第2章:[聖闘士ファイト篇](11/13)
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衝撃的なエマの勝利。
しかも鋼鉄聖闘士から、青銅聖闘士に昇格した。
そんな衝撃も覚めやらぬ侭に次の試合が始まる。
「オリオン星座のエデン! 白鳥星座の凍夜!」
ある意味で本命な試合、どちらも既に単なる青銅を越える小宇宙だ。
「オリオン!」
「キグナス!」
聖衣石が輝きを放つと、それぞれの星座が顕れる。
オブジェ形態となる聖衣が顕現して、カシャーン! という軽快な音を鳴り響かせて二人を鎧う。
片や一角獣星座より薄い紫に近いオリオン星座で、片やクールホワイトに煌めくキグナスの聖衣。
「聖闘士ファイト・レディ……ゴー!」
審判の檄が試合開始を告げると同時に動く二人。
その速度は明らかに青銅聖闘士を越えていた。
「マッハ1が青銅聖闘士の最高速度とされてるけど、二人は既に白銀聖闘士並に小宇宙を燃やしているな」
「フッ、オリオンのエデンは知らないが、我が息子の凍夜はキグナスを継ぐに当たって、ヤコフから厳しく鍛えられていたからな」
「それはエデンも同じだ。オリオン星座は本来だったら白銀聖衣だったけどね、
聖闘士が全滅に近かったのがあって、一から造り直す際に青銅聖衣として造ってみたが、あれなら白銀聖衣の侭でも良かった」
氷河にとって息子である凍夜は孫弟子、嘗て白鳥星座の聖衣を継いでいたのは氷河が一四歳の頃にはまだ八歳程度だったヤコフ。
そんなヤコフが新杯座の白銀聖衣を与えられ昇格をした際、白鳥星座の聖衣は浮いた形になっていた。
後に氷河とナターシャの間に生まれた凍夜が聖闘士の修業をするべく、ヤコフを師匠と仰ぎ東シベリアで鍛えられたのである。
一方のエデンはユートに預けられて以来、修業へと専念をして強さに研きを掛けてきた。
師匠が黄金聖闘士でもある為か、それなりに頭抜けていてもおかしくはない。
まあ、それを言ってしまうと氷河や紫龍もそうなのだろうが、エデンの場合は覚醒したルードヴィグから遺伝子を受け継ぐ半神に近い人間の為、素質の面でも頭抜けていたのだろう。
「極小氷晶!」
「征くぞ、春雷跳躍(トニトルイ・サルターレ)!」
放たれた凍えるブロー、対するはエデンの雷球。
「次は此方の番だ! 稲妻復興(フォルゴーレ・ルネッサンス)!」
「チッ、極小氷晶!」
雷属性と氷属性の拳が、互いにぶつかり合って辺りへと威力が散らばる。
檄もそれを躱しながら、審判を続けていた。
「氷結拳と雷光拳……か、マルスとの闘い依頼で概念が出来た属性、アイオリアだけでなく他の聖闘士達も使える様になったんだね」
「アイオリアのと雷属性は似て非なるモノだ。知っているだろう瞬? 彼の雷は“神鳴り”……天帝ゼウスの雷霆の力を源としているっていうのは」
「そう……だね。彼もまた下手をしたら僕と同じく、大神の依代だったんだ」
ギリシア神話体系に於ける大神の一柱、ハーデスは自らの肉体をこよなく愛していた為、地上支配の暁にはその肉体を以て臨む心算だったが、
それまでの繋ぎにはその時代で最も純粋な魂の持ち主たる人間を依代としており、前聖戦に於いてはペガサスの聖闘士の友であるアローンなる絵描きの少年、
この時代で起きた最終聖戦では瞬がその依代とされた過去がある。
とはいえ、最終聖戦では星矢と一輝によりハーデスの墓所が狙われ、結果的に彼は自らの肉体に宿った。
アイオリアも実は大神の依代とされ、別の世界線ではゼウスとの闘いで憑依されてしまい、天帝ゼウスを抑えてアイオロスに討たれる選択をしている。
彼の雷は神鳴りであり、ゼウスの力の一端だったのだと、アイオリアに憑依をしたゼウスが語る。
故にこそ正に神殺しさえ可能となる力だった。
エデンの“雷属性”による攻撃と、アイオリアによる“神鳴り”は同じ結果を齎らしながら、源となる力は全くの別物なのだ。
それは他の獅子座の黄金聖闘士も同じくである。
獅子座のカイザーの雷光電撃とアイオリアの雷光電撃は同じ名でありながら、力の源となるものは全くの別だから、実は同じ技とは云い難かった。
まあ、結局やる事は変わらないのだが……
「トニトルイ・フェラカーラス!」
「そうはさせん、極小氷晶・光(ダイヤモンドダスト・レイ)!」
二人の……エデンと凍夜の雷撃と凍気がぶつかる。
「やるなエデン。我が息子の凍夜と完全に互角とは」
「凍夜も随分とやれる様になったな……」
「フッ、俺の息子だぞ?」
「そして氷河は親バカ全開っと?」
「あはは、仕方がないよ。僕らは親に恵まれなかったんだから。一応、氷河だけはナスターシャさんから愛されていたけど、結局の処は日本に来る際に亡くなってしまったしね」
親バカな氷河を瞬は苦笑いしながら説明する。
「一輝が親バカは流石に無さそうだけどな」
「まあ、兄さんはね」
でもブラコンだ。
「エスメラルダ以外は基本的に見えてないからな」
そのエスメラルダは瞬にそっくり、髪の毛と瞳の色以外は一輝でさえ見分けが付かないレベルで。
正しくそれはブラコンの鑒(かがみ)である。
「紫龍も義息子たる翔龍も実の息子の龍峰も、確りと可愛がって育てたからな」
「一三歳で母親になってしまった春麗さんも相当だ」
「普通は親の庇護を受ける年齢で母親だからな」
氷河が思い出す春麗は、老師に育てられた捨て子。
紫龍の修業時代から仲好くしていた幼馴染みだ。
勿論、他の弟子であった猛虎や玄武とも知り合い。
因みにユートは猛虎? 誰だっけ? と素で忘れていたけど、アニメ版に登場した紫龍の兄弟弟子だと、ユーキから教わった。
