【魔を滅する転生星】第2章

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第2章:[聖闘士ファイト篇](6/13)
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 紫龍との話は終わって、後はソレントが紫龍と公的な話をする為に、ユートとアキラは身体が空いた。

 故に自分の部屋に連れ込んだ……もとい、自室へと呼んで旧交を温める。

 アキラは人当たりが良い上に、あの頃は中学生とは思えないくらい身長の高さとグラマラスな肉付きで、愉しく話せたし目の保養にも充分だったが、今現在は大学も卒業をした二四歳となり、


 海闘士となった後も水泳を続けているからか、凛とした佇まいに九〇センチはある巨乳、一七八センチの身長と引き締まっている太股、


 そして本人は気付いていないが──ユーキは気付いている──黒い髪にポニーテールと琴線に触れる髪型で、思わず下半身が反応してしまいそうだ。

 そのアキラはアキラで、若干だが頬を染めながらもにこやかな笑みを浮かべ、ユートとの会話を本当に愉しんでいた。

「そっか、今はパライストラで生徒をやってるんだ」

「まあ、何人かには教えたりもしているけどね」

「ユート君らしいね」

 鋼鉄聖闘士として訓練を積んでいた四人は正式に、パライストラの青銅聖闘士も非公式ではあるものの、色々と教えている。

 だけどユートが主に嘗て先生だった事を鑑みれば、アキラからすれば一番似合いの職業であると思えてならない。

 ある意味で教師失格だった高畑の後任の一人だけあってか、その評価はやはり弥増していたのだろう。

 というよりも、ユートは基本的に教えれば【相手にやる気が有る】、【素養が一%以上有る】という要素があれば時間の短長はあっても習得可能となるから、正に教師は天職だ。

 逆に云えば、やる気が無い人間や素養が〇%の人間には、幾ら教えても絶対に身に付かない訳だが……

 例えば、炎の魔法に特化して氷系や水系に一切合切の素養を持たない人間に、氷魔法を教えても百年経っても習得は出来ない。

 そして高い素養を持っていたとしても、やる気が無い人間はやっぱり百年教えても習得は出来ないのだ。

 まあ、本当に高い素養が有るならそれ以前に習得をしてしまうけど。

 現に、大きくやる気を見せた神楽坂明日菜はパーになる呪いレベルの忘却魔法を受けながら、本来の素養からか成績を上げている。

 尚、呪いから脱却した後は『こいつ誰?』レベルで勉強が出来る様になって、木乃香と一緒にキャンパスライフを楽しんだものだ。

「それで、亜子とは仲好くしてるのかな?」

 和泉亜子──アキラにとっては友達で、元ユートの生徒でもある彼女は原作の通りに現在で云う裏火星に赴いて、普通に奴隷にされてしまった。

 ナギとの縁が得られなかったが故、ユートの方へと淡い好意を持つに至るが、奴隷から解放された際に起きたというか、ユートが起こしたイベントですっかり参ってしまう。

 別に原作を識るユートが敢えて、亜子を手に入れるべく起こした訳ではなく、原作通りとはいえ事をやらかした連中へのお仕置き、そんな心算だった。

 アキラはターゲットにされた亜子を庇って、自らが犠牲になろうともしたが、全てはユートのお芝居だったと知り、安堵と共に腰が抜けたりも……

 因みに、単純な好み的にはアキラの方が良かったのだが、亜子は亜子でちょいと嗜虐心を擽られてえちぃ悪戯をしたくなるタイプ。

 なので、亜子が高校へと上がった後に御祝いデートをしたのだが、その悪戯が高じて互いに盛り上がって一線を越えてしまった。

『もう少しだけウチの先生でいて!』

 なんて、必死の告白を受けては断れなかったという事もある。

 よって、ユートは3-Aが高校に上がった一年間、
二〇〇五年の三月下旬頃に【ハイスクールD×D】の世界へ赴くまで、閃姫候補の少女達の面倒を見てた。


 閑話休題



「亜子と? 勿論さ。今はやる事が多くて会い難いけどね。デートだって普通にしているし、夜は夜で愉しい逢瀬をしているからね」

「よ、よる……」

 【ハイスクールD×D】の世界に行った時、夏休みに喚んだ事もあったけど、その時にも皆にはちょっと秘密で会い、愛し合ったりもしたくらいだ。

 現在も会えたら会っているし、短い逢瀬の時間故に亜子の想いを身体を重ねて確かめ合っていた。

 当然、その対象は亜子だけに限らないし、その事は亜子本人も知っている。

 それでも──『今のこの時間だけは、目の前に居る亜子(きみ)が僕のヒロインなんだよ』という言葉が効いたのか、割りと嬉しそうにしていたり。

「そ、そっか。ちょっと羨ましい……かな」

「羨ましい?」

「わ、私はまだ彼氏とかはい、居ないし……」

「彼氏ねぇ。知っているだろうに、僕はその言葉には真っ向から反逆してるぞ。亜子だけを見ているのなら未だしも、他にも沢山の子を侍らせて関係を持って、


  単純に亜子とも一対一だけでなく、数人と一緒に……なんて事もしているから。不誠実極まりない」

「す、数人……」

 真っ赤になってクラリと目眩に襲われるアキラ。

 知ってはいても改めて聞くと凄まじい関係であり、亜子が嬉しそうに女の子とキスしたり、大事な部位を弄られたりしながらユートに抱かれている妄想がつらつらと駆け巡った。

 それがどれくらいの時間だったのか、刹那? 或いは一秒? 十秒? 妄想に焼かれた脳から煙を噴き出したアキラは……

「う~ん……」

 自らの思考をシャットダウンしてしまい、パタリと倒れてしまう。

「ありゃ? 刺激が強かったかな?」

 暫くして目を覚ましてくれたアキラだったのだが、何処か虚ろな……トロンと惚けた瞳でユートを見つめると、頬を朱に染めながらとんでもない事を口走る。

「あ、の……亜子だけじゃなく木乃香や刹那とも仲は好いんだよね?」

「うん? そうだな……」

「明日菜やアスナとも!」

「そうだけど?」

「のどかや夕映も、それにそれに……」

「落ち着け!」

「ぺぶ!?」

 テンパるアキラを正気に戻すべく、ド頭にチョップをくれてやった。

「うう、痛い……」

「で、何が言いたい?」

「だ、だからその……私もそんな中に入れるかな?」

「……そりゃ、僕は殊の他に女の子が好きだからね。温もりを感じたいとかさ、柔肌に触れたいとか欲望が駄々漏れだからね。アキラがそんな風に言うなら」

 ソッと頬に手を添える。

 ビクッ! アキラの肩が震えるが、ユート気に留める事も無く優しく撫でて、手を少し下……顎に掛けるとクイッと上に上げた。

 アキラの心臓はバクバクと高鳴り、ユートがナニをしようとしているのか気が付いて、余計にテンパる。

「(わ、私……今変な表情はしてないよね? こんな事ならリップくらい塗っておけば良かったかな?)」

 近付くユートの顔。

 年下だったけど、何度か危ない処を助けて貰ったり勉強を教えて貰ったりと、何かと気になる男の子。

 だけど、同じクラスに居た宮崎のどかがユートへと懸想していたのは明らかであったし、


 近衛木乃香とは以前からの知り合いだった節が見て取れて、いつの間にかそんな同級生が何人も居るのに気が付いた。

 それでもまだ、大丈夫と言い聞かせてはきたのに、自分がユートに近付く前に気付いてしまう。

 和泉亜子も同じ気持ちを懐いている事に。

 元々、アキラは前にグイグイと出るタイプではなかったし、親友の想いを知って退いてしまった。

 相手がユートなだけに、気にしなくても〝全員〟の事を見れたのだが……

 今はアキラもそれを知っているし、年齢が二四歳という微妙な頃にもなれば、少しはそういった部分にも気が回る。

 それに久方振りにユートと会い、想いが再燃してしまったというのが大きい。

 後少し、ほんのちょっと待てばあの唇が自分の唇に重なるのだと思うと、もう自分の気持ちに嘘は吐けないと思った。

 初めて逢ったのは確か、チンピラに絡まれた時。

 相手がチンピラだったとはいえ、割りと手酷く潰したユートに説教をしてしまったのだ。

 本当は『ありがとう』と言えば良かったのに……と後悔をしたのを思い出す。

 次に逢ったのは冬休み前の挨拶の折り、何とユートが子供先生として来学期の二-Aで教育実習生として赴任すると言われた。

 驚いたのを覚えている。

 ただ、もう既にその時には木乃香やのどかや明日菜や夕映、オマケでハルナと出逢っていた様だ。

 アキラ自身、助けて貰った感謝の気持ちをと説教をしてしまった申し訳無さが混在した感じでしかなく、まだ持て余していた。

 決定的な気持ちを持ったのは実は二〇〇九年の事、つまり既に海闘士となった後の事である。

 二〇〇四年の夏休みには別世界の冥界で愉しく遊べたし、ユートへの気持ちも充分に固まっていた頃ではあったが、それでも亜子の事があったから自分を誤魔化していた。

 五年後……

 二〇〇九年 夏。

 午前十一時五十分。

 裏火星も斯くやの存在が跳梁跋扈した。

 技を持たず鱗衣も纏わないアキラは、ちょっと強いだけの当時はまだ素人に毛が生えた程度。

 行き成り顕れたゲート、其処から出て来るゴブリンやオークといった化物や、飛竜に乗る騎士、鎧兜を身に付けた男共の群れ。

 恐怖しかない。

 それこそ、裏火星が攻めて来たのかと思った程。

 その時はまだ二十歳で、海闘士とはいえ麻帆良大学に通っていた頃で、闘いなんて中学三年のあの裏火星でチラッと見た程度。

 海闘士としてもソレント任せ、しかも彼は基本的に海商王ソロ家の御曹司だったジュリアン・ソロのお供として、フルートを吹いて回っている最中。

 当時は夏休みだった事も手伝って、明石裕奈と和泉亜子と佐々木まき絵の運動部で仲良しだった三人と共にショッピングを楽しんでいたのだが……

 優し過ぎるが故に上手く闘えないアキラ、そもそも闘いは素人も同然な三人、あっという間に捕まってしまった上、そいつらは欲望の眼光を滾らせてアキラ達を犯すべく襲ってくる。

