第1章:[パライストラ篇](16/19)
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檄から説明をされた。
「我々は鋼鉄聖闘士養成所へと赴き、合同訓練を行う事は聞いているな?」
事前に通達されており、決定事項として鋼鉄聖闘士養成所に行く事になっていたが、ユートはやはり早いと考えている。
それでも最終的に反対をしなかったのは、彼方側に良さそうな人材が居ないか探してみる為だ。
小宇宙を使えなかったり星座の導きが無い者達が、鋼鉄聖闘士として養成をされる訳だが、小宇宙というのは基本的に誰もが持ち、本来なら発現自体は誰にも可能なモノだ。
但し、覚醒が難しい上に魔力などのエネルギーに慣れていると、更に発現がし難いという欠点もある。
ユートの場合、末那識には既に目覚めていたのと、牡牛座(タウラス)のアルデバランとのぶつかり合い、それが発現の切っ掛けとなっていた。
この世界とは、幾つもの純世界を内包し混沌とした混淆世界。
【聖闘士星矢】の世界観だけでなく、【魔法先生ネギま!】や【機神飛翔デモンベイン】、【隠忍シリーズ】などが入り交じる。
故にこそ、普通に魔法や霊術や超能力が存在した。
超能力は聖闘士も使う、だがそれは霊術や魔法などと違い、多分に感覚的な処が小宇宙と似通っているのが理由だろう。
術式を用いる必要も無い訳だし。
これらはそれぞれが全く異なるエネルギーで発露をするが、その大元となるのは一つである。
つまり、小宇宙だ。
魔法は魔力。
闘気は氣力。
霊術は霊力。
超能力(サイオニック)は念力(サイオン)。
これらのエネルギーを、一つに融合したら事実上の小宇宙となる。
何故ならこれらは、謂わば小宇宙から分かれた一つの欠片だからだ。
同じ量の魔力や氣で肉体を強化するより、小宇宙で強化されていた方が強力な力を揮えるが、それは氣と魔力を混ぜた咸卦の氣が、窮めて強力なのと似た理屈だと云えた。
例えると、魔力一〇による強化と咸卦の氣一〇による強化と小宇宙一〇による強化、同じ量での強化であるが魔力なら一〇パーセント強化され、
咸卦の氣なら五〇パーセント強化され、小宇宙なら通常モードでも一〇〇パーセント強化されるという感じだろうか?
飽く迄もこの数値は例えに過ぎないが……
小宇宙も更に上の領域──セブンセンシズやエイトセンシズ──に昇華される事により、強大なる力を揮う事が可能となる訳だが、此処までくればそれこそ神と戦り合う事すら出来る。
そしてそれは領域の違いによる純度の差だ。
魔力や氣などは可成りの表層に顕れた、言ってみれば純度の低い上澄みみたいなモノだが、小宇宙は意識と無意識の狭間という中層に存在する純度の高いエネルギーとなる。
そして、更に下層というべき位置にセブンセンシズやエイトセンシズが在り、最下層まで行くと高純度の神にも匹敵──否、神そのものと云っても過言ではないエネルギーとなるのだ。
表層に浮く上澄みとて、混ぜてやれば中層の小宇宙と同じモノになる。
これが体内エネルギーの簡単な理屈だった。
そしてこれらは資質次第で扱えない──車などに使われるガソリンがストーブの灯油代わりにならずに、その逆もまた然りと同様──場合もあるが、決して持たないという訳ではない。
なら、今は小宇宙を発現出来ていない鋼鉄聖闘士達とて、或いは発現が出来る様になるかも知れないと云う事になる。
少なくともそれが、割とすぐに出来そうな人材でも居ればラッキーだろうし、居なくてもその心算で訓練を施すのもアリだろう。
だからこそユートは今回
の合同訓練に、最終的な否やを出さなかった。
懸念はあるが……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パライストラから移動をする事、だいたい一日くらいだろうか? 鋼鉄聖闘士を育てる養成所に着く。
青銅聖闘士を育成しているパライストラの候補生を凌ぐ人数、百人を明らかに越える訓練生が訓練に勤しんでおり、
それを監督しているのは深緑の革鎧を纏う中肉中背の男と、橙色の革鎧を纏う大柄な男。
更に、アイドルにでもなったら良いのにと思える顔立ちな赤い革鎧を纏う男、顔に傷を持った青い革鎧を纏う男、ゴツい肉体で黄色い革鎧を纏う男も居た。
「よう檄。久し振りだな」
深緑の革鎧を纏うタレ目な男が右手を挙げて、檄に挨拶をしてくる。
「ああ、那智。確かに随分と久し振りだな」
破顔しながら檄も挨拶を返す。
「皆に紹介をしておこう。彼は那智、嘗ては狼星座(ウルフ)の青銅聖闘士だった男で、今は鋼鉄聖闘士養成所の教官だ」
「フッ、グレートティーチャーと呼んで欲しいな」
檄からの紹介を受けて、那智はニヒルに笑いながら言った。
「クックッ、抜かせ!」
檄もまた、それに笑いながら拳を那智と互いにぶつけ合う。
「那智、蛮、久し振りザンスねぇ!」
「そういえば……市はまだ現役でパライストラの生徒をしているんだったか」
蛮と呼ばれた橙色の革鎧を纏った厳つい顔の男が、何処かの世紀末で『ヒャッハー!』とかしていそうなモヒカンヘアの男、海蛇星座(ヒドラ)の市を見て呆れながら言う。
此処にもう一人、邪武も居れば青銅聖闘士二軍の男が勢揃いするのだが……
「此方が、元・仔獅子星座(ライオネット)の青銅聖闘士だった蛮だ。蒼摩、お前の先代という事になるな」
現在の仔獅子星座(ライオネット)である蒼摩を見遣り、檄は腰に手を添えながら説明をする。
「貴方が先代の仔獅子星座(ライオネット)! 初めまして、俺の名前は蒼摩って云います。今代の仔獅子星座(ライオネット)です」
「おう、宜しくな後輩!」
蛮は笑うと、蒼摩の肩をバシバシ叩きながら言う。
「おおい、お前達も挨拶をしろ!」
檄が呼び掛けると、残りの三人が振り返って頷き、此方へと駆けて来た。
リーダー格なのだろう、赤い革鎧の美男子が最初に挨拶をする。
「俺はオリジナル鋼鉄聖闘士で、スカイクロスの翔」
次に顔に傷を持った青い革鎧の男。
「マリンクロスの潮だ」
最後に黄色い革鎧を纏う大柄な男。
「ランドクロスの大地だ、宜しくな!」
その説明によく解らなかったのか、光牙が首を傾げながら疑問を口に出す。
「オリジナル鋼鉄聖闘士って何だ?」
「鋼鉄聖衣には最初の四つが存在する。その内の三つを纏うのが俺達なんだ」
潮が説明をしてくれて、それを補足する様に大地が口を開く。
「四つ目が量産を前提に造られた試作機さ。俺達のはそれぞれの領域に生きている動物の星座を象った聖衣なんだが、四つ目はそれが無いんだよ」
「? 星座を象ってるって事は、星座の導きがあるって事なのか?」
「いや、単に大地を駆ける動物を象りランドクロス。海を泳ぐ生物を象ってマリンクロス、空を翔ぶ鳥類を象ってスカイクロスと呼んでるだけだ。
俺のランドクロスは子狐座。翔のスカイクロスが巨嘴鳥座。そして潮のマリンクロスが旗魚座を象ってるって訳だ」
一巡目では上手くいった鋼鉄聖衣だったが、二順目である此方ではどうしても開発が難航してしまって、結局は星矢達が白銀聖闘士や黄金聖闘士と闘っている最中に完成はしなかった。
最終的には二〇〇三年の冬の事、財団法人【OGATA】の【超技術(チャオ・テクノス)】から聖衣を供与されて、それを基礎として量産する事になる。
翔、潮、大地の三人も、この時になって漸く鋼鉄聖闘士を名乗れたのだ。
つまり一巡目と異なり、それ程の戦闘経験はしていないのである。
とはいえ、二〇〇〇年頃から現れ始めた海魚兵(インスマウス)や、極稀にだが海魚兵を指揮するべく動く深淵士(ディープ・ワン)を討つ為に闘う事もあり、経験不足には陥らない。
また、オリジナル鋼鉄聖衣には量産型に無い機能が盛り込まれている。
つまり、小宇宙が無くともある程度は闘える機能、魔力と氣力の融合だ。
初めから【超技術(チャオ・テクノス)】が開発をしたオリジナル鋼鉄聖衣、謂わば試作機であるが故に量産機に無い試験機能が付いていてもおかしくない。
PS装甲、陰陽合一システム、スターリット・リアクター、各種武装。
PS装甲だけは、単純に装甲版を取り換えた上で、エネルギーを送れる様にするだけだから、量産型にも適用が叶った。
