【魔を滅する転生星】第2章

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第2章:[聖闘士ファイト篇](1/13)
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 鋼鉄聖闘士達の修業を始めてから一週間が過ぎて、彼女らもパライストラに馴染んできた頃、この地へと新たな者がやって来る。

 亜麻色の髪の毛の持ち主であり、優し気な表情を浮かべた男は三人の少女を連れていた。

「御三方、疲れてはいませんか?」

「大丈夫です、瞬様」

 瞬と呼ばれた男は微笑みを浮かべて頷く。

 生身ではあるが、瞬とは黄金十二宮を守護している黄金聖闘士の一人、乙女座(バルゴ)である。

 そして連れているのは、聖域でアテナ──城戸沙織に祈りを捧ぐ巫女達。

 本来は四人が存在しているのだが、現状は一人が欠けていて三人だけだ。

 アテナの象徴となるであろう四つを名乗る巫女達、オリーブのアリア、三日月の月(ユエ)、蛇の栞。

 これに梟を足したなら、四人の天姫巫女。

 勿論、本来なら存在しない役職ではあるのだが……

 ユートは黄金聖闘士達と相談し、聖域の巫女達を纏める者にして各々にアテナの役割の一部を課す天姫巫女を置いた。

 聖衣はユートが造り出した天聖衣(アスクロス)。

 役割……アリアは代行、栞は智恵、月は芸術、そして梟(オウル)は戦。

 瞬はこの三人の天姫巫女を護り、このパライストラへと足を運んだ。

 大切な役目を帯びた少女であるが故に、黄金十二宮を守護する最強の聖闘士を〝二人〟も割いた。

 パライストラに初めから来ていたユートを含めて、三人もの黄金聖闘士が集結してまで護る。

 これは城戸沙織の勅命、特に現在だとアテナ本人が不在である為、アテナの役割を分割して担う少女達の使命は重たい。

「よ、瞬」

「優斗!」

 パライストラが見えてきた辺りで、目の前に現れたのは聖衣も纏わぬユート。

 右手を挙げて瞬に挨拶を交わす。

「久し振りだね優斗。随分と元気そうだ」

「瞬こそ元気そうで何よりだよ。それと三人の天姫巫女達……聖闘士の学舎たるパライストラへようこそ、何てな? 久し振りだね、アリア、栞、月」

「お兄様!」

「優斗!」

「優斗様!」

 そもそも、天姫巫女達の三人はユートが見出だし、聖域へと連れて来た訳だから当然ながら知り合い。

 そして、三人はユートに親愛の情を程度こそそれぞれに違うが持っている。

 たがらだろう、アリアも栞も月も嬉しそうだ。

「三人には青銅聖闘士から案内役が付く。アリアには光牙、月には詠。それから栞には僕だね」

 因果を持つ者を選ぶ。

 アリアの場合は義弟である光牙。

 月の場合はもう恋人みたいな付き合いの詠。

 栞は麻帆良時代にとある人物が数人の仲間と共に、ユートへと預けられた経緯から長い付き合いだ。

 だからだろう、三人は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「瞬……」

「何だい、優斗?」

 パライストラに向かって歩き出す五人、黙って歩くのも何だからユートが瞬に話し掛けた。

「確か、一般人には見付からないルートで来た筈なのに相変わらず、聖衣を纏っていないんだな?」

「クス、知ってるだろう。僕はあの人の……シャカの聖衣を継ぐのに当たって、乙女座の修業を開始した。乙女座は代々、自ら何かしら封じて小宇宙を高める」

「ああ、先代であるシャカは視界を封じた。ハーデスとの前聖戦で乙女座を担っていた静寂なる男シジマ、彼は喋る事を封じてコミュニケーションは念話を中心としていたな」

「うん、そして僕は元々がアンドロメダの聖闘士だ。乙女座としての修業を改めて始めた。僕が封じたのは聖衣を纏う事。僕はギリギリまで聖衣を纏わず生身で在り、小宇宙を高め続けているんだ」

「……大変だよな」

「君は五感の全てを封じ、セブンセンシズを全て肉体を動かすという、生物としての基本に回しているんじゃないか。僕よりよっぽど大変だと思うけど?」

 乙女座の黄金聖闘士には奥義の中に感覚を封じるというものがあり、その気になれば第七感すら封じる事すら可能。

 その名を【天舞宝輪】、これはユートもシャカに見せて貰った……というか、掛けて貰った事もあるから自前で使えるが、当然ながら乙女座を継いだ瞬も今や行使を可能としていた。

 このシャカ曰く攻防一体の戦陣を修業に利用をし、同時に自分の力を封じている一つにユートは使用しており、使えぬ五感を補うのにセブンセンシズを全開にして使っている。

「もう慣れたよ」

「慣れるってのもおかしな話だけどね。まあ、僕は君から贈られた黄金星雲鎖(ゴールデン・ネビュラチェーン)があるから、戦闘はそれなりに出来るよ」

 黄金星雲鎖──ユートが造ったアンドロメダの鎖を模した物で、自分自身は元よりシエスタと瞬に贈り、戦闘補助に使われている。

 瞬はフワっと、腕に複雑に絡み付く金色の鎖の先端を浮かせて見せた。

「それは何より。まあね、こんな時に平常運行もどうかと思うけど……」

「逆にこんな時だからこそ平常運行だね」

「黄金聖衣を盗んだ連中、まだ見付からないか?」

「残念ながらね」

 少し前、担い手が居なかった四つの黄金聖衣が聖域から盗まれている。

 蟹座、魚座、蠍座、山羊座の四つの黄金聖衣は杳として行方が知れない。

 現在は厳戒体制の聖域だったが、元から予定されていた天姫巫女達のパライストラ訪問は普通に決行。

 本来ならアテナの訪問だけど、城戸沙織は三日月島で聖闘少女(セインティア)数人と射手座の星矢に護られて今は療養中だ。

 マルスとの聖戦で小宇宙を可成り使い、心身共に疲れ果てていた城戸沙織は、決戦場で拾った二人の赤ちゃん……光牙とアリアを、星矢や辰巳徳丸と共に育てながら暮らしていた。

 後にアリアは聖域にて、天姫巫女となるべくギリシアへと渡り、光牙も聖闘士になる為の修業を始めて、現在はパライストラ入り。

 今はきっと、星矢とある意味でイチャイチャしているのであろう。

「ま、近い内に喧嘩を売ってくるだろうから、それを迎え討てば良いさ」

「そうだね」

 神妙な面持ちで頷く瞬。

「そういえば、先触れで来ている筈の氷河は?」

「凍夜を連れて挨拶回りをしているけど?」

「ああ、そっか。凍夜も此方に来たんだね」

 水瓶座の氷河には凍夜という息子が居り、友人にして弟子のヤコフが修業を見ていた。

 ヤコフは氷河の修業時代からのちょっと年下な友人であり、氷河が水瓶座として聖衣を受け継いだ頃に、白鳥星座の聖闘士となる為に修業を開始。

 現在は白鳥星座の聖衣を凍夜に譲り、ヤコフ自身は白銀聖闘士の杯座としての活動をしている。

 凍夜はブルーグラードを統べる氷戦士(ブルーウォリアー)、アレクサーの妹のナターシャと氷河の間に誕生した少年だ。

 一巡目では有り得なかったが、ユートがちょっと動いた結果というか、紫龍の様な嫁が居なかった二人も結婚し、子を成した。

 凍夜も白鳥星座の聖衣を与えられ、今は正式な青銅聖闘士となってはいるが、オリオン星座のエデンと同じ理由からパライストラに来る事となる。

 氷河が瞬と共に選ばれたのは、凍夜をパライストラに連れて来る序でだ。

 不自然にならない程度でパライストラの戦力増強、既に正規の青銅聖闘士たる白鳥星座(キグナス)の凍夜ならば、

 傍目から仮免生にも見えるから光牙達と引き合わせるという意味でも、丁度良かったと云う。

 これで未だに決まってはいなかった大熊星座(ベア)と一角獣星座(ユニコーン)の聖衣と、

 持ち主が一輝に戻った鳳凰星座(フェニックス)を除いて、城戸家に集められた七人分の聖衣が揃った事になる。

 海蛇星座(ヒドラ)以外は持ち主が若き聖闘士に引き継がれ、別の人間が纏っている訳だが……

 ペガサスの光牙

 アンドロメダの詠

 キグナスの凍夜

 ドラゴンの龍峰

 ライオネットの蒼摩

 ウルフの栄斗

 ヒドラの市(笑)

 これにオリオンのエデンやアクィラのユナ、ユートの識らないΩ勢が勢揃いをしており、単純な戦力自体は可成り揃っていた。

 とはいえ、この世界というやつはいつの世にも理不尽を撒き散らす。

 どれだけ戦力が有っても足りない事など、珍しくも何ともない事象なのだ。

 故にこそ、三人の巫女を招くに当たって二人もの、実質的に三人も黄金聖闘士を集めていた。

「おっと、アリア」

「はい?」

「パライストラ内では僕を『お兄様』と呼ばない事」

「──え?」

 ユートの言葉にキョトンとした表情となったアリアだが、脳へ言葉が染み渡ると次第に青褪めていって、泣きそうな顔になる。

「そ、それはどうして?」

「僕はパライストラで対外的に聖域で修業をしていた青銅聖闘士って事になってるけど、高が最下級聖闘士の新米程度が天姫巫女様から『お兄様』とか呼ばれて慕われてたらおかしい」