 幸い、鱗衣を得たアキラは小宇宙をある程度レベルで扱えたから何とか抗えてはいたが、


 亜子やまき絵や裕奈が武器も無く闘うなど出来る筈も無く、あっさり組み敷かれて服を強引に引き千切られていた。

 もうダメだ……そう思ったその時、よく知る声と共に閃光が奔ったのだ。

『雷光放電(ライトニングプラズマ)!』

 アキラにも見切れない、一億もの拳が閃光となって化物や陵辱の騎士共を一斉に薙ぎ払った。

『呼べ』

『……え?』

『自らを護る鎧を、アキラの運命の形を……喚べ……人魚姫(マーメイド)の鱗衣(スケイル)を!』

 頷いて喚ぶ。

『来て、私の鱗衣』

 パールピンクに煌めくは人魚姫を象るオブジェ。

 それは分解されてアキラの身に宿る。

『私は海皇ポセイドン様の海闘士(マリーナ)、マーメイドのアキラ』

 この日、ユートへの想いを完全に自覚して海闘士である事も受け容れた。

 この後はユートの独壇場と云える蹂躙劇、ゴブリンやオークは疎か亜竜とはいえワイバーンすら殺戮し、人間の騎士や兵士は後遺症が残るのも構わず撃墜し、それでも全員を生かして捕らえてしまう。

 麻帆良はユートの地。

 魔法使いは租借しているに過ぎない上、この侵略劇では何もしていない。

 一切の責任を問われなかった代わりに、一切の権利も得られはしなかった。

 そう、一九九九年の七月に起きたマルスの乱にて、火星士(マーシアン)からの侵攻に何も出来なかった時と同様に。

 その後にユートはゲートの向こうへおうると呼ばれる女性を伴い、たった二人で行ってしまった。

 まあ、一時的に戻ってきた際に女の子を数人ばかり伴っていたのが、やっぱり『ユート君だな』とアキラは思ってしまったが……



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 走馬灯も斯くやで巡っていた思考が覚めたその時、ほんの僅か〇.一ミリでも動けば唇が重なるという、待望の瞬間……

「優斗様、居られますか」

 ノックの音と共に女性の声が響いてきた。

 本当に、本当にあと僅かの差で邪魔が入ったのだ。

「インテグラか?」

「はい。入っても宜しいでしょうか?」

「構わない」

 入って来たのは、水色の長髪をポニーテールに結わい付け、白銀の仮面を着けた聖域で一般的な服装──ではなくて、淡いピンクのネグリジェを着た女性。

 インテグラと呼ばれていたが、あんな男を誘う格好でこんな時間に何の用かとも思ったが、それは彼方も同じだったらしい。

「貴女は確か、海闘士の? 何故、海闘士である貴女が優斗様の部屋に?」

「わ、私は……ユート君とは旧知だから、旧交を温めていただけだよ」

 少しムッとしながら答えるアキラ。

「そうか、ならば立ち去るのだな。私は優斗様に用事があるのだ。〝聖闘士〟としてのな」

「くっ!」

 聖闘士としてとか言われてしまうと、海闘士であるアキラはぐうの音も出ない訳だが、ユートが抑える。

「インテグラ、僕は任務中だから任務がどうのなんて話じゃないな?」

「は、はい」

「なら構わないだろう? 現段階で海皇軍は一時的にとはいえ仲間。邪険にする必要性も無い筈だが?」

「それは……はい……」

 何故かちょっとシュンとしているインテグラだが、すぐに気を取り直す。

「で、要件は?」

「その、私も黒鍛双子座を拝命しますので、優雅様より優斗様から双子座の技を習ってみろと勧められましたので、此方に滞在する間に御教授を願いたく」

「成程、優雅兄の仕業か? その誘惑しに来ましたと云わんばかりの格好は」

「う、それは……」

「確かに色香に迷えば色々と優遇はするだろうけど、流石にあからさまが過ぎると思うぞ?」

「そうでしょうか? 何分にもこんな経験は無くて」

 姫島朱乃からの誘惑すら跳ね避けたユートだから、多少の色香に惑う程に困ってはいない。

「双子座の技を教えるのは構わない。明日の早朝から始めよう」

「お、お願いします!」

「アキラも一緒だけどね」

「え? マーメイドも……ですか?」

「ああ、聖戦を共に闘うのだから技くらい使えないと困るからね」

「優斗様はマーメイドの技を御存知なので?」

「いや、知らん。先代であるマーメイドのテティスが技を使って来なかったし」

 海闘士・七将軍の技であれば識っているのだけど、流石に技を使っていなかったマーメイドは判らない。

「然しそれでは如何に?」

「ま、適当に合いそうな技を見繕うさ」

「は、はぁ……」

 それがまさか、暇潰しで観た昔のアニメから技を見繕うとは、アキラもインテグラも思わなかった。

「処で、インテグラ」

「はい?」

「そんな格好で来たのなら喰っちゃって構わないって事で、ファイナル・アンサー?」

 インテグラはふと自分の格好を省みて、恐らく仮面の下の素顔を真っ赤に染めて叫び……

「申し訳御座いません!」

 一礼をすると走り去ってしまった。

 誘惑云々はまだ兎も角、流石に喰われる覚悟までは無かったらしい。

「さて、明日の朝は早い。アキラも与えられた部屋に戻って寝ると良い」

「う、うん……」

 唇に指を触れて名残惜しそうに立ち上がる。

「それじゃ、また明日ね」

「アキラ」

「な、なに……ん!?」

 不意に塞がれた唇。

 温かな息が唇から口内へ入り、フッと唇の力を抜いてしまった隙に、ユートの舌が潜り込む。

「ん、んん……」

 蹂躙されるアキラの舌、ねっとりと絡み付く二人の唾液、アキラの口内で水音を響かせて混ざり合う。

 抱き締められている。

 力強くも細い腕がアキラの首と腰に回され、力が抜けて腰砕けな状態だというのに支えられていた。

 どれくらいそうしていたのだろうか? 時間の感覚が麻痺していたアキラには判らなかったが、漸く気が済んだらしいユートの唇がアキラから離れる。

 唇と唇の間には混ざり合った粘性の強い唾液が橋を架け、ある程度まで離れるとプチリと途切れた。

 アキラの口元からはだらしなく唾液が零れており、少しはだけた胸元にトロンと惚けた瞳に真っ赤な頬、色っぽさが前面に押し出された状態で、ユートの下半身が思わず反応する。

「ん、ユート……く、ん」

 息も絶え絶えに掠れ声で呼ばれ、押し倒したくなる衝動を抑えるのに一苦労。

「アキラ、送るよ」


 その夜……一人の青年が女性をお姫様抱っこで歩く姿が見られたとか。

第2章:[聖闘士ファイト篇](7/13)
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「はぁっ! 海龍雷撃!」

 アキラの脚から放たれた雷撃に破壊される案山子。

 翌日の早朝……アキラとインテグラを伴って闘技場まで来たユートは、早速とアキラに技を伝授する。

 聖闘士は特殊な事例を除いて武器は扱わないけど、敵がそれに合わせて無手で来てくれないし、武器への対応を知るには武器に対して習熟が必要。

 故に、武器を使わないにしても武器は聖域に置いてあった。

 それに、正規の聖闘士は使わないが雑兵の皆さんは使うのだから。

 ユートは一振りの鉄剣を使い、雷撃を刃から飛ばす【海龍雷撃】をアキラへと教えたのだ。

 【海龍雷撃】──スーパービックリマンと題されたアニメで、主人公のパートナー的な少年のビシュヌ・ティキが扱う技。

 どちらかと云えば必殺技というより得意技的な技であり、牽制などでよく放っている姿が見れる。

 とはいえ、アキラは武器の扱いが上手い訳ではなかったから、まずは剣を使って実践をしたけど次は脚を使っての【海龍雷撃】を見せてやった。

 脚を振り上げたり振り下ろすアクションで、雷撃を打ち放つ技として。

 程無くしてアキラも無事に【海龍雷撃】を体得し、今は案山子を相手にして技を放っている。

「大分、形になったな」

 それ程の難易度ではない技故に、アキラが修得するのにも時間は掛からない。

「じゃあ、次だ」

「次?」

 ユートが剣を構えると、空へ向けて振り下ろす。

「海天聖龍!」

 水が龍の形をした剣撃が空へ飛翔をした。

 【海天聖龍】──同じくビシュヌ・ティキが使った必殺技である。

 海闘士のアキラが使う技だし、主人公の大聖フェニックスではなくティキからチョイスをしてみた。

 理力と小宇宙は同じものだとはいえ、ユートが使う海天聖龍も海龍雷撃も謂わば紛い物な過ぎない。

 飽く迄も見た目が似ているだけで、それはユートが本物を見た事が無いから。

 それでも威力は充分過ぎるくらいであるし、意外にもアキラには合っていたらしく上手く扱えていた。

「ふむ、これなら後は自主練でもいけそうだね」

 他にも大聖フェニックス以外の技を教える予定ではあったが、一日で詰め込み過ぎても駄目だろう。

 大聖フェニックスは火の属性、アキラにはちょっと荷が重いだろうから教えても余り意味が無く、だからこそ倭天聖イザナ・アスカと月光聖アマゾ・アムルの技を教えようと考えた。

 勿論、ティキの技と同様で似て非なるものだが……

「インテグラ」

「はい、ユート様」

 相手が同格や格下であれば凛々しく口調を使うが、流石に上司に等しいユートには敬語となる。

「銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)は使えるのか?」

「一応は、双子座の候補生でもありましたから」

「じゃあ、ちょっと使ってみてくれ」

「はい」

 言われたインテグラは、両腕を挙げて十字に構えると小宇宙をスパーク。

「響け星々の砕ける調! 銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)!」

 黄金に煌めく光の矢が、幾条にも放たれては標的を粉砕していく。

「(爆砕(エクスプロージョン)ってあれがか?)」

 銀河爆砕は使い手によって変わる事もあるのだが、一応の基本は存在している訳で、インテグラのそれは基本から外れたモノだ。

 独特に過ぎる銀河爆砕に頭を抱え、取り敢えず基本に忠実な方を教えようと、ユートは決意をした。

「取り敢えず、偽・星屑革命(フェイク・スターダストレボリューション)は置いておこうか」

「偽物のスターダストレボリューション!?」

 ガックリと両膝と両手を地面に付き、インテグラが項垂れてしまう。

「私の銀河爆砕って……」

「というかだ、あれを誰から習ったんだよ?」

「文献から何と無く」

「まさかの自習とか……」

 まあ、現在の聖域に於いて銀河爆砕の使い手とは、双子座の優斗と優雅くらいであり、優雅が教えていないなら確かに自習くらいしか覚えようがない。

 それに聖域でも昔とは違って、一人の師匠に一人から数人の弟子という制度だけでなく、まるで学校みたいな感じで鍛えていく場合もあり、聖域の外でもなければ見られない。

 ユートがエデンを鍛えていたのは例外的で、そもそもが二〇〇九年に麻帆良へ預けられたのが切っ掛け。

 残念ながらインテグラ──パラドクスも含むが──は双子座候補生だったが、ユートに会う事は叶わなかったが故に、独自解釈による銀河爆砕の修得となったらしかった。

 とはいえ、双子座候補生になったのも小宇宙が他より優れていたのと、優雅があろう事か双子だったから決めたというのもある。

 だけど残念ながら双子座は優雅というか、ユートが就いていた訳だから二人には暫定的な精霊聖衣が与えられ、正式な聖闘士となりつつ優雅の側仕えとさて、仕事を熟していたのだ。

 パラドクスはそれが嫌で逃げたみたいだが……

「まずは基本からだね……今から本来の銀河爆砕を見せるから、其処から掴み取ると良いよ」

「は、御願いします!」

「アキラも少し離れて見た方が良い」

「え、私も見て構わないのかな? 一応、私は海皇軍なんだけど……」

 アキラは自分がポセイドンに仕える海闘士である事を気にし、見ない心算でいたから意外そうに訊く。

「どうせ今代のアテナは、海皇軍ともう闘わないさ。なら問題も無いし、何よりアキラは僕の生徒だしね」

「う、うん……」

 仮面で判らないが何だかインテグラが膨れっ面な気もするけど、やはり本来は敵の筈の海闘士と仲良くする黄金聖闘士というのは、マイノリティなのか?