武装はオリジナルだと、スカイクロスが風の攻撃を可能とし、マリンクロスが水の攻撃を可能とし、ランドクロスは土を操作可能な機能が付いている。
勿論、量産型に付いている武装も装備されており、鋼鉄旋風(スチール・ハリケーン)も使えた。
だからだろう、実際には鋼鉄聖闘士上位スリー処か下手な白銀聖闘士より強かったりする。
勿論、幾ら何でも音速の五倍なんて速度では動けないが、それでも普通に音速の二倍くらいは越えて行動が可能なのだから。
だが、それを理解出来ていない……というよりは、説明をされる前だったからだろうが、飛魚星座(ヴォランス)のアルゴを始めとする鋼鉄聖闘士をバカにしている一派が、鼻で嘲笑ってくる。
「はん、所詮は鋼鉄聖闘士なんて紛い物の聖闘士モドキじゃねーかよ! それが偉そうに」
アルゴ本人はボソリと言った心算らしいが、それは風に乗って三人のオリジナル鋼鉄聖闘士に届いた。
「ほう、言うじゃねーか。卵の殻が尻に付いた雛が」
「んだと、てめえっ!」
潮の不敵な笑みを浮かべての挑発的な言葉を聞き、アッサリとキレるアルゴ。
見下していた相手から、逆に見下されたのが理由であろう。
「余り鋼鉄聖闘士を舐めんなよ? ルーキー以前の雛の分際で」
「て、めぇっっ!」
未だに自力では翔べず、親から餌を口に入れて貰わねば何も出来ない雛。
確かにルーキー以前だ。
「潮、いい加減にしろ」
「翔……」
潮の肩を掴んで窘めてくる翔に、少しばかりバツの悪そうな表情となり……
「わーったよ、リーダーに従いますって」
翔は鋼鉄聖闘士三人衆のリーダーだし、潮とて事を荒立てたい訳でもなくて、頭を掻いて引き下がった。
「アルゴ、お前もだぞ! 何度も言っているが、彼らも俺達と同じで地上を狙う邪悪と闘う聖闘士なんだ。見下すなぞ許されんぞ!」
「くっ、はい……」
不承不承なのが明らかに見て取れ、檄は盛大な溜息を吐いて翔達に向き直り、アルゴに代わって真っ直ぐに頭を下げる。
「三人共、済まんな」
「いや、檄がそこまで畏まる必要は無いだろう」
とはいっても、教師たる檄の教えがきちんと浸透をしていないという事だし、責任を感じるのも仕方がないのかも知れない。
翔もそれは理解をしているのか、苦笑いをしながら檄の頭を上げさせる。
「兎も角、新世代鋼鉄聖闘士の養成所へようこそ」
鋼鉄聖闘士版のパライストラとも云える鋼鉄聖闘士養成所へ、この日に初めてパライストラ生が足を踏み入れた瞬間であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
仮免生達は宿泊施設に置いてきて、教師である檄と実質的なトップのユートは自称グレートティーチャーの那智と蛮、それに翔と潮と大地を加えて今後の数日をどうするか話し合う。
「っていうか、僕は曲がりなりにも仮免生なんだが? どうして呼ばれた?」
「おいおい、学園長よりも格上な黄金聖闘士様が居るってぇのに、話し合いには参加しないってのはねーんじゃねぇか?」
ユートの抗議に、那智がやれやれとオーバーアクションで言う。
ちょっとイラっとした。
某国的なオーバーアクションは、他人の心情を苛立たせるには最適らしい。
「ハァー。まったく、何が悲しくて男だけで顔を付き合わせながら話をしなきゃならないのやら」
「仕方ないだろ? 此処には女教師も居ないしな」
「まあ、居たら居たで仮面を着けてるから華と呼べるかどうか……それに基本的には姐御肌ばかりだしな」
那智と蛮が冗談めかして言ったが、パライストラには現役の白銀聖闘士である孔雀座(ピーコック)のパブリーンを据える計画が動いていると聞き、ちょっとしたやっかみが入っている。
現役な上に白銀聖闘士、しかも鷲星座(アクィラ)のユナの師匠という事から、人を教え導く経験持ち。
パライストラに教員資格は要らないから、任務さえ無ければ即日就任すら可能となっている。
黄金聖闘士より任務地に自由が利く白銀聖闘士だったが、当然ながら聖戦が近いと判っている現在だと、どうしても任地から離れられない者も出た。
例えば、杯座(クラテリス)のヤコフは東シベリアを中心に、ロシアの土地を護る任務に就いているし、南十字座(サザンクロス)の一摩はメキシコ辺りだ。
この二人はホームグラウンドだからまだ良い方で、聖域で聖闘士の統括を任されている蛇遣座(オピュクス)のシャイナは、事件が起きればあちこちに飛んで解決に動いている。
パブリーンは任されていた土地が、数年前に戦争で無くなったりしていた為、聖戦が近い今は若き聖闘士の育成をするべく、パライストラの方へと配置替えになったのだ。
基本的に聖闘士は人同士の戦争に関わらない。
万が一にも、敵対勢力に同じ聖闘士が居たら洒落では済まなかったし、聖闘士を戦争で利用出来るなどと思われても困るからだ。
聖闘士の役割は飽く迄も『討つべき邪悪』を討つ事にあり、戦争で動くという事は人間を邪悪と断じているのと同義で、地上を狙う神々などから人々を守護する大義名分を喪う。
それが故、理由の如何を問わず参戦は許されない。
ユートは別口で戦争をした事もあるが……
閑話休題。
「それで檄、僕の言っていた意味は解ったかな?」
「むう……よもやあれ程の差別意識があったとなは」
腕組みをして唸る。
鋼鉄聖闘士への差別意識は強く、ユートはそれを抑え切れていない今は時期として尚早だと主張した。
そして今回、遺憾ながらそれが証明されてしまう。
「少し虐めみたいな事にはなるけど、翔辺りがアルゴと模擬戦でもして〆るか? 鋼鉄聖闘士は雑魚で雑兵と同義──そう考えているのは何も差別意識の強い者ばかりじゃない。
蒼摩達も余り期待はしてないみたいだからね」
「ふむ、確かに〆るかどうかは兎も角、余り舐められるのも面白くは無いか」
顎に手を添え、瞑目しながら呟く翔は割かし乗り気らしい。
だが、これはある意味で仕方ないとも云える。
鋼鉄聖闘士の大半は……否、殆んどは小宇宙を扱えない者ばかりだ。
単純な肉体的な能力に関して云えば、青銅聖闘士も鋼鉄聖闘士も大して違う事などない。
寧ろ、経験値の差がある翔とアルゴなら、間違いなく翔が圧勝するレベルだ。
生身でそれを簡単に覆せるのが小宇宙で、修得しているか否かによって大きく変わってしまう。
何しろ、青銅聖闘士ですら亜音速~音速のスピードで行動が出来るし、その拳は空を裂き、蹴りは大地を割るのだから。
どれだけ厳しい修業をしようとも、生身の人間ではそれは難しい。
DBとかならやっているとか思うなかれ、あれとて氣による強化無しで出来る芸当ではないのだ。
人間、瓦や煉瓦を割る事くらい出来ても、地面へとクレーターを穿つ事など、とても出来やしない。
小宇宙を使えない者が殆んどの鋼鉄聖闘士が侮られるのも、これではある意味で当然の帰結だろう。
取り敢えず明日の方針を決めて、その日は解散する流れとなった。
第1章:[パライストラ篇](17/19)
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飛魚星座(ヴォランス)のアルゴと、オリジナル鋼鉄聖闘士たるスカイクロスの翔による模擬戦が満を持して開催される。
「はんっ、丁度良いぜ! 鋼鉄聖闘士なんざぁ、俺達の引き立て役だって事を教えてやる!」
「自惚れが過ぎるな君は」
「んだと!?」
「少なくとも、成り立ての君よりかは俺の方が強い。それを此方こそ教授してやろう。これでも俺は鋼鉄聖闘士養成所の教官だしな」
「ほざけ! 飛魚星座聖衣(ヴォランス・クロス)!」
青い聖衣石が光を放ち、飛び魚を象るオブジェが顕れて、アルゴの身体へ分解装着されていく。
翔もまた、自らの纏うべき鋼鉄聖衣を呼んだ。
「スカァァイ・クロォォォォォスッッ! とう!」
赤を基調とした空を飛ぶ聖衣が分解され、パーツが翔の肉体を鎧っていく。
それは巨嘴鳥座を象るというが、ハッキリ言ってしまうと小型の飛行機だ。
その真髄となるのは機械仕掛け、つまりはマシーン聖衣だと云う事。
お互いに自らの聖衣を纏うと、アルゴと翔がそれぞれに構えを執る。
「始め!」
審判役の檄が右手を挙げて叫ぶと……
「オラァァァァッ!」
それと時を同じくして、アルゴが左目だけを殊更に見開くと、物凄い形相で翔の方へと突っ込み、右拳を揮って翔に叩き付けるべく突き出した。