「うっ!?」

 アリアとてアホの子ではないから、ユートが言わんとしている事は理解しているのだが、やはり不満気な表情となるのは仕方無い。

 同い年で義弟の光牙には姉として接してきてたし、義父や義母の星矢と沙織に甘えるには、ちょっと事情を呑み込み過ぎていた。

 だからといって聖闘少女や辰巳に甘えるなど出来る筈もなく、聖域に来てからは巫女頭の一人として傅かれてきた為、

 まともに誰かへ甘えた事は無かったに等しい中で、唯一と云えたのがユートの存在。

 三日月島に住んでいた頃に偶然に出逢い、まるっきり妹にでも接するかの如くのユートだったが、そんな扱いにゾクゾクと得も知れない感覚が背中を駆け巡るのを覚え、

 偶さか口にした『お兄様』という言葉こそしっくりくると考えたのか爾来、そう呼んでいる。

 甘え下手だったアリアにとって初めての相手。

 友達感覚な月や栞とも違う付き合い方、アリアにとっては正に蜜の様な時間。

 まあ、間抜けな話だったのだが……五歳程度だったアリアはそれが実は男に甘える女の図だと気付いてはおらず、

 今を以て兄に対する感情だと勘違いを続けている訳で、月は未だしも栞は気付いていながら指摘をしてはいない。

 勘違いだとはいえ初恋の相手、そんな相手から拒絶をされたみたいで青褪めたのも至極当然。

 そんなアリアの頭に手を乗せると、ユートは優しく説得を続けるのだが、それがアリアの想いを重たくしているとまでは、ユートも流石に気が付いてはいなかったりする。

 頭を撫でて頬に手を掛けると、アリアは頬を朱に染めながら酔った様なトロンと蕩けた瞳で見つめた。

 ここまでやって正論から説得をすれば、アリアが否とは言わない事をユートも栞も知っている。

 一巡目の世界でその対象となったのが光牙やユナであるが、この世界では光牙が義弟でユナとはまだ巡り会ってはいない。

 この流れは、ある意味で必然だったのであろう。

「まあ、極力スルーしていくって事で。どうしても呼ぶ必要があったら、名前でさん付けね?」

「は……い……」


 何とか説得を成功させ、ユートは瞬と天姫巫女達を連れ、模造品のアテナ神像に礼拝をし、パライストラの校門を潜るのだった。

 だが然し……

「(あれ、狙ってやってる訳じゃないんだよね?)」

「(ああいった儚気な娘が良いのかな?)」

 余りにも誑しが過ぎている友人に瞬は苦笑いしか出なかったし、栞は栞で観察をして取り込めそうな部分を探している。

 あれを天然で出来てしまうユート、それはある意味で凄かったと云う。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 同じ頃……氷河は凍夜を光牙達に任せて校長室的な部屋へと赴く。

「久し振りか、檄?」

「そうさな、俺がパライストラの教師になって以来、会う機会も無かったしな」

 俳優も斯くやな氷河と、レスラーも斯くやな筋肉質や檄、似ても似つかないが実は半分は同じ血が流れている兄弟である。

 熱き血潮の兄弟として、もう十分の一にまで減った故・城戸光政翁の子供達。

 当初は僅かな娘も含め、百人を越えていた。

 ユートも吃驚するくらい絶倫な爺さんで、基本的には日本国内でやらかしていたらしいが、氷河のマーマのナターシャはロシア人。

 海外でも手を出していたらしい。

 娘は兎も角、城戸光政は射手座のアイオロスの死を看取り、赤ん坊のアテナと射手座の黄金聖衣を託された際に苦悩しつつ、百人の子供達を聖闘士の修業場へと送り出したのだ。

 逃げ出したのか死んだのかは判らないが、無事に残って聖闘士となった人数が百人中のたった十人。

 それが氷河であり檄で、鋼鉄聖闘士養成所の教官の那智や蛮、そして星矢や瞬といった面々である。

「それと、これは聖域から教皇からの文です雷王──否、黒鍛獅子座(ブラックレオ)のミケーネ校長」

「ふむ、確かに受け取った……水瓶座・アクエリアスの氷河殿」

 もうすぐ行われるであろう行事、聖闘士ファイトはパライストラに於いて一年に一度の事。

 これを考えたのはやはり檄達らしく、銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)を懐かしんでのプチ大会みたいなものだとか。

 優勝者には名誉と副賞に卒業を待たず正規聖闘士になれる上、アテナへ謁見が出来て御言葉を戴けるというから盛り上がる。

 今回、天姫巫女が観戦をするとパライストラ内では持ちきりで、黄金聖闘士が先触れに現れた事が噂へと拍車を掛けていた。

 文の内容は云ってみれば『天姫巫女を宜しく頼む』旨を紫龍が認め、ミケーネ校長に送ったというだけ。

 然し大切な事でもある。

 ミケーネは文を見つめ、再び封筒へ仕舞うと机の中に入れ、氷河に向き直って引き締められた口を開く。

「委細承知した。氷河殿、それにこれから来る瞬殿と天姫巫女様方、受け入れの準備は整っている。ゆっくりとして往かれよ」

「感謝する、校長」

 定型的な文言であるが、ミケーネにとっては本音でもある言葉。

 親友たるルードヴィクを救い、その妻たるミーシャすら救ってくれた聖闘士、ミケーネは恩に報いるべく聖闘士となり、今ではこのパライストラの校長を任される程になった。

 雷王聖闘士のミケーネ、その威容は天高く吼えるであろう偉大な雄獅子。

 黒獅子ミケーネは氷河と檄と会話を交わし、瞬達がパライストラ入りをするのを待っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「極小氷晶(ダイヤモンドダスト)!」

「どわっ! つめてー!」

 置いていかれた凍夜ではあるが、光牙や蒼摩や龍峰みたいな親世代が聖闘士の仲間も居り、多少は取っ付き難い雰囲気を醸し出してはいるものの、何とか上手くやっている。

 光牙との模擬戦を行い、ペガサス流星拳を掻い潜りながら放つ極小氷晶(ダイヤモンドダスト)に、光牙は霜焼け同然となった。

「フッ、光牙。お前の技はあの射手座の星矢が使ったという流星拳。だが、彼に比べて使い熟していない」

「な、なにぃ!?」

「俺の視た処、二十発くらいの間隔でパターン化してしまっている。初見でさえ見切られてはその拳、当たりはしないぜ?」

「うっ!」

 それは以前にもユートから指摘を受け、改善を試みようとしている部分だ。

「とはいえ、俺も師匠から教わった凍気の拳を未だに使い熟していると言えん。父さんみたいな絶対零度にも程遠いし……な」

 拳を胸元に掲げながら、瞑目しつつ言う凍夜。

 我が師ヤコフとか。

 杯座のヤコフも白鳥星座の頃に、当然ながら氷河や凍夜と同じ技を使って闘っていたが、今もヤコフでは絶対零度には至らない。

 勿論、凍夜だって未だに至ってはいないだろうし、況んや某・忍者聖闘士など忍法で絶対零度を出すなんて有り得ない話だ。

 きっと青銅聖衣を凍結させる事すら叶うまい。

「氷河さんか、黄金聖闘士だもんな。絶対零度ってのを身に付けてんだ?」

「ああ、父さんは言っていたさ。氷の闘士足るものは常にクールであれ。だけど心の奥では熱いハートを持っていろってな」

「クールなのに熱いって、矛盾してないか?」

「そうね、光牙でも理解出来るくらい矛盾してるわ」

「おい、ユナ! そりゃ、俺が莫迦って事かよ?」

「さあ? どうかしら」

「てめ!」

 行き成り追い駆けっこになる光牙とユナに呆れてしまう凍夜、苦笑いをしている龍峰と煽っている蒼摩。

「決して矛盾ではないな」

「ほう、確か忍者聖闘士の栄斗だったか?」

「狼星座(ウルフ)の栄斗。守護星座を持たないが故に与えられる、精霊聖闘士みたく呼ばないで頂こう」

「失礼した。栄斗……と呼んでも?」

「構わない、此方も凍夜と呼ばせて貰うからな」

「Понятно(了解)。それで? 矛盾しないというのは?」

「兄さんから聞いた事があるのさ」

「兄さん? ああ、そういえば栄斗と似た闘い方をする白銀聖闘士が居たな? 確か名前は蜥蜴座・リザドの芳臣」

「そうだ、俺はその兄さんからこの聖衣を受け継いだからな。兄さんは聖域へと何度も赴いている。当然、氷河さんにも会う機会などあったのだろう。

  何度か話を聞いた時、氷河さんについての評価も聞いた」

「忍者の視点からの評価、聞いてみたいな」

 凍夜の言葉に栄斗も頷いて口を開いた。

「氷河さんは闘いに対し、師匠である水瓶座のカミュより、常にクールに徹しろと言われてきた。

  然しだ、氷河さん自身は確かに言葉の通りクールであったが、心は冷たく凍らせてなどいなかった。

  熱いハートを持っていた……とな。頭は常に冷静な判断を、だけど心はマグマの如く熱く在れ。それが水瓶座の氷河という黄金聖闘士だ」

「成程……な」

 心がどれだけ燃えていようとも、それで頭まで熱くなって暴走などしない。

 氷の闘士の真髄とはそれなのかも知れないな……、などと凍夜はこの場に居ない父、氷河を思った。

第2章:[聖闘士ファイト篇](2/13)
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 それは少し前。

「御断わりします」

「は? いや、けど星那って栞とは仲が良かったろ。なのに何でだ?」

「何でって、あのねぇ……お父さん? 女の子だよ、栞だって」

「そうだな」

 そんな事はユートだって……否、ユートの方がよく知っている話。

 何しろ、百野 栞の秘密な洞窟を探検したのはそもそもユートなのだから。

 濡れそぼった洞窟内を、〝ユート自身〟が入口を分け入り、邪魔な茂みを無理矢理に引き〝契って〟奥へ奥へと入り込み、その最奥の広場でけたたましくも熱い咆哮を上げた張本人。

 栞の性別を間違えるなどあろう筈もない。

「友達より彼氏の方が良いに決まってるよ」

「む?」

「まあ、お母さんの事を考えると……娘としても複雑ではあるんだけど……ね」

「ああ、それはな」

「だいたい、月には詠を付けるんでしょ? あの二人は恋人に近いわ。なのに栞は友達を宛がう訳?」

「くっ!」

 間違ってはいない。

 私情を挟みまくっている人事をしながら、栞に対して自分が往かないのは確かに有り得なかった。

 とはいえ、友人枠な星那を宛がうというのも充分に配慮した心算だったのか、然しどうにも心算でしかなかったと考え直す。

「判ったよ。僕が栞を案内すれば良いんだな?」

「そういう事です!」

 溜息を吐きたくなるくらいに満面の笑顔で言われ、ユートは部屋を後にしながら実際に溜息を吐いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ちょ、勘弁してくれよ」

「駄目よ、光牙ってば家を出ても余り変わらないんだもの! お父さん達に何て報告すれば良いか!」

「って、すんなよな!?」

 アリアがツンツンしながら何やら義姉としてお説教をしており、光牙はそんな義姉には逆らえないのか、シドロモドロになりながら反論を試みている。

 一巡目──原作Ω──を知る者達が見ればおかしな風景だが、この世界と彼方ではそもそもアリアの生活からして違い、性格も大人しくはあるものの光牙へはお姉さん振っていた。

