの後継者を手ずから修業を付け、そして明日にはその結実たる聖衣継承が行われて、新しく獅子座(レオ)が誕生をする。

 一輝はこれ以降より聖域に於いて、正式に鳳凰星座(フェニックス)の聖闘士として動く事になるのだ。

 この措置をアテナが良しとしたのは、鳳凰星座聖衣(フェニックス・クロス)を纏えるのが現段階で一輝しか居ない事と、

 レオーネも成人となっている事だし、いい加減で聖衣を与えなければならなかった為。

 また、群れるのを嫌っている一輝は滅多に聖域には帰って来ないし、唯でさえ黄金聖闘士が足りていないのに、獅子宮の守護者足り得る者が居ながら、

 いつまでも雑兵同然としておくのが勿体無いというのも理由だった。

「という訳で、詠ちゃんも出席してね?」

「判ったよ、月(ユエ)」

 どうやら今日、帰って来てくれというのはこの為だったらしい。

 道理で誰もパライストラの詠を一時帰郷させるのを反対せず、アッサリとそれを認めた筈である。

 折角の継承式典な訳で、聖域内の出られる聖闘士や雑兵、巫女、侍従、聖闘少女は全員が出席する様だ。

 当然ながらフォーマルな格好をせねばならないが、聖闘士のフォーマルスーツとは即ち聖衣。

 詠はアンドロメダ聖衣を纏って出席する事になり、月(ユエ)は聖衣創成師によって造られた天聖衣(アスクロス)を纏う。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「兄さん!」

「瞬、お前も戻って来ていたのだな」

「はい!」

 袖を捲った紺の半袖服に赤いジーパン姿、額に傷を持つニヒルな笑みを浮かべる男──

 一輝に話し掛けてきたのは、乙女座(バルゴ)の黄金聖衣を纏う女性を思わせる顔立ちで、目を閉じた亜麻色の髪の毛の男──

 乙女座(バルゴ)の黄金聖闘士である瞬だった。

 最後の御勤めとばかりに獅子宮に上がって来た矢先だった、一つ上の処女宮からすぐに駆け付けたのだ。

「黄金聖闘士になっても、相変わらずだな」

「三十路を後半も過ぎて、未だに放浪癖があるお前が言える事か?」

「星矢……そうか、光牙はパライストラだったな」

 更に瞬の後ろから現れ、一輝に声を掛けたのは背中に翼を持つ黄金聖衣を纏った男、射手座(サジタリアス)の星矢。

 嘗てのペガサスであり、義息子の光牙に新天馬星座聖衣(ペガサス・クロス)を与えて、パライストラへと送り出した後は聖域に顔を出す様になった。

 因みに、聖衣は黄金聖衣以外を全て造り直されて、旧聖衣を纏うのは一世代前の聖闘士のみとなり、現代の聖闘士は基本的に全員、新聖衣となっている。

 形状はΩ版に窮めて近いものだが、決してゴム聖衣には非ず……

 アテナ──城戸沙織は、辰巳徳丸と共に三日月島に結界を張って篭っているのだが、今日は新しい獅子座の黄金聖闘士が誕生する事もあって、聖域へと戻って来ていた。

 星矢はお供みたいな形でエスコートをしたばかり、詠よりは遅かったが沙織も既に神殿に入っている。

 今頃は身を清める為に、水垢離(みずごり)の真っ最中であろう。

「フン。放浪癖というが、俺は任務を受けて動いているだけだ」

「任務が無くても同じだと思うが?」

 やれやれとオーバーアクションで言う星矢。

「そういうお前は、アテナと幼馴染みとシャイナの間をフラフラと放浪しているのだろうが!」

「なっ! そりゃ、美穂ちゃんとは……」

 最後までは言えず口篭ってしまう。

「いっその事、開き直って優斗みたいに三人共を囲ったらどうだ?」

「うぐっ!」

 ナニかが突き刺さり左胸を押さえた。

「何をしているのですか、貴殿方は?」

「翔龍……」

 更に三人へ声を掛けて来たのが、天秤座聖衣(ライブラ・クロス)を纏う黒い長髪の青年の翔龍。

 割と最近、義弟の龍峰が龍星座聖衣(ドラゴン・クロス)を継承し、これまで纏っていた翔龍は天秤座の黄金聖衣を継承する。

 一輝は逆パターンだが、これも一つの様式美というやつであろうか?

「翔龍も明日の事を話に来たのか?」

「そうですよ、星矢さん。私は天秤座(ライブラ)として聖闘士の善と悪を計りし要ですし、レオーネは友人なのでそんなのは関係無く何を置いても出席します」

「ああ、そうだったな」

 翔龍はレオーネと年齢が近い事から、友人としてもライバルとしても切磋琢磨をしてきた。

 修業地こそ五老峰と聖域で離れていたが、双子座の黄金聖闘士による聖域改革の一環というか、開校するパライストラみたいな環境を少し整え、

 テストケースにしてみようと云う話になって、翔龍やレオーネ達の世代の候補生が対象となり実施をされる。

 これは星矢の世代に於ける意識を変えようという、ちょっとした試みの一つ。

 実際に星矢はギリシアで修業していた頃、シャイナを筆頭に日本人である事から差別を受けてきた。

『聖衣はギリシアの大いなる遺産、東洋人の星矢には絶対に渡さない』

 これが候補生や雑兵共、そして最初の頃のシャイナの選民意識。

 実際には確かに聖衣は、ギリシアの戦女神アテナが聖闘士の為に用意をして、神代の頃から受け継がれてきた物だ。

 だが、黄金聖闘士にすらギリシア人が殆んど居ない現状で、余りにナンセンスな事を言っている訳だし、何より東洋人が駄目とか言ったら天秤座(ライブラ)の童虎を非難する事に……

 因みに、今の黄金聖闘士は半数が東洋人だ。

 それは兎も角として……翔龍とレオーネは実力の近い者同士だし、交流会ではお互いに実力を確認し合う仲だった。

「フッ、確かに友の晴れ姿だからな」

 振り向けば、金髪碧眼のクールな佇まいの男が……

「氷河さん!」

 白羊宮から上がって来たのか、入口の方より氷河が水瓶座聖衣(アクエリアス・クロス)を纏い、マントを棚引かせ歩いて来る。

 クールな外見にホットな心を持つ氷河は、カミュの意志と聖衣を受け継いで、氷の貴公子の二つ名を欲しい侭に、水瓶座の黄金聖闘士として活躍をしている。

 普段は黄金十二宮(ゴールド・ゾディアック)に詰めているが、基本的に聖戦の無い間の聖闘士は暇を持て余している程ではないにせよ、常に厳戒体制を敷いている訳でもない。

 此処には黄金聖闘士以外にも雑兵の皆さんを始めとして、侍従や巫女達などの非戦闘員から聖闘少女みたいな戦闘員、青銅聖闘士や白銀聖闘士も詰めている。

 更にはユートが幾人かの聖騎士を送り、黄金十二宮の穴埋めなどに当たらせてもいたから、氷河が何日かを故国で過ごしても問題は特に無く、

 故に氷河は暫くの間を東シベリアで妻と共に暮らしていた。

 正確には妻のナターシャ──氷河の母と同じ名前──はブルーグラード出身であり、兄のアレクサーによる野心を止められなかった彼女は、

 父のピョートルを兄が殺した事に心を痛め、素肌を晒すレベルの服装で外へと出て氷像となる。

 何とか命に別状が無い間に救われて、アレクサーも妹の行為に愚かさを覚って涙を流した。

 聖戦を終えて偶々、氷河は任務でブルーグラードへと向かい、ナターシャとの再会を果たす。

 それを切っ掛けとして、氷河とナターシャの仲が深まり、数年の交際期間を経て結婚するに至った。

 因みに滞在中にはヤコフに修業を付けてやり、その数年で白鳥星座聖衣(キグナス・クロス)を受け継ぐ事となり、

 一九九九年に於ける【マルスの乱】では、キグナスのヤコフも氷河と共に参戦をしてる。

 一九九七年に妊娠発覚、一九九八年にはナターシャとの間に一子を授かって、息子に凍夜と名付けた。

 年月を経て益々盛ん……ではなく、仲を深めている夫婦故にか氷河はよく帰郷をしており、今回も詠からは怠慢と言われた訳だが、

 一足違いでサボり扱いされたなど流石に氷河も思いはすまい。

「皆様、お揃いですね」

「ん? 確か君は……優斗の擁する聖騎士(セイント)の一人、黄金聖騎士・双子座(ジェミニ)のリゼット」

 清楚という言葉が服を着て歩いているみたいな……そんな少女が双子座の聖衣を身に纏って現れた。

 双子座のリゼット。

 本名はリゼット・ヴェルトールと云い、名前以外の記憶を喪った状態だった。

 そんな彼女を、長い黒髪に血玉の如く瞳の少女? により渡される。


『どうするべきか悩んだけどね、私は判断に迷ったら面白そうな方を選ぶ事に決めているの。だから貴方にこの子を託すわ。

  クスクス……記憶を喪っているから嘗ての自分を全く覚えてはいないのよ、若しも貴方と〝結ばれて万が一にも記憶を取り戻したら〟きっと笑えるくらい動揺するわね」

 図書館島の主みたいに、常に其処で本を読んでいると聞くが、果たして何者でどんな意図からリゼットを渡したのか?

 それはユートにも理解は出来なかったが、リゼットという少女は何処かで見た覚えがあった。

 その答えはいずれ知る事となった訳だが、取り敢えず現在は関係無い話だ。

 彼女──リゼットが何故か欠番だった双子座(ジェミニ)の黄金聖騎士を拝命をしたのは、彼女が双子でこそなかったものの、

 その内に第二の闇人格を備えていた為で、それ故にか造った侭で放っていた双子座の黄金聖衣が反応を示した。

 形状を女性型に変えて、双子座聖衣(ジェミニ・クロス)をリゼットに与え、もう永久欠番でも構わないかと思った十二宮騎士団(ゾディアック)の双子座へと据えたのである。

 因みに、ユートは飽く迄も黄金聖闘士だ。

 この銀髪碧眼の少女は、聖域にユートが派遣をしていた姫巫女で蛇(アングイス)の栞──ルーナに非ず──と共に在る。

 護衛ではない。

 単純な実力では栞の方が余程強いのだから。

 栞──百野 栞──も実はリゼットとは御同輩で、他にも更に三人ばかり同じ境遇の者が居て、今回で起きる聖戦に向けて冥闘士に誘う心算だ。

 冥闘士は冥衣自体が本体と云え、纏えば肉体を冥衣に併せて作り換える。

 小宇宙を持って肉体的にも頑強となり、更に必殺技も覚えるだろう。

 ユートが造った聖騎士用の聖衣のバージョンアップとも云える機能で、流石は神であるハーデスが創っただけはある。

 リゼットが言う。

「明日の式典について話がしたいと、我が主ユートが御呼びになっています」

「優斗が? パライストラに居たんじゃなかったか? 確か……」

「今は貴鬼様を連れて聖域までお越しです」

「貴鬼まで? ひょっとしてジャミールに用事でもあったのか?」

 星矢は知らない事だが、ユートはジャミールまで赴いて、鶴星座(クレイン)の小町の聖衣の修復依頼に行っていた。

 その折に影武者となって双児宮に詰める優雅から、思念通話でレオーネの聖衣受領式典の話を聞き、急ぎ聖域まで貴鬼を引っ張りながら戻って来たのである。

 星矢達は第三の双児宮まで降りると、貴鬼も交えて黄金聖闘士で集合をして、明日の式典の話し合いを行うのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日となり、コロッセオには多くの人間が集う。