だが然し、翔は特に慌てるでもなく軽く左右に身体を揺らしてアルゴの拳を躱し続け、おもむろにに膝を鳩尾に叩き込む。
「グエッ!」
蛙が床にでも叩き付けられた様な悲鳴を上げると、軽く身体が浮かされて動きが止まり、翔は透かさずに両手を組んで上からアルゴの頭を叩き伏す。
「ぎゃん!」
再び悲鳴を上げたアルゴは顔から地面にぶつかる。
『『『『『ウオオオオオオオオオオオッ!』』』』』
観ていた鋼鉄聖闘士訓練生達が歓声を上げた。
「フッ、どうした? 青銅聖闘士とはこんなものか? 俺の知る者達ならこうも簡単にはいかんぞ」
翔達、鋼鉄聖闘士候補者はずっと見てきたのだ……嘗ての星矢達の闘いを。
そんな彼らの力からすればアルゴは余りに弱い。
肉体的にも精神的にも、性根からして弱かった。
「チキショーが! 俺を嗤ってんじゃねーっっ!」
立ち上がったアルゴは、小宇宙を水へと変換させて拳を揮う。
「喰らえや! 飛魚・鉄砲魚(ヴォランス・ガンフィッシュ)!」
小宇宙で生み出した水を凝縮し、更には音速で回転させると鋼鉄をも穿つ弾丸と化して飛ばす。
左手で右腕を支えつつ、放たれた水弾丸。
「ふっ、はっ!」
だが、そんな攻撃を華麗なステップで翔は躱す。
「糞がぁ! ハエみてーにチョロチョロとっ!」
「フッ、それを言うなら隼の様にと言って貰おうか」
隼ではなく、巨嘴鳥座(トゥカナ)が元となっている鋼鉄聖衣だが……
アルゴからすれば透かした態度が気に入らない。
「この野郎!」
小宇宙を膨大な水へ変換し巨大な水球を作り出し、それを更に小宇宙を用いて圧縮していく。
「喰らえや、この飛魚星座アルゴ様の最大の拳を……飛魚星座・轟水圧迫(ヴォランス・アクアプレッシャー)ッッッッ!」
最初に作った水球は直径にして十メートルはあったというのに、今はバスケットボール並にまで小さくなっている。
それがアルゴの両手より放たれた。
「フッ、それが君の最大の拳という訳か……」
「気取ってんじゃねぇ! この気障野郎がっ! 俺のこの拳はてめえのポンコツ聖衣モドキをぶち砕く!」
アルゴは造った人間を敵に回す様な科白を浴びせ、首を掻き切る仕種をする。
「ならば君がポンコツと宣ったスカイクロスの力……存分に御見せしよう!」
言うが早いか左腕を掲げると、レフトアームに装備された小さなファンが回り始めた。
「な、何だ!?」
激しく回転するファン。
「小宇宙キャンセラー!」
「な、なにぃ!?」
ファンは突如として牙を剥き、アルゴの放った技で生み出された水を吸収してしまう。
小宇宙キャンセラーとは翔の纏うスカイクロス──そのレフトアームに装備されている機器だ。
流石に固形物は無理だろうが、流体やエネルギーであれば吸収が可能なシステムである。
「そして、返すぞ!」
「は?」
ファンを逆回転させて、今度は吸収した水をアルゴに向けて吐き出す。
余りにも余りな光景に、ボーッとしていたアルゴはマトモに鳩尾へ喰らい……
「ガハッ!」
吹き飛ばされてしまう。
壁や柱が有る室内戦闘ではないから、アルゴは地面へ無様に転がりながらその叩き付けられるダメージを追加で喰らっていた。
「俺に敵を嬲る趣味は無いのでな、そろそろ決着を着けさせて貰おうか……」
フラフラと立ち上がって来たアルゴに言い放つと、翔は高速で空を舞いアルゴの周囲を廻る。
「な、何をする気だ?」
廻る、廻る、廻る。
その勢いは大気の流動を促し風となり、風は渦旋を巻き起こしていく。
「鋼鉄旋風(スチール・ハリケーン)!」
「う、おおおおっ!?」
旋風は遂に竜巻となり、アルゴを巻き上げた。
本来は他の鋼鉄聖闘士との合体技だが、初代鋼鉄聖闘士の聖衣の身体強化機能が独力でのスチールハリケーンを可能とする。
翔も自らが飛翔をして、アルゴを追い抜くと胸部に踵を付けて急降下……
「はぁぁぁぁっ!」
全身の体重を乗せた踵、背中から大地に激突をしたアルゴ。
「ゲハァァッ!」
飛魚星座聖衣(ヴォランス・クロス)のチェストが砕け散り、聖衣の背部にも罅が入って衝撃は内部へと浸透し、アルゴは気絶してその侭沈黙をしてしまう。
「勝負あり! 勝者、スカイクロスの翔!」
起き上がれないのを確認した激が右腕を挙げつつ、翔の勝ち名乗りを上げた。
暫しの沈黙、翔が瞑目をしながら勝利宣言だと謂わんばかりに右腕を掲げて、その刹那……
『『『『『ワァァァァァァァァァァァッ!』』』』』
鋼鉄聖闘士の候補生や、正規の鋼鉄聖闘士達がドッと沸き上がる。
未だに仮免生に過ぎない未熟者だとはいえ、聖衣を授かった青銅聖闘士と模擬戦をして鋼鉄聖闘士が勝利したのだ、盛り上がるのも仕方が無い事だろう。
そんな様子を少し離れた位置で見ていた鋼鉄聖闘士候補生らしき、銀髪蒼目の少女が亜麻色の髪に茶目な少女に話し掛ける。
「やっぱり鋼鉄聖衣こそ、私達の理想に近いです」
「そう、私達が得てしまったこの力を存分に揮うにも此処が一番なのね、菜々芭ちゃん」
「はい、凛々奈さん」
その一方で、やはり少し離れた場所から翔の闘いを見ていた鋼鉄聖闘士。
「ケリー先輩、翔さんが勝ちました!」
「ああ、やっぱり戦闘経験があるオリジナル鋼鉄聖闘士は違うねぇ……」
金髪の少女エマはマルスとの闘いをで家族を失い、幼い内からグラード財団が経営する施設に入っていたのだが、自分みたいな子供を減らすべく聖闘士になる事を決意して、適性検査を受けた。
似た境遇──とはいえ、既に大人で元は既婚者──のケリーを先輩と呼んで、共に訓練に励む。
然し、訓練をしてみても未だに小宇宙を使えないが故に、鋼鉄聖闘士養成所の方へと二人は送られた。
それが少しコンプレックスになっているらしくて、鋼鉄聖闘士を侮蔑していたアルゴを、オリジナルとはいえ鋼鉄聖闘士である翔が破ったのに興奮気味だ。
「アルゴ、口程にもない」
ユートは首を横に軽く振りながら言う。
「ま、あんなもんじゃねーのか? 俺達、鋼鉄聖闘士は小宇宙が使えないか一定に達していないとはいえ、オリジナルの鋼鉄聖闘士が仮免生のボウヤに敗ける程に弱くはねーぜ?」
辛辣なマリンクロスの潮だが、実はアルゴに対して可成りムカついていたのかも知れない。
それに実戦経験を持たない連中より、少しなりとも実戦を経験した矜持とてあるのだろう。
「そうだな、機能を削ってコストを一定にした量産型には小宇宙キャンセラーも付いて無いが、俺達の聖衣には特殊な装備も用意されているからな」
潮の言葉を肯定するのは巨漢といって差し支えない薄い褐色肌の男、ランドクロスの大地だった。
然し、信じられるであろうか? この大地が今でこそ翔や潮に比べて巨漢であるが、聖戦の時代は一番の小柄だったなどと。
三人の鋼鉄聖闘士達は、一巡目とは異なり麻森博士の鋼鉄聖衣製作が上手くはいかず、超技術(チャオ・テクノス)の力を借りる事で漸く完成に至る。
よって、逆説的に聖衣の機能は真なる意味で原典(オリジナル)の鋼鉄聖衣を越えていた。
それもまた、仮免生とはいえ青銅聖闘士のアルゴを全く寄せ付けなかった理由でもある。
何しろ、小宇宙程では無いにしろ身体機能を引き上げる咸卦の氣を使える為、ある程度は神の闘士の動きに付いていけるのだから。
本来は鍛えた肉体と防御と攻撃武器兼用の鋼鉄聖衣のみで闘うが、咸卦の氣がその肉体を強化してくれているし、その気になったら魔法染みた力も使える。
この世界の鋼鉄聖衣は、謂わば小宇宙戦闘練習機としての意味もあった。
某・あいとゆうきのおとぎばなしに登場する実戦用の不知火と、高等練習機の吹雪みたいな関係になっているのだ。
勿論、鋼鉄聖衣はそもそもが実戦を前提に造られている訳だが……
ユートの持つ計画では、雑兵制度を無くして小宇宙を使えない者でも、聖闘士を名乗れる様に鋼鉄聖闘士の増産を第一とする。
正直に言ってしまうと、雑兵の皆さんの装備品が余りにもちゃちで、幾ら何でも革の鎧兜に槍はないだろうと考えていた。
実際、海皇ポセイドンの雑兵は雑兵用の鱗衣を纏っているし、冥王ハーデスの雑兵はスケルトンの冥衣を纏っているし、
氷戦士でさえ均一化された聖衣モドキを纏っているというのに、聖域の雑兵に支給されている装備が、RPGの序盤で割かし簡単に買える革装備に布の服に鉄の槍な訳だ。
それで聖戦を闘えなど、どんな虐めだろうか?