 ユートはズモモモモ……と変な雰囲気なインテグラを見てそう思った。

 勘違いも甚だしいけど。

 実際には優雅が嘗て言っていた『真なるジェミニ』に会えて嬉しかったけど、双子座候補生だった自分よりアキラを優先している気がして御立腹なのだ。

「じゃあ二人共、少しだけ離れていろよ」

「「はい!」」

 後方に二人が下がったのを確認してから、ユートは先程のインテグラみたいに両腕を十字に組んで、頭の上まで天高く掲げた。

 両手の間に膨大な小宇宙を圧縮すると、両腕を打ち合わせてスパークさせる。

 その際に小宇宙爆発させて莫大なエネルギーを生み出して、その銀河すら破壊してしまいかねない奔流をぶつける秘奥技。

 それが即ち──

「銀河の星々が砕け散る様を見るが良い……銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)ッッ!」

 複数の案山子が立っていた大地に炸裂、案山子は全てが吹き飛ばされており、地面は大きく揺れて抉り取られていた。

 エネルギーの奔流がまるで銀河を手に納めているかの如く見え、双子座の黄金聖闘士が銀河の支配者にも思えたインテグラとアキラは只々、


 茫然自失となって破壊し尽くされた闘技場を見つめるのであった。

 因みに闘技場を破壊した事で、後に教皇の紫龍からこっぴどく怒られる。

「こ、これが銀河爆砕……私のものとはまるで違う」

 インテグラのものを爆砕と呼ぶには、多少なりとも語弊があるだろう。

 スパークさせた小宇宙を分散させ光弾の如く放つ、インテグラの銀河爆砕とはそういう類いの技。

 間違っても銀河を掌握した双子座の黄金聖闘士が、それを爆砕してる様な派手極まりない技ではない。

「さて、それじゃあ修業を始めようか?」

「は、はい!」

 いつまでも項垂れていられない、インテグラは割と近い内に黒鍛双子座として色は異なれど、本来の星座を頂くのだから。

 十二宮黒鍛聖闘士は未だに黒鍛魚座のアガシャと、黒鍛双子座のインテグラ、黒鍛獅子座のミケーネくらいしか決まっていない。

 アガシャとてまだセブンセンシズに至ってはなく、修業をしなければならない身の上なのだし。

 本来のというか、超が言っていたマルスとの聖戦。

 だが既にマルスは存在しておらず、ルードヴィクとして妻と共に愛娘や息子の帰りを待っている。


 また、ルードヴィクの友として立っていた二人は、エデンの最初の師匠として鍛えていたが、

 ミケーネはパライストラの校長職に就くと共に最近は黒鍛獅子座となって、フドウはアテナを見定めるべく動いてはいなかった。
 彼が心を決めればユートは黒鍛乙女座を与える筈。

 戦力の拡充はマルスとの聖戦に代わる別の聖戦に備えての事で、聖域は教皇が既に海皇軍や冥王軍や北欧軍と一時的に手を組んだ。

 まあ、軍とはいってみても海皇軍は海魔女のソレントと人魚姫のアキラという二人だけ、冥王軍も大した人数が居る訳でもないし、北欧軍に至っては正式なる神闘士は一人だけ。

 ベータ星メラクのハーゲンとヒルダの妹のフレアとの間に誕生をした青年で、ベータ星メラクのセティとして修業をしている。

 否、〝いた〟であろう。

 彼は既にベータ星メラクの神闘衣を、ヒルダより授かっているのだから。

 本来ならメラクの神闘衣を継承する筈だった兄──フレイが病死してからずっと修業に明け暮れており、実力は少なくとも白銀聖闘士では相手にならない程。

 ヒルダの命によりセティが神闘士として派遣される事になっていて、更に云うとユートの娘であるリム──女神士(ワルキューレ)・グリムゲルデが一緒に派遣される予定だ。

「そういえば優斗様」

「何だ?」

「海皇軍や北欧軍……数人ですが、彼らが援軍となるのは理解しました。冥王軍も優斗様が動かしているのを承知しています。ですが他の神々の軍勢から援軍は無いのでしょうか?」


「無いな。きちんと組織立っている上で各国首脳とも繋がるのは聖域だけだし、他の神々とはいっても……降臨してない神は軍勢なんか無いし、

  一応は組織があっても基本的に動かなかったり、今代では組織自体が存在しなかったりする」
「そうですか……」

「まあ、天照を筆頭とする天津神の軍勢──倭闘士が日本に在るけどね」

「! そちらから援軍は」

「さて、どうだろうね? その内に訊いてはみるよ、天照を宿した少女にね」

 話は終わりとばりに修業を再開する。

 数日の修業でインテグラは銀河爆砕と異界次元……この二つを修得した。

 アキラもティキとアムルとアスカの技を教わって、全ては修得出来なかったが聖戦までには修得すると、意気込みを魅せている。

 そしてユートはパライストラへと戻った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「うう、やっと戻って来たよぉ……」

 三人娘的な少女らが迎えてくれて、中でも鶴星座(クレイン)の小町が一番に歓迎をしてくれた。

「遅くなって済まないな。色々とやる事が目白押しだったんでね」

「優斗も大変よね」

 ユナが仮面の向こう側で苦笑いをしている。

「それで、小町は何を言いたいんだ?」

「うっ! 判る?」

「そりゃね、普段から小町は引っ付いて来るけどさ、何だか声に切羽詰まった感が溢れているから」

「あ~う~」

 きっと漫画的に云えば、シクシクと涙を流している場面だろうなと思いつつ、小町の頭を軽くポンポンと叩いて撫でてやる。

「えう……」

 恐らくは、トロンとした瞳で頬を朱に染めているであろう小町。

 仮面でそこら辺が判らないけど、何と無く察する事くらいは可能だ。

 仮面が無い鋼鉄聖闘士や聖闘少女だと、見れば解るから楽ではあった。

「で?」

「あのね、習った技なんだけど……」

「技って、絢舞裳閃脚?」

「そう。あれね、模擬戦闘訓練で使ってみたんだけど……さ」

「歯切れが悪いな?」

「……かなかったの」

「は?」

 ボソボソと喋って最初の部分が聴こえない。

「だから…………かなかったの!」

「『かなかったの!』じゃ判らないんだが?」

「うう……だーかーらー、脚が届かなかったの!」

 シーン……

 静まり返る部屋は耳鳴りが痛いくらいに響く。

 ユートはユナとアルネを見つめ、更には小町の上から下まで舐め回すかの如く視て……

「おお!」

 何やら察して左手の平を右拳でポン! と打つ。

「今、何を見比べた!?」

 ぶっちゃけ、身長と脚の長さではあるが正直に言うにはちょっとアレだから、プイッと目を逸らした。

「うわーん! どうせちんちくりんだよ! 短足なんだよぉぉぉぉぉぉっ!」

 やはり理解したらしく、部屋の中に小町の絶叫が響いたものである。

 絢舞裳閃脚は前聖戦時代の一巡目で、鶴座のユズリハが使った蹴り技だ。

 そして、ユズリハは小町と違って背丈があったし、脚もモデル並の長さと美脚っ振りであった。

 そんなユズリハだったからこそ、絢舞裳閃脚という必殺技が使い熟せた訳で、残念な体型の小町にはいまいちな技となったらしい。

 ユーキみたいな一五〇にも届かないよりマシだが、団栗の背比べレベルなのだからどうにもならない話。

「絢舞裳閃脚は使えない……か。小町にとって」

 迂闊だったが、体型の違いが諸に出る技だったからこんな問題が起きた。

 遠いと当たらない技が、だからといって近付き過ぎれば容易く迎撃される。

「鷲星閃光(イーグルトゥフラッシュ)なら、飛び爪先蹴りだから問題も無かったんだがな……」

 まあ、ユナに教えた時点で鷲星閃光(アクィラトゥフラッシュ)だけど。

「うん? アレを併用したらイケるかも」

「アレって?」

 アルネが問う。

「三人は三角蹴りって云うのを知ってるか?」

「壁を蹴った勢いを利用する技……よね? そんなの壁が無ければ意味が無いんじゃない?」

「ユナの言う通りね」

 ユナの余りにも最も過ぎる意見にアルネが頷く。

 移動して模擬戦闘訓練室に着いた。

「壁を蹴るのは確かだが、この場合だと蹴るのは物理的な壁じゃない。ちょっと試してみようか? 誰か、聖衣を纏って受けてくれないかな?」

 三人が互いを見遣ると、小町が手を挙げた。

「私の技だもん、私が受けるのが筋だよね!」

 左腕を掲げて菫色の宝玉に手を触れ……

「鶴星座(クレイン)!」

 高らかに叫んだ。

 夜空に輝く鶴座、菫色の鶴を模したオブジェが顕れると分解され、小町の小さな肢体を鎧っていく。

 以前のプリキュア然とさたヒラヒラは無くなって、嘗てユズリハが纏っていた白銀聖衣の形をし、それを菫色に変えた物となっている青銅聖衣の鶴星座。

 貴鬼も良い仕事をした。

「なら、早速……征く!」

 ノーモーション……に見えたが違う。

「「「え!?」」」

 見切れないレベルで加速しており、一気呵成に蹴りを放って来る。

「絢舞裳閃脚!」

 怒轟っ!