 大々的なセレモニーが開かれ、教皇の法衣を纏ってマスクを被った紫龍が玉座に座りながら、傅く聖闘士や巫女達を見遣る。

「これより、獅子座(レオ)の黄金聖闘士の一輝から、弟子のレオーネへ黄金聖衣の継承を行う!」

 紫龍が厳かに継承の宣言をすると、ワッと雑兵達が沸き上がった。

 普段から堅苦しい聖域に詰め、娯楽には飢えているのであろうが、これ程までとはレオーネも思わずに、そのハイテンションっ振りに引いている。

「聖闘士レオーネ、前へ」

「ハッ!」

 射手座(サジタリアス)の星矢が呼ぶと、レオーネは前へと歩みを進めた。

 仮免生制度は飽く迄も、パライストラのモノ。

 聖域で直接、聖闘士としての資格を与えられていたレオーネは、既に聖衣さえ有れば正規の聖闘士だ。

 星矢は白い絹のスカーフを風に棚引かせ、今回の式で進行役を務めている。

 一応、黄金聖闘士の纏め役が星矢だからだ。

 配置図で云うと、一番高い位置に有る玉座に紫龍が座っており、両隣に氷河と翔龍が立っている。

 中段に星矢が司会として立ち、更にその前には貴鬼とハービンジャーと瞬が立っており、双子座の優斗とリゼットがコロッセオ内で立会人をしていた。

 そしてコロッセオ中央に獅子座(レオ)の黄金聖衣を纏う一輝と、向かい合って立ったレオーネが居る。

 一輝はフル装備にマントまで羽織り、いつものラフさがまるで嘘みたいな格好で佇んでいた。

 雑兵や白銀聖闘士や青銅聖闘士はコロシアム内の席に着いており、アンドロメダの聖衣を纏う詠の場合、

 オリーヴァの姫巫女アリアと三日月(クレスケンス)の姫巫女・月(ユエ)、それに蛇(アングイス)の姫巫女の栞の三人を護る位置だ。

 ある意味で一番の特等席だったが、別の意味でなら針の筵とも云う。

 尚、梟(オウル)は故人であるが故に今は空位だ。

 一巡目はどうか知らないのだが、この二巡目に於いて星矢と星華の母であり、神域に居た頃のアテナへと仕えていた梟(オウル)──パルティータ。

 残念ながら星華と星矢を産んだ後、彼女は病に侵されてしまい死んでいる。

 それ故にユートは姫巫女として、新しい梟(オウル)を誰かしら捜して来て任命する必要があった。

 次の聖戦までには……

 それは兎も角、聖衣継承の儀式(イニシエーション)が始まる。

「レオーネ、手を出せ」

「はい、師匠!」

 一輝に命じられて素直に手を差し出すレオーネ。

 その手を取ると、一輝は獅子座聖衣(レオ・クロス)の聖衣石の填まる腕輪を、レオーネの手首に手ずから装着させてやる。

 聖衣が光を放つと一輝から分解離脱して、聖衣石を身に着けたレオーネへ次々と装着されていき、最後にマスクが頭に装備された。

 いつの間にか羽織られた純白のマントを靡かせて、一番高い所に座る紫龍へと膝を付いて頭を垂れる。

 紫龍は玉座から徐(おもむろ)に立ち上がり、法衣を掻き乱しながら右腕を横へと伸ばし……

「今、此処に獅子座の黄金聖衣は新たな聖闘士としてレオーネを選んだ。アテナの名の許に新しい獅子座の黄金聖闘士を祝福しよう」

 力強く、そして高らかに宣言と共に言祝(ことほ)いだのであった。

 それに再び沸き立つ周囲の雑兵達。

 雑兵の多くはギリシア人であり、仮にそれでなくとも東欧人が聖闘士を夢見て挫折をした者。

 他の地域で候補生となった場合は、駄目なら駄目で別の生き方──とはいえ、聖闘士の関係者──をする場合が多い。

 だからだろう、やっぱりギリシア人が聖闘士の頂点たる黄金聖闘士になったのは嬉しい様だ。

 雑兵は戦闘要員でなく、警備員に過ぎない。

 戦闘要員としては現代に於いて雑兵などではなく、今は鋼鉄聖闘士(スチールセイント)が担っている。

 鋼鉄聖闘士の方が、機械仕掛けとはいえど聖衣を纏う分は、雑兵よりもマシに闘えるのだ。

 ユートはそんな雑兵の考えを理解した上で、マスクの下の表情は渋いものとなっていた。

 選民意識はユートが嫌う一つであるが故に。

 人種も種族も闘士などにしても、優秀なのは所詮は個人に過ぎないのだ。

 自らの所属を誇るのは良いだろうが、傲るのは同じ『プライド』でも意味合いは全くの別物で違う。

 まあ、今は構うまい。

 今日はレオーネの門出、目出度い日なのだから。

 ユートは黒曜石(オブシディアン)も斯くやな漆黒の宝玉が填まる腕輪を手に持ち、それを見つめながら渡すべき〝二人〟の聖闘士を思って瞑目をする。

 星座の聖衣石、原典とは異なって形は一定の球状、色は聖衣のと同じだ。

 青銅聖衣と精霊聖衣だとカラフルな色で、白銀聖衣は銀色、黄金聖衣は金色、そして黒鍛聖衣は黒色。

 同一規格としては、石の中に聖衣の星座や精霊紋様が浮かぶ。

 ユートの構築した聖衣石は特別製で、一度でも聖衣を仕舞うと星座や精霊紋様が浮び、その聖衣の専用のモノとなるのだ。

 漆黒の聖衣石に浮かんだ紋様はアンドロメダ星座と獅子座、つまりこれの中身は黒鍛アンドロメダ聖衣と黒鍛獅子座聖衣(ブラックレオ・クロス)。

 黒鍛獅子座聖衣はムウとシオンに基部となるモノを渡して、其処から聖衣修復の要領で構築をした。

 要は貴鬼と同じである。

 与えるべきは愛しい娘の星那、そしてパライストラの学園長ミケーネ。

 星那とミケーネも同じく聖闘士の資格を持ちつつ、聖衣を与えられていないという状態だった。

 しかも星那は選りに選ってアンドロメダが宿星で、ミケーネはレオーネと同じ獅子座(レオ)。

 年長のミケーネは闘う為にも先に聖衣を──雷帝の精霊聖衣を与えられてしまったが故に、獅子座聖衣をレオーネに譲る形になってしまったが、

 そのミケーネにユートは黒鍛獅子座聖衣(ブラックレオ・クロス)を与える事にした。

 この後、彼は疾風迅雷──黒獅子ミケーネとして、その勇名を馳せる。

第1章:[パライストラ篇](12/19)
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「うわーい!」

 薄い菫色で、鶴の星座が浮かぶ聖衣石(クロストーン)の填まる腕輪を手に、小町は喜びを全身全霊で露わとしていた。

 鶴星座(クレイン)の新生聖衣(ニュークロス)を渡された事で、嬉しさに溢れ返っているのだろう。

 まあ、表情の変えられない銀の仮面の所為もあり、万歳をしながら喜ぶ小町はいっそ不気味に映るが……

 破壊が激しかった事もあってか、完全に形状が変化した新生聖衣。

 それは貴鬼の腕前も相俟って、とても美しい輝きを放っていたと云う。

「ありがとうね、ユート」

「僕はジャミールの貴鬼の所へと持って行っただけ、聖衣修復の為の血液だってユナとアルネが提供した。まあ、その言葉は受け取っておくよ」

 右腕を挙げて去るユートの姿は、気障ったらしくも気取っているのではなく、極々自然とやっているのが理解出来て、ユナは戦慄を覚えてしまった。

「(うわ、小町ってば堕ちちゃったかしら?)」

 仮面で表情の変化は判らなかったが、ぽけーっと後ろ姿を見送る小町を見て、そう考えるしかなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ではこれより、龍星座の龍峰と麒麟星座の優斗による模擬戦を行う!」

 檄先生の宣言を受けて、龍峰とユートが前へ出る。

 既に聖衣は纏っており、龍峰は濃翠色の龍星座聖衣であり、飛流直下三千尺と謳われる廬山の大瀑布に打たれ続けていた事により、

 ダイヤモンドさえ凌ぐ硬度を持つと云うドラゴンの盾と拳を装備していた。

 ユートは闇翠色(ダークエメラルド)に輝く麒麟星座聖衣を纏う。

 龍星座みたいな特筆する機能は付いておらず、能力は純粋に防具としてのみ。

 模擬戦は普通の学校で云う処の体育の授業の一環、つまりは定期的に誰かしらがこうして闘う。

 尤も、ユートの初の授業で鶴星座(クレイン)の小町が飛魚星座(ヴォランス)のアルゴから、手痛いダメージを肉体ばかりでなく聖衣にまで受けてしまい、

 その修復でジャミールまで出てしまった為、制裁の意味でアルゴを魔法でブッチめた後は全く模擬戦をしてはいない。

 アルゴ戦以来、二度目の模擬戦という事になる。

 とはいえ、新青銅聖闘士が本来なら黄金聖闘士たるユートに敵う筈もなくて、本気を出すでもない教導戦に近い闘いとなるだろう。

 仮令、小宇宙を青銅まで下げていたとしても経験値が違う訳だし、肉体的には神殺しの魔王(カンピオーネ)だから、地力からして大幅にユートが勝った。

「始めっ!」

 檄による合図を皮切りにして、ユートが様子見として一発目をかましに往く。

「はぁぁっ! 土燐撃!」

 土属性を乗せた一撃は、龍峰の水属性に強い。

 光属性だと聞いていたが故に、驚愕に目を見開きながらもドラゴンの盾で攻撃を受けた。

 ガキィィッ!