ユートの持つ権能なら、スケルトンの冥衣くらいは万単位でも用意が可能だったりするが、流石に聖闘士へ冥衣という訳にもいかないし、
幾ら通常金属を用いて神秘金属を減らしているとはいえ、やはり暗黒聖衣──現・黒鍛聖衣もそれなりに小宇宙は必要であるし況んや、
十二宮黒鍛聖衣は黄金級の小宇宙が必須で、機械で出来た小宇宙を必要としない聖衣、鋼鉄聖衣を増産する運びとなった。
元・狼星座の那智と元・仔獅子星座の蛮、オリジナル鋼鉄聖闘士達が鋼鉄聖闘士養成所に詰め、こうして鋼鉄聖闘士を鍛えているのも実はその一環である。
だけど余りにも興がノってしまい、調子ぶっこいたのが運の尽きと云おうか、余計とまでは言わない迄も量産機に有るまじき性能にしてしまって、数を当初の予定を全く揃えられてはいなかった。
まあ、現在では訓練用に麻森博士が用意をした量産型鋼鉄聖衣を使ってるが、ハッキリと言うとこいつは脆過ぎる。
本当に練習用にしかならないとユートは視ており、博士には超技術(チャオ・テクノス)のスタッフを付けて鋼鉄聖衣の性能を出来るだけ下げず、コストダウンをするべく研究を新たにして貰っていた。
鋼鉄聖衣は二種類が存在していて、一つは麻森博士が開発した画一的な形状と性能を持ち、安価に造り出せる量産型鋼鉄聖衣。
今一つがユート達の開発した、実際に星座を模した『名前付き聖衣(ネームド・クロス)』だ。
例えば、空を翔ぶ生物を模した大空聖衣(スカイクロス)、大地を往く生物を模している大地聖衣(ランドクロス)、そして海を泳ぐ生物を模した大海聖衣(マリンクロス)。
勿論、それは星座の名前を冠している訳だ。
オリジナルとはまた違う大空聖衣・巨嘴鳥座(スカイクロス・トゥカナ)。
大地聖衣・小狐座(ランドクロス・ウルペクラ)。
大海聖衣・旗魚座(マリンクロス・ドラド)。
オリジナルとの区別を付けるべく、名前付きとして最初に製造された鋼鉄聖衣である。
因みに、青銅聖闘士にも旗魚星座(ドラド)のスピアが居るのだが、現状は特筆する程の存在ではない。
そして全く以て関係は無いが、これより未来でとある世界にて鋼鉄聖衣は活躍の場を得る事になる。
閑話休題……
「まあ、何にせよアルゴとかいうのは運がねーよな」
「ああ、何しろ翔は俺達の──初代鋼鉄聖闘士のリーダーだ。見た目だと優男にしか見えないだろうけど、一番の実力者だからな」
潮の酷評に大地が頷きながら言う。
「そうだね。アルゴの聖衣の破損、あの程度だったら小町の時と違って、自分の血でも塗り付けて聖衣石に入れておけば自己修復されるだろう……」
鳳凰星座みたいなダイナミックな瞬間再生は当然ながら出来ないが、聖衣石に備わる修復機能なら少しは自己修復を促せる。
しかも、聖衣櫃(パンドーラボックス)よりも高い機能を何気に備えていた。
「聖衣の心配とは、流石に聖衣製作師って処か?」
「そんなとこだよ、潮」
「そういや、本来だったら俺らとユートって身分的に開きがあったな。いっつもタメ口で話してるけどよ」
「今更だろ? マルスとの聖戦では轡を並べた仲だ。気にする事もないさ」
潮の言う身分、ユートは本当なら聖域でも十二人しか居ない聖闘士の最高峰、黄金聖闘士だ。
軍隊的に云ったら教皇が元帥、黄金聖闘士が将官、白銀聖闘士や精霊聖闘士が佐官、青銅聖闘士が尉官、鋼鉄聖闘士が准尉、未だに存在する雑兵の皆さんだと下士官辺りだろう。
因みに、黒鍛聖闘士だとそこら辺が微妙に複雑だ。
色は一律で漆黒なのに、元の聖衣によってバラバラだったりするから。
また、十二宮黒鍛聖闘士は准将くらいであろう……とは以前にも記述した。
そういった意味でなら、ユートと星矢が大将辺りで瞬や氷河は中将、新参になるハービンジャーやレオーネや翔龍が少将だろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜、ユートは檄達と会議をしていた。
「銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)を開催?」
「いや、正確には規模を小さくした聖闘士同士の試合──聖闘士ファイトをしてみようと云う事らしい」
何だろう?
何処からか、秋元洋介のボイスで『皆さん、御待ちかね』とか聞こえてきそうな名前の大会は……
「まさか、それを姫巫女達が来る時に開催しようとか云う訳か?」
「うむ、鋼鉄聖闘士養成所の者も希望をするなら観に行ける様に計らう心算だ」
檄が此処まで言うからには既に、聖域への承認などは受けている筈。
「聞いた話じゃ、聖域では暗黒聖闘士が動いて保管をしていた黄金聖衣を奪い去ったとか。そんな事をしている場合か?」
「だからこそだ、次の聖戦に向けて力の有る聖闘士が一人でも欲しい! 俺達は昔に大した役には立てなかったしな。それでも今回は鋼鉄聖闘士も増えてきた。
それに例のアレ、名前付き聖衣(ネームド・クロス)も幾つか上がったのだろ?」
「まあ、確かに幾つか完成したとは報告されている」
「お前に何人か鋼鉄聖闘士訓練生を預ける。名前付きを使えるくらいに鍛えてやってくれないか?」
「希望する鋼鉄聖闘士を連れてくるのは、それが主な目的って訳だ……」
「ガッハハハ! まぁな」
豪快に笑う檄。
「俺達からも頼む。メンバーの何人かはユートが決めても構わない」
翔が追従し、大地と潮も首肯をする辺り賛成という事なのか、序でに那智と蛮も頷いている。
成程、既に外堀は埋まっている感じがした。
「銀河戦争……嘗ては某・兄さんが暗黒聖闘士を率いてしっちゃかめっちゃかにして験が悪いと思うぞ? 況してや、今は暗黒聖闘士が活動しているんだし」
「それを推して頼む!」
まだネームド・クロスの使い手は居ない。
一応、青銅聖闘士引退組の鋼鉄聖衣こそは名前付きだったが……
それが──大地聖衣・仔獅子(ランドクロス・ライオネット)。
大地聖衣・大熊(ランドクロス・ベア)。
大地聖衣・狼(ランドクロス・ウルフ)。
大地聖衣・一角獣(ランドクロス・ユニコーン)。
今も現役な海蛇星座(ヒドラ)の市は青銅聖衣のままであって、鋼鉄聖衣は渡されてすらいない。
「判ったよ。それじゃあ、選んだ鋼鉄聖闘士を二~三人くらい連れてくぞ」
ユートの決断に、檄達はそれはもう嬉しそうに頷いたものだった。
第1章:[パライストラ篇](18/19)
.