 一応は同じ十三歳ではあっても、義姉と義弟という関係から仕方ない事なのかも知れない。

「よう、光牙」

「ああ、蒼摩かぁ」

 僅かな時間で窶れ気味な光牙、応える声にはいつもの元気が足りてない様だ。

「そっちが巫女様か?」

「まあな。オリーヴァの天姫巫女を務めるアリア姉。姉貴、こいつは俺の仲間の蒼摩だ」

 光牙が間に入ってそれぞれに紹介する。

 どうせ後で全員に紹介をする訳だが、此処で知り合っても問題は無かろう。

「えっと、初めましてだ。俺は青銅聖闘士・仔獅子星座の蒼摩。宜しく巫女様」

 頭を掻きながら自己紹介をしてくる蒼摩に、アリアは長い白スカートを両手で摘まみ、貴婦人の如く軽く頭をさげて応対。

「初めまして、天姫巫女・オリーヴァのアリアです。此方こそ宜しくお願いを致しますね? 蒼摩さん」

 余りにも優雅で見事に過ぎる挨拶に、蒼摩は思わず見惚れてしまう。

「お、応!」

 故に返事が遅れた。

「蒼摩……」

「な、何だよ光牙?」

「俺、お前の事は友達だと思ってるけどな……」

「? おう?」

「兄貴とは呼びたくない」

「喧しいわ!」

 ジト目で言う光牙に蒼摩は怒鳴ったという。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 何と云うか、まるっきり別世界でも構築されているかの如く、周囲に他者を寄せ付けないオーラが垂れ流されている。

 三日月の天姫巫女の月とアンドロメダの詠、二人は腕を組んで寄り添う形にてパライストラ内を恋人宛らに歩いていた。

 明確に恋人付き合いという括りにはなかったのに、もう誰にも止められない程のベッタリ感。

「ねえ、月? これはちょっとどうなのかな?」

 月の温もりを半身に感じながら、周囲からの痛々しい視線も感じていた詠は、少し自重を促したい。

「詠ちゃんは私とこうするのって……嫌?」

「い、嫌な訳はないよ? だけど目立つし……」

 何しろ前世繋がりな女顔な詠は、男として見たなら可成りの美形であったし、そんな詠が連れている少女の正体も知れており、更に銀髪美少女とあっては注目せざるを得ない。

 しかも、『私達はお付き合いをしています』と言わんばかりのこの体勢だし、男共から嫉妬混じりの視線を受けても仕方ない。

 寧ろ、〝夜の御突き愛〟をしていそうでジェラシーはマックスである。

 因みに、流石のラブラブ・オーラを垂れ流す二人といえど〝夜の御突き愛〟にまでには発展しておらず、それでも唇を重ね合うだけの可愛らしいキスと、簡単な手淫程度は及んでいる。

 十三歳の身には早いのか遅いのか? 少なくとも、手淫に関しては月の方から致した結果だ。

 キスだけで膨らませてしまった股関を見た月だが、すぐにもその異常の正体に気付いて、

 あろう事か──『こうなったら辛いよね? すぐに楽にして上げるよ詠ちゃん』──などと言ってズボンのチャックを降ろして固くなった詠の分身を手に取り、上下に扱き始めたのである。

 前世の無意識からなのだろうか? 絶妙な扱き方に翻弄された挙げ句に初めての感覚故に、一分も保たず月の顔を汚してしまった。

 詠は余りの恥ずかしさに顔を真っ赤に染め上げて、涙ぐみながら月の部屋からダッシュで逃げ出す。

 そんな詠を月は聖母の如く微笑みを浮かべ、見送っていたのだと云う……

 当然、暫くは修業に身が入らなかった詠だったが、避けられているのを気にした月に、強引に部屋へ連れ込まれてしまう。

 ちゃんと話し合った上で告白までされ、詠は情けなさで一杯になりながらも、自分自身の想いを告げた。

 処女神の一柱たるアテナに仕えるが故にか、完全に恋人的な事までは至らなかったが、それでも可成りの前進には違いないのだ。

 否、年齢を鑑みれば充分過ぎるくらいだろう。

 男が性欲を持て余して、自らが手淫に浸るというのは珍しくもない年齢だが、付き合っている女の子から致してくれるなど、現年齢からはちょっと無い。

 偏に、前世に於ける無意識の記憶──ユートのちょうきょうの結果である。

 前世ではユート一人から月と共に女の子二人で攻められたが、今生ではユートと共に月を攻める自分というのを幻視した……かどうかは詠にしか判らない謎。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ユートと栞は距離感に関しては月と詠より離れている様に見えるが、そもそも麻帆良時代からの突き愛を経験している栞としては、そこまでガツガツと攻める必要性を感じていない。

 何より、ユートの女誑し振りを知っているのだし、今更ジタバタする意味など見出だせる筈も無く。

 心無し和かな笑顔で隣を歩いていた。

 昔の栞からすれば殆んど見られなかったと、仲間達ならば言うであろう。

 そう、仲間達……だ。

 【十一の瞳達】により、一つの偉業を達成する。

 本来なら義体でしかなかった彼女の身体だったが、今やユートが創った肉体に安定しており、使徒契約で衰えを知らない百野 栞としては、〝彼〟との出逢い以上の何かを感じていた。

 最早、あの世界の教会に縛られない栞は、アテナの巫女として蛇の名を冠する事にも忌避感は無く、喜んでユートの手を取る。

 嘗ての世界や慕った相手が居た他の皆より、一歩ではあるがアドバンテージを取れたが所以でもあった。

 十一人の瞳となれば人間の二つの目を考えると足りないが、約一名──唯一の少年は見えない訳ではなかったが、日常では眼帯をして隻眼だったから内訳には間違いが無い。

 つまり栞は隻眼の少年を中心に集まり、とある巨大な力の持ち主と戦いをした六人の内の一人。

 内の五人が女の子だ。

 強き力の持ち主は慕った先輩が居た。

 五つの宝刀の主は隻眼の少年を、後輩として指導しながらも無意識に異性を感じつつあった。

 天使を喚ぶ者は記憶を喪いながら、嘗ての弟と同位体の少年を見守っていた。

 罪を重ねた少女──六人に対して敵対していたが故にか、自分が生きて別世界に居る事に罪悪感を感じ、半ば引き篭っていた。

 三つの瞳──隻眼の少年と少年に執着する少女は、そもそも此方側には来ていない様だ。

 そもそも、彼女らは本来だと死んだ因子を集めて、再有生体に近い形で蘇生したに等しく、生き残っていた二人ともう一人の少年は対象外だったらしいとは、

 ユートが彼女らを連れて来た少女? から聞いていた話だった。

 その少女? は迷ったら面白い方を選ぶらしくて、此方側に連れて来たというのも、罪を重ねた少女──リーゼロッテをユートに委ねた後を期待しての事。

 リーゼロッテの本来のと云える人格、リゼットには宗教的な戒律から男に身を任せる事は出来ない。

 それが嘗て、襲撃をされたリゼットは心ならず身を穢され、心はズタズタに引き裂かれたが故に冥府魔導に堕ち、

【劫の眼】を持つ男と寄り添い世界に喧嘩を売った訳だが、リーゼロッテの人格をリゼットの内に封じて再有生した彼女は、果たして此方側で新しい救いを得られるのか?

 それを見るのが楽しい、それに折角だからちょっと摘まみ食いをしてみたが、予想以上に手慣れた十歳児に悦ばされたのは蛇足だ。

 そんな思惑までは栞も知らないが、本来の世界では隻眼の少年に一定以上には興味を持たなかった事もあってか、すぐに此方側へと順応が出来た。

 精々が義体の製作者による悪戯で、力の封印解除の為に男との性的な交わりを必要としていたから、封印を解除させても構わない……程度である。

 実際、彼女は隻眼の少年に拒絶された後は行きずりの誰かに封印を解除させた訳なのだが、彼女自身は実の処だと封印解除の時間を得られず、

 結局は封印した侭で決戦に挑んだ可能性の世界から連れて来られた。

 義体的に正真正銘な処女だった栞は、今やユートと使徒契約を交わしているという訳だ。

 平行世界を往き来したらしい事は仲間達とも情報を掴んでいたから、別世界に来た事もすんなり受け容れられたというのもある。

 栞はユートの女癖の悪さを知りつつ受け容れた為、ユーキ程ではないにしてもそれなりに楽しんでいて、ユートと他の娘が交わる中に突入する事もあった。

 本人曰く知識の実践だと憚らない。

「実は梟になれそうな娘を二人程見付けたわ」

「梟(オウル)に?」

 現在のアテナの天姫巫女は三人だが、本来は四人が選出をされる。

 嘗てはもう一人が居た──パルティータではない──のだが、マルス戦に出られる人間であったのが災いして、その聖戦で戦の指揮を執った一人だが死亡。

 爾来、十三年の間は梟が不在の侭である。

「で、候補者って?」

「一人はイシュト・カリン・オーテ。【鋼鉄の聖女】と呼ばれているわ」

「うん? どっかで聞いた様な気がするけど……」

「そうでしょうね」

 実はとある人物の庇護下にあり、彼女はとても慕っているのだが……

 少なくとも五百歳を越えるらしいと、栞は調査をした者から聞いている。

「もう一人、彼女は聖闘士……というか聖闘少女達の追っかけ? みたいな事をしていたみたい」

「追っかけ?」

「名前は確か彩姫くるみ、国際教導学園の生徒ね」

「……それは聖闘少女の」

「そう、今代の聖闘少女が嘗て通っていた学園」

 ユートは知らなかった話だが、ある日にユーキが言いに来た事が切っ掛けで、異世界ロアに向かった。

 虚無魔法の【世界扉(ワールド・ドア)】でロアへの入口を開き、問答無用でユートを蹴り入れたのだ。

 つまり、向かったというよりは向かわされたが正確な表現となる。

『この世界って魔法戦士な世界とも混ざってるみたいなんだ、という訳で兄貴にはロアって異世界に行って貰うから』

『は? ユーキ、いったい何を言ってるんだ?』

『問答無用! ロアへ入口を繋いだから』

『おい!?』

『向こうには可愛かったり綺麗だったりって、女の子が沢山居るからさ。男だと立場が低いのが難だけど、上手く立ち回れば喰い放題は間違いなし!