「ぐふっっっ!」

 聖衣を纏う部分に蹴りが炸裂し、当てられた部分の聖衣は粉微塵に粉砕され、小町本人は吹き飛ばされて壁に穴を穿つ。

「きゃん!?」

 ドシャッ! 俯せで壁から落ちた小町。

「ちょっ、やり過ぎよ!」

 慌てるユナとアルネは、すぐに小町の許へ駆けた。

「ふむ、やっぱり使える」

 ユートは技の具合に満足したらしく頷くと、小町の怪我を診るべく近付く。

 聖衣は自己修復が可能、聖衣越しだったしユートは聖衣を纏っていないから、怪我も大した事は無い。

「聖なる癒しの御手よ 母なる大地の息吹よ 願わくば 我が前に横たわりしこの者を 今一度の力を与えん事を……」

 手を傷に翳しながら詠唱を口にした。

「【治癒(リカバリィ)】」

 【力ある言葉】と共に光が放たれ、小町の傷を徐々に癒していく。

 本人の本来備わる、傷を治すというポテンシャルを増大させて治癒させる快復用の魔法。

 恙無く魔法は小町を癒しており、仮面で顔色は判らないが傷は消えている。

「さて、部屋に小町を運んだら説明をしようか」

 所謂、お姫様抱っこをして小町を抱えたユートは、二人にそう言って部屋へと戻るように促した。

第2章:[聖闘士ファイト篇](8/13)
.
 黄金原こすも──一〇〇代目の日巫女であり、現在に於ける日本の神の闘士を束ねる天照大神の化身。

 別の世界線でも同じく、第一〇〇代目日巫女となっていたが、此方側の世界では倭闘士(さきもり)を束ねる神の化身として、アテナである城戸沙織とは似た様な境遇に在る。

 そして、倭闘士の中には嘗て小町の姿も在った。

 倭闘士が一人たる天宇受賣命の小町……それが本来の彼女の名前である。

 勿論、本来(げんさく)という意味では有り得ない。

 様々に習合された世界、混淆世界だからこそ結ばれた縁だとも云えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 皆さん御待ちかねぇっ!

 聖闘士ファイトとは! パライストラ最強の称号を懸けて、年に一度に聖闘士同士がパライストラ闘技場リングに戦う武闘大会なのであります!

 そして、戦って! 戦って! 戦い抜いて!

 最後まで勝ち残った者は【ジ・セイント】の栄光を手にする事が来るのです!

 それでは! 聖闘士ファイト……レディィィィッ・ゴォォォォォォォッッ!

「って、何の解説だよ?」

 ユートのボケに光牙からツッコミが入った。

「いや、何と無く?」

「何故に疑問形……」

 呆れてしまう光牙。

「だけど、まさか人数を絞るのに予選をするとかね」

「けどよ、龍峰。確かに、百人は居る聖闘士候補生がトーナメントをしたらさ、時間なんて幾らあったって足りねーぞ」

「判ってるよ蒼摩」

 龍峰のボヤきは仕方がないとも云える。

 何が悲しくて、聖闘士ファイトの予選と称しているサバイバルをせねばならないのか?

 一方で蒼摩の言葉にだって一理はある。

 聖衣持ちの仮免生は然程でもないが、聖衣を持たない候補生も含めたならば、実に百人以上が存在しているパライストラ生。

 万が一にも予選を突破出来るなら、取り敢えずという事で鋼鉄聖衣を貸し与えて本選に出場、大会後には正式に聖衣を与える。

 まあ、黒鍛聖衣だが……

 ならば篩に掛けるのは、当然の流れであった。

「優斗は聖闘士ファイトに出ないのよね?」

「ああ、告知はされたろ? 僕は前座的に、乙女座の黄金聖闘士の瞬と闘うから聖闘士ファイト本選に出場はしないって」

「なら、どうして予選に出ているのかしら?」

「ユナ、それは僕が黄金聖闘士と前哨戦をやれるか、それを魅せる為だよ」

「ああ、成程」

 ユートの説明、ユナとしても納得が出来るものだ。

 瞬は今や押しも押されぬ黄金聖闘士、前座的模擬戦に過ぎないとはいっても、実力の無い人間に任せるのは論外だろう。


 嘗て、冥界の王ハーデスにその身を乗っ取られてしまった瞬、だがそれは己が魂を拡大して肉体の許容量を増大させる結果となり、

 即ち短い期間でシャカにも劣らぬ、正に神に近い存在と至る事となった。
 実際、確かに僅かな期間ながら……意識は本人でなかったとはいえ、瞬の肉体は確かに神(ハーデス)だったのだから。

 神の依り代となりながら還って来た存在、それなのに何の影響も受けないなど有り得ないのである。

「僕は員数外だ。だから、僕を除く十六名が聖闘士ファイト本選出場者となる」

 出場枠が十六名分しかないのだから、総勢の中から員数外が居るのは嬉しい。

 しかも、ユートは本来なら本選出場の大本命。

「そんな訳だから僕は僕で行く。誰かとペアを組んだりはしないから」

 その言葉に小町がちょっと肩を落とすが、どうやらアルネと組むらしい。

 ユナも龍峰と組み、光牙も蒼摩と組んでコスモデルタを攻略する様だ。

 そしてスタートする。

 ユートは軽々と駆けて、本当に僅かな時間で山頂にまで辿り着く。

 小宇宙が使えなくとも、元より人間離れした肉体は普通の人間なら越えられない難所も、難所だとは考えられない速度で駆けた。

「やはりユートが一番か」

 腕組みをしながら威風堂々と立つのは、それなりの年輪が刻まれた教師の檄。

 その組まれた小町の脚並な腕は、万の桁にも達する熊を吊り上げたとか。

 その名も嘗ての青銅聖闘士・大熊星座(ベア)の檄。

 既に聖闘士としては引退組であり、未だに継承されない大熊星座の青銅聖衣は彼の元に存在している。

 檄自身は有事となれば、大熊星座を模した鋼鉄聖衣──大地聖衣・大熊(ベア)を纏って闘うだろう。

 因みに、聖闘士ファイトの予選に出ている海蛇星座(ヒドラ)の市も、本来なら檄と同じ立ち位置に居なければならないが、何故だか今も青銅聖闘士として頑張っていたりする。

 市にも大海聖衣・海蛇(ヒドラ)が用意されていたのだが、彼は頑なに拒否をして青銅聖闘士の侭だ。

 まあ、小宇宙を燃やせる聖闘士は実は普通に生きるなら寿命が長い。

 三十路や四十路を過ぎても二十代の如く動けるし、見た目も小宇宙次第で余り変わらないから、市の容姿は三十六歳とは思えない程に若々しかった。

 実際、元教皇で元牡羊座の黄金聖闘士だったシオンとて、見た目はヨボヨボな老人ながら二百数十年を生き続けていたのだ。

 だからこそ現役を続けても違和感は無いが、流石に基本的には十代前半の子供ばかりのパライストラへの市の入学は、やっぱり違和感が半端なかったりする。

 尚、市は道を間違えて駆け出したらしくて予選落ちは確定していた。

「次はエデンだろうね」

「そうだな。エデンは既に白銀聖闘士でもおかしくないレベルで仕上がっている様だし、黄金聖闘士の次に予選を突破してくるな」

 瞬の予測を檄は肯定。

 本来のオリオン座は白銀聖衣だが、造り直した階級は青銅聖衣となっている。

 鷲座も鷲星座(アクィラ)として、青銅聖衣としての造り直しをしているけど、これはパライストラ開校で青銅聖衣の数を確保したいが故の苦肉の策。

 幾つか、白銀聖衣を青銅聖衣の水増しに階級を下げて造り直していた。

 現代には存在しない星座も含め、百の聖衣を確保するべくである。

 その割に、ルードヴィクの娘のソニアに与えられた雀蜂座(ヴェスパ)は白銀聖衣なのだが……

 果たして、ユートの次にゴールしたのは間違いなくオリオン星座のエデン。

「師匠……やはり貴方こそ一番乗りですか」

「コラコラ、事情を知る者ばかりだとはいえ今は師匠呼び禁止だろ?」

「申し訳ありません師匠、やはり癖でして」

「他の連中が一人でも来たら駄目だからな?」

「了解です、師匠」

 ここぞとばかりに師匠と呼ぶエデン、今までは余り絡まなかった訳だがそれは師匠呼びが癖で、気を付けていてもボロを出しかねないからだ。

 エデンはルードヴィクとメディアの息子、ユートはメディアとその弟アモールを殺した仇、然れどエデンがユートを憎む気は無く、寧ろ師匠として自分を一人前にしてくれたと、慕ってすらいた。

 師匠呼びはその表れ。

「ふむ、次はどうやら凍夜になりそうだね」

 DBで天界から下界を見守ってるピッコロの如く、ユートはコスモデルタの山頂から下の様子を視る。

「流石は氷河の息子だよ。それに杯座のヤコフから、可成り本格的に鍛えられたみたいだね。まあ、それくらいじゃないとリムは嫁れないけど……さ」

「何の話だ?」

「凍夜は僕の娘のリム──グリムゲルデと割と好い仲だったりする」

「そ、そうなのか?」

「フッフッ、二人は秘密にしている心算だけどな」

 檄の驚愕、ユートはお見通しとばかりに笑う。

 ポラリスを継ぐのは長女のブリュン……ブリュンヒルデだから婿入りではなくリムが嫁に行く形だ。

「凍夜の次は……星那と詠がコンビを組んで突き進んでいるみたいだね」

 流石はアンドロメダ・コンビである。

「他にもコンビとか手を組んでる連中は居るな」

「そうか」

「龍峰とユナに光牙と蒼摩にアルネと小町か」

 狼星座の栄斗はエデンや凍夜と同じく独力らしく、何と出場を許可された鋼鉄聖闘士……ケリーとエマ、凛々奈と菜々芭がコンビを組み、正規とは云わないが仮免聖闘士を抜いていた。