この世界は微妙にアニメの設定が混じっている。
尚、ギガース参謀長とかは流石に存在してないし、ユートがお土産代わりにと水晶聖衣や炎熱聖衣を貰っていた事から判る通りに、クリスタル聖闘士や炎熱聖闘士も居なかった。
聖衣は在ったけど。
氷河はちゃんとカミュの直弟子である。
「そういえばユートが名付け親だったよね」
「ん?」
「僕とジュネの息子だよ」
「ああ、詠の事か」
「ずっと訊きたかったんだけど、どうしてユートは詠の名前を即決したの?」
「瞬とジュネも反対はしなかっただろ?」
「う、うん。何と無くあの子には詠が相応しいって、そう思っちゃってね」
「理由……か。そうだな、今なら話しても良いか」
ユートは少し瞑目して、再び目を開いたら同時に口も開いて語る。
「天馬を覚えてるか?」
「二百数十年前、前聖戦の時代に星矢を救う為に冥王のインビジブルソードを壊そうと、向かった先で出逢ったペガサスの聖闘士」
「そうだ。そして天馬とは即ち、星矢の前世なんだ」
「……え?」
「何? 通りで似てると」
別に前世と今世が似ている道理は無いが……
「だけど今、それにどんな関係……が……って、若しかして!?」
「そうだ。詠の前世を僕は識っている。詠とは前世の名前だからね、そりゃまるでパズルのピースがハマるかの如くだろうさ」
「成程……な。処でどんな前世だったんだ?」
「ん? 今の時代ならまだ生きているけどね」
「「ハァ?」」
ユートに質問をした氷河だが、余りにも突拍子も無い答えに瞬まで驚く。
「ハルケギニア大陸が存在する世界だが、彼処は極めて地球に似た世界なんだ。エレンシア大陸なんてのも在るけど、弓状列島や他の大陸なんかも存在していたからね。
中華な世界も在ったんだが、其処は三国志な世界だった。但し主要武将が女の子だったけど」
「ユ、ユートには天国みたいな場所だね。アハハ」
「違いないね。結構な数を抱いたから」
「マジか……」
頭を抱える氷河。
「ちょっと待って、まさか詠も女の子だった?」
「いぐざくとりぃ♪」
「マジか……」
再び頭を抱える氷河であったと云う。
「ああ、つまりは詠も?」
「その通りだ。前世の詠も僕の餌食に……」
「ひょっとするんだけど、詠の容姿ってさ?」
「前世と同じく。違うのは性別とそれ故の体型や股間の有る無しくらいかな」
「うわ……」
想像したら頭が痛くなる事案だが、詠が折に触れて魅せる女っぽい仕草とか、ちょっとした目遣いなどは前世が尾を引いているのかも知れないと考えた。
「そうなると月(ゆえ)は? 此方も前世と関わりがあったりするのか?」
「あるよ、氷河。月の前世での名前はやはり月でね。詠とは幼馴染みだった」
「成程……」
あの仲の好さは前世からのものだとか。
「勿論、二人には前世について何も教えてはいない。二人を再び巡り合わせて、詠を護衛に抜擢したくらいだね僕がしたのは。何しろ約束だったから」
「約束?」
「来世、詠は今度こそ月を自ら護れる様になりたい。そう言っていたから僕は詠を男として転生する様にしたし、二人を見付けて護らせようと思ったって訳だ。
瞬の息子に生まれたのは、流石に想像の埒外だけど」
「アハハ……」
因みに月は名前の通り、中国で生まれていた。
とはいっても、貧民街(スラム)で独り切りの生活を余儀無くされていたし、もう少し成長をしていたら貞操も危なかった。
只でさえペド野郎が目を付ける美貌が、幼いながら醸し出されていたから。
「教えてはいない……筈、なんだけどな」
「と、言うと?」
「月の目に時々、熱いものが秘められているんだよ。まるで僕の事を覚えているかの様に」
「……それ、本当に覚えているんじゃないの?」
「かもなぁ……」
月も前世では散々っぱら抱いていたし、覚えているならちょっとアレだ。
寧ろ二人をセットでヤっていたのである。
「そういえば、三国志みたいな世界とか言ったが?」
「ああ、言った通りで所謂処の姫武将ってやつだね」
「だとするとだ、月や詠の役柄は何だったんだ?」
中々に良い所を突く氷河の疑問に答える。
「月が姓は董で名が卓で字が仲穎。真名は月」
「「は?」」
董卓仲穎。
悪逆非道な人物として知られている。
月とは真逆な人間だ。
「詠は、姓は賈で名が駆、字は文和。真名が詠だね」
「賈駆文和?」
「歴史って何だろうな」
瞬も氷河も頭を抱えるしかなかった。
「三国志の正史とはやっぱり違いはあるんだ。実際に僕は黄忠漢升の世話になったんだが、結果として劉備と敵対をしたからね」
「おいおい……」
勿論、最終的には味方となったのだが、劉備軍ではなく“優斗”が率いたり。
「あ、そろそろ決着かな」
瞬の科白にユートと氷河がアリーナを見遣る。
当然だが話している間、普通に試合は続いていた。
とはいえ、二人は手堅い闘い方で面白味に欠けていたから、話をしながら観戦をしていた訳だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そろそろ決着を着けさせて貰うぞ、エデン!」
「む?」
凍夜の小宇宙が燃えて、父直伝なキグナスダンスを華麗に舞う。
白鳥のオーラが可視可能なレベルで背後に浮かび、凍夜の拳には先程までとは比べ物にならない凍気。
「そ、それは!」
「ダイヤモンドダストが静だとすれば、これは動……しかもキグナス最大の拳」
腰に溜めた拳を突き出す形にて、下から上へ振り上げるアッパーカット。
「極冷竜巻(ホーロドニースメルチ)!」
その際に拳はコークスクリュー、凍気は渦を巻いてエデンを捉えていた。
「うおおおおおっ!?」
上空へ吹き飛ぶエデン。
ドシャッ!