 流石は青銅聖衣最高硬度を誇るドラゴン盾、ユートの一撃を軽々と止める。

「くっ、君は光属性だと言ってなかったかい?」

「確かに言ったね。だけど他の属性が使えないと言った覚えはないな」

「っ! 栄斗みたいなものって訳か……」

「はると?」

「忍者出身の狼星座(ウルフ)の聖闘士さ!」

 龍峰は話ながらも油断無く後ろへと跳ぶと……

「はぁぁぁあああっっ! 鏡花水月っっっ!」

 小宇宙を水属性へと形質変化させ、右拳へと収束をすると撃ち出して来た。

 聞いた話だと撃ち出すだけでなく、近距離まで接近された場合は直に殴る事もあるらしいが、その場合だとカウンター気味に別な技を放つ事もあるのだとか。

 これは星那からの確度の高い情報だった。

 やはり余り近接(クロスレンジ)戦闘は得意でないらしく、どうあっても龍峰は近距離(ショートレンジ)と中距離(ミドルレンジ)に重きを置く様だ。

「はぁぁぁっ!」

 ユートは、秋の大四辺形を含めた一三の星の軌跡を描いていく。

「あれは俺の!」

 ペガサスの光牙が叫ぶ。

「ペガサス流星拳っ!」

 光牙の技であり、大元は光牙の義父たるペガサスの星矢が得意としたモノ。

 その速度は音速に届き、その拳の数は百にも及ぶ。

「くっ! 明鏡止水!」

 ドラゴンの盾から水属性に変換された小宇宙が噴き出すと、龍峰の肉体を護るかの如く前面に展開。

「高速でジェット噴射された水は仮令、ダイヤモンドでさえも断ち切るという。その威力を防御に換えた、君の拳は僕に届かない!」

 個別な防御をするのにはユートの流星拳がランダムな軌道故、難しくてユナはまともに喰らってしまった訳だが、

 バリアの様に水を展開して全身を防御してしまえば軌道に関係無く防ぐ事が可能となる。

 龍峰もまたユナから聞いていたのだ、ユートが光牙の流星拳を使うのだと。

 しかも完全アトランダムな無限軌道であり、点にて防ぐのが困難な事を。

 前動作で流星拳だと知った龍峰は、防御の為に小宇宙を燃焼させた。

 宣言の通りに流星拳は水のバリアに阻まれ、龍峰には傷一つ付いていない。

 ユートが使う水瀑結界みたいなものだろう。

「燐光拳っっ!」

「そうはさせないよ!」

 盾で防ぐ龍峰だが……

「えっ!?」

 左腕に強い痛みを覚えて目を見開き、頭を上げるとユートの表情を見遣る。

「中国は五老峰で修業をしていたなら、勁ってのは知ってるよな?」

「勁……」

「運動量を導く事により、正確に運動エネルギーをぶつける技法。これで相手に与える衝撃を徹す」

 最高硬度だとはいえど、伝わる衝撃まで完全カット出来るものではない。

 衝撃そのものを内部へと伝えるなど、この手の技であれば仮に黄金聖衣だとはいえダメージ必至。

「ドラゴンの盾は確かに、青銅聖衣最強の硬度を誇るだろうけど、どうもそれに頼り過ぎなきらいがある」

「ぐっ!」

 とはいえ、ある程度ならダメージを防いだらしく、吹き飛びながらも脚を地に付け、スリップをしながら後退った。

「それならこれでどうだ! 廬山……昇龍覇っ!」

 直ぐ様、龍峰は小宇宙を籠めて右腕を……右拳を振り翳すと、アッパーカットで水龍を撃ち放つ。

 ユートはその姿を確りと視た。

「(成程……ね)」

 水龍はユートを巻き上げると、その身体を天井にまで吹き飛ばしてしまう。

「くっ!」

 殆んど無防備に昇龍覇を喰らったユートは呻き声を上げ、天井には大きな罅を入れてしまった。

 だけど大したダメージでないからか、空中で一回転をすると……

「な、に!?」

 完璧には技が極らなかったのと、更には体勢を空中で整えた事に驚く龍峰。

 ユートは全身に捻りを加えて高速回転を始める。

「骨砕螺旋(ボーンクラッシュ・スクリュー)!」

「な、何だって!?」

 スクリューの名の通り、螺旋を描く蹴りが龍峰へと向かって降り注ぐ。

「くっ! 鏡花水月!」

 再び小宇宙を水属性へと形質変化し、骨砕螺旋(ボーンクラッシュ・スクリュー)をドラゴンの盾で防がんとする。

 グシャァァァァッ!

「そ、そんな……ぼ、僕のドラゴンの盾がぁぁっ!」

 ドラゴン最強の盾が粉々に砕け散り、敢えなく吹き飛んで壁へとぶつかって、罅割れた壁も砕け……

「ガハッ!」

 弾ける様に壁から跳ね返ると床に伏す。

「うっ……そんな、最強の盾が砕けるなんて!?」

 フラフラと立ち上がりながら、砕けて盾が喪われたレフトアームを見る。

「歴史に於いて、ドラゴンの盾が砕かれた事例は何度でもある。過信をし過ぎた様だね、龍峰」

「うう……?」

 最初の事例、銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)での対星矢戦で、紫龍が己の最強の盾と拳をぶつけ合わせて矛盾の故事に倣うかの如く、盾も拳も砕け散ってしまっている。

 劇場版の邪神エリス戦、楯座(スキュータム)のヤンとの闘いでも、今回ユートが放った必殺技と同じモノ──骨砕螺旋(ボーンクラッシュ・スクリュー)を盾で受けて砕かれた。

 黄金十二宮の闘いでま、黄金聖闘士・山羊座(カプリコーン)のシュラによる聖剣抜刀(エクスカリバー)にて、

 真っ二つに切り裂かれた事もあるし、海界での海将軍が一人クリュサオルのクリシュナのゴールデンランスに貫かれた事例すらあるのだ。

 最強を謳う盾とはいえ、決して無敵ではない。

「それならもう一度、廬山昇龍覇で!」

 龍峰は再び左腕を胸元に持っていき、右腕は腰を落としながら腰元に……

 だが、ユートはクスリと笑みを浮かべていた。

「良いのか、龍峰?」

「な、なにぃ!?」

「二度も昇龍覇を撃って……龍の右拳ががら空きになるぞ」

「っ!?」

 ピクリと額を震わせる。

「師から聞いた事は無かったのか? 廬山昇龍覇には致命的な弱点が存在する。それは最大の力を入れようとする余り、無意識に左腕が下がるというものだ」

「そ、れは……」

 龍峰も師の教皇・紫龍より聞いていた。

 それは廬山昇龍覇自体が持つ弱点であり、銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)で星矢が紫龍に指摘をした事でもある。

 勿論、紫龍も師匠であった天秤座(ライブラ)の黄金聖闘士たる老師より、同じ指摘を受けていた。

 僅か一万分の一秒という瞬間的な時間に過ぎない、だけど確実に紫龍の龍紋の右拳が──人体に於いては左胸である心臓の在る部位が無防備となる。

 尚、童虎には猛虎の紋、紫龍には昇龍の紋、翔龍にはその名の如く翔龍の紋が背中に浮かぶが、この紋様は単なるタトゥーでなく、

 その聖闘士が最高潮にまで小宇宙を燃焼させる事で、初めて背中へと浮かび上がるモノであり、この紋様は天秤座(ライブラ)の後継者の証でもあると、

 ハーデスとの前聖戦時に童虎本人が紫龍へと説明をしていた。

 そして龍峰にも紫龍のと同様、昇龍の紋が背中へと浮かび上がるのだ。

 故に、紫龍が指摘をされた龍の右拳は龍峰にも適用されている。

 この弱点は神闘士であるドーヴェのジークフリートも持っていたが、彼の場合は十万分の一秒という刹那の時間だった。

 だけど龍峰は未熟に過ぎるらしい。

「その時間は千分の一秒、だが聖闘士ならそれだけの時間が有れば充分だ」

 紫龍よりも隙が大きい。

「なら試してみるさ!」

 龍峰は自信と誇りを持って言うと……

「廬山昇龍覇っっ!」

 アッパーカットで水の龍が天に昇り往く。

「見えたぞ、龍の右拳! 廬山……龍飛翔!」

「なにぃ!?」

 小宇宙が龍を象り、まるで真っ直ぐに飛翔をするかの様に龍峰へと翔ぶ。

 属性変換をしない純粋な小宇宙による攻撃……

「がはぁああっ!」

 ユートの振るわれた右拳が龍峰の左胸を穿った。

「ゴフッ!」

 音速で龍峰の背後まで、一気に駆け抜けるユートと後から抜けた衝撃波にて、壁まで吹き飛んだ龍峰。

 更に右腕を振り翳して、ユートは小宇宙を水に変換させ、龍峰へと手刀を振り下ろす。

「よく見ておけよ龍峰! これは龍星座(ドラゴン)の紫龍が、山羊座(カプリコーン)のシュラから受け継いだ技……聖剣抜刀(エクスカリバー)!」

「うおおおおっ!?」

 極限まで出力を上げて、超高圧力で薄く鋭い水の刃と化し、まるで西洋剣の如く変化させる。

 それが龍星座(ドラゴン)を斬り裂くが、龍峰は何とか躱す事に成功した。

「それまで! 勝者、麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗!」

 だが素早く追い掛けて、龍峰の首筋へと手刀を突き付けていたのを檄が認め、ユートの勝利を宣言した。

「大丈夫か、龍峰?」

「う、くっ……強いね……優斗は」

「ああ……まあねぇ」

 そもそもにして肉体的な強さと経験が違うが故に、少しばかり心苦しい気分となってしまう。

 小宇宙を青銅聖闘士並に落としても、そこら辺まで変化はしていないから。

 ユートが龍峰に手を貸してやると、『ありがとう』と言って手を取ってゆっくりと立ち上がる。

「うわ、結構ボロボロになっちゃったな」

 自身の姿を見遣りつつ、そのズタボロな聖衣や服に苦笑いを浮かべた。

「小町の時程じゃないし、聖衣石に仕舞えば自然修復をするだろう。早目に修復して欲しければ、自分の血を傷付いた部位に掛けておくと良い」

「そうなんだ?」

「ちょっとした裏技だね。聖衣が死んでいるのなら、修復師に頼むしかないんだけど、そうでないならそれだけで済むよ」

「うん、判ったよ」

 龍峰は聖衣をオブジェへ戻すと、軽く手首を切って血液を龍星座聖衣(ドラゴン・クロス)へと掛ける。

「戻れ、ドラゴン!」

 右腕を翳しながら龍峰が叫ぶと、光を放って聖衣が吸い込まれる様に消えて、龍峰の深翠色の聖衣石には龍星座の紋様が浮かぶ。

「うむ、二人共よく闘ったものだな。では次、アンドロメダの詠と黒鍛アンドロメダの星那、前へ!」

「「はい!」」

 前へと出た翠の髪の毛を両横で御下げにした詠と、薄い亜麻色の癖っ毛な星那の二人が聖衣石(クロストーン)を掲げて叫ぶ。

「アンドロメダ!」

「黒鍛(ブラック)アンドロメダ!」

 星那にとっては聖衣受領から初めての戦闘だ。

 アンドロメダは深い緋色に黒い縁取りという色合いであり、早い話が一巡目の世界で瞬が聖衣石化してから纏っていたのと同じ物。

 黒鍛アンドロメダは全体が漆黒で、形状は最終青銅聖衣のアンドロメダと同じに形を整えられている。

 オブジェは共に鎖で絡め取られた女性の姿。

 カシャーン! 軽快で甲高い音を響かせて分解されると、アンドロメダ聖衣は詠の肉体、黒鍛アンドロメダ聖衣は星那の肉体を各々で鎧っていく。

 詠も星那も色の違いこそあれ、同じアンドロメダであるが故に基本的な戦法は変わらない。

 つまり、アンドロメダの星雲鎖での戦闘。

「始め!」

 檄の宣言を受けると同時に二人はチェーンを放つ。

「征け、星雲鎖(ネビュラチェーン)!」

「征きなさい、黒鍛星雲鎖(ブラックネビュラチェーン)!」

 緋色と黒色の鎖が飛び交って相手を襲う。

「雷陣波撃(サンダーウェーブ)!」

「黒鍛雷陣波撃(ブラックサンダーウェーブ)!」

 雷の如く波打つチェーンが交差し、互いに互いを穿つべく飛翔する。

「護れ、回転防御(ローリングディフェンス)!」

「護って、黒鍛回転防御(ブラックローリングディフェンス)!」

 星那の黒鍛雷陣波撃(ブラックサンダーウェーブ)を詠の回転防御(ローリングディフェンス)が防ぎ、詠の雷陣波撃(サンダーウェーブ)は星那の黒鍛回転防御(ブラックローリングディフェンス)が防ぐ。

 正に同キャラ対戦とでも云うべきか、全くの互角で攻防が繰り広げられた。

 二人の唯一の相違点……それは即ち属性である。

 詠は瞬と同じ風属性へと小宇宙を変換するのだが、星那は父親たるユートから水精霊との親和性を受け継いでおり、水属性への変換を得意としていた。

 チェーン同士での闘いが互角なら、残るは小宇宙による闘いが勝敗を分ける。

「黒鍛・蛇牙星雲(ブラックファングネビュラ)!」

「な、なにぃ!? 星那の黒い鎖が蛇に?」

 だが、小宇宙のぶつかり合いとなる前に星那が仕掛けてくる。

 暗黒アンドロメダが使っていたブラック・ファングネビュラ、鎖が蛇へと変わって相手に絡み付き締め上げる必殺技だ。

 然しも回転防御であれ、這う様に防御をすり抜けてきた攻撃に、防ぐ事も叶わなかったらしい。

「うわぁぁぁぁっ!?」

 ギリギリと詠の身体を締め付ける黒い鎖、息苦しいのか自然と涙腺が弛んだらしく涙目となり、息を荒くしながら鬱血もあって頬を紅く染めていた。

「あ、ん……食い込んで……くる……っ!」

 ゴクリッ!