「む? あれは飛魚星座のアルゴ? 光牙と蒼摩に対して妨害……だと?」

「──何?」

 聞き捨てならないユートの言葉に、檄は険しい表情となってしまう。

「女神の聖闘士同士で切磋琢磨するのは構わないが、私利私欲で本来は仲間である者を蹴落とすだとか……これは流石に看過は出来ないぞ檄?」

「済まない。ケジメは付けさせる」

「そっか」

 模擬戦を組まれるのは、対神の闘士戦を見越してのもの、決して悪意を助長させる為ではない。

 模擬戦で切磋琢磨させ、技を研かせるのも聖域では普通にやらせていた。

 星矢がカシオスと闘ったのもその一環。

 それに倣ってというか、ちょっと温いパライストラで喝を入れるべく、聖域からの指示でやらせた。

 本人達も自身の実力の程を見極めるには良い機会であると、寧ろ模擬戦を楽しみながら研鑽している。

 だが、やはりこういった事態は避けられない様だ。

 実は一巡目でも同じ事態が起きたが、二巡目の今回とは相違点が存在する。

 それは二巡目ではユートが光牙や蒼摩にメス入れをして、実力が一巡目の同じ時期に比べて強い事。

「あ、制圧された」

 なので、アルゴの一味はアッサリと倒された。

「弱っ、パライストラ製の青銅聖闘士って弱過ぎ」

「言ってくれるなユート、お前の教えた連中は頭一つ飛び抜けてるんだ。エデンなんぞ、少なくとも三つは頭抜けているくらいだぞ」

 事実、一巡目で主役を張った光牙達と同じレベルに一巡目で変なクリスタルに囚われていた小町やアルネは居るし、星那や詠や凍夜も同じ事である。

 何より、小宇宙を発揮出来ないから鋼鉄聖闘士に甘んじていたエマやケリー、これが奮闘していた。

「ケリーか、檄って聖衣の継承はしていなかったな」

「うん? ああ」

「決まりかもな……」

「まさか、ケリーにか?」

「そ、熊星座(ベア)としての修業にシフトしても良さそうだよ」

「其処までか?」

「其処までさ」

 エマも良い感じだ。

「仔獅子星座(ライオネット)と狼星座(ウルフ)に関しては継承済み、残るのは一角獣星座(ユニコーン)」

 ユートはエマを見遣りながら口角を吊り上げた。

 尚、海蛇星座(ヒドラ)は未だに市が使っている為、継承も何も無い。

「アストルフォ並だよな、やっぱり詠って」

 自らが召喚をした数体のサーヴァントの一体を思い出しつつ、前世と全く変わらない顔な詠を見て呟く。

 とはいえ、アストルフォはハーフバンパイアであるギャスパーと同じ、女装をしているタイプだが……

 詠の前世は姓は賈、名前は駆、字は文和、真名を詠とする軍師だった。

 三國志と異なるのは女性だった事で、前世と同じ顔な詠はつまり男の娘。

 まあ、本人は前世の記憶を持っていないから知らない事実という。

 こんな事は当事者だったユートだけが知っていればよく、余人が知る必要なんて無い事柄だ。

「優斗、アストルフォって誰だい? 何だかどっかの英雄っぽい名前だけど?」

 瞬が訊ねる。

「シャルルマーニュ十二勇士の一人、アストルフォ。英霊ってやつだよ」

「英霊……アルトリアさんやステンノさんやエウリュアレさんやメドゥサさんみたいな? けど、彼女らみたいに紹介された覚えは無いんだけど。それにそれって確かローランの仲間っぽいよね……」

 剣闘士・不滅乃剣のローランもまた、シャルルマーニュ十二勇士の一人として名乗り上げている。

「いや、あれとは無関係。女装した男の娘ってので、ちょっと理性が蒸発しているお調子者だけど、普通に英霊だから」

「紹介をされなかったのはどうして?」

「お調子者だから好き勝手に遊び歩いててね、捕まらないんだよ」

 最早、令呪による縛りは無いから喚べない。

 ユートは【ハイスクールD×D】主体世界で一体のサーヴァントを召喚した。

 それこそがアストルフォ──ライダーとして喚んだサーヴァント。

 その後に本来なら関わらない筈の【第五次聖杯戦争】でも二騎──アサシンとアーチャーを召喚した。

 実はこれ、イレギュラーとされているがユートからすればそうではない。

 その気になれば更に四騎までなら喚べた。

 セイバー、キャスター、バーサーカー、ランサーという四つのクラスを。

 そしてバーサーカーも、ユートは喚び出している。

 因みにアルトリアは喚んでおらず、彼女は【第四次聖杯戦争】の生き残りだ。

 メドゥサはユートが干渉した【第五次聖杯戦争】、この時に獲た言ってみれば賞品に近い。

 さて、ではユートが何故に英霊を召喚出来たのか? それはユートが嘗て喰らった【第四次聖杯戦争】の聖杯の中身を使ったから。

 【第四次聖杯戦争】で、ユートが中身たる【この世全ての悪(アンリ・マユ)】を喰らい尽くしたからこそ【第五次聖杯戦争】は起きる事も無くて、衛宮士郎が誕生する事も無かった。

 ユートの中で、万能の器とされた頃の中身と変わらないモノに変質をした為、普通に聖杯として使う事が可能となったのだ。


 つまり、ユートが干渉をした【第五次聖杯戦争】の汚れた聖杯を依る辺としたのではないから、

 クラスの重複や七騎処か十騎もの──アルトリアやあの世界の慢心王を含めれば十二騎のサーヴァントが揃った。
 まあ、受肉したアルトリアと慢心王はサーヴァントとも呼べないが……

 権能──神に近い奇跡を起こす聖杯なればこそか、上手く取り込めた。

 名前は【万能の杯より溢れ返る(グレイテスト・ジ・ホーリーグラール)】。

 その効力は【奇跡を起こす】事に特化されている。

 本来なら有り得ないが、魂の位階が上がった事により転生特典(ギフト)である【魔法に対する親和性】が【神秘への親和性】に進化をして、能力が大幅な拡大をしたからこそのもの。

 制約もあるが、サーヴァント七騎を喚ぶ分には問題は無かった訳だ。

 残りのサーヴァントは、何を喚ぶか検討中。

 【奇跡を起こす】事への特化は、飽く迄も担い手たるユートに都合良くなると云うモノ。

 尚、サーヴァントを喚んだ場合にはその英霊の性質を変化させる事も可能で、アストルフォは女装を両性具有化、ステンノとエウリュアレはメドゥサを与える事で主に対する意識改革。

 バーサーカーたる清姫、彼女も性質が変化した。

 成程、御都合主義も此処に極まれりである。


 閑話休題


 最終的にはユートが鍛えている連中が普通に予選をクリア、本選に進める権利を獲ていたのは寧ろ当然。

 光牙と蒼摩もアルゴ一味の妨害なぞものともせず、さっさとコスモデルタ山頂へと歩を進めた。

 ペガサスの光牙

 ライオネットの蒼摩

 オリオンのエデン

 ドラゴンの龍峰

 ウルフの栄斗

 アクィラのユナ

 レプスのアルネ

 クレインの小町

 キグナスの凍夜

 アンドロメダの詠

 黒鍛アンドロメダの星那

 鋼鉄聖闘士のエマ

 鋼鉄聖闘士のケリー

 鋼鉄聖闘士の凛々奈

 鋼鉄聖闘士の菜々芭

 冠星座のダリ

 この十六名が本選に上がった訳だが、冠星座のダリ以外は全員がユートの教えを受けた聖闘士で、しかも鋼鉄聖闘士が混じる。

 この結果に檄は頭を抱えたし、市が失格だったのには閉口したものだった。

 尚、飛魚星座(ヴォランス)のアルゴは蒼摩や光牙に対する行為を叱責して、檄は失格を言い渡す。

 その後、アルゴは聖衣石を投げ捨ててパライストラから姿を消した。

 二世聖闘士や鋼鉄聖闘士への差別的行為をしていた中心人物であったアルゴが居なくなり、これまで腰巾着をしていた連中も大人しくなったのは皮肉か。

 そして、聖闘士ファイト本選が数日後に開催される事となるのであった。

第2章:[聖闘士ファイト篇](9/13)
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 遂に始まる聖闘士ファイトなる催しで、出場をする十六名が中央リングへとへと立っている。

 中には明らかに画一的な形に色違いな聖衣を纏った少女が三人、プラスα的にオッサンが一人居た。

 まあ、まだ一応ギリギリ三十代らしい。


 彼女らは鋼鉄聖闘士──本来の世界線では麻森博士が完成させたオリジナルの鋼鉄聖衣を纏う三人と共に量産に漕ぎ着け、

 パラスとの聖戦では雑兵の代わりにと謂わんばかりで出動し、大量に死んで逝った訳だ。

 この世界線では完成させたのは超 鈴音が持ち込んだ鋼鉄聖衣のレプリカを基にした為で、

 最初の出撃は超自身が纏って航時機(カシオペア)を組み込んだ物を使ったという、彼の麻帆良大祭の折りのユートとの戦闘であった。
 画一的デザインで見るからに『量産型です』と謂わんばかりな形をしてても、本来の世界線とは根本的に別物に発展している。


 エネルギーに星霊反応炉(スターリット・リアクター)を用いており、装甲板には何とPS装甲を採用しているから物理的な衝撃には強く、

 鋼鉄聖闘士自身の強化の為にユートの造る聖衣に採用をされている陰陽合一法の採用、お陰で本来の世界線に比べて此方側の鋼鉄聖衣は可成り強い。
 それでも青銅聖闘士にまで達さない場合が殆んど、だけどユートからの教えを受けたこの四人に限れば、今や青銅聖闘士にも匹敵をするレベルである。

 鋼鉄聖衣込みでだが……


 最下級の青銅聖闘士にも匹敵──大して強くはなさそうにも聞こえる話だが、オリジナル鋼鉄聖闘士なら未だしも、

 元々の量産型の鋼鉄聖闘士は雑兵に毛が生えた程度の実力しかないと考えれば、確かに強くなっているのだろう。
 それが故に彼女らはこのリングに立っている。

 そして十七人目がリングへと上がってきた。

 纏う聖衣は闇翠色。

 だけど青銅聖衣と呼ぶには些か輝きが強く眩しく、そして他の青銅聖衣と一線を画するのは、聖衣の表面を覆った闇翠色とは異なる輝きを持つ〝青い紋様〟。

 一般には知られていない事だけど、他にも同じ青い紋様を持った聖衣が幾つか存在している。

 ペガサスの旧聖衣。

 ドラゴンの旧聖衣。

 アンドロメダの旧聖衣。

 キグナスの旧聖衣。

 フェニックスの聖衣。

 フェニックスを除けば、大切にアテナ神殿で保管をしている旧聖衣達。

 これらに浮かぶ青い紋様こそ、女神アテナの神の血(イーコール)を受けた証。

 小宇宙を極限にまで燃焼させれば、夢幻の形として神聖衣に変化をする。

 ユートの麒麟星座聖衣は冥王ハーデスとの決戦に赴く際に、他の青銅聖衣と共に牡羊座のシオンによってアテナの血を与えられて、最終青銅聖衣に進化した。

ユーキの鳳凰星座聖衣も、この闘いの後に沙織が自ら血を流し、最終青銅聖衣に進化をさせてくれている。

 だから、灼熱色の聖衣に青い紋様が描かれていて、不可思議な小宇宙を放つ。

 まあ、現代の青銅聖闘士には理解が及ばない話だ。

「麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗、前座として乙女座の瞬と闘う! 皆はこの機会に、聖闘士は斯く在るべきという頂点を確りと見定めろ!」