「アンタ、いい加減にしなさいよ!」
ユートが歩いていると、話し声……というよりかは弾劾にも似た怒鳴り声が聴こえてきた。
それを察した瞬間に気配を周囲へと溶け込ませて、声のした方向へ向かう。
ユートの場合は気配を消したりはしない。
気配を消すとその場には気配の空白が出来てしまうが故に、本当の意味で手練れともなればその違和感によって気付かれる。
だが然し、周囲に気配を溶け込ませるという行為、これは周りに存在している気配に紛れ、結果的にまず気付かれる事はない。
尤も、真なる達人級(マスタークラス)ならばいざ知らず、未熟もよい処でしかなくて気配察知に優れている訳でもない者が気配を消す、
溶け込ませるの違いなど有って無いに等しいものでしかなかった。
女の子の声だと思ったが果たして、怒鳴り付けていたのは長い金髪を後ろ髪に縛る碧眼の少女で、
ピッチリとしたピンクと白のアンダースーツを着ている事から鋼鉄聖闘士か、若しくは訓練生だと判る。
数人に囲まれた少年は、あの可成りの目付きの悪さはアルゴだった。
どうやらまたアルゴが何かしらやらかしたらしく、雰囲気が凄く悪い。
他にも年嵩な茶髪の男が宥めていたり、亜麻色の髪の毛の少女が凛とした佇まいで睨んでいたり、銀髪の少女が無表情で立っていたりと、傍目からはアルゴが〆られているみたいだ。
まあ、確かに似た様なものではあろうが、〆るにはまがりなりにも小宇宙を扱える青銅聖闘士仮免と量産型鋼鉄聖衣を与えられただけの鋼鉄聖闘士訓練生だ、多少の人数差など意味も為さないだろう。
いや、年嵩の男は訓練生ではなく正式に配備された鋼鉄聖闘士らしい。
正式配備とはいっても、白銀聖闘士みたいな個人で各地へ飛んだり、基本的に集団行動で実力不足を補いつつ白銀聖闘士のサポートなどを行う青銅聖闘士などとは異なり、
未だに設立をされたばかりで雑兵に毛が生えた程度な上に雑兵でもない鋼鉄聖闘士は、任務と云える任務は今の処は無いから、こうして養成所にて訓練生の手伝いなどをしている事も珍しくなかった。
そもそも、聖闘士の任務は明確化こそされてはいないものの、ある程度は能力などから決められる。
大まかに、黄金聖闘士が十二宮の守護や訓練生への修業だろう。
白銀聖闘士は各地へ飛んでの遊撃、或いは聖闘士の訓練生を預かっての修業。
但し、今はパライストラが訓練生を預かるのが主流となっており、エデンみたいに聖域にて黄金聖闘士が修業を見るのは少ない。
それでも、白銀聖闘士である南十字座の一摩が修業時代のソニアを鍛えたり、龍峰が紫龍や翔龍に鍛えられたりなどはある。
光牙も蛇遣座のシャイナが基本を教えた。
ユートは学園制にするよりは、昔ながらの修業の方を支持している。
とはいっても今は数を揃える事が急務だと云うし、鋼鉄聖闘士も数を揃えるのを目的にしている面もあるから仕方ないと諦めた。
精霊聖闘士は基本的に、白銀聖闘士の同位互換となるが、中には実力的に見て青銅聖闘士並と判断される場合もある。
また、女神アテナの侍女兼直衛を任務としてるのが聖闘少女(セインティア)。
聖闘少女と聖闘士では、聖衣が別に存在する。
二十二年前に活動をしていた聖闘少女の中に、現在も聖闘士として活動をしていて、同格ながら全く別の形をしている聖衣を纏った者だっていた。
因みに雑兵は警備員でしかない。
この中に新しく、小宇宙を持たないか聖闘士になるには足りない鋼鉄聖闘士、
能力は高いが聖衣が与えられない者などから選ばれる黒鍛聖闘士達を増やすのがユートの目的。
エデンを育てたのは母親と叔父を殺害した贖罪で、自らの気分の為の身勝手でもあったが、やはり後進の育成は悪くない。
二〇〇三年に教師をした事はあるが、それそのものが予定調和(げんさくかいにゅう)に過ぎなかったのだとはいえ、教え導く仕事はそれなりに楽しめた。
ユートが鋼鉄聖闘士やら黒鍛聖闘士を組織しようとするのも、言ってみるなら後進の育成の為である。
だけど偶に思う。
大輪の華を育てる為に、雑草は間引く必要がどうしてもあるのでは……と。
嫌な考えだ。
然し、目の前で罵詈雑言を吐き出すアルゴを見ていると、ユートとしてはやはり気分が悪い。
ユートは普段とは違い、静かに右腕を掲げて喚ぶ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
鋼鉄聖闘士見習いのエマと正規鋼鉄聖闘士のケリーが組手修業を自主的に行っていると、酷く目付きの悪い濁った瞳をした少年が近付いて来て、行き成りエマを殴り付けてきた。
暗がりで顔が見え辛かったが、月光に照らされた顔は昼間にスカイクロスの翔と模擬戦を行い、アッサリと敗れた飛魚星座(ヴォランス)のアルゴだと判る。
頬を赤く腫らしたエマが起き上がり、『何をするんですかっ!?』とアルゴに文句を言うと『うるせー! 高が鋼鉄聖闘士のスクラップ風情が調子くれてんじゃねーぞ!』などと、
支離滅裂な答えを返してきた。
「イライラするんだよ! 小宇宙も使えねースクラップの聖闘士モドキがっ! この青銅聖闘士のアルゴ様に逆らいやがって!」
凄まじい顔芸を披露しながら叫ぶアルゴは、余りにも言動がアレな上に滑稽に過ぎる。
そんなアルゴに対し……
「何が青銅聖闘士よ!? まだ仮免の癖にイイ気にならないで! アンタなんか途中で失効するにきまってるんだから!」
エマ自身も大概な発言を怒鳴り散らす。
「んだと、殺すぞてめえ」
「やってみなさいよ!」
完全にキレたエマ。
相手が青銅聖闘士だろうが仮免だろうが関係無い、これでも自分だって苦しい訓練に耐え、鋼鉄聖衣自体は与えられているのだ。
「来やがれ、飛魚星座聖衣(ヴォランス・クロス)!」
「鋼鉄聖衣!」
互いに右腕を掲げると、アルゴはヴォランス・クロスを、エマは量産型である鋼鉄聖衣を喚ぶ。
アルゴの聖衣石(クロストーン)から飛び魚を象る金属の模型が顕現をして、水を渦巻きながら分解されていき、アルゴの身体へとパーツが装着される。
一方のエマも、右手首に装備された聖衣デバイスから光が放たれ、人型を執る鋼鉄聖衣に重なり合う様にシルエットが交差し、次の瞬間には赤を基調としている鋼鉄聖衣を纏っていた。
色は兎も角として、形に関しては画一的な規格品の量産型鋼鉄聖衣。
他の鋼鉄聖闘士の聖衣も同じ形をしている。
「あちゃー、あんの莫迦。聖闘士の私闘は禁じられてんだろうがよ……」
「気持ちは解るのですが、逸り過ぎですね」
「おう、凛々奈ちゃんもそう思うかい?」
ケリーとしてはエマの考えは理解するが、だからといって正規聖闘士と喧嘩をするのは如何にもやり過ぎだと考えていた。
況してや、此方に来ている聖闘士次第ではアルゴは御咎め無しで、エマだけが罰を受ける羽目に陥りかねないと心配をしている。
30代手前のケリーは、まだまだ社会では若造に過ぎない年齢だったが、未だに十代中盤なエマに比べれば社会の毒も知っていた。
そんな毒に侵されない様に見守る……とまでは言わないが、せめて防波堤くらいにはなるのが大人の役割だと、青臭い事も多少なり考えてはいるのだ。
妻子は居たが別に自分の子供と重ねている訳でもなかったが、それでも元気に育っていればいずれは今のエマや周囲の鋼鉄聖闘士の候補生みたいになっていたと思うと、
やっぱり心にクるものがあった。
「ったく、しゃーねーな」
ポリポリと頭を掻いて、エマを無理矢理にでも泊めるべく足を動かし……
ドクン!