そして頭から落ちる。
所謂、車田落ちだった。
「これは流石のエデンでも終わったか?」
近付く檄が呟く。
「む?」
然しすぐに気が付いた、檄も凍夜も。
「聖衣だけ……これは! まさか!?」
凍夜が辺りを見回すが、慌てたのはこの状況を識っていたからに他ならない。
嘗て、先々代の白鳥星座(キグナス)だった氷河が、暗黒聖闘士を相手に闘った際の事、
鳳凰星座(フェニックス)の一輝との戦闘で極冷竜巻(ホーロドニースメルチ)を放ったら、まんまと躱されて技を受けたのが聖衣のみだったと云う。
先程に放った極冷竜巻、そして本人が居ない状況でオリオン聖衣だけが凍結、エデンは姿を消している。
「惜しかったな凍夜」
「優斗?」
訝しげな氷河だったが、すぐにその意味に気付く。
「ああ、成程な」
「確かに残念だったね」
そう、既にエデンは次の技の体勢に入っていた。
凍夜の死角からだから、当然ながら見えていない。
「轟け、僕の小宇宙よ! 轟雷壊滅(オリオンズデヴァステーション)!」
「しまっ!?」
地面を殴り付けて放たれる轟雷、それはまるで地を這う蛇の如く駆け抜けて、凍夜の身体を貫いた。
「がぁぁぁぁっ!」
その威力は今までの技の比ではなく、凍夜も耐える事は出来ずに膝を付く。
そしてその侭、地面へ倒れ伏してしまうのだった。
「勝者、エデン!」
これによりエデンの勝利が確定する。
「後少し、5℃で良いから温度を下げていたらエデンの方が倒れていたろうな」
「今の凍夜ではそれが難しいのだ。温度とは上げるより下げる方が難しいしな。俺も我が師カミュとの闘いで漸く絶対零度の領域へと足を踏み入れた。凍夜にはまだ無理だろう……」
「絶対零度。即ち-273.15℃。思い出すなぁ、天秤宮でのやり取りを」
「ああ、あれか。行き成り絶対零度とは? とか訊かれて面食らったな」
ハルケギニア時代の事、カトレアの病気を治すべく地球に移動をしたのだが、何故かデモンベインの世界に跳ばされ、今度は聖域に落っこちたユート。
青銅聖闘士による十二宮踏破、その真っ只中だったのにユートも参戦した。
本来は氷河を暖める役は瞬だったのを、ユートが代わって行った際のやり取りである。
「一応、白銀聖衣の凍結点より低く出来ているけど、エデンには通じ……てはいるが倒せる程じゃない」
「他の連中が相手なら勝っていたろうに、優斗の弟子でルードヴィグの息子たるエデンが相手とは……運が無かったか」
「運も実力の内さ」
ルードヴィグ=マルス、ローマ神話に於ける火星の名前となる軍神。
地上暦一九九九年の七月に地上世界の制覇に乗り出して、火星士を操り聖闘士やアテナと闘った。
そんなマルスとメディアという魔女の間に産まれたのがエデン、ルードヴィグが神に覚醒している時だった為か、エデンは半神とも呼べる存在だ。
古来より神の血筋が才能に溢れているのは御約束、英雄ペルセウスもオリオンやヘラクレスも、神の血筋であるのだから……
そしてユートがやる気と才能をレッツラ・混ぜ混ぜしてエデンは強くなる。
「次の試合は決まった様なもんだからな。更に次……ペガサスVSドラゴン」
「親世代の因縁だな」
「そうだね。星矢と紫龍の闘いでは星矢が紫龍を制したけど、光牙と龍峰は果たしてどうなるかな?」
光牙は星矢の養子な為、龍峰みたいな血の繋がりこそは無かったが、それでもペガサスの聖衣を継承したのも事実。
「問題は龍峰も凍夜達程ではないが、それなりに強い小宇宙を感じる事か」
「光牙はどうもそれが弱いよね?」
「光牙の場合は中の小宇宙が喧嘩してるからな」
「ああ……」
それで瞬も納得した。
「ま、次の試合。凛々子と菜々芭の闘いは凛々子の勝ちだろうからね」
恐らく、凛々子を相手に菜々芭は実力を出し切れないだろうから。
それは修業を付けていた時によく理解が出来た。
第2章:[聖闘士ファイト篇](12/13)
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「クラーケン? アイザックでも現れたのか?」
次の凛々子VS菜々芭が始まろうとした時、何故かクラーケンが現れたのだと報告が入り、聖闘士ファイトが一時的に中断される。
「否、アイザックではなく本物のクラーケンらしい」
「本物って言うが、そもそも発見者はクラーケンなんて見た事があるのか?」
ユートのブラックジョークに対する氷河だったが、本人もクラーケンが現れたというのには懐疑的で首を横に振るだけ。
「兎に角、パーティーをしていた客船が沈められたのは間違いない様だ」
「この際だからアイザックを生き返らせて、クラーケン退治に行って貰うか?」
ユートの言葉に目を見開く氷河。
「……出来るのか?」
「対価は必須なんだけど、当分は怪物退治や聖闘士が行う各国からの依頼を代行させる+敵対しないギアスを付けて、それでなら復活させるのは構わない」
ユートの権能の中には、冥界の神ハーデスから簒奪したモノが有り、それなら死者蘇生も可能ではある。
其処は氷河だって聞き知っている事だ。
けどユートは『死者蘇生まっすぃーん』に為る気は一切無く、だから容易くは死者を現世へと生き返らせたりしない。
「海皇軍とは今代のアテナ――沙織さんと闘う事は無くなったし、アイザックもポセイドンの命令が無いならわざわざ敵対をしてくるとも思えん……」
尚、嘆きの壁で消滅した黄金聖闘士達ではあるが、ロキの復活に際して一時的な蘇生が成され、其処からユートが魂を確保していたから復活はしている。
対価はユートの固有戦力となる事で、普段は混乱を避ける為にユートの冥界のエリシオンで暮らす。
既に黄金聖衣の継承も終わっているし、今更ながら先代や獅子座みたいな先々代が復活しても聖衣返還はちょっとアレだし。
彼らにはハーデスがやったみたいに、聖衣の形を模した冥衣を与えている。
