第6章:[新生聖衣篇](1/3)
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聖域、それはギリシアのアテネの郊外の更に奥深くに結界の中に存在している女神の本拠。
夢を視ている。
アテナ……城戸沙織は、自身を守護する聖闘士達が闘う夢を視ていた。
黄金聖闘士が、白銀聖闘士が、青銅聖闘士が、敵と闘っている姿。
相手は沙織が知る存在、アテナとしての記憶が教えてくれている。
金髪に金色の瞳を持った褐色の肌の少女。
「今日も同じ夢を、これは予知夢。女神……パラス! 甦ってしまったのね」
夢から醒めた沙織は表情を曇らせ、先程視た夢に思いを馳せる。
アテナとパラスには関係性が在り、その事が沙織の心労として表れていた。
「星矢、ごめんなさい……いつも貴方に過酷な運命を私は課してしまう」
射手座の黄金聖闘士である星矢はアテナの命令を受けて、嘗てはアテナの生命を奪わんとし、
ハーデスとの聖戦の折りには実際に自らの喉を突いた、双子座のサガが使った黄金の短剣を手に、女神パラスを殺す為に彼女の許に出向く。
だが然し、如何に神殺しの宿命を背負う星矢とはいえど、今のパラスは邪悪な意志を持たない少女と変わり無いと云う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「此処がアテナの云っていたパラスの出現位置か」
射手座の黄金聖衣を纏う星矢が、黄金の短剣を持って来たのは女神パラス降臨の場所である。
「光と闇のぶつかり合い、それで目覚めるパラスか。先の九頭竜との聖戦、あれが原因で新たな闘いが始まるのか。皮肉な……」
闘いが闘いを呼ぶ。
聖戦──邪神・九頭竜の復活を企む邪水衣(アクアス)を纏った邪神の闘士、深闘士(ディープ・ワン)と海魚兵(インスマウス)達。
闇の小宇宙を纏う邪神、水邪神の九頭竜は甦ってしまい、世界はあわや滅亡の寸前まで追い詰められた。
立ち向かったのは、若き新たなる青銅聖闘士達。
天馬星座の光牙
アンドロメダ星座の詠
鷲星座のユナ
小獅子星座の蒼摩
龍星座の龍峰
狼星座の栄斗
オリオン星座のエデン
白鳥星座の凍夜
そして黄金聖闘士や白銀聖闘士、更には黒鍛聖闘士などの非正規な聖闘士達、聖闘士以外の者までが集まって闘ったのだ。
世界を破滅に導かんとする九頭竜と闘い、虜の身となったアテナに代わって、陣頭に立ったアリアの許に見事勝利を収めた。
双子座の優斗と牡羊座の貴鬼が新たに造った聖衣を纏い、アリアもオリーヴァの天聖衣(アス・クロス)を纏って……
その闘いが招いた新たな危機、星矢は知らず知らずの内に黄金の短剣を持った左手に力を籠めた。
既に予言はされていた、その新たなる災厄。
緋色の流星が落ちる。
「目覚めたというのか? 災厄の女神パラス!」
俯せに倒れた少女……
起き上がった少女の容姿は短いボブカットの金髪、緋色の瞳、褐色の肌、白いキトンを纏ったもの。
「女神パラス……アテナの命によりその生命、貰いに来た!」
静かに通告する星矢に、パラスは起き上がると……
「アテナの聖闘士。黄金のペガサス」
星矢を正しく認識したのだろう、その名前を呟きながら拾った人形を抱いて、ゆっくり向き合った。
「御身さえ亡きモノにしたなら、これから起きるであろう闘いを事前に止める事が出来る」
見た目が小さな少女たるパラス、苦々しい表情になりつつも告げた。
アテナとパラス、奇妙な絆で結ばれた二柱の女神。
然れどパラスは……
「うん、良いよ」
星矢の手に掛かる事を、敢えて善しとする。
驚愕に目を見開く星矢。
「神話の時代よりの、もう呪いとさえなってしまったパラスとアテナの絆。
これをその黄金の短剣で絶ち切ってくれるのなら、パラスがアテナを傷付ける前に、この生命を貴方に上げる。神殺しの聖闘士……黄金のペガサス」
パラスの頬を涙が伝い、その小さな肢体を全くの無防備で星矢に晒した。
そんなパラスに対し、星矢は黄金の短剣を逆手に握って振り翳す。
だけど振り降ろせない。