「っ!?」
急激に襲う圧力を感じて目を見開く。
「な、何だ? この異様……いや、威容とでも云うのか……このプレッシャー」
異変を感じたのはケリーだけではない。
「んだ? この恐ろしいまでの攻撃的な小宇宙?」
アルゴもまたプレッシャーを感じていたらしくて、冷や汗を流しながらエマなど目も暮れずキョロキョロと辺りを見回す。
「覚えているぜこの感覚、あの時に感じた……あいつと子供を喪って途方に暮れていた俺を殺そうとしていた連中、奴らを一掃しちまった奴の……あのプレッシャーじゃねーか!」
ケリーは一巡目の世界でも神々の闘いに巻き込まれてしまい、妻子を喪って後に鋼鉄聖闘士となっているのだが、現在の二巡目との差異として自分自身も殺され掛けており、
それを寸でで黄金の鎧兜を身に付けた何者かに救われている。
その時にケリーは聖闘士の存在をハッキリ認識し、鋼鉄聖闘士養成所の門戸を叩いたのだ。
その黄金の鎧兜の男は、僅かに覗く口元を吊り上げると、両腕を十字に組んで連中へと振り下ろす。
直後、空間が爆縮と解放を刹那の時間で繰り返し、世界を……銀河を揺るがす大爆発が敵の全てを呑み込んで消滅させてしまった。
腰を抜かしたケリーは、彼の顔を影で隠すマスクの二つのアルカイックな顔を空恐ろしく感じたものだ。
その名をジェミニ。
双子座の黄金聖闘士だと知ったのは、鋼鉄聖闘士養成所で聖闘士や神々の知識を教えられていた時に見せられた映像資料から。
最強の十二人に数えられる黄道十二宮星座の聖衣を与えられた存在、その中でも双子座の黄金聖闘士とは代々が最強だとされる。
まあ、それは盛り過ぎだったとしても、あの銀河をも砕きそうな一撃を魅せられては〝最強〟というのも強ち間違いではあるまい。
あの時のプレッシャー、それは飽く迄も敵へと向けられたモノだと云うのに、ケリーも余波で動けなくなる程の圧倒的な気配。
今、ケリーが感じているのはあのプレッシャー。
ガチャガチャ……
金属と金属が擦れ合う音を鳴り響かせて、背後からプレッシャーの持ち主が歩いて来る。
振り向けば死ぬ! そんな有り得ない光景を幻視してしまいそうだ。
それでも冷や汗を掻きつつも振り向くと、果たして其処には嘗ての時に自分を救い且つ、敵には情け容赦無く振る舞ったあの聖闘士が圧倒的なる存在感を醸し出して立っている。
「んな! ゴ、黄金聖闘士だと!?」
アルゴの科白こそが全てを物語っていた。
「随分と跳ねっ返りが居る様だな、青銅聖闘士(ブロンズ)にも鋼鉄聖闘士(スチール)にも……」
顔はマスクの影に隠れて見えない。
ゾクリ!
心の臓を鷲掴みにでもされたかの如く、それは恐るべきプレッシャーだった。
流石に此処までくれば、今までプレッシャーを感じていなかった三人も判ったらしく、冷や汗を流す。
「な、何なんですか貴方」
されでもエマは何とか口を開くが……
「よせ、エマ! 彼には決して逆らうな!」
ケリーが慌てて止める。
「ケリー先輩?」
普段から飄々とした態度を崩さないケリー、それが黄金聖闘士を前にした途端にまるで蛇に睨まれた蛙。
それが如何に〝異常〟な事かを痛いくらいに理解をしたエマは、ゴクリと固唾を呑んで固まった。
「ゴールドだか何だか知らねーがよ、行き成り現れて言ってくれるじゃねーか」
だが悲しいかな、理解を出来ない者も居たらしい。
アルゴは、黄金聖闘士が最強の聖闘士だと知ってはいたのだが、だからといって唯々諾々と従う程に素直な性格をしていなかった。
「よすんだ、アンタが如何に小宇宙を操る正規聖闘士だろうが、黄金聖闘士にとっては俺らもアンタも変わらない存在だ!」
「るせー! 屑鉄が説教放(こ)いてんじゃねー!」
最早、アルゴは止まらないというか止まれない。
それは雪玉が坂を転がり落ちるかの如く、周囲を巻き込んでまで肥大化する。
ケリーの言葉は容赦無く正しい指摘だ。
黄金聖闘士にとっては、青銅聖闘士も鋼鉄聖闘士も大した違いは無い。
仮に二〇の力を持っている鋼鉄聖闘士、一〇〇の力を持っている青銅聖闘士だったとして、一〇〇〇〇の力を持つ黄金聖闘士にどれ程の差異が有ろうか?
「フッ、私闘を禁じられている聖闘士がこんな夜目を忍んで聖衣を纏うなどと、跳ねっ返り以外の何物でもあるまい?
青銅聖闘士は疎か、これは鋼鉄聖闘士にも適用されるぞ。仮面の掟とは違って……な」
鋼鉄聖闘士は正規聖闘士とは云えず、故に仮面の掟の適用外となっている為、エマも他の二人も美しい顔を月夜の光に晒していた。
「くっ!」
「今なら見逃してやらんでもない。お前達二人はすぐに聖衣を解除しろ」
それは紛う事なき命令、軍的に云えば大将が少尉や准尉に武装解除を命じている様なものだ。
流石にエマは黄金聖闘士に逆らう愚を犯す事は躊躇われ、ジェミニに言われた通り直ぐ聖衣を解除した。
量子化されて右手首に填まるデバイスに収容する。
それはアルゴも同じく、聖衣を聖衣石に仕舞う。
当然ながら双子座の黄金聖闘士とはユートであり、一時的に聖域に居るユーガから返却して貰い、聖衣を招喚して纏ったのだ。
ユートは辺りを首を動かさずに把握し、鋼鉄聖闘士養成所の訓練生と目の前のアルゴを見て……
「(ふむ、あの男はどうやら小宇宙に目覚めていないまでも、僕の小宇宙を感じる事は出来ている様だね。確か彼はあの時の青年だったか?