聖衣より刺々しさがあって少し格好良い。
また、本来なら有り得ない話ではあるが、その冥衣にはアテナが霊血(イーコール)の加護を与えた為、その気になれば神冥衣化も可能だったりする。
要は神聖衣の形を成した冥衣だった。
当然ながら氷河の先代、水瓶座のカミュもエリシオンで静かに暮らしている。
「で、どうする? 氷河。エリシオンのカミュとかにも意見を聞くけど、真友としてはアイザックの復活はどんな感じだ?」
「それは勿論、アイザックが還ってこれるなら俺としては嬉しいが……」
出来るとは解りながら、そこら辺がドライなユートに頼めないからこそ、氷河は敢えて頼んだりはしなかったが、やってくれるなら当然ながらやって欲しい。
それが偽らざる氷河の思いではある。
倫理観を抜きにすれば。
「それと任務的には紫龍……教皇の考え次第になるんだが、氷河にも行って貰うかも知れん」
「望む処だ。嘗ての殺し合いじゃない、共同戦線なら俺は寧ろ嬉しいからな」
「判った。ならば聖域に向かおうか」
転移で聖域のすぐ傍……ロドリオ村にまで到達。
隠し入口から聖域に入った二人、勿論だが雑兵からすれば普段は見ないユートはまだしも、黄金聖衣を纏う氷河に驚いて通した。
それから教皇の間まで、割と一瞬で辿り着く。
事前の連絡をしていたのだから、白羊宮の貴鬼にせよ金牛宮のハービンジャーにせよ、通さない理由など無かったからだ。
守護宮に居たのは双児宮に双子座の優雅、獅子宮に獅子座のレオーネ、天秤宮に天秤座の翔龍で合計五人だけだった。
処女宮は瞬がパライストラに出掛け、宝瓶宮も氷河がこの場に居るから不在。
奪われた四つの黄金聖衣に関しては、未だに発見為らずという感じだ。
即ち、蠍座と魚座と蟹座と山羊座の四つ。
貴鬼が館より戻った為、シエスタは他の聖騎士達を指揮、黄金聖衣の行方を追っている真っ最中だ。
教皇の間で玉座に座り、法衣を身に纏い冠を被った教皇たる紫龍は、瞑目しながらユートの言葉を聞く。
正確には予め連絡して、概要は伝えてあるのだ。
「クラーケンの討伐に……海皇軍だったクラーケンのアイザックを蘇生か」
「まあね。これからも邪神との闘いは激しくなるし、今は深淵士(ディープ・ワン)や海魚兵(インスマウス)との闘いも散発的とはいっても、いずれは向こうも本格的に来るだろう」
「その為の戦力……と?」
気配も小宇宙も隠していないから、ユートも氷河も気付いていた存在。
海将軍・海魔女(セイレーン)のソレントが柱の陰から姿を現した。
「それならばいっその事、全員を甦らせては?」
「出来なくはないけどね、アイザックは聖闘士候補生だったし、氷河との友情もあるから問題も無いんだ」
「他は信用が出来ぬと?」
「少なくともリュムナデスのカーサは……ね」
「……」
「別に闘い方に文句は無いんだよ」
「ほう?」
「それがリュムナデスの闘い方ならそれで良いのさ。好む好まざるは個人の感情でしかない」
氷河は苦い表情だけど、其処は無理も無い。
南氷洋の柱を守護していた海将軍の一人、星矢と瞬と氷河を斃したリュムナデスのカーサだったが、その闘い方は人の声真似で騙して溺死させるリュムナデスそのものな感じだ。
氷河を相手にアイザックの姿を、星矢を相手に魔鈴の姿を、瞬を相手に一輝の姿を真似して油断を誘い、ニヤニヤと嗤いながら無防備な部分へと攻撃した。
尚、星矢の場合は魔鈴が星華だった体が原典の噺であったけど、十二宮の闘いの後のパーティーで星華をユートがロドリオ村から連れて来ていた為、そっちの方面にはならなかったり。
氷河もアイザック関連で苦々しい思いをした。
北氷洋でまたアイザックが現れて混乱したし。
「あの戦法が通用しなけりゃ雑魚でしかないからね、そんなのを生き返らせても無駄でしかない。だいいち対価は払えるのかな?」
「確かに……な」
海将軍は黄金聖闘士にも匹敵をするとは誰が言った言葉だったか? 然しながら結局はピンからキリというべきだろう。
リュムナデスのカーサは戦法さえ嵌まれば兎も角、破れたら途端に使えなくなるレベルだった。
下手をしたら白銀聖闘士でも斃せる。
そして対価も必須だ。
先代黄金聖闘士は故に、ユートの固有戦力という話で落ち着いている。
転生するまで死の眠り、それは退屈極まりない。
「鱗衣はどうする?」
「クラーケンの鱗衣を海底神殿跡から見付ければ問題も無い。というより遺体も其処から引っ張り上げる」
海流に流されて海底神殿跡に在るとも限らないが、捜すのは不可能でもないからやるなら今すぐにもだ。
「ふう、あれでもポセイドン様への忠誠心は本物なのだがな。私もカノンも其処は買っていたものだよ」
「カノンか。そういえば、本物の海龍(シードラゴン)とかは居ないのか?」
「どういう意味だ?」
「いや、あの時の海龍ってカノンが勝手に名乗っていただけだろ? それなら、本来の海龍が居てもおかしくは無い筈」
「確かにポセイドン様を欺いたカノンは、勝手に海龍を名乗っていたと取れる。だが元々、我ら海闘士とは素質のある者から選ばれて鱗衣を与えられるものだ。
アイザックもカノンもそういう意味では、聖闘士候補生や双子座の予備など関係無く鱗衣に選ばれた海将軍だったのだよ」
「成程……な。それなら、カノンには一時的に海将軍の海龍に戻って貰おうか」
「――何?」
「双子座だからといって、何も同じ冥衣を纏わなくても良いだろ」
「だから海龍(シードラゴン)を?」
「アイザックの序でに捜して拾っておくよ。そうしたら次代……より更に先か? また数百年くらい後に使えるだろうし」
その時はまた敵対する事になりそうだが、メリットも提示しないとフェアとは云えないのだ。
「……ひょっとしたら全ての鱗衣(スケイル)を回収も出来るのか?」
「出来なくはない。海馬もリュムナデスもスキュラもクリュサオルもね」