  原作は始まってないみたいだから、今からならココノを救えるかもね?』

『いや、ココノって誰?』

『逝ってらっしゃい♪』

『おわぁぁぁぁっ!?』

 殆んど詳しい話は聞けない侭に、ユーキによりロアに蹴り入れられたユート、其処は丁度ココノ・アクアがメッツァー・ハインケルに敗れ、

 今正にヤられそうになっていた処であって、偶然? 助ける事に。

 その後、クイーン・グロリアとは契約を結んで魔導シンジケート・ゼーロウを叩いて、契約に従い彼女の娘のティアナと最初に接触をしたココノを連れ、地球へと帰還を果たした。

 更に、聖闘士として闘う中で国際教導学園の女生徒を救い、その女生徒の二人が聖闘少女となっている。

 女教師と共に。

 つまる話、国際教導学園はユートにも縁がある。

「まあ、どちらを梟にするにしても……ヤるなら私も呼んで欲しい」

「君も大概、変な性癖に目覚めているよな?」

 仲間との情事に混ざり、他の娘と一緒にヤられるのが愉しくなったらしくて、栞との情事では一対一が珍しいのだと云う。

 しかも、梟を選出したらヤるのが前提だとか……

「ま、楽しく生きているみたいで何よりだよ」

 ユートは苦笑した。

「処で、アレは何?」

 周囲には睨む男共。

「ああ、あれは二世聖闘士──ユートもそうだと思われている──ばかりが巫女の案内役で僻んでるんだ」

 決して多数を占める訳ではないが、何人かは気に食わないと感じている。

「莫迦の集まり?」

「上手く立ち回れなかったのも確かだよ」

 天姫巫女の知り合いが、そもそもユートや詠や光牙であり、案内役には気遣い無用な知り合いを推すのは無理からぬ話だ。

 然し、もう少し上手く立ち回れば良かったと考え、しかつめらしい表情になってしまう。

「今のユートは青銅聖闘士だし、難しく考えても仕方がないと思う」

「だけど実際は黄金聖闘士なんだよ、僕は……」

「ああいった手合いは何処にでも生息してる」

「まあ……ね」

「だから、気にするなとは言わないけど……し過ぎるのも良くない」

「そうだね……」

 アルゴとか酷いものではあるが、気にし過ぎるのも無意味でしかない。

 世界など基本的に万全と程遠く、彼方が立てば此方が立たぬを地で往く。

 故に、結局は気にし過ぎる意味が無くなるのだ。

 こんな天姫巫女達の案内が為される中、檄達の教師陣は聖闘士ファイト開催に向けて調整中だった。

 当然、会議には学園長の黒獅子ミケーネが陣頭で、更に天姫巫女の護衛的立場の黄金聖闘士が二人。

 乙女座の瞬と、水瓶座の氷河……ユートは栞の案内役だから参加していない。

 まあ、黄金聖闘士の二人はオブザーバーに近い立場ではあるが……

 次々と決まっていく案件にホッと胸を撫で下ろし、安心して会議に参加をしている瞬だが、銀河戦争では実兄の一輝により御破算となった事実を挙げられて、ひたすら謝るしかない。

 最終的に、一輝の乱入が無ければ誰が優勝したか、そんな話題に変わってしまったのは御愛敬だろう。

第2章:[聖闘士ファイト篇](3/13)
.
 聖闘士ファイト……

 何だか『レディGO!』とか言いたくなりそうで、苦笑いが出るユートだったけど、自分の参加に関しては待ったを掛けたい。

 理由は簡単、現状で封印されているが故に最下級の青銅聖闘士のレベルにまで小宇宙を落としているが、肉体的にはカンピオーネという人間を遥かに凌駕した存在である為、

 白銀聖闘士の数倍にも達する実力を誇るだけに、やればユートが必ず優勝するという余りにもつまらない結果となる。

 此処には既に並の青銅聖闘士を越える実力者が数人は居るし、そうなれそうな人材も何人か見付けたが、

 だからといって白銀聖闘士までなら未だしも、それを数倍まで越えるとなっては間違いなく居ない。

 並の青銅聖闘士を越える実力者とは?

 白鳥星座の凍夜

 アンドロメダ星座の詠

 黒鍛(ブラック)アンドロメダ座の星那

 オリオン星座のエデン

 そして、将来性の高いであろう聖闘士はΩ勢と言えば解るであろうが、光牙とユナと龍峰と蒼摩と栄斗の事である。

 また、ユートが修業に付き合い始めたからだろう、本来ならユナの友達AとBでしかない兎星座のアルネと鶴星座の小町、

 この二人が徐々に実力を弥増して、模擬戦での勝率もそれなりに上がっていた。

 更に、聖闘士ファイトに出場しない鋼鉄聖闘士四人も実力は上がっている。

 初めから魔力に覚醒していた凛々奈と菜々芭は兎も角として、小宇宙を少しは感じられたケリーや力には覚醒してなかったエマは、小宇宙に覚醒しつつあるとユートは視ていた。

 これならば切っ掛けさえあれば小宇宙を燃焼爆発も出来るだろうし、青銅聖衣を与えるのもアリだろう。

 だけど未来はそれで良しとしても、現段階でユートと拮抗が出来るのはやはり黄金聖闘士の中でも、嘗ての聖戦を幾度となく潜り抜けてきた星矢、氷河、瞬、

 他には青銅聖闘士に戻った一輝に教皇の紫龍くらい。

 祭壇座の玄武、天秤座の翔龍、獅子座のレオーネ、牡牛座のハービンジャー、牡羊座の貴鬼などでは多少なり物足りなかった。

 そんな訳もあり、ユートが聖闘士ファイトに出場をするのは単なる虐待だ。

 だけどその一方でユートは現在、パライストラへと所属をする青銅聖闘士。

 聖闘士ファイトへの出場は基本的に義務。

 まあ、予選会みたいなのがあるからそれに落ちれば出場せずとも済む訳だが、ユートはパライストラに於いて実力を示し過ぎた。

 そんなユートが予選落ちなぞ、きっと誰も納得をしないであろう。

「実際、ユートって教官みたいな事もしてるよね?」

「む、まぁね」

「鋼鉄聖闘士養成所から連れて来た四人に、鶴星座の小町と兎星座のアルネとか云ったっけ?」

「ああ、六人共が上手い事成長をしてくれているよ。それに伴って光牙達も混ざり始めたけどね?」

「ユート、貴方は生徒じゃなく教師として来るべきじゃなかった? 麻帆良の時みたいに……」

「何と無くそんな気もするんだけどね」

 然しそれではどうあっても同じ視線になれない。

 同じ生徒だからこそギリギリで保った線、それを鑑みてみれば教師は有り得ない選択肢だ。

「ま、良いわ。それと貴方が活躍をするのを観たい人が居る」

「? 誰?」

「私、月、アリア」

「って、天姫巫女かい!」

「それだけ貴方は私達から慕われてる。だから私は……こうして全部を受け容れているのだから」

 薄く微笑みを浮かべて、栞はユートの胸板に頬を擦り寄せる。

 一つのベッドを共有し、二人共が全裸で横になっている状態、そして栞の手がユートの分身を握った。

「ふふ、背徳感で一杯」

「確かに、処女神の一柱たるアテナを奉るパライストラでセ○クスしてるしね。とはいえ、アルテミス程には気にしないだろ?」

「まあ、アテナはあの城戸沙織な訳だしね」

 オリンポス十二神の女神として処女神とされるは、アテナとアルテミスとヘスティアの三神。

 その中でも自らの処女性だけでなく、部下にまでも厳しく処女性を求めたのがアルテミスである。

 月と狩猟の女神にして、処女神アルテミス。

 とはいえ、多産にも関わるなど部下とは関係が無い人間には正反対に信仰されたりもするのだが……

 尚、某・神殺しが弑逆奉ったアルテミスは恐らく、ある程度ではあるが原典に近いと思われる。

「そういえば、月には手を出してないよね?」

「は? 当たり前だろ」

 詠の為に探し当ててきた月を、ユートの身勝手にて手を出すなど有り得ない。

 否、前世に於いては詠も含めて抱いている訳だが、栞が言っているのはそんな意味ではあるまい。

「詠には?」

 ボカッ!

「殴るぞ!?」

「殴ってから言うかな?」

「誰が男に手を出すか!」

「でも……ね、前に月と寝た事があるんだけど」

「月と?」

「そう、その時の寝言で──『へぅ! スゴい、ユートさまぁ……詠ちゃん気絶しちゃいましたぁ』──って言ってたから」

「……」

 明らかに前世の記憶だ。

「(まさか月の奴、前世の記憶を持ってるのか?)」

 或いは寝ている時に偶々という事か?

「いずれにせよ、男の尻を貫く趣味は無いよ」

 前世の詠の穴は全部貫いているが、だからといってカマを掘る趣味も掘られる趣味も持ち合わせてない。

 今の詠は男なのだから、流石にユートも手出しする筈が無かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「今日は蒼摩か」

「応よ! 今まで誰も勝てなかったアンタに勝ってみせるぜ!」

 橙色の仔獅子星座(ライオネット)聖衣を纏って、まるでボクサーの様な構えからビュッビュッ! と風切り音を響かせるパンチを見せ付けてくる蒼摩。

 周囲には自主的に訓練をしている仲間達、光牙や詠や凍夜やユナといったいつものメンツが揃う。

 この自主戦闘訓練に関しては、ユートと光牙が檄やミケーネ学園長から許可を得てやっていたが、向上心の強い聖闘士仮免生がすぐに集まってきた。

 これまでにユートが対戦した相手は光牙は元より、龍峰にユナに栄斗に小町にアルネに詠に星那といった面々であり、何気に蒼摩との対戦はこれが初となる。

 飽く迄もユートとの対戦がであり、蒼摩も他の面々とは対戦をしていた。

「じゃあ、始めようか」

「へっ、先手必勝!」

 始まりの宣言と共に蒼摩が拳に炎を宿す。

「炎熱無法(フレイムデスペラード)!」

 放たれる炎の拳。

「いつも思うけど、これって要するに炎を拳に纏わせて殴る技だよな?」

 掌で往なしながら蒼摩に語り掛ける。

「それがどうした!?」

「せめてこれくらいやってみないか?」

「おわっ!」

 蒼摩の腕が伸びきったのを機に、その拳の甲を叩き付けて下に力を向かわせ、踏鞴を踏ませたユートは後ろにジャンプ、炎を右拳に纏わせて更にペガサス十三の星を描く。

「あ、あれは!?」

 ユナは驚愕に満ちた声で呟いた。

「火炎流星拳!」

「な、なにぃ!?」

 ガガガガガッ!