元々、星矢は女性に手を挙げるのを好まないが故、無抵抗で生命を捧げようとするパラスに、黄金の短剣を突き立てるのを躊躇う。
苦悩し、歯を食い縛りながら震える手でパラスに向ける黄金の短剣だったが、結局は……
「くうっ、アテナッッ! ……済まない!」
殺すなど出来なかった。
女神パラスを生かしておけば、新たなる闘いが必ず起こって、再び若き聖闘士達を駆り出してしまうし、場合によれば何人もの聖闘士が生命を落とす。
それを理解しながらも、今の星矢にパラスを殺す事は出来そうにない。
「俺は、この子を手に掛ける事は出来ない!」
パラスに背を向けると、星矢は血を吐く様な思いで呟いた。
其処へ声が掛かる。
「アテナの聖闘士は優しいのですね。ですがその甘さが我々、パラサイトとの闘いを止める手立てを失わせてしまった。
射手座の黄金聖闘士……サジタリアスの星矢、我が主・女神パラスの生命を奪わないで下さった事を感謝致しますよ」
深い緑に輝く鎧を纏った男だった。
「うっ? パラサイト……だと!」
何だか寄生生物(パラサイト)っぽい名であるが、きっと突っ込んではいけない処なんだろう。
「パラス様はアテナの力を奪い成長します。そして、再び目覚めた時にパラス様はアテナを欲し、求めるでしょう」
小宇宙でパラスを眠りに就かせ、パラサイトを名乗る男は説明をする。
パラスの左腕には蛇が塒(とぐろ)を巻いたみたいな腕輪が、ピンクに近い赤紫に妖しく光を放った。
それはアテナ神殿に居る沙織にも顕れ、その神力を正に奪わんとしている。
「ふふ、パラス様はその愛故にアテナを壊すのです」
「くっ、お前は何者だ!」
星矢が、凄味を利かせた表情で問うと……
「私はタイタン」
眠るパラスを抱き上げながら答える。
「女神パラスの下僕たる、パラサイトの一人……一級パラサイト、大剣(グレートソード)・天神創聖剣のタイタン」
恐らくは聖闘士と同じく階級があるのか、タイタンは自らを一級パラサイトと名乗った。
タイタンは立ち去る為、踵を返しながら言う。
「黄金のペガサス、貴方はパラス様を此処で殺めてしまうべきでした。
貴方の甘さが、新たなる闘いを呼び……アテナを殺すのです。さようなら、サジタリアスの星矢。またお会いしましょう、戦場で」
そう言うと、瞬間移動をして消えてしまった。
消えたパラスとタイタンが居た場所を見遣りつつ、無念の気持ちを籠め……
「済まないっ、アテナ! 俺は……俺はっっ!」
只々、謝る事しか出来ずに居た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「貴鬼、羅喜!」
「優斗!」
「優斗様!」
聖衣保管室とも云うべき部屋へと入ってきたのは、黄金聖闘士・双子座(ジェミニ)の優斗だった。
此処で聖衣の修復や製作を行っており、本来ならば聖衣修復師たる黄金聖闘士・牡羊座の貴鬼と、弟子の羅喜くらいしか入れない。
だが然し、ユートとその使徒でありユートの聖闘士というべき牡羊座(アリエス)のシエスタだけは入室を許されている。
何故ならユートは現在、唯一の〝聖衣創成師〟として名を馳せて、シエスタは羅喜にとっては姉弟子に当たるからだ。
「珍しいな、ユートが此処に来るなんて」
「なにね、どうやらパラスを弑奉るのを星矢に任せたと聞いてね」
「ふむ、耳が早いな」
「相手は女神。僕の知っている女神って基本的に少女の姿だし、沙織お嬢さんも今は三五歳だけど、星矢が聖闘士に成り立ての頃は、たったの一三歳の少女だった訳だしね。
果たして殺せるのかなって思ってさ」
「難しいな。星矢は昔から女性に甘い処があったし、それを鑑みると……」
星矢は昔から『姉さん』『魔鈴さん』『シャイナさん』『沙織さん』と、女性の事を叫び続けている。
闘いには無関係だから、叫んでいないが美穂ちゃんという存在も……
「星矢が失敗した場合は、パラスとアテナの闘いが起きるな」
「パラスか。神話上では、海皇ポセイドンの嫡子であるトリトンの娘で、アテナとパラスは一緒に育てられた謂わば幼馴染みだった。