「頼めないだろうか?」
「ま、鱗衣の回収だけなら構わないさね」
「ならば頼む」
頭を下げるソレント。
「紫龍?」
「やってくれ」
一応、対邪神の同盟を結んでいるからか、教皇たる紫龍はゆっくり頷いた。
アテナの代行者たる教皇から許可を得て、ユートは目を閉じると第三視点への移行をする。
システム・BW。
滅多に使わない技術だったりするが、ハルケギニア時代にも一度だけ使用。
四次元空間にアクセス、視点を三次元から四次元にシフトさせる事で、時間と空間を超越した視界を得るというもの。
元ネタは【Ever17 -the out of infinity-】。
三作が存在するinfinityシリーズの第二作目。
BW――ブリックヴィンケルという四次元存在から視点を借り、現在過去未来を見通す事も可能。
とはいえ、ユートは別にBWの視点を借りたりしないのだけど。
広く高い視点で海底神殿ごと沈んだ鱗衣を捜そう、つまりはそういう事だ。
滅多に使わない能力。
目を閉じて四次元空間へアクセス、其処から先ずは過去の海底神殿崩壊時へと視点を移動させ、更に鱗衣の一つ一つが何処に流されたのかを確認。
「良し、シードラゴン鱗衣にリュムナデス鱗衣を確認した。クリュサオル鱗衣とスキュラ鱗衣とシーホース鱗衣とクラーケン鱗衣も……確認完了っと」
先代の意志と交信してから入手したあきら、元より紛失してないソレントを除く鱗衣を確認。
尚、ポセイドンの鱗衣はちゃんと存在する
「我が腕(かいな)我が指先は人知れず、闇に紛れて其を奪う。我の手管は遍く全てを盗まん」
それは聖句。
スサノオの右腕を落として喰らい、それにより権能を得たユートは盗神としての相を手にしていた。
「【我が右手が掠め盗る(トリック・オア・トリート)】!」
その瞬間、カシャーンという軽快な音を鳴り響かせながら、分離状態であった鱗衣がオブジェ形態に。
「おおっ! 我が同士達の鱗衣が!」
ソレントの目の前には、海皇七将軍の鱗衣が六つ。
海魔女(セイレーン)鱗衣は今正に自分自身が纏い、この場に存在しているからこれで七つが揃った。
海馬(シーホース)。
海聖獣(スキュラ)。
海幻獣(リュムナデス)。
海皇子(クリュサオル)。
海魔人(クラーケン)。
海龍(シードラゴン)。
そしてソレントが纏っている海魔女(セイレーン)。
純オリハルコン製の鱗衣が煌めいていた。
因みに、黄金聖衣に匹敵するとか云われているが、それはどう考えても盛り過ぎである。
白銀聖衣や青銅聖衣は、単純に使う神鍛鋼の量を減らす目的で合金されたのだろうか、銀星砂(スターダストサンド)を多めに造られた青銅聖衣や、
ガマニオン主体に造られた白銀聖衣の強度は鱗衣程ではない。
然しながら黄金聖衣と云うのはちょっと違ってて、配合率の最適解を以て合金が成されている。
そう、実は純金属よりも合金の方が高い硬度や粘性を持ち得る場合もあった。
黄金聖衣は正に配合率の黄金比で合金をされた為、純粋な神鍛鋼(オリハルコン)たる鱗衣より強固だ。
しかも太陽エネルギーを内包する特性すら持つ。
結果として、セブンセンシズに覚醒をしていたとはいえ、青銅聖闘士の星矢達にパキパキ壊された鱗衣とは違い、
多少なら未だしも冥王との最終聖戦で死の神タナトスに粉微塵にされるまでは、完全破壊された事が無いくらいのモノだ。
まあ、それでも海将軍の鱗衣が揃うと壮観である。
一部、破壊されているのも有るのだけど。
「スキュラの鱗衣は可成りボロボロだな」
「瞬がその場その場で星雲乃鎖(ネビュラチェーン)で攻撃したらしいからな」
「スキュラ六聖獣に対し、それぞれに対応する臨機応変な技で攻め立てた上に、天秤座の双接棍(ツインロッド)を喰らったからね」
ワイルドトラップとか、ブーメランショットなどで聖獣に相当する鱗衣が破壊されていき、最後は柱を守ろうとしたイオに双接棍がぶち当たった。
その所為か鱗衣の中でも一番の損壊状態である。
とはいっても、どの鱗衣も大なり小なりな損壊は免れていない。
当然だろう。
これでも黄金聖闘士候補の青銅聖闘士だった訳で、そして今や押しも押されぬ黄金聖闘士な連中、
鱗衣を破壊するなど如何にも容易いとは云わないにしても、小宇宙を究極にまで燃焼すれば可能なのだろうから。
「さて、アイザックの復活をしようか」
ユートが更に喚び込んだのは、海流に流された挙げ句の果てに東シベリア海の奥深く、氷河のマーマが眠る場所の近くまで流されていたアイザック本人。
余りの冷たさ故に何年の年月が経とうと、その肉体が腐敗したりする事も無く保存が成されていた。
アイザックの死んだ時の侭の遺体が教皇の間に。
「おお! アイザック!」
氷河が目を見開く。
「まさか、あれから随分と経つのにこれ程まで綺麗に保存されていたとは?」
ソレントも驚く。
「今はカミュにより更なる深い海域に落ちているが、アイザックが海底神殿崩壊後に流された場所、それは氷河のマーマが眠っていた場所と同じだからな」
「マーマの!?」
氷河の幼少時代、城戸に呼ばれて船旅をしていた際に船が沈み、ナターシャは諸共に海の底へと消えた。
しかも氷河の甘さを消す為に、水瓶座のカミュにより更に深い海域に落とされてしまう。
とはいえ、今の氷河なら其処まで潜る事も可能ではあったが、敢えて会いには行かないと誓いを立てた。
「そうか……」
感慨無量とはこの事か。
「これだけ状態が良いならこいつをこの侭使えるな」
偽りの肉体を与えたり、【魔獣創造】で新たな肉体を創らなくても、今現在の遺体をベースに創り治せば充分であろう。
【魔獣創造(アナイアレーション・メーカー)】というのは、
【ハイスクールD×D】世界でレオナルドを斃してから抜き取り入手した神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれるあの世界で特有のアイテムであり、