 百数発の火炎を纏う拳の全てが、蒼摩の肉体にしこたま叩き込まれた。

「ぐわぁぁぁっ!」

 壁に叩き付けられる。

「このくらいはしないか? 音速とはいえ一撃一撃は強くても単発でしかない。多少の威力を落としたとしても、それ以上にヒットさせれば御覧の通りだ」

「ぐっ、莫迦な……俺の炎熱無法と光牙の流星拳による合わせ技だってぇのか」

 フラフラと起き上がり、信じられない表情でユートを睨む。

 今までにも合わせ技などは使ってきたし、究極的には嘗て獅子座のレグルスが使った十二宮葬送(ゾディアック・クラメーション)も使っている。

 それは黄金聖闘士十二人が使う必殺技を一時に放つ技で、肉体的に未成熟だったレグルスは消滅してしまう程の反動だった。

 然し、今回のは炎を拳に纏わせて百数発を殴るだけの技でしかなくて、危険な反動などあろう筈もない。

「チッ、んなの簡単に出来るかよ! コンチクショーがぁぁぁぁぁっ!」

「まだまだ元気だな」

 手加減をしたとはいえ、聖衣を破損させる程の攻撃を受け、それでもピンピンしているとはいえずとも、未だに戦闘力を残す。

「(言いたくないが、やはり一摩の息子って訳か)」

 南十字座(サザンクロス)の白銀聖闘士たる一摩は、蒼摩の父親でもある。

 星矢達より僅かに年下であり、先代から聖衣を受け継いだ後はずっと聖闘士として活動して、マルスとの聖戦でも白銀聖闘士を指揮しつつ闘った。

 どうやらその血は脈々と受け継がれていたらしい。

「中々にタフネスな蒼摩にはこれを贈ろう」

 ユートは右の人差し指で蒼摩を指すと……

「Кольцо」

 技を放った。

「な、何だ!?」

 凍気が蒼摩の周囲に展開され、よく見れば氷の輪によって取り囲まれている。

「な、に!? ば、莫迦な……氷結輪だと?」

 他ならない、使い手である白鳥星座の凍夜が驚愕の表情で固まっていた。

「チッ、クソ! う、動けねー!? しかも氷の粒が更に増えてんじゃねーか」

「何だ、凍夜が使っているのを見た事が無いのか?」

「凍夜が?」

「ならばコレもか?」

『『『『っ!?』』』』

 ユートが凍気を全身に張り巡らせ、腰をどっしりと落として右腕を引く。

「莫迦なっ!」

 最早、凍夜は信じられないといった風情だ。

「極小氷晶(ダイヤモンドダスト)は知ってるな? あれは静の技。これから放つは動の……キグナス最大の拳だ」

「って、キグナスの?」

 ヤバい!

 それが蒼摩の感想。

 凍夜の極小氷晶(ダイヤモンドダスト)でさえ強力な技なのに、それをも上回る必殺技となれば今の蒼摩には受け切れない。

 躱したくとも氷結輪による拘束とは殊の他強力で、蒼摩が炎を熾こす事も封じてきている。

 目の前のユートが両腕を横に広げ、まるで翼をはためかせるが如く上下に動かしながら、片足を挙げての一本立ちとなり……

「極冷竜巻(ホーロドニースメルチ)!」

 コークスクリューアッパーを蒼摩に叩き込む。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 高めに造られた天井にすら届かんばかりにブッ飛ばされ、ドシャッ! と見事なまでの車田落ちを披露してくれた。

 凍夜が──『びーくーるびーくーる……』と呟きながら頭を抱えている。

「ホーロドニースメルチ、確かロシア語で冷たい竜巻って意味……よね。その前のカリツォーは同じくロシア語で輪だったかしら?」

 ユナもうろ覚えなのか、自信無さげに言う。

 まあ、ロシア人という訳でもないユナが知っていただけでも大したもの。

「手加減はしてやったし、いつまで寝てる気だ?」

「ぐぅ、あれで手加減付きとかハンパねーな!」

 起き上がりながら呟き、自らの凍結した聖衣を見下ろして溜息すら吐く。

「うわ、凍ってらぁ」

「僕の〝今の〟凍気は温度にして零下二百十度って処だからな。白銀聖衣だって凍結が可能なんだ、況んや青銅聖衣なんて余裕だよ」

「マ、マジか!?」

 小宇宙をセブンセンシズにまで高めなければ、流石のユートでも絶対零度とはいかなかった。

「既知外め!」

 氷の闘士たる凍夜でさえ未だに白銀聖衣を凍結には至らず、百七十から百八十の間をうろうろしているのが実情である。

 それを専門家でもない筈のユートに先を往かれて、思わず感情的になってしまった凍夜は、未だに氷河の足下にも及ばない。

「随分と面白そうな事をしてるじゃないか」

「と、父さん?」

「じゃあ、あれが水瓶座の黄金聖闘士の氷河さん?」

 まるで某・雷電張りの知識を披露するユナ。

「うん? 君は……」

「あ、貴方の弟子の一人である孔雀座の白銀聖闘士、パブリーンの弟子で鷲星座(アクィラ)のユナです!」

「パブリーンの? へぇ、噂じゃ随分前に弟子を取ったと聞いたが、君がそうなのか」

 つまり、氷河はユナにとって我が師の師は我が師も同然な相手。

 パブリーンは孔雀座──この時代ではピーコック──の白銀聖闘士で、凍夜より一世代前に当たる。

 それより前の世代だった友にして愛弟子のヤコフ、彼が杯座(クラテリス)となった頃に修業を開始した。

 当然、氷河の弟子なだけに氷の闘士な訳であるが、彼女の弟子のユナは風を扱う方が得意だったりする。

「折角だから俺とも闘らないか?」

「青銅聖闘士を相手に? 黄金聖闘士の氷河が?」

「ああ、そうだ」

「それはどんな虐めだ?」

「そちらは聖衣フル武装、此方は生身だぜ? それなりに面白くならないか?」

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、挑発的な視線を向けて言う氷河に……

「判った、闘ろうか」

 ユートもそれに乗る。

 俄にざわつく周囲を他所にして、生身の氷河に対峙したユートは麒麟星座聖衣(カメロパルダリスクロス)を纏った侭で立つ。

 相手は生身だとはいえ、聖域最強の一角黄金聖闘士であり、下馬評でユートの勝利を信じている者は流石に居ない様だ。

 騒ぎを聞き付けた瞬や、アリアと月、更には審判役として檄までが引っ張り出されている。

 鋼鉄聖闘士組の四人も、同じく固唾を呑んでいた。

「さて、闘うとはいっても黄金聖闘士と青銅聖闘士。ただぶつかり合っても勝つのは俺だ。その隅っこでやってる賭けも成立しない」

 氷河の言葉に賭けをしていた連中がギョッとする。

「つまり、勝利条件を設定して満たせば僕の勝ちという訳だ?」

「そうだな……その認識で間違いは無い」

「嘗て黄金十二宮の闘いに於いては、ペガサス星矢が牡牛座のアルデバランから聖衣の角を折れば勝ちを認めてやると言ったとか……なら氷河はどんな条件を出す心算なんだ?」

「シンプルに一撃クリーンヒットで良いだろう?」

「了解した。此方の敗北は気絶とギブアップだな」

「そうなる」

 お互いに構えて小宇宙を燃焼させていく。

「始めっっ!」

 檄による合図と同時だ。

「ペガサス流星拳!」

 行き成り近付きながらの流星拳で攻める。

「相変わらず防ぎ難いな、お前の流星拳は!」

 言いながら難無く躱す。

 人間、数を熟すと大抵がルーチンワーク化してしまいがちで、パターンとして一定の動きになる。

 ユートはそれを意図的にアトランダムとする事で、来ると理解しながら躱し難くて防ぎ辛い技に、流星拳を昇華させてしまった。

 光牙なら二十発で一巡、星矢でも数発単位でどうさてもパターン化する。

 だが、ユートの放っている流星拳は一発一発が正にランダムなのだ。

 氷河だから見極めて難無く躱しているが、光牙達では身体全体で防御しながら吹っ飛びかねない。

 それにしても……と思う光牙達は、余りにも余りな二人の戦闘に付いていけない事を歯噛みする。

 二人は見極めるのが困難な速度で応酬をしており、時折に聴こえる巨大な音と感じる衝撃で何とか闘いの方向を掴んでいた。

「なんつー闘いだよ!?」

 蒼摩が呻く。

「まあ、当然だな」

「檄先生?」

「奴、ユートは青銅聖闘士の枠を越えている。俺達、教師がアイツの教導に何も言わんのは、それが故だ」

「そういや、自主訓練とかで何か言われた試しは無かったな」

 檄と蒼摩の会話に光牙が納得する。

「エデンも大概だが……、ユートはそれに輪を掛けている訳だな」

 即ち、ユートもエデンも檄と比べれば遥かに強い。

 それでも経験値の差で、檄ならエデンを斃せるかも知れないが、黄金聖闘士で経験値も洒落にならないが故に、ユートを相手になど出来る筈もなかった。

 尚、模擬戦の決着に関しては互いに極光処刑(オーロラエクスキューション)を放ち、部屋が凍り付き始めた時点で檄が引き分けと宣言したと云う。

第2章:[聖闘士ファイト篇](4/13)
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「相変わらずだな。我が師カミュより受け継いだ技、極光処刑を彼処まで見事に使うとは」

 氷河がウィスキーを注ぎながら感嘆を洩らす。

「小宇宙を青銅聖闘士並に減じているし、氷河が手加減無しで放っていたらやられていたよ」

「フッ、そういう事にしておこうか。お前、杯座聖衣(クラテリス・クロス)を得てから、水気と凍気の扱いが巧くなったからな。俺もカミュの後を継いだとはいえうかうかは出来んか」