鋼鉄聖衣を纏ったエマとか呼ばれた娘は……まだ小宇宙を感じる事すら出来ないか。気概はありそうだけど。それと残りは、魔力に目覚めているのか。なら小宇宙に目覚めるのは難しいかもな)」
アルゴは青銅聖闘士仮免を与えられているものの、完全に自分の才能を驕りによって潰したタイプ。
最早、見るべき所などは全く以て有るまい。
「青銅聖闘士(ブロンズ)、聖衣解除に免じて今回だけは赦そう。早々に立ち去るが良い」
歯牙にも掛けぬ言葉に、アルゴはギチリと奥歯を噛み締めるが、敵わぬと解っていて敢えて逆らう事など出来る筈も無く、拳を握りしめて踵を返すと駆け出してしまった。
別に構わない。
アルゴに用など無いし、ユートが声を掛けたかったのは残りの四人だ。
何故ならば、ユートが誰かに某かを教えるとやる気の無い人間は資質が高くても修得が遅く、逆に資質が低い人間でもやる気や気概が満ちていれば修得率の方も高まるから。
アルゴは資質的に並で、あの驕り様ではやる気にも期待は出来ない。
教えるのは黄金聖闘士のジェミニとしてではなく、青銅聖闘士・麒麟星座(カメロパルダリス)のユートとしてなのだし、アルゴがまともに何かを習うとは思えなかった。
「さて、諸君はまだ去って貰う訳にはいかない」
「なっ!? 青銅聖闘士の兄ちゃんは見逃したじゃねーか? アンタも鋼鉄聖闘士は嬲る口か?」
「勘違いをするな。諸君らには選択肢を与える」
「選択肢?」
「私がこの鋼鉄聖闘士養成所に来たのは、檄からある要請を受けたからだ。
それは数人の鋼鉄聖闘士訓練生や鋼鉄聖闘士をパライストラに連れて行き、青銅聖衣や名前付き聖衣(ネームド・クロス)を与えられそうな人材として修業させたいと云うものだった」
「「「「っ!」」」」
ケリーは元より、エマと凛々奈と菜々芭も驚愕し、思わず息を呑む。
「蛮や那智、翔達の許可も取ってある話だ。ケリー、君は小宇宙を感じられている様だし、少し厳しい修業を課せば目覚めそうだな。
嘗て、私の攻撃的小宇宙を受けた所為だろう。エマはそれすら出来ていないが、強くなりたいという気概は感じられた。
そして其処の二人は魔力に目覚めている様だな? 小宇宙に目覚めるのは難しいが、それなら【名前付き聖衣】を受領が出来る様に修業をするのも良かろう」
「ネ、名前付き聖衣(ネームド・クロス)とは?」
銀髪の少女──菜々芭が恐る恐る訊ねる。
「君らの鋼鉄聖衣は量産型の数打ちで、名前も特には付いていない。【名前付き】とは星座を象り、文字通り名前を与えられた特別な鋼鉄聖衣の事だ」
「……! やります!」
菜々芭は何の躊躇いも無く答えたものだった。
第1章:[パライストラ篇](19/19)
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合同訓練はアルゴの一件以外は、特に荒れる事無く終わりを迎える。
ユートにスカウト? をされたケリーにエマに凛々奈に菜々芭は、荷物を纏めてパライストラ組と一緒にパライストラへ行く事に。
行くのに忌避感は無い、だけど不安は有る。
何しろ、今回の出来事の根幹にあったのが青銅聖闘士アルゴとの確執だ。
そんな青銅聖闘士達の、謂わば根城へ行こうと云うのだから当然、皆には不安が付き纏うのであろう。
「にしても、修業を付けてくれんのが青銅聖闘士ってぇのはどうなんだ?」
「普通は白銀聖闘士や精霊聖闘士、良ければ黄金聖闘士な筈だものね」
ケリーとエマの言う通りであり、パライストラ開校より以前は修業を付けるとすれば白銀聖闘士以上だ。
その昔、氷河は水瓶座の黄金聖闘士カミュに師事をしていたし、教皇の紫龍も天秤座の黄金聖闘士である童虎から教えを受けた。
一輝の師匠は聖闘士らしいが階級は不明、星矢と瞬は白銀聖闘士から教えを受けている。
とはいえ今のやり方から現役の青銅聖闘士が修業を付けるなんて、そもそもが有り得なかった。
やるにしても蛮や檄みたいな退役組だろう、要するにある程度は大人となった青銅聖闘士と云う事。
実際、今の蛮達は三十路の中盤くらいの年齢。
十三歳~十五歳であった原作時から現在は二十二年もの時が経ち、下手をすれば結婚をして子供が生まれており、その子供が聖闘士になっていてもおかしくはない程だから。
事実として、瞬や氷河や紫龍には養子や実子が居たりするし、星矢でさえ養子だが光牙が居る。
唯一、青銅聖闘士一軍組でそんな妻子が居ないのは一輝くらいだった。
一輝が愛したエスメラルダは既に亡く、一輝自身も『二度と其処までの愛情を持てる女と巡り逢えまい』と言い、そこら辺を諦めている節がある。
それは兎も角、現状にて現役青銅聖闘士はその殆んどが子供……二十歳にすらなっていない連中ばかり。
まあ、三十路中盤くらいの青銅聖闘士も居るには居るのだが……
海蛇星座の市。
二軍の三人が教職に就いており、もう一人は牧場主として任された土地を睨む所謂、駐在員っぽい仕事を営む中で唯一の現役。
大熊星座と一角獣星座はまだだったが、仔獅子星座と狼星座には既に後継者すらも見付かっているくらいなのに、市だけは青銅聖闘士に固執をしていた。
だけど、四人に教えるのは何故か若手組──と思われている──のユート。
四人が余計に不安を覚えても仕方がない。
「随分と不満そうだね? 僕じゃあ役不足かな?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
エマは否定してはいるのだが、その顔を見る限りは間違いなく納得などしてはいなかった。
「まあ、蓋を開けてみればパライストラの青銅聖闘士仮免が教員役なんて、納得は出来ないかな?」
「そ、それは……」
「心配しなくても、そもそも僕はパライストラに在籍してるけど仮免生なんかじゃないんだ」
「──え?」
「僕は正規の(黄金)聖闘士だからね」
「「「「はぁ?」」」」
あからさまに不満そうな顔だったエマを始めとし、ケリーと凛々奈と菜々芭も揃って叫ぶ。
副音声は聴こえていないから、四人はユートの事を飽く迄も青銅聖闘士として捉えているものの、正規の聖闘士であるという情報は驚愕に値した。
「知っているか? 射手座(サジタリアス)の星矢……彼を育てたのは白銀聖闘士・鷲座(イーグル)の魔鈴。しかも成り立てほやほや、十歳の頃の話だよ」
「たったの十歳で!?」
黄金十二宮(ゴールド・ゾディアック)の守護者が一人、黄金聖闘士・射手座(サジタリアス)の星矢。
このパライストラに居る──否、鋼鉄聖闘士訓練生ですら知る伝説の聖闘士。
十三年前、一九九九年の七月頃に現れたマルスとの聖戦で決戦に赴いた六人の黄金聖闘士こそ、一九九〇年に起きた冥王ハーデスとの最終聖戦にて、
ハーデスと直接闘いながら生き残ったとされている者達。
名前を知らされていない双子座は兎も角、射手座の星矢、天秤座の紫龍、獅子座の一輝、水瓶座の氷河、乙女座の瞬は今現在でさえ語り種となるくらいだ。
とはいえ、天秤座の紫龍は教皇となってその座は既に玄武に継がれ、更に紫龍の義息子の翔龍へと継承をされているし、
獅子座にしてもつい先日に一輝が自ら鳳凰星座に戻り、レオーネという弟子に継承されて、メンバーに多少なりと変遷があったのだが……
しかも現在は黄金聖衣が幾つか奪われ、聖域は厳戒体制を敷いている。
目の前のユートこそが、名前を知らされてはいない双子座の黄金聖闘士だと、この四人が知る由もない。
「白銀聖闘士(シルバー)だとはいえ、僅か十歳程度で七歳か其処らの星矢を鍛え上げたんだ。他者を鍛える知識さえあればそれが可能な証左だろう?」
「うっ……まあ、確かに」
星矢の修業期間は六年、ペガサスの聖闘士になったのが十三歳の頃であれば、修業開始は七歳の時。
そして魔鈴の原作開始時の年齢は十六歳、つまりは修業開始時に十歳だったと云う事になる。
魔鈴も星矢達と同じ頃に修業をしていたと仮定し、六歳くらいだったのだとすれば、たったの三年程度で白銀聖闘士になったという話になる訳で、それだけに優秀だったのだろう。
「それに僕は嘗て、麻帆良の地では教師をやっていたりもする」
「教師? いつの頃に? 貴方は二十歳も越えていない様に見えるけど……」
「単純な戸籍年齢は十九歳だね。見た目的には十六歳か其処らだけど」
「十九歳? って、教師をしていたのって本当にいつの話よ!?」
「約十年前、数えで十歳の時だよ」
正確にはニ〇〇三年の冬──麻帆良学園女子中等部の二年A組の副担任を経て春に三年A組の副担任として活動をしていた。
「に、日本の労働基準法は何処に逝ったの?」
凛々奈は日本人だから、当然ながら労働基準法に関してツッコむ。
苦笑いで後頭部から大粒の汗を流しながら。
そんな凛々奈に……
「麻帆良学園都市には基本的に認識阻害が常時展開をしているし、僕はそもそも五歳から七歳に掛けて米国はマサチューセッツ州に在るMIT大学で、
教員免許を取る為に飛び級をしながら勉強をしていたからね。免許も労働基準局やら必要な場所で、きちんと説明と日本で使える様に認可を得ていたよ」
何処ぞの薬味(あに)とは違って──なんて副音声も込みで説明をする。
実際に、何処ぞの薬味(あに)はオックスフォード大学を卒業したなどという嘘八百が罷り通っていた。
まあ、ユートの方も可成りの力業だったのだが……
「さて、とはいえやっぱり納得は出来ないよね?」
そう言うと、エマもケリーも顔を見合わせており、凛々奈と菜々芭もそこら辺は同様だ。
「だから、先ずは僕の力を見せようか。四対一による模擬戦をしよう。そっちは鋼鉄聖衣を纏うと良いよ。僕はこの侭で戦るから」
「なっ!?」
力を見る為の模擬戦なら望む処だが、聖衣も身に付けずに量産型鋼鉄聖衣だとはいえ、此方は纏った状態での四対一などと有り得ない戦力差になる筈。
エマの表情が険しくなっていく。
「貴方も鋼鉄聖闘士如きって嘲笑う口?」
「フッ、随分と自分に自信があるのか? まるでこの模擬戦に勝てるみたいに聞こえるが……嘲笑うとかじゃなくて至極単純な話が、実力不足なんだけどな?」
「くっ、なら良いわよ! やってやろうじゃないの! ケリー先輩や凛々奈さんと菜々芭さんも良い?」
「ま、やるしかないわな」
「私も構いません」
「凛々奈さんに同じく」
四人の意見が纏まる。
『鋼鉄聖衣!』
全員が一斉に鋼鉄聖衣を纏うべく、左腕を掲げつつ専用ウォッチを前に出し、マインドトリガーを叫ぶ。
量産型であるが故にか、色は兎も角として形状に関して云えば同一規格。
ユートが識らないΩ原典の鋼鉄聖衣に似て非なる物であり、その機能は量産型なれど原典よりも高い。
何しろ本来の聖衣とは異なり、明く迄も通常金属のみで構築されてはいるが、ユートがマジックアイテムとして造っていた【聖衣】と同じく、
魔力と氣の合一が自動的に為されるが故、小宇宙を扱う正規の聖闘士程ではないにせよ、可成りのパワーアップを果たす。
とはいっても、合一する割合は自らが行うのを百とするなら精々が三〇程度。
つまりは三〇%くらいの出力でしかない。
それでも鋼鉄聖衣をその身に纏うだけで、常人なぞ遥かに越えるパワーを手にする事が可能となる。
刹那、ユートが動いた。
「はぁあっ!」
「な、なにぃ!?」
完全に鋼鉄聖衣を纏う前にユートがケリーに蹴りを喰らわし、その衝撃によって吹き飛ばされてしまう。
「ケリー先輩!」
叫ぶエマ。
「ちょっと、卑怯よ!」
「よせ、エマ!」
「けど、ケリー先輩……」
「聖衣を纏う瞬間から闘いは始まっている」
「──っ!」
他ならない、ケリー本人が言うのではエマも文句が言い難い。
「鋼鉄聖衣を纏うのが遅過ぎる。某・宇宙刑事みたく一ミリ秒とは言わないが、せめて一秒で纏え。数秒は掛け過ぎだろう?」
「なっ!?」
背後で聞こえるユートの声に驚愕する。
ドカッ!