その中でも一三種の神滅具(ロンギヌス)、取り分けて上位四種である上位神滅具(ハイ・ロンギヌス)という括りとなる代物。
まあ尤も、戦いが進んで全世界の神話体系がチームを作って、レーティング・ゲームをしようという話になる頃には新たな神滅具が発見され、一八種にも増えてしまっているけど。
【時空を支配する邪眼王(アイオーン・バロール)】はギャスパー・ヴラディの持つ【停止世界の邪眼】が変化したモノで、原典自体はユートも識らないのだが恐らくナニかを間違った形となっている。
あな恐ろしや。
【深潭の蓋世王冠(アルフェッカ・タイラント)】
【機界皇子(アンノウン・ディクテイター)】
【終わる翠緑海の詠(ネレイス・キリエ)】
【星砕剣と星穿銃(スター・バスター・スター・ブラスター)】
ギャスパー以外が手にする新神滅具。
原典を識らなかったとはいえ、一誠にはちょっと悪い事をしたのが【終わる翠緑海の詠(ネレイス・キリエ)】の持ち主について。
実は上級悪魔となった彼の【女王】枠になる筈だったらしく、イングヴィルド・レヴィアタンを保護してしまったから頭を抱えた。
事の切っ掛けは旧レヴィアタン派の悪魔から相談を持ち掛けられた事にある。
百年に亘り眠りの病に罹った娘の治療を頼まれた。
カテレア・レヴィアタンが名前や見た目の年齢を変えて、以前の記憶も無くしてユートが保護をしていると知ったらしく、レヴィアタンの血を引くイングヴィルドを治して欲しいと言われたのだ。
まあ、サイラオーグ・バアルの母親と同じ病だが、彼女の場合はちょっと特殊な事情から治せなかった。
然しイングヴィルドに関してはすぐ治療が完了し、目をさましたのは良かったのだろうが、彼女は神滅具クラスの神器を持つ人間とレヴィアタンの血を継いだ一族からの隔世遺伝者。
【幽☆遊☆白書】による主人公の浦飯幽助と似た、魔族の遺伝子の大隔世遺伝というやつだろう。
その上で人間としての血が神器(セイクリッド・ギア)を与えていたのだが、彼らの手には余ったが故にユートに預けられた。
その後は言わずもがな、そんな流れで一誠の【女王】になる筈も無い。
知らないとはいうけど、ヒロイン枠を半分以上が盗られた形な一誠、可哀想な話ではあるのだろう。
「さ~て、アイザック……今こそ蘇生の時だ!」
ユートが聖句を唱えて、権能を発動させると同時にクラーケンの鱗衣が分解、その肉体に装着される。
然しながらアイザックは生き返った事に戸惑って、氷河が涙ながらに叫ぶまで茫然自失となるのだった。
第2章:[聖闘士ファイト篇](13/13)
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「氷河……あれは……」
「クラーケンではなさそうだが、アイザックにも心当たりは無いのか?」
「ある訳がないだろう」
水瓶座の黄金聖衣を纏う氷河と、海魔人(クラーケン)の鱗衣を纏うアイザックがいざ現場に来てみれば巨大なナニかが海に。
「二人共、取り敢えず調査を開始しようか」
「は、はい!」
「判りました先生」
随伴するのは紫掛かった黒い鎧、冥界の鉱石の如く輝きを持つ水瓶座の冥衣を纏ったカミュだ。
「とはいえ、我らにあれの知識は無い……か。氷河、写真に撮って優斗にメールを送れ」
「判りました、我が師よ」
氷河がカミュの命令に、スマホを取り出す。
然し、今のは口に出しただけだと『和菓子』に聴こえてしまう。
「む? 氷河、それは?」
「うん? スマートフォンという電話機だが……」
「で、電話……だと!? これがか?」
一九九〇年に一四歳で、今現在の二〇一二年までの間ずっと生きてきた氷河と違い、アイザックの知識は一九九〇年まででストップをしている。
携帯電話という物自体、一九八五年のショルダーフォンから一九八七年に於けるハンディタイプ携帯電話が存在するが、それは飽く迄も電話をするという機能を持たせただけ。
電話機能に特化していると云えば聞こえは良いが、早い話がそれしか出来ないという事でしかない。
氷河が手にするスマートフォンなど、アイザックにとってみれば埒外でしかなかっただろう。
そもそも、当時は携帯電話と謳いながらポケットに携帯するには大きめだ。
一応、アイザックが死んだ年代にはDDIセルラーとかmovaが出てるが、それを知っていたかは怪しい。
《メールだよ♪》
「お、来た来た」
「妻の声って、氷河……」
嬉しそうにメールを開く氷河だが、音声が妻であるナターシャだったのには、カミュも呆れるしかない。
「ああ、邪神の一角であるダゴンらしいな」
「確か父なるダゴンとか、そんな風に言われてるな」
その正体はクラーケンではなくダゴン、邪神と呼ばれるカテゴリーで謂わば、聖闘士と他の闘士が組んだ理由でもあった。
そもそも、聖域と海皇軍とアスガルドと冥王軍――嘗ては敵対すらした勢力が組んだのは、邪神に対抗をする為なのは最早語るまでも無い話。
特に海の聖域を汚す存在――【強壮なるC】だ。
どういう訳か知らないのだが、連中はハルケギニアの時みたく奉仕種族を出すのではなく、深淵士(ディープ・ワン)と名乗る神の闘士を創り出した。
雑兵枠に海魚兵(インスマウス)、人間が海に適応させられた奉仕種族。
最下級の深淵士はユートの聖騎士らが闘っており、その悉くを屠る事に成功していた。
特に大活躍していたのがヘラクレス座のイリヤ。
次点で炉座のアンナだ。
尚、この頃になると大体が聖騎士だとパラディンじゃね? という事もあり、【星闘士(セイント)】という名前を名乗り始めた。
どちらにせよセイントに違いはないが……
「それでカミュ、どうしますか?」
「氷河よ、今やお前こそが水瓶座の黄金聖闘士だ」
「え、はい……」
形状こそ似ているけど、冥界の闘士が身に付けている冥衣を纏うカミュ。