 色っぽい苦しみ方をする詠を見て、何人かの男子が微妙に前屈みになりつつ、固唾を呑んでいる。

 見遣れば、光牙が『俺は正常、俺は正常……』とブツブツ呟いており、蒼摩も『へへ……俺とした事が、男にトキメいちまったぜ』と前屈みに膝を屈していたと云う。

 まあ、それも仕方ないと云えるだろう。

 詠は前世と変わらない姿をしており、端から視れば貧乳ボクっ娘な美少女とも取れる容姿をしている為、

 吐息を荒々しく吐いて頬を赤らめながら縛られ悶える姿は、何だかイケない気分にさせてくれるのだから。

 だが男だ!

 メイド服やスク水が似合いそうな可憐な容姿……

 だが男だ!

 檄も父親が父親なだけに納得していたりする。

「うむ、然もありなん!」

 アホ者共で一杯であり、女子聖闘士仮免生達が絶対零度の視線を向けていた。

 それは兎も角……

 この侭で済ます心算など無い詠は、全身に力を籠めて振り解こうとする。

 だけど絡み方が絶妙で、力が上手く入らない。

 チラリとユートを見て、途端に恥ずかしくなる詠。

 何故か解らなかったが、こんな姿をユートに視られるのは恥ずかしく、紅くなった頬を更に真っ赤に染めてしまう。

「くうっ……逆巻け、僕の小宇宙よ!」

 聖闘士とはいえ肉体的に見れば、ちょっと強いだけの人間に過ぎない。

 神の闘士が超人染みた力を発揮する事が出来るのは偏に、小宇宙という心の奥底から沸き上がる生命の煌めき、

 小振りなビッグバンに等しいエネルギーを燃焼させる事によって、肉体を大幅に強化しているから。

 小宇宙を無しに、聖闘士とはいえどもクレーターを穿つパンチは放てないし、音速を越え超音速を越えて極音速さえも超越、亜光速は疎か光速にさえにも達する速さを得る事は不可能。

 通常の小宇宙で無理だと云うのなら、更に小宇宙を燃焼させてやるまで。

「ウオォォォォオオッ!」

 翠の風が逆巻いて詠を包み込むと、詠の中から力が沸き起こってきた。

「せいっ!」

 ジャリィィンッ!

「チェーンが!?」

 引き千切られた黒い蛇が鎖に戻る。

「この侭、往かせて貰う」

 翠の風が気流となって、星那の周囲を巡り往く。

「これは……」

「我が父、元アンドロメダの瞬より教わった星雲気流(ネビュラストリーム)」

 瞬は時に甘いとさえ云える優しさ故に、有り余った小宇宙を封じて星雲鎖のみで闘っていた。

 それ故に危機に陥る事も非常に多く、劇場版などでは『兄さん招喚装置』と化していた程だ。

「成程、これが……ね」

「星那、下手に動かない方が良いよ。僕のストリームは君の動きに合わせて変化をする。気流(ストリーム)から嵐(ストーム)へ」

「そうかしら?」

「えっ!?」

 はたと気付く。

「こ、この蒼い小宇宙……まさか星那の?」

 冷たく重たい小宇宙の渦が詠の周囲を取り囲む。

「星雲潮流(ネビュラカレント)……詠の星雲気流と似た技よ」

「そんな……どうして?」

「私もね、お父さんから教わっていたの。アンドロメダの聖闘士が使うネビュラの技について。私の小宇宙は水属性、詠の周囲を囲んだそれは潮の流れ。

  そして今一つ、とある世界に於いてペルセウス・アンドロメダ型神話では、エチオピアの王女であるアンドロメダとは即ち、ペルセウスが斃した海獣そのものであると云う。

  その名を海水を司る海母竜──ティアマット。淡水と暗黒を司る神アプスの妻であり、マルドゥクにより退治された【蛇】で、その神話を取り込んだのがペルセウスがアンドロメダを救う逸話。

  ティアマットを斃しまつろわされた存在こそがアンドロメダ王女、つまりブラックアンドロメダである私が使うに相応しい技という訳よ!」

 【カンピオーネ!】世界に於いて、ペルセウス自身が言っていた話だ。

 【蛇】たる母神を斃し、まつろわせた美姫を我が物とするが【鋼】の英雄たる彼の役割。

 その神話に準えて、星那は大気中の水分から潮流を操作し、詠の星雲気流と同じ様な現象を起こした。

「くっ、こうなったらぶつけ合うまで!」

「私と詠、小宇宙の量では詠が勝るけど、重さに於いては私が勝る……故に私達は殆んど互角」

 風は軽いが故に全属性で最も攻撃力が低く、水属性や土属性は重さがあるから有利と云える。

 だが、量という意味では詠に分があるが故、相対的には互角となっていた。

「吹き荒べ!」

「押し流せ!」

 小宇宙を全開……

「「ネビュラよ!」」

 翠と蒼が渦巻く。

「星雲嵐渦(ネビュラストーム)ッッ!」

「星雲潮渦(ネビュラヴォルテクス)ッッ!」

 ぶつかり合うネビュラとネビュラ。

 押し合い圧し合う小宇宙の渦──ストームとヴォルテクスが相殺をし合って、そして世界が反転する。

「うわぁぁぁぁっ!?」

「キャァァァァアアッ!」

 相殺し合わなかった余剰エネルギーが、力の反作用によって二人を吹き飛ばしてしまうのだった。

第1章:[パライストラ篇](13/19)
.
 ほんの僅かな刹那の時、それぞれが反対側吹き飛ばされた星那と詠を、一つの影が受け止める。

「えっ? おと……優斗」

 がっしりと抱き留められた星那は、仮面の下で頬を紅く染めてしまう。

 父親だとはいえ、永らく共に暮らしてはいなかった訳だし、見た目が明らかに父親というには若い。

 抱き締められれば照れてしまうのも無理はない。

 そしてもう一人……

「ちょっ、優斗!?」

 同じくユートに抱き留められて、狼狽をしながら顔を紅潮させる詠。

 どうしてか詠にも解らないが、こんな風にユートの腕の中に居ると安堵をしてしまうし、何だな照れてしまう自分が居た。

「ぼ、僕は男だから星那みたいに助けてくれなくても大丈夫だ!」

 それが少し悔しいのか、ちょっと突っ慳貪な態度になって詠は無理に身体を引き離す。

「そうだな、月(ユエ)を護るなら強く在らねば」

「う、うん……」

 『月(ユエを護る』……月(ユエ)を想うとほっこりしてしまうから不思議だ。

「この模擬戦は引き分けとする!」

 檄がそう宣言をした。

 その後、ペガサスの光牙VS風鳥星座(エイパス)のパラダイス。

 オリオン座のエデンVS兎星座(レプス)のアルネ。

 海豚星座(デルフィネス)のギュネイVSコンパス星座(キルキヌス)のフック。

 冠星座(コロナ・ボレアリス)のダリVS旗魚星座(ドラド)のスピア。

 仔獅子星座(ライオネット)の蒼摩VS海蛇星座(ヒドラ)の市。

 定規星座(ノルマ)のルチアーノVS馴鹿星座(カリブー)のルドルフ。

 鶴星座(クレイン)の小町VS鳩星座(コロンバ)のグレイ。

 この組み合わせで模擬戦が行われた。

 因みに、飛魚星座(ヴォランス)のアルゴは凍傷を負い模擬戦は休みである。

「そういえば、栄斗ってのはどうしたんだ?」

「狼星座(ウルフ)の栄斗、今は里帰りをしてるんだ。元々が聖闘士になる事を、兄弟共々反対されていたらしくてね、説得の為に戻るって言っていたよ」

「狼星座(ウルフ)の栄斗……若しかして白銀聖闘士・蜥蜴座(リザド)の芳臣(よしとみ)の弟か?」

 ユートの疑問に龍峰が答えてくれたが、それを聞いたユートは白銀聖闘士である蜥蜴座(リザド)の芳臣を思い出す。

「確か、蜥蜴座(リザド)の芳臣も富士流忍軍の忍だった筈だし、彼は元・狼星座(ウルフ)だった。それに、弟子が居たな……」

 弟子が何処の誰かまでは知らなかったが、元は自分の青銅聖衣──狼星座聖衣(ウルフ・クロス)を弟である栄斗へと承け継がせたのであろう。

 聖闘士資格や聖衣は世襲するモノではなく、星の導きと聖衣に選ばれる事。

 だが、皆無でもない。

「正直、君のその知識が何処からくるのか知りたい気もするね」

 苦笑いの龍峰。

 少しばかり情報を公開し過ぎたらしい。

「まあ、今は良いか。君は聖域で聖闘士の資格を得たみたいだし、聖闘士発祥の地なら色々と情報や人脈も在るだろうしね。だけど、あの廬山龍飛翔や聖剣抜刀(エクスカリバー)というのはいったい?」

「廬山龍飛翔は教皇や黄金聖闘士・天秤座の翔龍が使う技だね。小宇宙を纏った状態で自らを昇龍覇で真っ直ぐ飛翔させる技かな?