「キャッ!?」
強い衝撃が背中へ奔り、小さな悲鳴を上げながらも吹き飛び、ゴロゴロと前転をしつつ倒れた。
「鋼鉄電矢(スチールボルトアロー)!」
右腕を前へと掲げて攻撃を放つ凛々奈、だがユートはそれがどうしたと謂わんばかりに右手で叩き落としてしまった。
その直後、霞の如く姿を消してしまうユート。
「え?」
ガッ! と凛々奈の首筋に衝撃と痛みが駆け抜け、一瞬で意識を手放した。
「凛々奈さん! 鋼鉄電砲(スチールボルトキャノン)ッッ!」
胸のパーツからエネルギーを収束して放たれた砲撃がユートを襲うが、今度は回し蹴りで打ち砕く。
「そ、そんな!?」
再び姿を掻き消したと思えば、菜々芭の目前に行き成り現れて……
「ガハッ!」
鳩尾へと拳を突き込む。
痛みと肺の中身を吐き出した苦しさに涙を浮かべ、口元からは唾液を垂れ流しながら膝を付き、お腹を押さえつつ踞って倒れた。
「クソッ、何も出来ない侭で潰滅かよ!」
ケリーの意識は健在なれども、すぐに動ける程には元気ではなかった。
事実上の全滅である。
ケリー達の知識の上で、聖衣を纏わぬ青銅聖闘士の一人を相手にし、まんまと四人が纏めて斃された。
悔しくない訳がない。
元より意識のあるケリーは兎も角、残り三人が目を覚ますのを待つ。
暫くして目を覚ますエマと凛々奈と菜々芭。
三人共、特にエマは苦々しい表情で睨んできた。
まあ、ある意味でケリーを不意討ちしたユートを睨むのは当然として、自分の実力が聖衣を纏わない最下級聖闘士にすら及ばない、そんな現実にやり場の無い怒りをぶつけているのだ。
「さて、これで僕の実力の程は理解したかな?」
「そうだな。少なくとも、俺ら四人じゃ相手にすらならないのは解ったよ」
頭を掻きながら言う。
ケリーとしては可能性は考えていたのか、すぐにも自らと仲間の実力不足を認めてしまった。
「強いからと指導者に向く訳じゃないけど、さっきも言った通り僕は教師経験もあるし、聖闘士の修業法もちゃんと知っている」
「了解した。エマ、お前もそれで構わないな?」
「は、はい……」
認め難くとも実力差の方は歴然、エマはケリーからの確認に渋々頷いた。
「それじゃ早速だけど始めようか」
全員がユートの方を向くと固唾を呑む。
「先ずは全員、両手を前に出してその場で固定」
「「「「?」」」」
よく判らないまでも言われた通りにする。
そんな四人へとユートが近付き、何かしらを行い始めるがやはり判らない。
全員に同じ処置を行ったユートが、おもむろに指をパチン! と鳴らす。
「うおっ!?」
「きゃっ!」
「えっ?」
「くっ!?」
すると急に重みを感じ、全身を丸める様に引っくり返ってしまった。
「な、何じゃこりゃ!?」
「呪霊錠。まあ、本物とは似て非なるモノだけどね。他に名前も思い付かなかったからなぁ」
幽☆遊☆白書という作品に【霊光波動拳】なる流派が存在するが、この呪霊錠は主人公の修業に幻海師範が施術した修業法である。
早い話が霊能養成ギプスみたいなモノで、手首足首に施術をすれば鉛塊の如く重量と、キツいバネに締め付けられるかの様な状態となってしまい、
これで修業をすればする程に強さか弥増していき、大の字になって睡眠を取れる程度に慣れたなら、呪霊錠を施術する前の全力が約二分の力で出せると説明されていた。
そして〝この〟呪霊錠は霊能養成ギプス等では当然なく、霊力も含めた氣力、魔力、念力のエネルギーと共に肉体を鍛える。
それと同時に、それらを抑え込む力も持っており、ユートは自らの力を鍛えると共に封ずる手段の一つとして用いていた。
嘗て、対ロキ戦で解除をした封印の一つというのがこの特殊な呪霊錠だ。
今のユートが〝小宇宙〟を青銅聖闘士レベルにまで落とす要因であり、それが故に現在のユートの能力は〝白銀聖闘士の数倍〟程度にしかならない理由。
「(本当、神殺しの肉体は便利だよね。青銅聖闘士級の小宇宙で白銀聖闘士級を越えるんだから……)」
力なんて基本的に個人差というものがある。
大人と子供。
病人と健常者。
鍛者と非鍛者。
それだけでも差は大きいものだが、人間と神殺しの差は大人と子供というよりプロの格闘家と小学生なんて差だって付くだろう。
普通の人間が青銅聖闘士級の小宇宙を燃やすのと、神殺しが同レベルの小宇宙を燃やすのとなら、当然ながら後者に軍配が挙がる。
寧ろ、一般的な青銅聖闘士が幾ら小宇宙を燃やしたとして、小宇宙を燃焼させないユートには敵わない。
ユートが思っていた以上に人間とカンピオーネという差は大きく、権能込みでなら白銀聖闘士など相手にもならない。
まあ、相性やら初見やらで嵌まれば引っくり返ってもおかしくはなかったし、カンピオーネの勝利を掴む直感は予想外に大きい事もあり、
それこそ草薙護堂は兎も角として羅濠教主など黄金聖闘士とも充分に戦えるであろう。
世界の理が異なり限界の上限が低い【まつろわぬ神】とはいえ、仮にも神と呼ばれる存在を殺したというのは伊達ではない。
「待って下さい!」
「はっ! ほっ!」
行き成り【不思議な踊り】を始めるユート。
「誰が舞って下さいなんて言いましたか!?」
コケるエマ達。
「で、何かな? 菜々芭とか言ったっけ?」
「はい、鋼鉄聖闘士訓練生……天樹菜々芭です」
一応、自己紹介くらいは済ませてはいたが、自らを主張するかの如く名乗る。
「用件ですけど……貴方は何者ですか?」
「緒方優斗。麒麟星座(カメロパルダリス)を纏っている聖闘士だが?」
「本当にそれだけですか? それにしては貴方は異常に過ぎます」
「へえ?」
「単純な強さもそうです。私達一人一人は青銅聖闘士に劣りますが、四人も居れば勝てないにしても普通はそれなりにでも戦えます。
にも拘らず、貴方は私達に圧勝しました。他にもおかしな処は色々あります」
銀髪少女からの指摘に、ユートは暫し瞑目をすると再び目を開いて……
「それを知った処で君には何も出来ないよ」
そう言い放って去った。