そして氷河の身体には、きらびやかな黄金の煌めきを放つ黄金聖衣、その名も水瓶座(アクエリアス)だ。
氷河はカミュから聖衣を受け継ぎ、それを何よりも誇りに思っている。
とはいえ、黄金一二宮の闘いはトラウマにも近く、あの時はギリギリで生き延びたカミュではあったが、アスガルドや海皇戦で闘い
は叶わず、冥王戦に於いて命を落としてしまった。
あの嘆きの壁で。
友を殺すわ師匠は死なせるわ、氷河としては精神的にも辛かったであろう。
まあ、それはダイダロスをアフロディーテに殺された瞬、冥王戦でやはり師匠を死なせた紫龍も同じ。
一輝はエスメラルダ関連であろう。
星矢の場合は一番ショックだった出来事が、原典には無い展開であっただけに対処不可能だ。
即ち、姉の星華が妊娠をしていた事実。
星矢が父親を訊いたが、その時は答えてくれなかったのもショック。
『星華姉さんを孕ました奴をぶっ飛ばしてやる!』
なんて息巻いていたら、ひょんな事から犯人(笑)が判ってしまう。
しかもヤっちゃった事実は有ったけど、星華が当人に隠していたから知らなかったという現実。
そう、ユートだった。
星矢的には複雑だろう、ユートは星華と再会を演出してくれた恩人、それなら星華とユートが深い仲に成っていてもおかしくない。
尚、星華が妊娠を黙っていた理由は至極単純。
ヤった当時のユートは、戸籍上で七歳だったから。
実際には過去に跳ばされて肉体的に二十歳は過ぎていたが、対外的に視たなら星華が七歳のショタと関係を持った様にも見える。
精通してないだろうとも思えるが、若し家族から話を聞いたら従姉が証言をしていたに違いない。
『あ、ユートは四歳を過ぎた頃には精通してました』
とか? ネカネはそれを知れる立場だったから。
因みに、氷河の場合は寧ろ奥さんとのあれこれを、ユートに取り持たれていたりする。
一五年前の事……地上暦一九九七年。
二一歳で黄金聖闘士としては、カミュの享年を漸く越えた頃の話だ。
一九九九年に聖戦が起きる可能性を示唆していた事もあり、それとなく仲間の黄金聖闘士達に家族を持つ事を言ってきていた。
とはいっても、つまりは聖戦で死ぬ可能性や折角の家族を遺す可能性もあり、氷河もそうだが紫龍や瞬や星矢も難色を示す。
まあ、星矢の場合は家族を持つより前に四角関係を清算せねばならないが……
即ち、シャイナと沙織と美穂との関係だった。
沙織はその正体がアテナ……処女神だから家族を持つには向かない。
美穂は一般人だったから少し躊躇う。
ならば姉さん女房的にもシャイナか? といえば、別の可能性世界で何故だか義娘を育ててアルデバランと所帯な関係だったのを知っていたから複雑だ。
飽く迄も義娘を育てるという対外的な理由であり、その世界の星矢は失踪状態だった訳で、更に云うなら二人に肉体関係は無かったと思われるし、何より此方のシャイナには関係無い。
だけど四角関係という、星矢の方の問題から仲が深まらなかった。
扠置き、業を煮やしてしまったユートは取り敢えず女性側の意見を聞く。
春麗は翔龍という義息を育てていたが、それだけにお腹を痛めて子を成したいなんて欲求もあった。
なのでストイックに過ぎる紫龍を堕とす魔法の薬、嘗てアイオリアがリトスを孕ました切っ掛けとなった媚薬を渡す。
翌朝、裸の紫龍と春麗が朝チュンをしていた。
瞬の御相手にはジュネ、カメレオン星座の青銅聖闘士にして同門。
ジュネは自ら仮面を外す程に瞬を想っていたから、割と彼女がグイグイと押す形になっていた。
瞬は根負けした訳だ。
そして氷河は故郷とも云える東シベリア、帰る度にナターシャが何故か家へと訪れてご飯を作る。
不思議に思っていたが、これがユートの仕込み。
幼い頃の氷河がマーマとどんな生活をしていたか、それはユートも知らなかったけど、取り敢えず母親っぽくご飯やその他の世話を焼かせる事。
氷河がマーマを少しなりと幻視すれば占めたもの。
尚、劇場版に相沢絵梨衣に惚れられていたが、この世界線でエリスの依り代は翔子という少女、序でに云えば実際に依り代となったのは姉の響子である。
つまり、相沢絵梨衣とは存在しないか或いは出逢ってすらいないのか。
まぁ兎に角、ナターシャとは恋人という関係となった上で、一年後には息子が生まれた氷河は生き残る事に奮起をしたものだ。
「お前が指示を出せ」
「カ、カミュ?」
「私は確かにお前達の師、それは変わらないだろう。だが今は共に闘う同士でもあるのだ」
「カミュ……判りました! 我が師カミュ!」
「アイザックも良いな?」
「勿論」
三人の意見は一致を見て作戦は開始される。
「カミュ、アイザック! あの巨体を先ずは封じる」
「良し、どうするのだ?」
「奴を中心に三方から凍気で攻撃、俺とカミュは極光処刑(オーロラエクスキューション)で、アイザックは北極光激(オーロラボレアリス)で海ごと凍らせてしまおう!」
やる事は至極簡単だが、大変な事でもあった。
何より局所的な凍結など自然破壊だし。
「では合図と同時に!」
三人が構える。
特に氷河とカミュは同じ構えで、両腕のパーツが合わさり水瓶を構築。
「「極光処刑(オーロラエクスキューション)!」」
「北極光激(オーロラボレアリス)!」
三人がダゴンへと一斉に凍気攻撃を仕掛けた。
海すらも凍る絶対零度やそれに程近い凍気、カミュでさえ不可能と云われていた絶対零度ではあったが、
今現在のカミュはそれを使えるだけの技量が有るし、アイザックも絶対零度には可成り近い技を放つ。
「おおっ! 流石は我が師カミュと我が友アイザックというべきか!」
それは氷河が思っていた以上の実力だったと云う。
三方からの凍気をダゴンは躱せる筈もなく、すっかり凍り付いてしまった。
「これで終わりだ!」
氷河がダゴンへと放つはトドメの一撃、キグナスの最大の奥義……