  聖剣抜刀(エクスカリバー)は元々、山羊座(カプリコーン)の聖闘士が至上命題としてきた技。前聖戦でも魔斬りの以蔵が使っていたという記録も在る」

 一巡目での前聖戦に於いても、山羊座(カプリコーン)のエルシドが使っていた秘技だ。

「不幸な行き違いがあり、龍星座(ドラゴン)だった頃の教皇が、十二宮での闘いで山羊座のシュラと激闘を
した後、彼の意志と共に受け継がれたと聞く」

 本人から……

「そうだったんだね」

「龍峰なら使えるんじゃないかな? 要修業だけど」

「父さんや義兄さんが使っている技を?」

「頑張る価値はあると思うんだけどな……僕も使える訳だしさ」

「そう……かもね」

 龍峰は少しばかり考えてから頷いて応える。

 この後、ユートから適宜アドバイスを受けながら、技の訓練をする龍峰の姿が見られたと云う。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ユートの部屋には仮面を取り去り、ベッドの上にてユートに甘える星那──但し実の娘だからエロ無し──の姿が在る。

 ヒルダの娘……姉達に比べると甘えられなかったが故か、こうやってたま~に甘えに来ていた。

 ユートも生まれていた事を知らなかったとはいえ、星那に余り構ってやれなかったからなのか、特に拒む事もない。

「ねえ……どうしたの? お父さん」

「うん?」

「難しい顔してる」

「ああ、檄が言っていた事で……ね」

「檄センセが?」

「二つの案件について相談をされてね」

 この場に居る最高権力者は学園長……黒鍛獅子座(ブラックレオ)のミケーネではなく、黄金聖闘士である双子座のユートだ。

 一応、十二宮黒鍛聖闘士は黄金聖闘士に準じる権力を持っているが、その場に黄金聖闘士が居るのなら、やはりそちらの権威の方が高いのである。

 まあ、ユートが黄金聖闘士だと知るのはミケーネと檄と市、弟子であるエデンと娘の星那くらいだが……

「二つの案件って?」

「一つ目は鋼鉄聖闘士養成所との合同訓練。二つ目がアテナのパライストラ視察の件だな」

「鋼鉄聖闘士って、機械の聖衣を纏う聖闘士だよね? そんな計画があるんだ」

「まだ早いと思うんだよ。青銅聖闘士仮免生の中でも純パライストラ生、一部とはいえ鋼鉄聖闘士をバカにしている者も居るからね。

  それに那智や蛮に聞いた話だと、鋼鉄聖闘士候補生も正規の聖衣を与えられている聖闘士に、隔意を持つ者も居るらしいし……」

「ああ、ありそうね」

 幸いにも龍峰や詠などにそんな意識は無かったが、筆頭は飛魚星座(ヴォランス)のアルゴ、それ以外にも何人かが鋼鉄聖闘士について軽く見る意見があったらしい。

 要するにアレだ、上には上が居る上昇思考とは真逆な考え、下には下が居るという訳だ。

 エリート様やサラブレッドな同期の聖闘士仮免生、そういうコンプレックスを刺激される存在が身近に居る中で、自分を保つ為にも小宇宙を使えなかったり、

 ある程度は使えても星座の導きを得られなかったりすると、実力次第で精霊などを象る聖衣を与えられるのだが、大抵は鋼鉄聖衣という機械仕掛けの聖衣を与えられて鋼鉄聖闘士となる。

「軍に無理矢理例えると、教皇が元帥、黄金聖闘士が将官、白銀聖闘士が佐官、青銅聖闘士が尉官、雑兵が下士官といった感じだね。

  それで精霊聖闘士は白銀と同格──例外在り──で、十二宮黒鍛聖闘士が准将、他の黒鍛聖闘士は聖衣の元となった階級に準ずるし、鋼鉄聖闘士は准尉って感じになるな」

 青銅聖闘士は低くとも、少尉……或いは三尉だ。

 小宇宙を使えずに機械に頼るからには、どうしても実力主義によって成り立つ関係上、正規の聖闘士より下になってしまう。

 戦闘能力にしても聖衣の武装が有る分、雑兵よりはマシな程度でしかない。

 所詮は機械で足りていない能力を補っているだけ、小宇宙という爆発的な力の発露の源を持たねば、超人にも等しい力は得られないのだから。

 ユートが造る鋼鉄聖衣であれば、氣と魔力の合一による小宇宙に程近いエネルギーを得られるから結構、強くなれるのだが……

 麻森博士やグラード財団スタッフでは、どうしてもそこら辺のシステムを構築が出来なかったし、量産型鋼鉄聖衣に後付けをしようにも拡張性が低くて無理。

 というより、システムの問題から後付けが出来る類いの物ではない。

 外付けや後付けの出来ないシステムである以上は、初めから組み込む事を前提に造るしかなかった。

 況して、そんなバカスカと量産が出来る物でもなかったから、ワンオフ程ではなくとも数を用意出来ないのが痛い。

 其処で少し方向性を変えてみる事にした。

 生体エネルギー系のシステムは難しいが、装甲板を変える事は出来る。

 神の闘士を相手にどれだけ有効かまで判らないが、装甲板をPS装甲仕様へと喚装してみた。

 これも数を揃えるのには時間が掛かるが、陰陽合一法を組み込むのに比べればコンスタントに出来る。

 純粋なエネルギー攻撃には意味を為さないにせよ、物理的な攻撃からは可成りの防御を期待出来たから、現在は急ピッチで鋼鉄聖衣の装甲仕様を変えていた。


 閑話休題……


 聖闘士を目指す人間には何種類かがあり、食い詰めた人間──孤児など──が門戸を叩く場合、他の神の闘士に家族を殺された復讐者の場合、

 家族が聖闘士だから成り行きでなる場合、純粋に愛と平和を護りたい場合などだ。

 鋼鉄聖闘士だとはいえ、生命を懸ける分はグラード財団から決して少なくない手当てが出るし、衣食住に困る事もないから孤児などが食に困ると門戸を叩く。

 それは、正規の聖闘士も鋼鉄聖闘士も変わらない。

 やはり決定的なのは……

「人間の性根だな」

 ユートは嘆息をすると、膝に乗せた星那の頭を撫でてやる。

 星那は擽ったそうに目を細め、その感触を楽しんでユートに身を委ねた。

 やはりまだ時期尚早であると判断するが、檄達としてはそれを解消する為にも早目に第一回目の合同訓練をしたいらしい。

 檄だけでなく、鋼鉄聖闘士養成所のグレートティーチャー(笑)の那智と蛮も、どうやら同じ意見だとか。

 実際に問題が起きたら、第二回に向けて話し合いをして解決案を模索しようという事な様だ。

「まあ、案ずるより産むが易し……かな」

 そんな事を考えてると、ノックがされて扉が開く。

「優斗、話したい事が……ごめん!」

 それは詠だった。

 詠はユートと星那の姿を認めると、真っ赤になって謝り扉を閉める。

 端から見るとイチャイチャする男女の図な為にか、詠はどうもそこら辺を勘違いしたらしい。

 仕方無くユートは詠を追い掛け、部屋へと引き摺り込んでやった。

「ねぇ、詠……何で目を逸らしてんの?」

 何故か顔を背けて目を逸らす詠に、星那が小首を傾げて訊ねると……

「仮面を着けろ、このバカ星那!」

 今も尚、目を剃らした侭怒鳴ったものだった。

 女性聖闘士の仮面の掟、本来聖闘士の世界はアテナ以外では女人禁制であり、若しも女子で聖闘士となる場合は、女である事をかなぐり捨てるべく素顔を仮面で覆わねばならない。

 故に、女性聖闘士が仮面の下の素顔を視られると云う事は、女である自分の姿を視られるに等しく、裸を視られるより屈辱的な事だとされ、

 男に素顔を視られたら視た相手を殺すか……若しくは愛するしかないのだと云う。

 例外は家族や恋人など、覆い隠す必要のない相手の場合だ。

 また、アテナの侍女として選出された聖闘士だと、仮面を着ける必要は無い。

 アテナは女神であるし、その肉体の世話をするのはやはり女性の必要があり、故にこそ仮面で女を捨てた女性聖闘士ではなく、女性の侭に聖闘士となれる者を数名だけ赦されていた。

 その条件は完璧な女性──純潔──である事。

 まあ、闘うメイドさんと思えば間違いない。

 そんな特殊な聖闘士を、聖闘少女(セインティア)と呼び、聖闘士の聖衣と別に聖衣が用意されているのを鑑みて、遥か神代の頃より存在していたのが窺えた。

 星那は聖闘少女(セインティア)ではなく、普通に聖闘士だから仮面を被るの必要がある。

 父親(ユート)の前だったから、星那は仮面を外して素顔で接していた。

 見た目的に詠や星那とは同い年に見える様に設定をしており、詠からしたなら仮面を外して接する仲──恋人同士──に見えたのかも知れない。

 そして、星那は詠が部屋に引き摺り込まれても尚、仮面を外した侭だったからこそ、詠も目を逸らしていたという訳だ。

 指摘を受けた星那は仕方無く仮面を着ける。

 漸く落ち着いて話が出来ると嘆息をしながら口を開いた詠だったが、図らずも詠の用事とは星那との会話の内容に被ったものがあったという。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「アテナの視察の件か? それなら知っている」

「そう……アテナは療養で余り聖域にも帰らないし、代わりに姫巫女が視察に来る事になったんだ」

「姫巫女ねぇ、アリアと栞と……月(ユエ)の三人か」

 詠は頷いた。

 アリアは光牙と共に拾われた子供で、アテナの光の小宇宙を浴びて吸収をしており、その縁から姫巫女として教育をされている。

 栞の場合、何処からともなく連れて来られた少女であり、ビブリオマニアと云えるくらいに読書好きだ。

 そして月(ユエ)、彼女は双子座(ジェミニ)のユートが連れて来て、詠と友達になる様に言った娘。

 ユートが連れて来たと云う意味なら栞と同じだが、栞はユート本人がある程度の面倒を見たのと異なり、初めから詠に託していた。

 何故なら、月(ユエ)の事は詠と月(ユエ)の前世に連なる約束──否、契約とさえ言っても過言ではない、そんなものが有ったから。

「それじゃあ、護衛に誰が来るかは?」

「そこまで詳しくは知らないけど多分、乙女座(バルゴ)の黄金聖闘士の父さんは確実かな……と」

「ああ、確かに人当たりは良いよねぇ」

「やっぱり父さんの事も知ってるんだ」

「そりゃ、聖域(サンクチュアリ)に居たから。で、相談ってのは?」

「護衛とは別に僕らから、案内役を出すらしい」

「で、詠が来たなら立候補をしたのか?」

「うん、月(ユエ)の案内役に立候補した」


 認識阻害の術式の所為なのか、ユートが姫巫女の事を呼び捨てても違和感を感じない詠は、普通に会話を続けている。

「それでさ、ユートが向こうの意向で推薦されたみたいだよ」

「うん? 僕が?」

「そう、アリアと栞の二人の姫巫女から」

「……そうか」

 迂闊と言えば迂闊。

 確かに案内役を選出するなら、詠が立候補しなくても月(ユエ)が選ぶだろう。

 それと同じく、アリアと栞ならユートを選ぶ筈。

 何故ならば、この二人は聖域でもユートと仲良くしていたのだから。

 また、ユートが双子座の黄金聖闘士であると知っているし、パライストラに来ているのも知っていた。

 ならば、知らない相手に案内をされるより知り合い……取り分け親しい相手に案内された方が良い。

 特に人見知りな部分があるアリアだと、その傾向が顕著になっていた。

「それで檄先生に、立候補した僕と向こうから選ばれたユートで、もう一人を選ぶ様に言われたんだ」

「成程、それが本題か」

 視察に来る姫巫女は三人──アリア、栞、月(ユエ)──であり、一人の姫巫女に一人のパライストラ生が付くのならば、ユートと詠以外にもう一人を選ぶ必要がある訳だ。

「星那で良くないかな? 確か星那ってアリアと仲が良かっただろう?」

「うん、そうね」

 一巡目の世界と異なり、エデンとは特に関わりが無かったが、代わりに教皇の間に最も近い双魚宮に出入りをして薔薇を育てていた星那は、

 武器になる薔薇だけでなく普通の薔薇も育てていた為、姫巫女に薔薇を贈る事をよくしていた。

 お陰で三人の姫巫女とは御茶会をするくらい仲が良くなり、人見知りなアリアもユート以外で心を開いた数少ない相手だ。

「(アリアにお兄様呼びをしないよう、釘を刺しておかないとな……)」

 対外的には同い年くらいなのに、双子座の黄金聖闘士の時みたく『お兄様』と呼ばれては困る。

 栞に関しては、現状だと唯一の戦闘力を持つ姫巫女であり、特に心配もしてはいなかった。

 護衛? 寧ろ、アリアと月(ユエ)の護衛という意味で姫巫女にしているのだ。

 本来だと、栞はユートの冥闘士なのだから。

第1章:[パライストラ篇](14/19)
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 聖域(サンクチュアリ)とロドリオ村の間……