 コト、ウィスキーの入ったグラスがテーブルに置かれて、更に氷河は自分用のグラスにウィスキーを注いでいく。

「まずは乾杯しよう」

「何に?」

「実はナターシャが懐妊していてな」

「へぇ? 二人目かぁ……随分と間が空いたな」

 凍夜が東シベリアの地で生まれたのが十四年前で、仕込まれたのがその十ヶ月前として、その当時の年齢が二十一歳の頃。

 今は氷河もナターシャも三十代中盤、二人して可成り頑張ったものである。

「おめでとう、氷河」

「ああ、ありがとう」

 軽くグラスを掲げて懐妊の祝いを口にする。

 気分が良いからだろう、随分と美味いウィスキーだなと思った。

「次はナターシャ似の娘とかかな?」

 グラスを煽ってウィスキーを喉に流し込みながら、氷河とナターシャの第二子について想像をする。

「どうだろうな? まあ、元気に生まれてくれさえすればどちらでも良いさ」

 瞑目しつつ氷河もグラスを煽った。

「僕にも貰えるかな?」

「瞬……か」

 入ってきた青年──瞬に一瞥を向けたユートと氷河だったが、すぐに視線をもどしてユートは再びグラスを煽り、氷河はグラスを置いてウィスキー同士を混ぜてブレンドする。

「前にも飲ませた事があるスコッチだ」

「ありがとう。それから、ナターシャさんの御懐妊……おめでとう氷河」

「ありがとう、瞬」

 多くを語る必要性も今は感じない三人は、唯静かにグラスを傾けて酒を嗜んでおり、喜ばしい報告を肴に今を楽しんでいた。

 とはいえ、話さない訳にもいかない事情がある。

「それで? 喜ばしい報告だけではない。黄金聖衣を盗んだ犯人は?」

「優斗の手勢を借りてまで捜索しているが、どうにも芳しいとは云えんな」

「本来、聖域にはアテナが張った結界が在るからね。転移──テレポーテーションは出来ない筈だった」

「それが俺達の油断にも繋がってしまったな。まんまと四つもの黄金聖衣を──蟹座、蠍座、山羊座、魚座を奪われたのだから」

 氷河は苦々しい表情で、瞬にしても愉快だとは云えない顔でグラスを煽った。

「担い手が居なかった四つの黄金聖衣か。確かにこれは聖域側の怠慢だったな。

  実際に冥王軍には元とはいえ黄金聖闘士を使って聖域に侵入なんて手を使ってと入り込んだし、何らかの手は打っておくべきだったのかも知れない……か」

「そうだね、冥王軍の遣り方が特殊過ぎたから僕達は結界に頼み過ぎたんだ」

「実質、異空間や積尸気を通る手段も在ったんだし、少し警戒を密にしても良かったかな? 僕も油断していたよ……」

 瞬が言う特殊な方法──それは死んだ聖闘士を使って内部から掻き乱すという手法で、冥王ハーデスの軍だから執れたもの。

 ユートが言うのは双子座(ジェミニ)の異界次元とか蟹座(キャンサー)系が得意とする積尸気──死後の世界を通過するという手段。

 どちらにせよアテナによる結界はすり抜けた。

 ユートは暫くの間を聖域にて過ごしていたのだが、何しろ多忙を窮めていた事も手伝い、そこら辺は基本的に常駐する聖闘士や雑兵

 の皆さんに任せ切りにし、自分の仕事──他勢力との交渉や聖域施設の修復やら聖衣創成と修復、エデンの修業など──を熟す事だけで一杯一杯だった。

 まあ、何をどう言い繕おうが全ては言い訳にしかならないのだし、今更ながらこんな議論を蒸し返しても意味などあるまい。

「過ぎ去った過去はどうにもならない、ならば現在と未来に関して話そうか」

「うん」

「それが健全だろう」

 ユートの意見に賛成の意を首肯で示す瞬と氷河。

「まず、黄金聖衣に関してはそもそも心配は要らないだろうね」

「その心は?」

「奴らは準備が済み次第、此方に仕掛けて来る筈さ」

「な、に? どうしてそう思う?」

「簡単な話さ氷河。奴らは恐らく神々の刺客、謂わば神の闘士の類いじゃない。かといって剣闘士(グラディエーター)みたいな存在とも異なるだろう」

「剣闘士(グラディエーター)……嘗てはシュラが、アテナの神託に従って闘った者達だね?」

 顎に指を添えながら嘗ての時を思い出す瞬。

「ならば何処の誰だ?」

「神の闘士としての資格を剥奪された者達、若しくは剥奪は疎か与えられてすらいない者達……かな?」

「「暗黒聖闘士!」」

 瞬と氷河が声を揃えて答えを言うと、ユートは瞑目をしながら首肯した。

「そうだ。暗黒聖闘士の中でも実力者が似非黄金聖闘士を気取るんだろうさ」

「だけど、どうやって聖衣を纏うんだい? そもそも黄金聖衣は……否、基本的通常金属を用いた暗黒聖衣以外は強弱こそあれ意思が存在しているよ?

  況んや黄金聖衣なら先代の残留思念だって残ってる筈だし、纏えないと思うんだけど」

 瞬は言う。

 聖闘士ならば当然の知識だが、聖衣にはある程度の意思が存在している。

 勝手に分解装着されるのも聖衣の意思が、聖闘士を装着者だと認めたから。

 そういう意味では一応、暗黒聖衣にも若干ながらの意思はあるだろうが、やはり量産を目的とした聖衣なだけに装着者側の強い意志には逆らえない。

 量産型は使い易さや整備のし易さとコストの安さが必須事項であり、聖衣自体が装着者を選ぶなど使い易さに悖るのでは意味が無いという訳だ。

 その分、アテナにすらも見放された者や修業に失敗した者達が気安く纏えてしまうが故、漆黒という色も相俟って【暗黒聖衣(ブラッククロス)】などというレッテルを貼られた。

 雑兵の皆さんでさえ纏わなかったという意味では、聖衣も見放されていたという事になるのだろうが……

「然し、どうして暗黒聖闘士の仕業だと?」

「襲撃者は鎧を纏っては居なかったらしい。何処ぞの神の闘士なら……冥王軍なら冥衣、海皇軍なら鱗衣、天界軍なら天衣、オリュンポス神なら神衣、

  ギガースなら金剛衣、ティターン神なら楚真、アスガルド軍なら神闘衣といった具合だ。自分達が何者か知られたくないなら、

  派手な侵入自体をしないだろうから単純に纏う鎧が無かったんだろ。暗黒聖衣はあれで目立つ、下手に纏っては他の勢力に目を付けられるし、自重をしたんだろうね」

 何しろ、神の加護が在りませんと自白をしているに等しいし。

「黄金聖衣という力の象徴が欲しかったんだろうさ。聖衣の意思は……恐らくは抑えられるんだろうね」

「確かに、聖域に入り込めるくらいの存在が居るというなら或いは可能……」

 瞬も肯定する。

「顔が判らないらしいし、モンタージュも無しじゃあウチの子らでも見付けられないだろうが、どうせいずれは攻めて来る。ならば、その時に叩けば良い!」

「そうだな。で? 優斗、お前はどっちに来ると思っている?」

「此処(パライストラ)」

「何故だ?」

「さっきも言ったが奴らは神の加護を受けていない、神の闘士の成り損ないだ。神の加護(それ)に代わる力たる黄金聖衣を手に入れたといっても、それはたった四つだけでしかないんだ。

  だからといって今度こそは警戒が厳重になった聖域にまた入り込む? 無理だ。ならば最初に行うのは? 数の制覇。

  未熟とはいえ、青銅聖衣を与えられている仮免生、だけど嘗ての暗黒聖闘士はたった四人だけの青銅聖闘士に潰されたし、決して侮れない」

「つまり、防備が聖域より低いパライストラから狙うという事か?」

「二面作戦が出来る数が揃ってるなら、序でに鋼鉄聖闘士養成所も襲うかもね。まあ、其処までは出来ないだろうけど」

「そうだな。あの時にしても結局は暗黒フェニックスが数人と、暗黒ペガサス、暗黒アンドロメダ、暗黒ドラゴンが二人、暗黒スワンが出てきたのみだった」

「暗黒ペガサス……ね? そろそろかな」

「「?」」

 時計を見遣るユートに、二人は首を傾げる。

 其処へ……

 コンコン。

 ノックの音が響いた。

「どうぞ」

 入る許可を受けた為か、扉を開いて入ってきたのはパライストラ教師ロディ。

「呼ばれたから来たが?」

「ああ、ちょっと用事があったんでね」

「そうか、それで用事とは何だ?」

「ロディには伝えてあった……というか、パライストラ教師陣には伝えてあった筈だが、今年中には聖戦が勃発するだろう」

「ああ、聞いている」

「檄は青銅聖衣を返還し、専用の名前付き(ネームド)鋼鉄聖衣を既に与えられているし、それは鋼鉄聖闘士養成所の蛮や那智も同様。

  学園長のミケーネには黒鍛獅子座(ブラックレオ)聖衣を与えている。それでだ、ロディも今はキタルファに小馬星座(エクレウス)聖衣を継承したし、新しい聖衣を与えようと思う」

「新しい……聖衣」

 ユートが取り出した銀色の腕輪に填まる聖衣石の色──それは漆黒で中に浮かぶ星座は……

「これは、ペガサス!?」

「君から預かっていた粉々で死んでいた暗黒ペガサスの聖衣、それを黒鍛聖衣として再生をした」

「黒鍛天馬星座(ブラックペガサス)か」

「纏ってみると良い」

「あ、ああ……」

 嘗て纏っていた聖衣故の興奮か、聖衣石を手にしたロディは奮えている。

「黒鍛天馬星座……フルセット!」

 腕輪を着けた右腕を掲げて叫ぶと、十三の星の並びがペガサスとなって背後に浮かび、真っ黒ながら神秘の輝きを宿す翼を持った馬を象るオブジェが顕現。

 カシャーンッ!

 各パーツに分解されて、ロディへと飛来して脚に、腕に、腰に、胸に、肩に、そして頭に装着された。

「こ、これが新生黒鍛ペガサスの聖衣……か」

 形状は初期形態から大幅な改修が成され、星矢が纏っていたペガサスの最終青銅聖衣に近い。

 まあ、細かな違いこそはあるのだが……

「この輝きに装着感は……まるで聖衣と我が身が一体になった錯覚すら覚える。完全に力を取り戻した処か確実に上回っている!」

「修復師は嘗ての黄金聖闘士であり、教皇でもあった牡羊座のシオン。修復の為の素材も厳選されてるし、通常金属は加えていない。更に死んでいた暗黒ペガサスに血を与えたのは星矢」

「なっ!? 星矢が?」

 もう二十年以上も前に、星矢とロディは闘った。

 ペガサスの青銅聖闘士と暗黒ペガサスとして。

 勿論、勝負は星矢の勝利に終わっており、黒死拳も紫龍によって無効化されてしまった。

 
「思い出すな、一輝様の下で暗黒四天王(ブラックフォー)を名乗っていた頃」

「「「いや、そこは永久に忘れておこうか」」」

 陶酔しながら過去を振り返るロディに、ユート達の三人は同時にツッコンだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 足取りも軽くロディが出ていった後、黄金聖闘士の三人は再び会議を行う。

「ロディ、あいつも本当に変わったな……」

「そ、そうだね氷河」

 直にではないにしても、暗黒四天王と闘った事のある二人は呆然となる。

 瞬の兄の鳳凰星座(フェニックス)の一輝を首領と呼び、暗黒四天王とされる暗黒ペガサス、暗黒アンドロメダ、暗黒スワン、暗黒ドラゴンは青銅聖闘士であった星矢達と死闘を繰り広げて、