「キグナス流星拳!」
ではなかった。
数百、数千、数万処のはなしではなく数千万もの、凍気を孕んだ拳がダゴンを襲い、海などではなく本体そのものの凍結を促す。
『ガアアアアアッ!?』
「フッ、見たか!」
ドヤ顔をしながら鼻で笑う氷河に、複雑怪奇な表情を浮かべるカミュ。
「氷河、キグナス流星拳とはいったい?」
アイザックが汗を流しながら訊ねる。
周りは凍って寒いくらいな筈なのに不思議だ。
「以前、一輝がグレてテロに走った際に星矢が俺から得た小宇宙を纏う流星拳を放ったらしいんだ」
「……一二宮の闘いの前、白銀聖闘士が介入する直前の暗黒聖闘士との闘いで、首領(ドン)を務めていたのだったな」
「ええ。俺も紫龍も瞬も、その時には気絶していたから直には見ていないけど、後で星矢から聞かされた話なんだ」
星矢が曰、直接的な防御にドラゴンの盾、精神的な防御には星雲乃鎖(ネビュラチェーン)、そして攻撃には氷河の凍気が力を貸してくれた……
(否、優斗的に言うならば力を合わせ闘った……か)
力とは貸したり与えたりするものではない、力とは互いに合わせるものなのだとユートは嘯いた。
勿論、喧嘩番長の御用達な御言葉である。
「にしても、大したものだな氷河。凍気に流星拳の持つ破壊力が合わさって敵を粉砕するのだから」
アイザックが感心する様に砕かれたダゴンを見た。
「流星拳は謂わば聖闘士の基本的な闘技。アイオリアの雷光放電(ライトニングプラズマ)は上位互換だ」
ペガサス流星拳が光速化した上で、雷光を備えたら雷光放電となる。
「それだけに、シンプルなだけに……却って難しい。実際、現在のペガサスである光牙も同じ場所で引っ掛かってしまっている」
「というと?」
「無数に放つ流星拳だが、人間なだけに癖が有った。だいたい二〇発くらいで、同じ軌道の拳になるんだ。俺も変わらんがな」
とはいえ、星矢はそんな欠陥も克服している。
実質的な上位互換技たる原子崩雷(アトミックサンダーボルト)も、億に到達する雷撃を孕む拳が正しく縦横無尽に駆け巡るのだ。
ユートが違う平行世界で見てきた射手座の必殺技、更にはアイオリアが主立って闘ったティターン神戦前のアイオロスの必殺技──無限破砕(インフィニティブレイク)など、
星矢へと伝えていて必殺技はそれなりに持つ様になったけど、基本的には複数の攻撃を放つタイプだからか、欠陥の克服は急務であった。
尚、別の平行世界に於いてロストサンクチュアリの教皇アイオロス、彼が使う必殺業たる厳霊乃焔(ライトニングフレイム)や厳霊乃極(ライトニングテリオス)などもちゃっかり修得をしているユート。
愛する弟を手に掛けて、正常に狂ってしまった英雄の業、ユートと同じ九識にまで手を伸ばした者。
だから訊いてみたとか、ユートの固有戦力となった冥闘士・射手座(サジタリアス)のアイオロスに。
『若し、已むを得ず貴方がアイオリアを殺してしまったとしたらアイオロス……貴方はどうする?』
『判らない。流石にその時になってみない事にはね。とはいえ、君が会ったというロストサンクチュアリのアイオロスは』
『狂っていたね、正常に。上手く手加減しアイオリアを制圧するだけの冷静さを持ちながら、大罪を犯すという愚行に走った』
あの歴史ではアイオロスが生きており、アイオリアも生きていたらしい。
然しながら青銅聖闘士は壊滅、瞬はハーデスにより身体を乗っ取られた。
特にペガサス星矢は彼のハーデスの剣に斬られて、転生すら出来ない虚無へと堕ちてしまう。
ペガサス星矢は勇者。
英雄アイオロスでは出来ない奇跡を起こす存在で、英雄の役割は勇者を導く事にあったのだ。
今一つの世界で星矢は、ペガサス聖衣に限界を感じてしまい、アテナの導きで【草薙の剣】を纏う剣闘士となって戦いを継続。
アイオリアが大神ゼウスに憑依されようと、諦める事無く三人の黄金聖闘士と一人の真聖闘士に、そして一人の剣闘士が協力をして闘ったのだ。
此方の世界では一輝が既に黄金聖闘士を降りた為、真・聖衣(オーセティック・クロス)に進化する事も無く終わっている。
閑話休題……
「さてと、終わった事だし優斗に連絡をするか」
「そうだな。私はエリシオンに戻るが何、冥闘士として聖戦には参加をするさ」
「俺も海闘士としてな」
三人の絆は確かなものとして紡がれていた。
スマホでユートの番号へ掛ける氷河。
「ああ、優斗か。此方は恙無く終わったぞ」
『それは良かった。なら、直ぐにもパライストラへと戻ってくれ』
「それは了解したが……」
『済まないな。本当だったら報酬に一日くらい師匠や真友と話させてやりたかったんだが』
「何かあったのか?」
『黄金聖衣を盗んだ連中が宣戦布告してきた』
「なっ!?」
『御丁寧に奴ら黄金聖衣を纏ってやがってね』
「まさか!」
『どうやってか従えたんだろうさ。しかも暗黒聖闘士を従えていたから笑えない話だよ』
「チィ、また暗黒聖闘士。そういえば幾つか回収し損ねたと言っていたな」
『ああ。暗黒小馬星座(ブラックエクレウス)、暗黒時計星座(ブラックホロロギウム)、暗黒山猫星座(ブラックリンクス)、
暗黒鷲星座(ブラックイーグル)、暗黒カシオペア星座、暗黒杯星座(ブラッククラテリス)に雑兵レベルで暗黒鳳凰星座(ブラックフェニックス)がそれなりに』
「暗黒四天王(ブラックフォー)の時より多いな」
『しかも、何人かは此方の青銅聖闘士と因縁有りだ』
「判った、直ぐに戻る!」
スマホの通話を切って、氷河は二人に向き直る。
「カミュ、アイザック……俺は行く」
「ああ、私達はこの闘いに加われぬ。頑張って来い、氷河よ」
相手が暗黒聖闘士なら、身内同士の闘いになるが故に他勢力から力は借りれない為、此方も聖闘士だけでやらなければならない。
氷河は頷くとテレポーテーションをしたかの如く、瞬間的にその場から消え去るのであった。