「止まれ!」

 アテナの結界が存在する其処に門が存在しており、雑兵が何人も慌ただしくしている中、門番をしていた雑兵の二人が槍を門前にてクロスをし、目の前の人物を止める。

 栗毛色な髪の毛を肩口から御下げにした女性は脚を止め、眉根を寄せてそんな門での様子に首を傾げた。

 とはいえ、女性は銀色の仮面で顔を覆っている為、表情は誰にも判らない。

 この仮面が意味する処、即ちそれは女性が聖闘士であると云う事。

「現在、聖域は厳戒体制に入っているのだ! 貴女の身分を証明出来る物は有りますか?」

「私は双子座(ジェミニ)様直属の青銅聖闘士・百合星座(リリウム)のアガシャ。確認を取って貰える?」

「リリウム? 聞いた事も無いが……取り敢えず取り次いでみよう」

 雑兵の一人が双児宮へと急ぎ走った。

 最下級とはいえ、相手は正規の聖闘士だと云うし、雑兵では勝手に門前払いになど出来ない。

 嘗て別世界の冥界にて、ユートを人間だからと門前払いにしようとした悪魔が居たが、高が門番〝風情〟が無理に押し入るならまだ兎も角として、

 正規の手続きで来た者を上からの判断も仰がずに自己判断をするなど、門番の役目には悖る行為である。

 門番の役割は上への取り次ぎといざと云う時の門の守護であり、政治的な判断をするなど僭越に過ぎるのだから。

 況してや、魔王が共に居るのなら判断は魔王自身が下す、門番が魔王を越えて判断して門前払いなどと、愚かとしか云えまい。

 あの時は魔王セラフォルー・レヴィアタンが居り、ユートが門番をぶっ飛ばさなければ彼女がキレてしまって、可借……とも云えないが命が消し飛んでいてもおかしくなかった。


 閑話休題……


 暫くすると取り次ぎの為に双児宮へ走った雑兵が、此方へと再び走って戻って来ていた。

「し、失礼しました。確かに確認をしてきました! 青銅聖闘士・百合星座(リリウム)のアガシャ様! 双子座(ジェミニ)様が御待ちですので、

  双児宮に来る様にと双子座様よりの伝言を承っております!」

「ありがとう、では通らせて貰いますね」

「ハッ!」

 雑兵に見守られながら、アガシャと名乗った女性は門を抜け、アテナの結界に入ると聖域に向かう。

 ある程度を歩くと白羊宮が見えてきた。

「アガシャさん」

「シエスタさん……」

 現在、白羊宮を守護しているのは黄金聖騎士・牡羊座のシエスタ。

 十二宮騎士団(ゾディアック)の幹部の一人だ。

「優雅様に報告があるの。通して貰えますか?」

「ええ、聞いているから」

 アガシャは双児宮に居るのがユートでなく優雅だと知っており、それはつまり可成り近い立ち位置に在る事を意味している。

「聖域が慌ただしいけど、何かあったのですか?」

「賊が侵入をしたの」

「賊?」

「暗黒聖闘士(ブラックセイント)よ」

「っ!? そう……」

 驚愕するアガシャ。

 直接は対峙した事も無かったが、彼女の居た〝時代と世界線〟でも暗黒街なるモノが幅を利かせていたと聞いたし、それを牛耳っていたのが暗黒聖闘士だとも聞かされている。

「詳しくは優雅様に御訊きして」

「判りました」

 アガシャが白羊宮を通ろうとすると……

「あ、聖衣を纏った方が良いわよ? 金牛宮の守護者も殺気立ってるから」

「そ、そうですか……」

 シエスタからの忠告に、冷や汗を流しながら右腕を掲げて叫ぶ。

「百合星座聖衣(リリウム・クロス)!」

 白い宝玉が光を放つと、百合を象るオブジェが顕現
して分解、装着された。

 百合星座(リリウム)──古くは蓮座とも呼ばれていた今では存在しない星座。

 蓮座は蓮座で別に聖衣が存在しており、そちらの方は白銀聖衣である。

 アニメ版に登場していた蓮座(ロータス)のアルゴ、孔雀座(パーヴォ)のシヴァという、乙女座のシャカの弟子が居たが……

 因みに、余り関係は無いが牡羊座の貴鬼の妻がこの時に祖父を亡くし、ユートの奨めでジャミールに預けられた少女である。

 順当にいけばアガシャは蓮座(ロータス)の白銀聖闘士に昇格するだろうけど、今回の呼び出しで少しだけ事情が変わったらしい。

 聖衣を纏ったアガシャは金牛宮を目指した。

 金牛宮は牡牛座のハービンジャーが守護を任されている宮で、腕組みをしながら瞑目して直立不動の構えとなっている。

「待ちな、誰だテメエは? 聖衣を纏って仮面をしてるってこたぁ、聖闘士なんだろうが……」

「私は百合星座(リリウム)のアガシャ。双児宮に居られる双子座(ジェミニ)様の直属の部下です」

「ああん? アイツの?」

「はい」

 ハービンジャーを聖域に連れて来たのは他ならぬ、双子座(ジェミニ)のユートである。

 そしてハービンジャーもユートの部下やら何やら、全く把握が出来ていない。

 暫し考えると、後は丸投げで良いかと決めた。

「良いぜ、通りな」

「はい、ありがとうございます」

 アガシャはハービンジャーの横側を通り過ぎると、金牛宮から走って抜ける。

「まったくよ、暗黒聖闘士共が何やら画策して聖域に潜り込みやがったってーのに……女なんて連れ込んでじゃねーよ」

 ハービンジャーは憮然とした表情で吐き捨てた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 教皇の間では、教皇である紫龍と天秤座(ライブラ)の翔龍、祭壇座(アルター)の玄武が集まっている。

「チィ、抜かったな」

「ああ、奴ら何者なんだ? 十二宮の留守が多かったとはいえ、まさかアッサリとあれらを奪われるとは」

 玄武が舌打ちをすると、冷静に瞑目をしていた紫龍が呟く。

 暗黒聖闘士だけでなく、聖衣を纏わない人間が何人か存在していた。

 留守を預かっていた黄金聖闘士は、牡牛座のハービンジャーと双子座の優雅、獅子座のレオーネと乙女座の瞬の四人。

 現在は居るが、天秤座の翔龍は聖域から出ており、水瓶座の氷河は東シベリアだし、射手座の星矢も今は三日月島にアテナと共に暮らしている。

 鳳凰星座(フェニックス)に戻った一輝なぞ、言わずもがなというやつだ。

 それは兎も角、アテナの結界でテレポーテーションによる移動は出来ない様になっている十二宮だが……

「異界次元(アナザーディメンション)の要領や、或いは積尸気からの移動などは可能だったからな」

 抜け道という訳だ。

「参ったな、聖戦も近い今は黄金聖闘士を出す訳にもいかんし、ユートから借りたシエスタも白羊宮の工房で聖衣修復が忙しいしな」

 紫龍が唸る。

 そもそも、黄金聖闘士の仕事は十二宮の守護だし、その究極はアテナの護り。

 アテナの守護は星矢がしているし、今までは兎も角として現在は聖闘少女派遣で護りの層を厚くした。

 だが、人手不足な聖域は黄金聖闘士が軽々しく動く事が出来ない状況だ。

 平素の暇な時は良いが、緊急時には如何にも拙い。

 そういう時の為に居るのが実動部隊たる青銅聖闘士であり、それを取り纏める隊長の白銀聖闘士だ。

 とはいえ、聖戦が近付くに伴って各地では散発的な戦闘も起きており、聖域で出せる戦力も限られる。

「蜥蜴座(リザド)の芳臣に諜報を任せよう。誰か日本に飛んで貰うか……」

 富士流忍軍に属していた蜥蜴座・リザドの芳臣は、この手の諜報活動な仕事には適していた。

 だが、今は弟の狼星座(ウルフ)の栄斗と共に里帰りをしている。

「まったく、聖戦も近付きつつあるというのに、機を読めぬ連中だな暗黒聖闘士というのは」

 玄武は嘆息をしながら、暗黒聖闘士の空気を読めなさ加減に憤っていた。

「仕方あるまい、優雅を通じて優斗に誰かしら戦力を借りよう」

「まあ、それしかないな」

「そうだね……」

 紫龍の意見に玄武と翔龍が頷く。

 実際、紫龍は足りてない聖闘士の穴埋めをする為、ユートからこの世界に現存する聖騎士など、戦力を借りて聖域運営をしていた。

 一九九〇年までの闘い、自分達で白銀聖闘士を撃破してしまい、更にハーデスとの聖戦でも数少なかった聖闘士が命を落とす。

 後の一九九九年に起きた【マルスの乱】でも、育っていた少なくない聖闘士が犠牲となり、パライストラを通じて聖闘士の育成はしているが、どうしても人材不足になりがちである。

 現状、蛇遣座(オピュクス)のシャイナが聖域に於ける聖闘士を纏めており、ヘラクレス座のカシオスが雑兵の指揮、南十字座(サザンクロス)の一摩が外部に居る白銀聖闘士の纏めを担っていた。

 また、異世界に住んでいる猟犬座(ハウンド)の才人と連絡を付ければ、少しはマシに動けるだろう。

 そんな悩ましい紫龍達の許へと、双児宮の優雅からテレパシーが送られる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 少し時間を遡り……

 アガシャは双児宮に辿り着いていた。

「よく来たな、アガシャ」

「はい、優雅様」

 恭しく頭を下げる。

 アガシャも優雅の存在については聞かされており、相手をユートと見間違えたりはしない。

 雰囲気からして違うのだから、身体を重ねてさえいる相手を理解できていた。

「暗黒聖闘士が現れたと聞きましたが……」

「ああ、忌々しい連中だ。ユートの黒鍛聖闘士計画が始まった矢先に、暗黒聖闘士が暗躍をするとはな」

 勿論、二二年前の面子は一人も居ない新しい連中がメンバーで……

「確認が出来たのが、暗黒時計座、暗黒カシオペア、暗黒山猫座、暗黒小馬座だったな。しかも大量の雑兵レベルで暗黒フェニックスが居て、外周部を撹乱して此方の目を欺きやがった」

「何かあったのですか?」

「ピスケス、キャンサー、カプリコーン、スコーピオン……担い手が居なかった黄金聖衣が四つ、暗黒カシオペアの聖衣を纏った男に奪われてしまった!」

「っ!? 黄金聖衣を! しかも魚座(ピスケス)!」

 魚座聖衣(ピスケス・クロス)は、アルバフィカやユートとの絆であり鎹だ。

 それを邪悪な目論見の為に盗み使うなど、聖衣を汚されたみたいで思わず奥歯を噛み締める。

『君が魚座(ピスケス)を継ぐのなら、アルバフィカから僕、僕からアガシャへと……そして連綿と続く鎹となる。だから宜しくな?』

 あの言葉が嬉しくて手を取ったアガシャは、彼方側の世界線で続く者が継ぐまで魚座(ピスケス)で在り続けたのだ。

「黄金聖闘士(ゴールド)は基本的に十二宮に詰める。だがそうなると動ける者が必然的に少なくなるんだ。悪いがアガシャ……」

「判りました、優雅様! この百合星座(リリウム)のアガシャ、諜報任務に就かせて頂きます!」

「流石、長年ユートが連れ添った話が早くて助かる。あの頃はまだ俺は居なかったからな、寂しい限りだ」

「……優雅様」

 ユートと同じ顔、少しだけ吊り目がちではあるが、魂の形をその侭にユートが【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】を用いて創り上げたとても精緻な複製体。