 檄の言葉に歓声が上がって盛り上がる。

「何だか凄い騒ぎだね」

「フッ、銀河戦争の時を思い出すな」

「うん、そうだね氷河」

 天巫女の護衛として相席をしている瞬と氷河だが、割とこの御祭り騒ぎを楽しんでいるらしい。

 聖域で女神の巫女を束ねる四人の天巫女、梟は現状で空位だから三人だけど、オリーヴァのアリアと三日月の月(ユエ)と蛇の栞は、独自に闘えるのが栞のみだ
から確り護っていた。

 栞だけはその気になれば冥衣を使えるし、天聖衣を纏って闘う事も可能だ。

 此処に居る栞は【赤い夜】の闘いの中、まんまと殺された存在だとはいえど、それは天秤が栞に傾かなかった世界線によるもので、決して栞が弱かった訳ではなかった。

 聖闘士ファイトのセレモニーも終わって、前座で闘うユートと瞬を覗く選手は全員がリングから降り、選手用観客席に座る。

「ありゃ? 瞬さんは生身で闘うのか?」

「そんな訳ないじゃない。確か、黄金聖衣は担い手が喚べば飛んで来るわよ……文字通りに」

「そうなのか?」

 ユナからの説明を受け、然し半信半疑な光牙。


「事実、光牙君のお父さんの射手座・サジタリアスの星矢さんも、ペガサス時代にピンチへと陥る度に聖衣が飛んで来て、ピンチを免れたと聞くよ。

  海皇戦では父さんや氷河さんも黄金の意志に救われているし」
 正確には紫龍の場合は、貴鬼が運んだし氷河の場合は聖域のカミュが直に飛ばした訳だが……

「父さんは言っていたよ。自分は強くなければならないから、聖衣は余りに強力だから纏わない事を課して小宇宙を高めているって。だから普段は父さんが聖衣を纏う事は無いんだ」

 詠は嘗て、瞬からそれを直に聞いていたらしい。

「けど、今回ばかりは纏わなければならない」

「──詠?」

 ニヤリと口角を吊り上げている少年に、然し光牙は何故か淫靡で妖艶な〝女〟を感じてしまう。

「うげ?」

 だからだろうか? 光牙の分身がおっきした。

 同性を見ておっきした事に慌てるが、詠の次の科白に思わず──

「フフ、魅せてくれるよね……ユート」

 ゴクリと固唾を呑んだ。

「おい、詠?」

「うん? どうしたんだ、光牙」

「い、いや……特に何でもねーよ」

「おかしな光牙」

 先程までの雰囲気が霧散して、いつもの詠に戻っていたから光牙も頭を掻きながら誤魔化した。

 リング上では、瞬が右腕を天高く掲げて……

「僕の許へ来たりてこの身を鎧え……我が聖衣よ!」

 己が聖衣を喚ぶ。

 燦然たるきらびやかな輝きを放つ黄金のオブジェ、それは天へと祈りを捧げる乙女を象っている。

 カシャーン! 軽快な音を響かせながら分解され、瞬の肉体を鎧っていく。

 レッグ、チェスト、アーム、ウェスト、ショルダーが装着されていき最後にはヘッドギア。

 更には本来の乙女座聖衣には存在しない黄金の鎖、それが乙女座のアームには巻き付いていた。

 黄金星雲鎖(ゴールデン・ネビュラチェーン)──他ならないユートが瞬へと贈った物であり、ユートとシエスタと瞬のみが持った特殊装備。

 ユートは単純に瞬の技を使う為に、瞬とシエスタの場合は二人が元々使っていたのが星雲鎖だったから。

 瞬は乙女座でシエスタが牡羊座と、後の聖衣は別になってしまったが……

「では、これより聖闘士ファイト・エキシビションマッチ……黄金聖闘士乙女座の瞬VS青銅聖闘士麒麟星座の優斗の闘いを始める。両者、中央へ!」

 檄の言葉に従って二人がリング中央に歩み立つ。

 本戦前の謂わば前座戦、更にエキシビションマッチと銘打たれた試合。

 その言葉の通り、これは単純に勝負をする試合という訳ではない。

 喩えば瞬が全力全開にてユートを一瞬で斃したとしても、それはこの試合での意義を見失ったKYな行為にしかならない。

 飽く迄もこの闘いは魅せるものでなければならず、誰も黄金聖闘士の無双なぞ望んでいないのだから。

「聖闘士ファイト、レディゴー!」

 檄からの始まりを告げる声と同時にユートが駆け、瞬に対して拳によるラッシュを敢行するも、そんなのは意味を為さないとばかりに拳を紙一重に躱す瞬。

 エキシビションマッチであるが故に、この試合には十分間とい制限時間が設けられている。

 僅か十分だが聖闘士にとっては長い。

 先のやり取りもユートが百にも及ぶラッシュを放っており、瞬はそれを紙一重の間隔で避けていた。

「流石、やるね!」

 嬉しそうな瞬。

 基本的には闘いは好まない瞬だったが、力試しくらいはしたくなるのが人情。

 ユートは青銅聖闘士級に小宇宙を封じてはいても、技術まで落ちる訳ではないから自分の修業の成果を、充分に見る事が可能だ。

「黄金星雲鎖!」

 鎖がまるで生きているみたいに蠢き、それがユートへと襲撃する。

「雷光波陣(サンダーウェーブ)!」

 まるで鋭い雷が迸るかの如く黄金の鎖が、青銅聖闘士には目にも留まらぬだろう速度でユートを襲う。

 だが然し、元々の持てる能力までは変わらない為、【心眼之法訣】による見切りは可能だったからギリギリながら鎖を躱し続ける。

 【心眼之法訣】という、その名前自体は【カンピオーネ!】主体世界で知った訳だが、本人はその世界へ行く前から使えていた。

 まあ、神(なのはさん)から与えられた転生特典(ギフト)をパワーアップし、それで得た能力だから余り自慢も出来ないが……

 ユートが最初の転生の折りに、彼女から受け取った転生特典は二つ。


 魔法に対する親和性と、力の流れやら何やらがよく視える目で、後者に関しては【探知(ディテクト・マジック)】という汎用魔法を常に使い続けていた結果として、

 目そのものに進化を促して【叡智の瞳】へとパワーアップした。
 それにより視力の増大、動体視力の強化、心眼会得や視ただけでモノの解析を行えるなどといった恩恵も受けている。

 流石に死の線が視えた時は青褪めたが、オンとオフが普通に出来たのと何処かの月やら境界やらの主人公程に強力でなく、弱いモノにしか効果が無かったから壊れたりしなかった。

 まあ、強い存在に対してもダメージ増大とかは可能になったけど。

 神との闘いでは非常に役立つ能力。

 因みに、通常はオフっているから余り使わない。

「ペガサス流星拳!」

「くっ! 相変わらず見切り辛いね、君の流星拳は」

 聖闘士には一度見た拳は通用しない──だが然し、それが全く違う軌道を描いていた場合、それは同じ拳だと云えるだろうか?

 答えは否であり応。

 違う軌道だから別の技とも云えるが、結局はこれがペガサス流星拳という技に違いは無いのだ。

 だから初見ではないと、瞬も防げるし躱せる。

 とはいえ、数発程度だが聖衣の上からだが喰らう。

「チッ、殆んど全身を覆う黄金聖衣は抜き辛い!」

 既に拳を引いて新たに打つ準備をしつつ、舌打ちをしながら愚痴っていた。

「次は僕だ!」

 地を這う蛇の如く低空の軌道で黄金星雲鎖が飛び、途中で龍の如く天空へ飛翔するみたいに跳ね上がり、ユートを襲った。

「龍王天昇(ドラゴニック・ハイウェイ)!」

「うおっ!?」

 見た事の無い技。

 それに驚くものの危なげ無く躱す。

「これも躱すのか……」

 ユートが小宇宙を封印しているのを鑑みて、瞬の方も黄金聖闘士として全開を出している訳ではないが、それでも光牙とかなら喰らうだろう攻撃を躱すユートに驚きは禁じ得ない。

「今度は僕のターン!」

「むっ!」

 ユートの腕がゆらゆらと何かの軌跡を描く。

「あ、あれはペガサス流星拳か!?」

「違うわ光牙、あの軌跡はペガサスの一三の軌跡を描いてはいない!」

「ユナの言う通りだよ……あれは獅子座?」

 龍峰が見た星座は黄金の獅子、それを肯定するかの如く浮かぶ獅子のオーラ。

「雷光(ライトニング)」

 瞬が技に対応をするべく身構える。

 獅子座の技の中に在って瞬が知る【ライトニング】の名を冠する技、四種類の技は【電撃】と【放電】がよく使われて、【電牙】と【大鎌】は余り見ない。

 特に【雷光大鎌(ライトニングクラウン)】とは、ユートがいつの間にか修得をしていた技で、それを覚えた獅子座だった頃の一輝がレオーネに教えていた。

 瞬は知らないがこの技、ユートが別世界線の前聖戦時代で、獅子座のレグルスが使ったものである。

 そして技は放たれた。

「衝撃(インパルス)!」

「な、なにぃ!?」

 聞いた事が、見た事が無い技に驚愕する瞬。

 傍目には雷光放電(ライトニングプラズマ)に似ているが、回転防御(ローリングディフェンス)を敷いたにも拘わらず技が瞬へと〝衝撃〟を叩き込む。

 正にインパルス!

「くっ、バカな!? 鎖を砕くでもなく衝撃がまるで透過してくるみたいに!」

 何とか躱すが幾つかは喰らってしまった。

「うわぁぁぁっ!」

 思わず悲鳴を上げながら壁にぶつかる。

 ドン!