 ロディ以外は白銀聖闘士を欺く囮となって死亡したが、当の暗黒ペガサスのロディは星矢が魔鈴による空拳で死を演出された事により、死を免れた。

 尚、善性に目覚めていた暗黒ドラゴン(弟)は紫龍との闘いで死亡している。

「さて、取り敢えず話す事は残り二つだな」

「二つ……だと?」

 氷河が訝しむ。

「その一、実は聖闘士ファイトに僕が出ない方法を見付けた」

「な、に?」

 これには氷河も吃驚したらしく、思わず惚けて絶句してしまう。

「お前、まだ諦めていなかったのか?」

「諦めたら其処で試合終了だと、安西先生も言っているじゃないか?」

「「安西先生って誰?」」

 おバカな話は兎も角としても、ユートは瞬と氷河に聖闘士ファイト辞退の方法を説明する。

「つまり、瞬との前座戦に優斗が出て代わりに聖闘士ファイトは辞退……と?」

「そ、さっき氷河と闘って考えたんだよ」

「また、何と言うか……」

「アハハ、凄い事を考えるよね? だけど確かに前座に黄金聖闘士の闘いを観るのも勉強かな? 優斗なら実力的に大丈夫だしね」

 小宇宙や能力が封じられているとはいえ、ユートの実力は白銀聖闘士の数倍。

 それこそ、白銀聖闘士でありながら黄金聖闘士にも匹敵すると言われた聖闘士でもなければ、白銀聖闘士も青銅聖闘士もユートには歯が立つまい。

 正にカンピオーネの肉体万歳というべきか?

「それにアリア達も納得はするだろう」

 アリア、栞、月の三人はユートをそれぞれに慕っているから、活躍する処を観てみたいと思っている。

 聖闘士ファイトに出なくても、前座で瞬と闘っての善戦なら確かに氷河が言う通り納得するだろう。

 仮令、敗けたとしても。

「二つ目、僕はニ~三日くらい留守にする」

「留守にだと?」

「聖域に戻る必要がある。ソレントが来るから」

「ああ! 成程な」

 氷河は納得した。

「そうか、ソレントが聖戦に向けて海界側の戦力を連れて来るんだったね」

「ああ、一人しか確保出来なかった上に海将軍ですらないけどな」

「ソ、ソレントも援軍なんだよね?」

「そうだけど……」

 ユートは援軍が誰なのか知っており、表情を引き攣らせながら答えた。

 海将軍・海魔女(セイレーン)のソレント。

 嘗て、海皇ポセイドンとの聖戦で闘った七人の海将軍(ジェネラル)の一人で、その実力は黄金聖闘士にも匹敵する程。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 聖域に戻って来たユートは取り敢えず、十二宮へと向かって教皇である紫龍に挨拶をしておこうと考え、その一歩を踏み出さんとした時……

「待て、こんな所で何をしている! 現在は厳戒体制の真っ只中だぞ!?」

 呼び止められた。

 振り返ると明らかに雑兵という装備、革鎧に槍なんて簡素な姿である。

 普段から双子座の聖衣を纏い、素顔を晒していないが故にか雑兵の皆さんだと顔が判らないのだろう。

「此処に来て我が身を鎧え我が聖衣よ!」

 右腕を掲げて人差し指を伸ばした体勢で、ユートは自らの聖衣──双子座を喚び出す。

「──は?」

 ユートの頭上に顕れるは燦然と黄金に耀くオブジェであり、それは腕が四本に顔が二つな二面四臂。

 雑兵だって知っている。

「ジェ、ジェミニ……」

 カシャーンッ! 分解された聖衣パーツがユートを鎧っていく。

「あ、あ、あ……」

 マスクは左脇に持って、完全武装を成したユート。

 水色の裏打ちが為された純白のマントを風に翻し、目の前に呆然と佇んだ雑兵に声を掛ける。

「さて、教皇に挨拶をしたいのだが……行っても問題は無いか?」

「は……ハッ! 問題ありませんジェミニ様!」

 やはりビビったか最敬礼で送り出してくれた。

 苦笑いをしながらユートは十二宮に向かう。

 第一の白羊宮に現在だと誰も居らず、貴鬼の代わりに入っていたシエスタも、今は暗黒聖闘士を追う任務に就いていた。

「さて、行くか」

 金牛宮に繋がる長ったらしい階段を見遣り、ユートは嘆息しながら走った。

第2章:[聖闘士ファイト篇](5/13)
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「よう、優斗」

「ハービンジャー」

 金牛宮にて待ち構えていたのは、当然ながら牡牛座(タウラス)のハービンジャーである。

 ハービンジャーは腕組みをし、金牛宮の入口に背を凭れ掛けて立っていた。

「双子座聖衣(ジェミニ・クロス)が飛んで往くから何事かと思ったんだがな、何の為にわざわざ聖衣を纏っているんだ?」

「さっき雑兵に止められてしまってね。自分の身分を伝えるのに一番手っ取り早い方法だろう?」

「ま、確かにな」

 黄金聖闘士を止める雑兵は居ない。

 身分が違い過ぎる上に、単純な実力が上回っているから止めようがなかった。

「じゃあ、先に行かせて貰うよハービンジャー」

「ああ、好きに通りな」

 ハービンジャーとしても同僚を止める意味がなく、アッサリとユートを金牛宮へと招き入れる。

 金牛宮を通り過ぎると、次に見えるのは本来であれば自分が守護する双児宮。

「やあ、優雅兄」

「優斗、お前なぁ……行き成り聖衣を喚ぶなよ」

 現在の緒方優雅の姿は、雑兵の皆さんが着ている様な丈夫さがウリの粗末な服であり、黄金聖衣はユートが纏ってしまっている。

「ゴメンゴメン、普段からマスクで顔を隠しているからか、雑兵の一人に見咎められてさ」

「ハァ、双子座に神秘性を持たせた弊害だな。そろそろ明かしても良いんじゃないのか?」

「少なくとも、邪神軍との聖戦が終わるか若しくは、その終盤くらいじゃないと駄目だよ」

「面倒臭いもんだな」

 再び嘆息をする優雅。

 ユートは青銅聖闘士達を育てているのであり、足手纏いを量産している訳でもなければ、況してや強者に縋り付くボンクラを作っている訳では決して無い。

 すぐ傍に強い青銅聖闘士が居るのと、最強の一角である黄金聖闘士が居るのだと意識するのと、果たしてどちらが彼らの為となるのであろうか?

 どっちもどっちだけど、やはり前者の方が未だしもマシと云えよう。

「処で優雅兄、其処でお茶の準備をしている女性は……恋人?」

「んな訳があるか! 若しそうならお前もアイツに対して好意を持つだろうに」

 水色の長い髪の毛をポニーテールに結わい付けている女性で、銀色の仮面を着けていて顔は判らないが、胸はそれなりに有るみたいだし、

 聖闘士になる女性はシャイナやジュネを見ても判る通り美人が多いから、きっと彼女も相当に整った顔をしているのだろう。

「一応、俺やお前が居なけりゃ双子座の有力候補だった娘でな。今は俺っつーか……お前、双子座の聖闘士の御付き係だよ。

  リトス・クリサリスやガラリアン・シュタイナーみたいなものだな、立場的には」

 元獅子座のアイオリア、彼に付いていた付き人的な二人……リトスとガラン。

 リトスは父親を喪った時に拾われ、最終的にユートの謀略にアイオリア共々に掛かり、短い時間だが夫婦の契りを交わした少女。

 ガランはアイオリアの兄であるアイオロスの真友であり、獅子座の黄金聖闘士の候補者だった男だ。

 一輝が獅子座だった頃、そもそも一匹狼な彼からすれば付き人は不要だった、それが故に一輝はリトスと共にレオーネを育てる様に命じていた。

 一輝が鳳凰星座に戻り、獅子座聖衣をレオーネへと継承した後は、再び付き人として復帰をしている。

「ふむ、君の名前は?」

「二影聖闘士インテグラと申します、双子座・ジェミニの優斗様」

「インテグラねぇ? 実は二重人格だったりする?」

「は? いえ、そんな事はありませんが……」

 至極当然の様に訊かれ、仮面で判らないけど恐らく目をパチクリさせてるのだ
ろうが答えるインテグラ、ユートは少し黙考をして再び口を開く。

「じゃあ、双子なんだ?」

「え、と……確かに私にはパラドクスという双子の姉が居りますが」

「成程、確かに双子座って感じだね」

 答えた折りの一瞬、眉根を寄せたインテグラは姉に対して隔意を抱いているのだと理解した。

 双子座の黄金聖闘士は、宿命とまではいかないのかも知れないが、魂の相克に悩まされる事が多い。

 所謂、もう一人の自分。

 それは二重人格かも知れないし、双子そのものかも知れないし、はたまた別の何かかも知れない。

 嘗て、先代となるサガは邪悪なる自分に苦しめられた二重人格者であったが、更にはカノンという双子の弟までが存在し、魂の相克を成していた。

 そしてユートも双子として兄が生まれる筈だったのだが、死産という最悪な形で母親たる緒方蓉子の腹より出てきてしまったのだが魂はユートに宿り、

 現在ではもう一人の人格となって緒方優雅を名乗る。

 それが現状で双児宮の守り手として立つ聖闘士で、ユートの謂わば影武者だ。

 優雅は自分の〝大元〟から既に折り合いを付けて、ユートの相克になり得ないとはいえ、本来であるなら間違いなくユートと相食む存在となっていたのだ。

「パラドクス……か。その姉はどうしたんだ?」

「それが、いつの間にか姿を消していたのです」

「姿を?」

「はい。元々、姉は自分勝手な処がありましたが……まさか脱走をするなどと。一応は正規の聖闘士として精霊聖衣を与えられていましたが、それが不満だったのでしょう」

「まあ、正規の聖闘士とはいっても星座の加護を受けない聖衣だからな。自己顕示欲が強いと不満が出るのかも知れない」

 どうやらパラドクスとやらは相当な自己顕示欲の塊らしく、星座の守護を受けない精霊聖衣に我慢が出来なかった様である。

 とはいえ、一巡目の時とは微妙に違う為に紫龍へのストーカーではない。

「取り敢えず、居ない人間は置いておこうか。それに折角だから……」

「……?」

 ユートが跪くインテグラのすぐ前に立ち、肩へと手を据えて……

「二影(ドッペルゲンガー)聖闘士のインテグラ……、君に再び影の任を与える。黒鍛双子座(ブラックジェミニ)の、黄金聖闘士の影たる十二宮黒鍛聖闘士たる資格を……な」

「十二宮(ゾディアック)・ブラックセイント? ……暗黒聖闘士ですか?」

「字が違う。黒い鍛えると書いて黒鍛(ブラック)だ。暗黒聖衣を造り直して新しく組織されるんだ」

「そういえば、そんな話が挙がった様な気が……」

「暗黒聖衣は本来、最後の青銅聖衣である鳳凰星座が完成後に造られた量産型の聖衣だった。神秘金属ってのは神々からしても絶対量は多くないし、地上へ過剰に与えるのも危険極まりないからね。

  アテナの名の許に使える神秘金属の供給を鑑みて、通常金属を混ぜた量産型の聖衣を開発した。同じ星座というだけで片方が正規の聖闘士、もう片方が雑兵というのもアレだったからかな?