 ユートとは元が一卵性の双子であるが故、殆んど見分けが付かない。

 とはいえ、ユートと優雅は本来だと普通の双子ではなくて、同じ肉体に宿った一つの魂に生じる〝三つ〟の精神──意識体。

 本当ならユートとは魂の相克という関係だったが、自身の内に全てを受け容れる特性か、優雅という存在を受け止めたが故に相克にはならず、第三の人格たる瑠韻が誕生してしまう。

 それすらも受け容れて、今や双子のユートと優雅と妹? の瑠韻は共存をしていたりする。

 そんな関係上、ユートも優雅をいつまでも分離してはおけず、暫くしたら優雅は今の肉体から出てユートの内に戻らねばならない。

 理由は簡単で、ユートと優雅と瑠韻は同じ一つの魂に宿る三つの意識。

 つまり、分離をするのは魂を三分の一に分割してしまうという事だ。

 これは弱体化を招くし、消耗もしていく。

 今のユートの能力は全体の三分の二、瑠韻が肉体に留まっているからマシという感じだが、聖戦のラストになれば神との闘いが待ち受ける以上は、弱体化してはいられないのだから。

 両面宿儺之神から簒奪をした権能──【重なる双顔の双子(ジェミニ・アルターエゴ)】とはまた別物だという事である。

「フッ、バカを言ったな。厳戒体制となったからには俺も迂闊には動けんから、頼んだぞ」

「はい!」

「アンナとネカ姉も動かすから、二人と合流して事に当たってくれ」

「判りました!」

 話を終えた優雅は教皇の間にテレパシーを送る。

「ああ、此方で人員を確保出来た。百合星座(リリウム)の青銅聖闘士アガシャと云う。この後に黒鍛魚座(ブラックピスケス)を任せる候補だな」

 話し合いはすぐに終了、優雅はアガシャへと向き直って口を開く。

「話は付いた。双子座(ジェミニ)の優雅が命じる、暗黒聖闘士の動きを十二宮騎士団の炉星座(フォルナクス)のアンナ、六分儀星座(セクスタンス)のネカネと合流の後、調べよ!」

「ハッ、拝命致します!」

 バサーッ! とマントを翻しつつ、右腕を前方で左から右へと開く様に振って命じると、アガシャも跪いて命令を承けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「アーニャ・フレイムバスタァァァ……キイィィィィィィィィックッッ!」

『ギャァァァアアッ!』

 緋色の鎧──炉星座(フォルナクス)の青銅聖衣を身に纏う、燃える様な赤毛をツインテールに結っている女性が、

 魚の鱗を模した深い緑の鎧──水邪衣(アクアス)を纏う深淵士(ディープ・ワン)の雑兵である海魚兵(インスマウス)へ、火属性を纏って蹴りを放つ攻撃に吹き飛ばされた。

「まったく、キリがない」

「そうねぇ……そろそろ疲れてきたし、アーニャちゃんも上がりましょう」

「うん、それにしても……最近は多いわ!」

 アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ……通称アーニャによるフレイム・バスターキックが炸裂をしたが、それを見ていた方も慣れたものなのか、世間話に興じる辺りが逞しい。

 ネカネ・スプリングフィールド……今生に於いてはユートの従姉に当たるお姉さんである。

 燃える様な少女アーニャとは違って静かな性格をしているが、ベッドの上では激しく燃え上がっており、〝三歳の頃〟のユートからすっかり骨抜きにされてしまって以来、こういう現状となっていた。

 長い金髪に碧眼、典型的な英国美女なネカネだが、実年齢と姿形が伴わない。

 二〇〇三年で成人はしていたが、それから九年が立った現在でもあの頃と全く変わってはいなかった。

 使徒契約のメリット……賜物というやつである。

 ユートの擁する十二宮騎士団が青銅聖騎士・六分儀星座(セクスタンス)の拝命以来、こうしてアーニャと共にユートの敵を排除して回っていた。

「待て!」

「雑兵の海魚兵(インスマウス)ではありませんね、深淵士(ディープ・ワン)ですか……」

「如何にも! 私は漸深層が深淵士(ディープ・ワン)デメニギスのトワイトだ」

「デメニギス? 漸深というのは階級、そしてそれは貴方の深衣(ディープス)の名前かしら?」

「そうだ。貴女方は?」

「十二宮騎士団の聖騎士・六分儀星座(セクスタンス)のネカネ」

「同じく、炉星座(フォルナクス)のアーニャ」

 ユートの趣味から聖闘士と同じ聖衣や階級を持ち、基本的には使徒で構成されるが故に、ハルケギニアの頃とは異なり少女や女性が主要メンバーだ。

「闘うのかしら?」

「いや、今はよそう。此方も想定外の被害を受けた。私も所詮は下っ端だから、上役に報告せねば……な。また会おう、今度は正真正銘の敵として」

 そう言うとトワイトは消える様に居なくなった。

「下っ端……ね。少なくとも白銀聖闘士クラスの力は感じたけど。やっぱり階級もピンからキリかしら?」

 冷や汗を流しつつネカネが呟く。ユートなら兎も角としても、自分では万が一にも敵わないとまでは言わないが、敗ける事も視野に入れねばならない相手だ。

「行きましょうアーニャ。ユーガに呼ばれてるし」

「うん、ネカネお姉ちゃん……」

 何とも言えない面持ちで二人はその場を離れる。

 二人共が共通して考えたのは『ユートに会いたい』……その一つの想いであったと云う。

第1章:[パライストラ篇](15/19)
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「ペガサス……流星拳!」

 光を湛えた百にも及ぶ拳が光牙より放たれる。

 青銅聖闘士ペガサス光牙──属性は光、義父である元ペガサスで現射手座(サジタリアス)の星矢より受け継いだペガサス流星拳、その速度は正に音速だ。

 対するは、麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗。

 本来ならば双子座(ジェミニ)の黄金聖闘士だが、その役目を影武者とも云うべき兄──優雅に任せて、自身は小宇宙を青銅聖闘士並に落とした上で、

 修業の一環として五感を封じて、パライストラに弟子であるエデンと共に来た。

 今は光牙と模擬戦中だ。

 ユートが光牙の流星拳、その悉くを一つ一つ受け止めて防ぐ。

「な、なにぃ!?」

 僅か一秒という一瞬に、百発もの拳を繰り出したにも拘わらず、ユートに防がれて驚愕を露わにした。

「驚くには値しない」

 ユートは光牙の拳を防ぎながら瞑目して言う。

「光牙の流星拳は読み易いんだ」

「読み易いだって!?」

「だいたい、二十発で一巡をして似通った軌道を取るからね。況してや聖闘士に一度視た技は通用しない」

 どれだけ繰り出しても、ユートには通用してない。

 ユートの言の通りなら、光牙は二十発に一回の割合で同じ軌道の拳を放っている事になり、これでは何万発放とうがヒットする事は無いだろう。

「くっ!」

 流石に苦しくなってきたのか、光牙は呻き声をあげつつそれでも拳を揮った。

 一秒間に約百発、それをもう一分くらい……六千発は撃ち放っているのだし、今の光牙には辛いだろう。

 尤も、白銀聖闘士クラスにもなれば秒間二百発から五百発が当たり前であり、況んや黄金聖闘士ともなれば桁違いで、秒間一億発は放てなければならない。

 つまり、今の光牙は全くの未熟者という事だ。

 そんな光牙が捻り出すかの如く放つペガサス流星拳だが、ユートは涼し気な顔をして容易く受けていた。

「ちぃっ、くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっっ!」

「っ! へぇ、速度が少し上がったか。マッハ一.二って処かな?」

 秒間で約百二十発。

 確かに速度が上がっている様だが、ユートの余裕は崩す事が出来ない。

「だけど駄目だね、これじゃ全然駄目だ。幾ら速度が上がっても結局は同じ軌道をなぞっているだけ。それならせめて秒間に五万発は欲しいね」

『『『ごっ!?』』』

 ユートの言葉に全員──ユナ、龍峰、蒼摩、小町、アルネ、詠、星那達──が絶句してしまう。

 星那はエデンと同様で、ユートが黄金聖闘士だと知ってはいたが、まだ実力を正しく見た事が無かったからか、まだ実感はしていなかったらしい。

 秒間五万発……要するにマッハに換算をして五百、凡そ百七十キロ毎秒の事──即ち雷速である。

 それでも〝せめて〟というレベルだし、ユートには単に速いだけの攻撃は意味を為さない。

 況して、光牙は同じ軌道で流星拳を放っている為、欠伸混じりに防げた。

「五万発が無理だって云うのなら、こういうのはどうだろうな?」

 光牙の攻撃が途切れたのを目処に、ユートが光牙の流星拳の出だしに近い構えを執る。

「うう!? それは!」

 ユートの腕がペガサスの星座……十三の星の列びを描いていく。

「ペガサス流星拳っっ!」

 ズガァァァァンッ!

「がはぁぁぁっ!」

 刹那の刻、光牙は受ける事も避ける事も許されず、無様に全ての拳を受けてしまい吹き飛んだ。

 本家本元たる光牙でさえどうにも出来ないユートの流星拳、その真髄は完全なアトランダムな自由軌道を越えた無限軌道の拳。

 放つ間に同じ軌道の拳は一つたりと存在してなく、龍峰のドラゴンの盾でさえ防ぎ切れはしない。


 防ぎたいなら前に龍峰がやったみたいな、点による防御ではなく面による防御の方が良かろう。

 まあ、それを突き破られたら終わりだが……

「ちっくしよー! やっぱ父さんみたいにはいかねーよなぁ」

「父さん……つまりは黄金聖闘士・射手座(サジタリアス)の星矢だな?」

「ああ、知ってんのか?」

「知ってるも何も、星矢は黄金聖闘士(ゴールド)を纏める立場だぞ? 二つ名は【神殺し】の星矢」

「神殺し……なぁ。光牙、本当に星矢って神を殺したのか?」

 ユートの説明を聞いて、蒼摩が訊ねた。

「俺に訊かれても……な。別に現場を見た訳じゃねーんだしよ」

 そもそも、光牙は数年前まで星矢を普通の父親だと思っていたし、神殺しなどと聞いたのも最近の事で、詳しく知る筈もなかった。

「海皇ポセイドンはアテナが封印、冥王ハーデスを斃したのもアテナ。こうしてみると星矢が神を殺した事は無さそうに思えるけど、

  太陽神フォェボス・アベルや聖魔王ルシファーなんかも斃しているし、ちゃんと神殺しなんだよねぇ」

「そうなのか? ってか、優斗はよく知ってんな」

「聖域(サンクチュアリ)では常識レベルだから」

 蒼摩もある程度なら一摩から聞いていたが、聖域では星矢やその仲間の功績が至極当然に語られている。

 その割りには、双子座(ジェミニ)の黄金聖闘士に関して余り知られてない。

 何しろ、意図的にユートが情報を封鎖して隠していたのだから。

「光牙、射手座(サジタリアス)の星矢だけでなく、黄金聖闘士に抗するなんて成り立ての青銅聖闘士には少し烏滸がましいぞ?」

「うっ? そうか?」

「知っての通り、基本的な青銅聖闘士の速度はマッハに……音速に到達をする。音速とは秒速三四〇メートルの事、即ち三.四メートル離れた位置からなら百発の拳を叩き込める速さだ」