 鈍い音と共に壁が破砕、観ていた全員が息を呑む。

 青銅聖闘士の筈のユートが黄金聖闘士の瞬を相手にして、ダウンを取るなどと勝利はしていないが大金星ではなかろうか……と。

「くっ! 厳霊乃極(ライトニングテリオス)でも無いし、だからといって厳霊乃焔(ライトニングフレイム)ではもっと無い……」

 そもそも、発動形態が全くの別物だったし何より、見た目には雷光放電。

「さて、説明して貰えるんだよね?」

「ああ、勿論」

 普通はしない。

 だが、今回のは聖闘士に魅せる為の模擬戦であり、聖闘士ファイトを盛り上げる前哨戦なのだ。

 魅せた技の説明をするのは前提でもあった。

「雷光衝撃(ライトニングインパルス)――名前が示す通り、獅子座に列なる技の一種になるんだけどね。勿論、瞬も知っての通りにこんな技は存在しないな」

「うん、獅子座の技で僕が知る一般的なものだと――雷光電撃、雷光放電、雷光大鎌、雷光電牙……」

 光子破裂とか他にも存在はするが、全てをつまびらかにはしない。

 飽く迄も、現代で一般的に知られている技のみだ。

「確か、兄さんの後を継いだ獅子座のレオーネも使える筈だね」


 ユートの策略により義妹(リトス)との間にデキて、今や立派に成長をした青年レオーネ、アイオリア自身は義理とはいえ妹と定めた子に手を出して、

 頭をガンガンと壁にぶつけて猛省をしていたが、リトスはといえば何処か夢心地だった。
 しかもその一晩の過ち? が大当たりしてしまい、お腹が膨れ始めて妊娠した事を覚った時には焦る事しか出来ないアイオリアに、喜びを露わにしたリトス。

 そうして誕生したけど、割とすぐに冥王ハーデスとの聖戦が起きてアイオリアは死亡、リトスは泣いていたがレオーネを立派に育て上げたのだった。

「強いて挙げれば高速での複数拳だし、雷光放電っぽくはあったと思う。だけど雷光放電で〝ああ〟はならないだろうね。つまりは、完全な別物だという事さ」

 瞑目しながら言う瞬。

「嘗て、射手座の星矢が未だペガサスだった頃の事」

「――ペガサスの頃?」

 思い浮かべるは銀河戦争から冥王ハーデスとの聖戦など、射手座の黄金聖衣を正式に継ぐまでの軌跡。

「星矢は暗黒ペガサスとの闘いで黒死拳を受けた」

「覚えているよ。直に見てはいないけど、全身が黒く褐色に染まって倒れていた星矢……」

「暗黒ペガサスの行使した暗黒流星拳、あれは聖衣を透過し体内に特殊な小宇宙を撃ち込む技。その原理を応用したのが雷光衝撃だ」

 暗黒流星拳――別名にて【黒死拳】と呼ばれる技、パッと見た目にそれは黒いペガサス流星拳だろうが、衝撃は聖衣を通過して内部に入り込み、血を黒く汚す小宇宙を叩き込む。

 その為、星矢は暗黒ペガサスを打破した後に倒れ、龍星座の紫龍が生命点を突いて悪い血を抜くという、咄嗟の判断が無ければ死んでいたかも知れない。

 呆気なくやられたけど、実は可成り追い詰めたのが暗黒ペガサスだった。

「納得したよ。だけどまさか黄金聖衣にすら通用する精度とは……ね。檄!」

 瞬が何を言いたいのか、すぐに察した檄はユートの右腕を上に掲げ……

「黄金聖闘士の膝を地に付けた事を以て、麒麟星座(カメロパルダリス)の優斗の勝利とする!」

 勝利を宣言した。

 一瞬、シン……と静まり返っていた会場。

 だが、次の瞬間には……

『『『『『『ワアァァァァァァァァッ!』』』』』』

 大いに沸き上がる。

 何しろ、青銅聖闘士に過ぎない者が黄金聖闘士に勝てた大金星なのだ。

 無理もあるまい。

「では、エキシビションはこれで終わり。いよいよ次は聖闘士ファイトの本選に突入する! 第一試合――鋼鉄聖闘士のエマVS冠星座のダリ!」

 赤を主体とした鋼鉄聖衣を纏う金髪の娘エマ。

 対するは聖闘少女に同じ星座――冠星座(ノーザンクラウン)が存在するが、此方は読み方が違い冠星座(コロナボレアリス)となるダリ。

 此処からが本当の試合の始まりとなる。

第2章:[聖闘士ファイト篇](10/13)
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 長い金髪を後ろ髪に結んでおり、前髪が長く棚引いている鋼鉄聖闘士のエマ。

 正史に於いてはそれなりに重要な役割を果たして、恐らくはその後も聖闘士という括りに在った筈。

 赤を主体にした鋼鉄聖衣を身に纏い、確り堂々とした足取りで中央に設置されたリングに上がる。

 対するは冠星座のダリ、一般的な青銅聖闘士としては強い方で、ユートからの教えを受けない中で唯一、本選へと進出をしたというある意味で逸材。

 とはいえ、それなりに強い程度ではまともに闘えば只では済まない。

 正史でも彼が戦闘で活躍したという話は無かった。

 これは事前に未来人から聞いていた情報でもある。

「冠星座のダリ!」

『『『『『ワァァァァァァァァァッ!』』』』』

 檄が紹介を始めた。

「鋼鉄聖闘士のエマ!」

『『『『『オオオオオオオオオオオオッ!』』』』』

 エマは見るからに美少女であり、故にか男共は鼻の下を伸ばしている。

「聖闘士ファイト、レディ・ゴーッ!」

 掛け声と同時に双方が駆け出すと、先程のエキシビションマッチ程ではないとはいえ、お互いにパンチをラッシュラッシュで打ち込み合っていた。

 エマのラッシュを躱し、はたまた拳で受けるダリ。

 その狭間を突いてダリもラッシュを仕掛けてるが、紙一重のタイミングでエマはそれらを躱す。

 拳での応戦に蹴りまでも放つエマだが、それはダリも初めから警戒していたらしくバックステップで躱して自らの蹴りを放つ。

 バックステップしてから勢いを付けての飛び蹴り、それは物の見事にエマの胸へとヒットした。

「くっ!」

 だが然し、エマは呻き声を上げながらも吹き飛ばされる事無く耐え、ダリの脚を掴むとローリングスイングで投げる。

「せやっ!」

「うおっ!?」

 だけどダリは風属性。

 投げられはしたが空中で姿勢制御して優雅にリング端に立つと……

「冠座竜巻(コロナ・トルネード)!」

 何がどう冠座なのか解らないが、腕から竜巻を放射してきた。

 元々、彼は属性攻撃を主にした技巧派で通っている聖闘士であり、本来の形の聖闘士とは少し異なる。

 本来の聖闘士は属性を使うにしても、肉体派と云える攻撃が主なのだ。

 彼は謂わば砲撃や射撃を行うタイプ。

 そして、先程はダリの蹴りを無効化した鋼鉄聖衣ではあるが、この手の攻撃を完全に無効化は出来ない。

「うわぁっ!」

 エマは竜巻を横っ飛びで避けるしかなかった。

「このっ! 鋼鉄電矢(スチールボルトアロー)!」

 腕からエネルギーの塊を撃ち放つ。

「フッ!」

 然れど容易くダリは躱してしまう。

 風属性故にかスピードは青銅聖闘士の中でも五指に入る程で、技巧派というのも手伝って普通に強い。

 因みに、スピードが一番なのはユート。

 二番目がエデン。

 三番目がユナ。

 四番目が光牙。

 五番目がダリだ。

 ユートが本来は黄金聖闘士である事を加味すれば、ダリが四番目に迅い聖闘士当たるし、五指の最後になるのは鶴星座(クレイン)の小町だった。

 然しながらユートはエマに速度を上げる為の修業を施した為、同じ土俵に上がれば存外とエマが五指に食い込む可能性もある。

 それを証明するかの様な迅さを以て闘うエマだが、やはり小宇宙を使えなければダリの速度に及ばない。

 危なげ無く躱すダリに、エマは汗を流しながら焦燥に駆られていた。

「くっ! このぉ!」

「無駄だ! 竜巻拳撃(トルネードパンチ)!」

 ドガンッ!

「キャァァァッ!」

 壁まで吹き飛ばされてしまうエマ。


 聖闘士は破壊の根本たる『原子を砕く』闘技を当たり前に修得させられているが故に、幾らエマが装着をしている鋼鉄聖衣の装甲板がPS装甲だとはいえど、

 今の一撃はそれなりに強烈だった事もあり、胸部には罅が入ってしまっていた。
「う、ぐっ……」

 PS装甲に亀裂を入れる一撃だ、エマ本人にも多少なりダメージがある。

 胸元を押さえながらフラフラと立ち上がった。

「もうギブアップして良いんだぞ? 所詮は鋼鉄聖闘士でしかないのだからな」

 ギリッ! 悔しさからか奥歯を噛み締めるエマ。

 ダリは別に鋼鉄聖闘士を莫迦にした訳ではなくて、雑兵の皆さんよりは戦力になるとはいえ、正規聖闘士に小宇宙を扱えない彼女が勝利するのは不可能であると諭したに過ぎない。

「む!?」

 だがダリは驚愕する。

『『『『なにぃ?』』』』

 それも事情を知る者を除く全員が……だ。

「嘘……」

 エマ自身も驚きに目を見開いている。

 何と聖衣の罅が消えていくのだ。

「莫迦な、自己修復だとでも云うのか!?」

 余りにも有り得ないものを見て叫ぶダリ。

「クックッ、上手く機能をしているみたいだな」

 ユートがVIP席に座りながら笑う。

「あれはユートが?」

「ああ、神秘金属に施すのは青銅聖衣までが良い処ってのが弱点だが、ある程度の損傷は自動で修復される機能を付けた」

「付けたって、どうやってそんな事を? 見る限りで兄さんの聖衣程じゃないみたいだけど、あんな機能を持たせるなんて」

 瞬は嘆息した。

「前に行った世界で学んだエンチャント魔法なんだ。文字をイメージと共に書き込む事で、文字通りの効果を発揮させる」

「文字通り?」

「ああ、大気中の粒子を集めて修復を促すんだが……書き込んだ文字は『破損修復』だね」

「そんな簡単な事で?」


「おかしな話でもないさ。例えば僕らの青銅聖衣には沙織お嬢さんの血が齎らす効果によって、夢幻の形態変化をして神聖衣へと変わるだろう?