  通常金属を混ぜたからか黒く染まった聖衣は漆黒聖衣(ブラッククロス)として配備される筈だったけど、それを纏う者は雑兵も含めて誰も居なかったそうだ。

  結局、漆黒聖衣を纏ったのはアテナから聖闘士の資格を剥奪された者や修業に失敗して資格を得られなかった者達で、そんな連中が愛と平和の為に闘う筈も無い。

  アテナは漆黒聖衣を暗黒聖衣とし、暗黒聖闘士の粛清を命じるしかなかった。粛清の後、暗黒聖衣はムウ大陸の外れに封印が成されたが、大陸は後に沈んだ。

  アテナによる封印の所為でデスクイーン島を中心に周辺諸島だけが無事に残り、皮肉な話だけど暗黒聖衣もその侭残されてしまった。

  時が流れてアテナの封印も破れてしまったからか、定期的に暗黒聖闘士が呪いの様に現れる様になってしまった」

 暗黒聖衣を封じたアテナの封印がデスクイーン島を堅固にし、ムウ大陸の沈没から免れたのだから正しく皮肉としか云えない。

 だが、更なるカウンター的にデスクイーン島に安置をされていた鳳凰星座聖衣もまた残され、現代に於いて一輝が担い手となる。

「僕は元教皇のシオンや、元牡羊座のムウとも相談をして、暗黒聖衣を暗黒聖衣足らしめる呪いから解放をする事にした。

  新しく十二宮の黄金聖衣を基に聖衣を造り上げ、それに統括をされる黒く鍛えられた聖衣、黒鍛聖衣として本来の量産型聖衣の役割を与える事によって……ね」

「元教皇様や元牡羊座様……って、既に亡くなられている筈では?」

「聖闘士候補生として修業だけでなく、勉強も課していた筈だよねインテグラ。死者を黄泉返される外法の業を持つ神が居る事を」

「冥王ハーデス?」

 勿論、神々はギリシアにしか存在しない訳ではないのだから、他にもそれぞれの冥界を統べる神は居る。

 日本神話なら伊邪那美、本来は伊邪那岐の妻である地母神であるが、火之迦具土を産んだ際にその熱により死亡、

 黄泉の果実を食べてしまった後で伊邪那岐が現れて黄泉返らそうとしたものの、決して振り返ってはならない掟を破り、視た妻の姿に恐怖した伊邪那岐は手を放して逃げ帰る。

 酷い辱しめを受けたと怒り狂った伊邪那美は、黄泉の国の女王たる主宰神──黄泉津大神となった。

 他にも冥界や冥府は存在するし、神々も居るのではあろうが……聖闘士にとって冥界の神と云えばやはり冥王ハーデスだろう。

 そも、アテナがギリシア神話体系の神様であるし、二百数十年に一度は聖戦をやらかしてきた。

 幾度も幾度も、神代の頃よりの正に腐れ縁とも云うべき聖戦は、一九九〇年に冥王ハーデスの消滅に伴いアテナ軍の勝利で終結し、二度とは冥王ハーデスとの聖戦は起こらなくなる。

 本当に特別な神だ。

「僕はそのハーデスの神力(デュナミス)を受け継ぐ。故にハーデスの冥界は現存しているし、嘗ての黄金の闘士達も新しく創造をしたエリシオンで暮らしてる。

  勿論、シオンとムウも聖衣修復の仕事を任せてるよ」

「っ!」

「君に与える予定の聖衣、黒鍛双子座も既に調整作業まで進んでいる。近い内に受け取りに行くからその時に渡そう」

「あ、ありがとうございます……」

 どうやってかは窺い知れなかったが、ユートは嘗ての大敵たるハーデスの神力を受け継いだのだとハッキリ言い切った。

 多少、複雑な思いもあるインテグラだが、少なくともハーデスとの戦闘経験が無い彼女は受け止める。

「それじゃ、僕は紫龍に……教皇に用事があるから、行かせて貰うよ」

「応……本当のジェミニはお前なんだし、好きに通れば良いさ」

 プラプラと手を振ってくる優雅に、苦笑いをしながら次の巨蟹宮へと走る。

 そんなユートを呆然となりつつ見送るインテグラ、優雅は彼女を見て口元を吊り上げた。

「ま、あれだな。ユートも色々とやっている訳だが、インテグラも黒鍛双子座になるなら、アイツから双子座の技を習うのもアリだ」

「わ、ざ……を?」

「ああ、優斗は三日間くらい聖域に逗留するからな。薄着で夜中にでも押し掛けりゃ良いさ。仮面を外して切なそうに瞳でも潤ませて頼めば、

  一夜は無駄に使うだろうが次の日から面倒を見てくれるぜ?」

「か、仮面を外すのは掟に反します!」

 きっと真っ赤になっているであろうが、狼狽えながら叫ぶインテグラ。

「違うだろ、仮面の下を見ても良いのは家族か愛する者だけ。一夜を共にすりゃ充分に資格はあるぜ?」

「ゆ、優雅様!」

 普段は澄ました態度なだけに、現在のインテグラは実にからかい甲斐がある。

 優雅はくつくつと笑って十二宮に備え付けられている自室へと入り、双児宮にはインテグラだけがちょこんと残されていたと云う。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 無人の巨蟹宮をさっさと通り抜け、獅子宮へと辿り着いたユートを待っていたのは獅子座の黄金聖衣を纏うレオーネ。

「ユートさん、久し振りですね?」

「随分と様になっているなレオーネ」

「まだまだですよ。師匠や父に比べたら」

 確かに、何年も纏い続けていたアイオリアや一輝に比べると、身に付けているというよりは着られている印象が強い。

 聖衣を継承して半年すら経たないのだし、当然と云えば当然なのだろうが……

「黄金聖闘士をやってる内に違和感も無くなるさ」

 聖戦などで死ななければいずれは……

 つまりはそういう事だ。

 瞬が居ない処女宮は素通りをし、第七番目の天秤宮に入るユートだったけど、何故か翔龍の姿が無い。

「翔龍もマメだな」

 恐らくはパトロール中、聖域の外周部を見回っている最中なのだろう。

 侵入者を赦した直後故にだろうが、自発的なパトロールをしているらしい。

 ユートは次の天蝎宮へと向かった。

 八番目の天蝎宮は無人の宮だからすぐに抜ける……というより水瓶座の氷河がパライストラに逗留しているから、この先に守護者の黄金聖闘士は居ない。

 況してや、天蝎宮の蠍座聖衣は元より魔羯宮の山羊座と双魚宮の魚座も無く、射手座の星矢は城戸沙織と共に三日月島にしけこみ、この聖域を留守にしているのだから。

 そして至るは教皇の間。

 ギギギギギ……

 重苦しい音を鳴り響かせながら開く金属の扉。

 静寂を破り裂いてカツンカツンと足音が響く中で、教皇の玉座まで歩く。

「久し振り紫龍」

「という程は経っていないと思うがな」

 玉座に座る紫龍は法衣とマスクを身に付けていて、本来の姿は晒していない。

 そんな玉座に座る教皇の前に金色に輝く鎧を身に付けた男と、メタルピンクな鎧を身に付けた黒髪な女性が立っている。

「久しいなカメロパルダリスよ……否、ジェミニ」

「ソレント」

 海皇ポセイドンの配下、七人の海将軍で最後の生き残り──海魔女(セイレーン)のソレント。

 フルートを得意として、聖戦後は海皇の所業で家族を亡くし家を無くした人達の心を慰める為、ジュリアン・ソロと共に世界中を廻っていたが、

 海界を汚すであろう邪神を許容出来ないポセイドンの意志に従い、聖闘士とは一時的な共闘を結んでいる。

 海皇ポセイドンとの聖戦に於ては、アンドロメダであった頃の瞬と闘った。

 今一人──左右非対称なメタリックなピンク色をした鎧、鱗衣(スケイル)を身に纏う長い黒髪をポニーテールに結わい付けた女性、それはユートもよくしっている人物だ。

「お久し振り、ユート君」

「久し振りだねアキラ」

 本名は大河内アキラ。

 麻帆良学園都市の麻帆良学園本校中等部三年A組に所属していた過去があり、ユートは教育者的に副担任として兄のネギ・スプリングフィールドと共に赴任、

 謂わば年齢的には逆だけど教師と教え子な関係。

 原作的にも泳ぎを得意としていたが、よもや聖闘士星矢と習合したこの世界で【マーメイド】の海闘士(マリーナ)に覚醒するとは予想外も予想外。

 彼女は今や海闘士が一人──マーメイドのアキラ。

 先代のマーメイドであるテティスは、ジュリアン・ソロが子供時代に助けた、波打ち際へ糸や針に絡まれ打ち上げられた魚の化身。

 その時の鱗衣はマスクがヘルメット型だったけど、今はヘッドギアタイプになってポニーテールを結い易くなっている。

「技は何か覚えた?」

 訊ねてみるとフルフル……首を横に振った。

「鱗衣の記憶にも無いし、ソレント様も先代が必殺技を使っている処は見た事がないらしくて……」

 原作では雷っぽいのを放っていた気もするのだが、アキラはスポーツに打ち込んで水泳をしていた為か、身体的な能力こそ一般人としては高かったが、

 優しさも人一倍にあったからだろうか? 〝必殺〟技を本能で忌避をしている可能性が否定出来ない。

「(仕方がないな。適当な技を幾つか教えるか)」

 ユートはアキラに対し、再び教師となる事を決意するのであった。

 それがちょっとしたトラブルを起こすとは、神ならぬユートには気付き様も無かった訳だが……

2020/10/6