「あ、ああ。それは知ってるけどよ……」

 因みに、時速に換算をすると時速一二二五キロ毎時となる。

「白銀聖闘士だと最低でも二倍、最大で五倍にも達する速度となる。つまりは、超音速というやつだな」

 マッハ二~五とは超音速と呼ばれる領域、それを越えると極超音速と呼ばれる領域だ。 

「そして、黄金聖闘士ともなればその全員が時速にして約三〇万キロ──地球を一秒で七周半出来る速度、つまり光速の動きが可能となっている」

「なっ! 桁違いじゃねーかよ!?」

「だから言ったろ? 烏滸がましいって。白銀聖闘士にさえ『高が青銅聖闘士(ブロンズ)』なんて呼ばれる訳だしね」

「高がって……」

 青銅聖闘士と白銀聖闘士は神と虫けら程の差がある……とは誰が言った言葉であったか。

 まあ、そんな割りには下に見ていた虫けら(星矢)にアッサリと殺られたが……

「黄金聖闘士に肩を並べたいのなら最低限、小宇宙の真髄に目覚めないとね」

「小宇宙の真髄?」

「そう、人間──に限らないが──は肉体を動かしている五感があるんだが……判るか? 光牙」

「それくらい判るさ。要は触覚、味覚、視覚、聴覚、嗅覚の事だろう?」

「その通り。そして小宇宙とは更に上の意識──即ち第六感に当たる」

「第六感……」

 肉体に宿る精神の力……魔力や氣力といったモノが存在する訳だが、その上位に位置するのが第六感たる意識から発する小宇宙。

 勿論、そうだからといって魔力や氣をバカに出来たものでもない。

 小宇宙と共に強大な魔力を持つ竜は、黄金聖闘士に通用する魔法を使った。

 塔城小猫は仙術の力の源たる氣を使いつつ、小宇宙さえも使い熟している。

「そして小宇宙の真髄とは更にその上、末那識」

「ま、末那識だって?」

 流石に知らなかった光牙は驚くが……

「父さんから聞いた事があるよ」

 龍峰が顎に手を添えながらそう言う。

 正に往年の『老師から御聞きした事がある』だと、意味も無く感動するユートであった。

「小宇宙とは心の奥底から沸き上がってくる生命の煌めきにも似たエネルギー、それを用いた戦闘をすれば魔力や氣力なんかより遥かに効率良く身体強化が成されるし、

  神と闘える奇跡をも起こせる。その真髄とは即ち、究極の小宇宙・セブンセンシズだ……と」

 一巡目とは違って魔傷を受けてないからか、紫龍は自分の言葉で確りと今までに学んだ事を子供達に伝えていたらしく、龍峰も究極の小宇宙セブンセンシズを予め識っていた。

「セブンセンシズだって? 龍峰、それが末那識ってモノなのか?」

「うん、末那識というのは仏教に則した呼び方だね。こう言えば光牙君にも解り易いかな? 第六感を越えた第七の感覚への至り(セブンセンシズ)……」

「五感を越え、第六感をも越えた究極の小宇宙セブンセンシズ。第七感か」

 光牙は両手を見遣ると、握々としながら呟く。

「小宇宙は更に究極を越えた極限なる小宇宙も在る。そしてそれすら上回るだろう小宇宙……正に現状では終極なる小宇宙と呼べるってモノがね」

「極限の小宇宙に終極なる小宇宙だって!?」

「実際、乙女座・バルゴの瞬の先代……シャカはその極限の小宇宙に黄金聖闘士の中でも唯一、覚醒をしていて『最も神に近い男』と呼ばれていたくらいだよ」

「そ、それは……?」

「まあ、第七感にすら目覚めていない光牙に言う意味があるのかどうかってのはあるけど……」

 ふと、辺りを見回してみればその場の全員が期待を込めて見つめている。

「話さないと収まりが付きそうにないねぇ」

 ユートが苦笑いをしながら言うと、全員が一斉に頷いたものだった。

 溜息を吐いたユートは、光牙達の将来性に期待をして口を開く。

 元より、深い知識を以て力の覚醒を促そうというのが今回の模擬戦の趣旨で、だからこそ檄達の教師陣も許可をミケーネ学園長から取ってくれたのだ。

 勤勉に勉強したい者だけを募り、自主的に集まった訳だが……

「極限の小宇宙というのは仏教に於いて『阿頼耶識』と呼ばれ、自我と無我との狭間……境界線を越えるとも云われている。

  これに目覚めると死の国・冥界の掟にすら逆らえる神の領域に程近いモノ。第八の感覚──エイトセンシズだ」

『『『エイトセンシズっ!?』』』

 驚きの声色で全員が唱和をした。

「そ、それってさぁ、単に数が段々と増えてくだけなんじゃ?」

 光牙が言う。

 その論法で云うならば、それこそ第二十感──トゥエンティセンシズだとか云えば神も越えていそうだ。

「仏教九識といってね? 最上位に第九感(ナインセンシズ)と云える阿摩羅識 (あまらしき)が存在する。これは真我や如来蔵や心王ともされて、

  全ての現象は此処から生じると云うな。こいつは完全に神仏の位だからね、此処に達したならもう人間を止めて神化してるんじゃないか?」

「それが終極なる小宇宙という訳?」

「いや、違うな」

「──え?」

 行き成り否定をされて、質問をしたユナが呆気に取られてしまう。

「終極なる小宇宙は神仏に到達するモノじゃ無いし、そもそも個人では得られないと考えられている」

「と、云うと?」

「昔話だが、サジタリアスの星矢がまだペガサスだった頃の事、強敵との戦闘をする際にピンチに陥ってきたけど、その度に仲間から小宇宙を分けて貰って増力して勝利を掴んだとか……

  だから個人より仲間と共にというのが大凡その見解となっているらしい。そしてそれこそ……」

 フェニックス一輝との闘いでは、氷河や瞬や紫龍が武装や小宇宙を分けてくれたから倒せたし、この世界の場合はユートが闘った訳だが、

 本来は双子座のサガとの闘いでも青銅聖闘士達の小宇宙を受けて闘った。

 況んや、海皇ポセイドンや冥王ハーデスとの戦闘、フォエボス・アベルなどとの闘いもそうだ。

 常に星矢は皆の小宇宙を背負って闘っている。

 それは人間ながら神をも降す、乃至は傷付ける程度にせよ確実に叩けるだけの力を発揮していた。

 その最終型こそが……

「終極なる小宇宙……Ω」

「オメガ?」

「最終であり究極。究極の小宇宙にはセブンセンシズを用いてるから、此方には終極と名付けた訳だね」

 首を傾げる光牙に対してユートが言うが、基本的にΩは兎も角として『終極』はユート自身の案だ。

「まあ、神の領域に足を突っ込まずに神力(デュナミス)に対抗するなら、Ωに到達した方が良いな」

 セブンセンシズまででも闘えなくはなかろうけど、キツいモノとなるのは自明の理というやつだろう。

 特に大神レベルが相手ともなると、キツいで済む訳もないのだから。

「阿摩羅識──神力(デュナミス)は正に現象その物を操る事さえ可能だから、少なくともセブンセンシズに目覚めないと闘えない。

  神との闘いの最低ラインがセブンセンシズの目覚め、それこそが黄金聖闘士と張り合うって事なんだよ」

 聖戦で直接的な戦力として数えられるには、やはり黄金聖闘士と同じ領域へと達せねばならない。

 嘗ての伝説(レジェンド)たる星矢達の如く。

「先ず目指すはセブンセンシズって訳か」

 詠も伝説の聖闘士である瞬の息子だし、父の到達した領域を目指したかった。

 それは龍峰も同じくで、教皇にして伝説の聖闘士の紫龍の息子として、目指す先は同じ領域である。


 光牙は星矢との血縁こそ無かったが、それでも父親として慕う相手。

 星那にしてもやはり同様であり、母親こそ一般人? ではあるがユートを父親としているからには、この領域に目覚めたいと思う。

 否、この場へと集う若き聖闘士達は親の如何に拘わらず、その目指す先は第七感(セブンセンシズ)となる瞬間だった。

「ねぇねぇ、ユートォ?」

「どうした小町?」

「ユートって色々と詳しいんだしさ、鶴星座(クレイン)の技とか知らない?」

「鶴星座(クレイン)の技……ねぇ」

 ユートが即座に思い付いたのが、鶴座(クレイン)の白銀聖闘士・ユズリハ。

 造り直した聖衣は青銅となってはいるが、ユートが体験をした時の神クロノスによる悪戯で、アテナや瞬とは違う一巡目のLC世界に落ちて出逢った世界では白銀聖衣だった。

 そのユズリハが使っていた蹴り技──絢舞裳閃脚(けんぶしょうせんきゃく)である。

「絢舞裳閃脚って蹴り技が在るかな?」

「技名に星座名が入ってないんだね……」

「ペガサス流星拳とか?」

「うん」

 確かに星座名が入っていたら解り易い。

「っても、星座名が入る技って存外と少ないぞ?」

「ううん、そうだけど」

 実は小町には小宇宙を用いた必殺技がまだ無い為、参考にしようとユートに訊いてみたのだ。

「……鶴翼飛剣(クレイン・ウイングブレード)」

「ふえ?」

「両手を手刀にして翼へと見立て、秒間で撃てるだけの攻撃を放つ。先の絢舞裳閃脚は昔の鶴座(クレイン)が使っていた蹴り技だったけど、これは即興とはいえ僕が考えた技だよ。

  まあ、流星拳を両手刀で放つだけとも云うけど……」

「クレイン・ウイングブレード……〝アタシの為〟にユートが考えてくれた技……かぁ」

 何処かうっとりした口調で言う小町は無表情な仮面で見えないが、仮面の下ではトロンと蕩けた目に紅潮させた頬で、だらしがない表情となっているに違いないと確信出来る。

「おとう……優斗」

 ジト目となって睨むのは星那で、娘としては同い年の女の子が見た目は兎も角として、父親に恋慕を抱くというのは複雑な想いをせざるを得ない。

 なればこそ、咎める様な鋭い視線も已むを得ないであろう。

「ああ、何だな。光牙……じゃ危険だから、曲がりなりにも最強の盾を持つ龍峰に頼むか。ちょっと技を出すから受けてくれるか?」

「最強の盾っていっても、前にアッサリと君に破壊されちゃったけどね」

 娘の視線から逃れる様に龍峰へ話し掛けると、苦笑いをする龍峰が前回の模擬戦でドラゴンの盾を破壊された事を持ち出し、少しだけ居た堪れない気分になってしまった。

 その後に、ユートが絢舞裳閃脚と鶴翼飛剣(クレイン・ウイングブレード)の実演を行い、小町はそれを練習して出来る様になる。

 とはいえ、まだまだ未熟も未熟な出来映えだが……ともあれ今回の合同自主練は成功だったと云う。



2020/10/6