  似た様なものだと思えば良い。聖衣には青い紋様が浮かぶあれこそが付与魔法の代わりだ」
「ふむ……」

 何と無く納得した瞬。

「ならば、全ての鋼鉄聖衣に施したのか?」

「氷河、僕も暇人じゃないんだぞ? 付与したのは、飽く迄も修業をした四人の鋼鉄聖衣までだよ」

「そうか……」

 頷く氷河。

「白銀聖衣や黄金聖衣には出来なかったのか?」

「白銀聖衣は試してない。少なくとも黄金聖衣に付与は出来なかった。神秘が強過ぎて魔法を弾いてしまったんだよ」

「ああ、成程な」

 黄金聖衣は正に神秘の塊みたいなもので、魔法なぞ割と簡単に弾いたのだ。

「鋼鉄聖衣には星霊反応炉(スターリット・リアクター)が在るし、常時エネルギーを発露しているから。それを応用して付与の効果を常時型にしたのさ」

 付与の効果を発露させるには、本来の仕様だと魔力を意識的に使う必要があるのだが、鋼鉄聖衣に使われている反応炉のエネルギーを使って自動的に付与が働く様にしてあった。

「然しそうなると、これからはその付与魔法とやらがニュー・スタンダードになるという訳か?」

「どうかな? 付与は僕だけがやれる訳だから可成り面倒だしね」

 尤も、これのオリジナルを開発した者はそれこそ、万の数の付与をしていたりする訳だが……

「とはいえ、聖衣の損傷は直っても傷まで治らない。まあ、『自然治癒』を付与すれば可能だったんだが」

 実験的に付与したから、聖衣の損傷修復のみだ。

 本来、この付与魔法だと普通は魔力を通さなければ使えないが、星霊反応炉のお陰で常時発動型となる。

 あの世界では魔石と呼ばれる石を用いて常時発動型として扱える代物だったのだが、ユートは星霊反応炉を魔石というエネルギーの代わりにしたのだ。

「ま、上手くいったみたいだから新しく付与もしてみるかな?」

 行われたのは飽く迄も、【破損修復】の付与のみだったが、成功したのも確認したから【自動治癒】の方も付与すると決めた。

「我々の黄金聖衣にはその付与とか無理なんだな?」

「さっきも言ったが多分、神秘が強過ぎて弾いているんだと思う」

 氷河の質問は先程にも聞いたが、ユートの意見としてはやはり神秘が強過ぎるとしか言えない。

「……或いは沙織さんの血が既に付与されているからではないですか?」

「っ! 成程、女神の神血(イーコール)は強力な付与とも見なせる……か」

 ユート達の黄金聖衣にはマルスとの聖戦より少し前に起きた闘いで、沙織から神血の供給を受けていたから瞬の言葉は納得がいく。

 当時は麒麟星座の青銅に過ぎなかったユートは関わらなかったが、当時は既に黄金だったユートが関わりを持った闘い。

 その時に……だ。

「にしても、相変わらずというべきか?」

「何がだ? 氷河」

「お前、女性に優しいっていうか甘いというのか」

「鋼鉄聖位に付与魔法まで掛けて上げるんだからね、若しかして既に一人くらいは堕としちゃった?」

 ユートを知る氷河も瞬も断定的に言うが、全く以て正当な評価であるが故にか反論は出来ない。

「まだ堕としちゃいない。だいたい、エマ達の中には君らより若いにしても男も居るんだぞ? 彼の聖衣にも同じ付与をしてある」

「そうなのか?」

「意外だね」

「二人がどんな目で見てるかよく解る意見だな」

 間違っていないだけに、反論はしないユート。

 それに約一名、仲良くなった女の子が居るのだから反論は嘘を吐く事と同義。

 それはそれとしてエマは頑張っているが、やっぱり鋼鉄聖衣が本来の世界線よりも強化を成されているとはいえ、ダリを相手に苦戦を強いられていた。

 攻撃力が防御力が、何より迅さが足りないエマではダリに追い付けない。

「お前はよくやった。まさか鋼鉄聖闘士に此処までの苦戦をするとは。だけど、これまでだ!」

 完全に鋼鉄聖闘士であるエマを下に見た科白。

 それこそ、白銀や黄金が青銅に対して言うが如く。

 ダリの身体がユラリと動き出した。

 冠星座のダリが最大の拳を放つべく、小宇宙を練り始めたのがエマにも解る。

「くっ!」

 防御は無駄だ。

 それがエマにも理解が及んだ……何故か。

「嵐乃悲鳴(テンペスト・スクリーム)!」

 武舞台そのものが正しく悲鳴を上げるかの如く嵐、学院出身青銅聖闘士としては突出をしたダリだけに、成長も著しいのだろう。

 白銀聖闘士には及ばないとはいえ、単純な攻撃力は既に白銀聖闘士級。

 勿論、これはユートによるパライストラの授業改善計画の賜物である。

 尤も、既に白銀聖闘士宛らなオリオン星座のエデンと比べると、どうしたって見劣りしてしまうが……

 現状、パライストラに於ける青銅聖闘士の力の序列はエデンを筆頭にして……凍夜と光牙と蒼摩とユナと龍峰と詠と星那が団子状態となっている。

 ちょっと下になるとダリが入っている訳だ。

 尚、ユートは本来ならば黄金聖闘士だから除外。

 両腕を前に突き出して、其処から膨大な竜巻を巻き起こしたダリ、それが嵐の様に荒れてエマを呑み込んでしまった。

「嗚呼ぁぁぁぁっ!」

 竜巻の嵐がエマを呑み、更には上昇して上空へ吹き飛ばす。

 息苦しくなり意識が朦朧とする中、エマはボーッと乱れる視界で前を見据え、『やっぱり鋼鉄聖闘士じゃ正規の聖闘士に勝てないの?』……と涙を流す。

 これでも頑張った心算、心算だったけど……本当にそれは心算だけだったのかも知れない。

 回転しながら頭から落ちるエマ、だけどその時に響いたのはユートの科白。

『聖闘士が奇跡を起こせると云われるのは、その決して諦めない心をバネにして小宇宙を燃やすからだ』

 嘗ての青銅聖闘士にして英雄達の体験談みたいなのを説明され、エマも何と無くワクワクしながら聞いていたではないか。

「諦め……ない、心……」

 竜巻に囚われて身動ぎすら叶わない身だが、エマは何とかして身体を動かそうと捩る。

「無駄だ! 君は既に風の成すが侭に動けない!」

 ダリが叫ぶ。

「知った……事じゃない」

「翼でも生えない限りは、お前は脱出出来ない!」

「だから、知った事か!」

 何と、落ちるだけだった筈のエマの背後にオーラが迸り、身体を起こしてまるで宙に浮いたかの様。

「ば、莫迦な! 翼が生えたとでもいうのか!?」

 驚愕するダリだったが、VIP席でガタンッ! と椅子を倒して立ち上がった瞬は違うモノを視た。

「まさか、あれは!?」

 違う!

 空を翔るのではなく……

「駆けているだと!?」

 その舞いの如く宙を駆ける様は美しい。

 ガタガタと揺れているのは聖衣櫃、基本的に新しい聖衣は全てが聖衣石に仕舞われているが、旧い聖衣は聖衣櫃に仕舞われた侭。

 櫃が勝手に開くと中から菫色に輝く一角獣を象ったオブジェが現れ、エマの放つ小宇宙に反応をしたのか飛翔していく。

「まさか、青銅聖衣が? 邪武の一角獣星座(ユニコーン)が!」

 瞬も氷河も、他のVIP席の者も驚きに満ちる。

 カシャーン!

 エマから鋼鉄聖衣が剥離され、代わりにオブジェから聖衣モードに分離されたユニコーン・クロスが脚に腕に腰に胸に肩に頭に……装着されていく。

「はぁぁぁっ!」

 それはユートから修業で習った技術が一つ。

 小宇宙を足の裏に収束、空中を蹴って高速移動をする【虚空瞬動】である。

 其処から更に蹴りの体勢に以降した。

「一角獣跳蹴(ユニコーンギャロップ)!」

 百にも及ぶ蹴りがマッハの速度でダリを襲う。

「ば、莫迦なぁぁぁぁ!」

 聖衣の胸部が粉々に砕け散り、壁にまで吹き飛ばされたダリはその侭、気絶をして動かなくなった。

 シュタッ! 地面に降り立ち、そして立ち上がったエマは『フゥ』と溜息。

 檄はエマの手を取ると、天高く掲げて……

「勝者、エマ!」

 勝利宣言をした。

『『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』』』』』

 大盤狂わせに湧く会場。

 しかも一角獣星座の聖衣がエマを鎧う。

 聖衣には意志が在る。

 黄金聖衣なら先代からの魂すら宿る程で、青銅聖衣や白銀聖衣も黄金聖衣程ではなくとも意志を宿す。

 謂わば聖衣の意志に選ばれた形で、ユニコーン星座のエマが誕生したのだ。

 尤も、守護星座を未だに持たないエマに対しユートが最適な修業をさせたのが原因で、初めからユートはエマをユニコーンにする気でいたのだが……

 先代たる邪武からの許可も取り付けてある。

「あれ、優斗?」

「いつの間に……」

 瞬が気づけばユートは既に居なかった。

 この迅速さには氷河とてクールなぞかなぐり捨て、大粒の汗をタラーリと流すしかない。

 ふと見遣ればユートの姿は闘技場に在り、戻ってくるエマを迎えていた。

「おめでとう、ユニコーンのエマ」

「ユ、ユートさん……私、本当に聖衣を?」

「ああ、それは邪武という聖闘士が纏っていた一角獣星座(ユニコーン)の青銅聖衣だよ。君の小宇宙に感応して装着されたんだ。修業の結果は上々……否、極上と言っても良いだろうね」

「だ、だけど……これって私が持っていても?」

「構わないだろ? なあ、檄センセ」

 エマの背後には巨漢……審判にして嘗ての青銅聖闘士・大熊星座(ベア)であった檄が立っていた。


「ああ。聖衣はアテナより賜るというのが通説だが、そもそも俺が知る限りでは実際にアテナから聖衣を直に賜ったのは、射手座である星矢が黄金聖衣を継承した時と、

  双子座が白銀聖闘士だった時代に杯座(クラテリス)を受け取った時、更に黄金聖闘士に昇格した際に双子座を受け取った時くらいだからな」
 たったの三例しかない。


 牡羊座の貴鬼や水瓶座の氷河や天秤座の紫龍など、現在の黄金聖闘士の場合はなし崩しで継承しており、

 星矢だけは象徴的な意味で英雄アイオロスの聖衣継承だからと、沙織が聖域にて雑兵の皆さんや他の聖闘士を集めて大々的に下賜したのである。
 また、ユートに限っては便利だろうと儀礼服の代わりに杯座の白銀聖衣を直に渡していたし、双子座聖衣も同じく直に渡した。

「だから、今日から鋼鉄聖闘士のエマは青銅聖闘士・一角獣星座のエマだ」

「は、はい!」

 今日まで苦難を乗り越えてきた甲斐があり、エマは涙ながらに檄からの科白に頷くのであったと云う。

2020/10/6