仲の佳かった二柱だけど、ある時に喧嘩をして闘った際に、アテナが危ない処を天帝ゼウスがアイギスを与えてパラスの攻撃を防ぎ、結果としてアテナが勝利したんだったな」
「ああ、その神話の通りにアテナとパラスの関係性は微妙なものらしい」
「特殊な絆……逆縁か」
愛憎が絡み合い、神話の時代からの因縁と絆を以て闘う二柱の女神。
侭ならないものだと思いながら、ユートは入口へと目を向けて言い放つ。
「ふん、それで隠れている心算なのか?」
「此処は聖衣を保管している神聖なる場所だ。お前の様な邪悪な小宇宙の持ち主が入って良い場所ではないぞ!」
それに貴鬼が付け加え、やはり入口を睨む。
「これは失礼をば」
明らかに深淵士(ディープワン)の邪水衣(アクアス)とは異なる鎧を纏う男が入ってきた。
「私の名はディオネ、女神パラス様にお仕えする二級刻闘士(パラサイト)。以後御見知り置きを、牡羊座の貴鬼。双子座の優斗」
「パラサイトだとっ!? 真逆、女神パラス!」
ディオネとやらの名乗りを聞いた貴鬼は、どうやら星矢が失敗したらしいと、当りを付ける。
「寄生生物(パラサイト)……ねぇ。女神パラスに寄生するって意味? それとも自宅警備員(ニート)?」
「な、何ですと?!」
嘲る様に言うユートに、ディオネが激昂した。
「ププッ!」
「クスクス」
思わず貴鬼と羅喜が噴き出してしまう。
「わ、笑うなぁぁぁっ!」
虚仮にされて涙目になりながら怒鳴るディオネ。
流石に慇懃な言葉遣いをしている余裕が無い。
「で? 二流パラサイトのDIO?」
「違う! 二級パラサイトのディオネですっ! 誰が吸血鬼ですか?」
「おい、挑発されてどうするんだディオネ」
「く、ナルヴィ」
更にもう一人。
「俺は二級パラサイト……手斧(ハンド・アックス)、フォレストスラッシャーのナルヴィ」
「要するに木樵か?」
新たに名乗る刻闘士(パラサイト)に対して、またも挑発をするユート。
「貴様!」
「お前達、貴鬼様と優斗様に何の用だ!?」
羅喜が叫ぶと……
「勿論、貴殿方を葬りに来ました。世界で唯一の聖衣創成師と聖衣修復師の貴殿方を此処で斃せば、壊れた聖衣はいずれ朽ち、新たに造られる事もない。
聖闘士は聖衣を喪い身を護る術を無くし全滅するでしょう」
少し落ち着いてディオネが朗々と語る。
成程、聖衣の創成が現状で可能なのはユートのみ、修復はユートとシエスタと貴鬼の三名だけだ。
「愚かな、二級パラサイトとか言ったか?
聖闘士の様に小宇宙を燃焼、爆発させて奇跡をも起こす闘士であれば未だしも、神の加護だけを頼るお前らが聖闘士の最高峰、黄金聖闘士を葬るだと?舐められたものだね……」
「ほざけ! アックス・ブレイカァァァーッ!」
手にしたハンドアックスを揮うナルヴィ、ユートは拳を構えると……
ガシィッ!
「なにぃ! 俺のフォレストブレイカーを止めた?」
アッサリと受け止めて、更に握力を籠める。
バキン!
「莫迦な、砕いただと!」
「何を驚いてる? 聖闘士は破壊の根元を身に付けた闘士、この程度なら最下級の青銅聖闘士(ブロンズ)でも出来る事だぞ?」
左手で敵の攻撃を受け、そして右腕を揮い……
「ヒッ!」
「七燐光覇(セット・クルール・リュミエール)!」
一千万の燐光を一ヶ所に収束させて、それを同時に七発ぶつける必殺技。
「げはぁぁぁっ!?」
それは謂わば、ペガサス彗星拳を七発放つに等しい行為だ。
「星々の煌めきに消えるが良い!」
貴鬼もディオネを相手に攻撃を加える。
それは今は亡き師匠……牡羊座のムウが使っていた秘技。
「星明識廷(スターライトエクスティンクション)」
「くっ、これは! この侭では星々の光に呑み込まれてしまう!」
自身の力か、鎧の力かは定かではないが星明識廷に呑まれる前にナルヴィを連れて消えるディオネ。
尤も、ナルヴィは既に息絶えていたが……
ユートは砕けた鎧の欠片を拾い上げる。
「これが刻衣(クロノ・テクター)か……」
刻衣(クロノ・テクター)を拾うと、ジッと見つめてユートは独り言ちた。
第6章:[新生聖衣篇](2/3)
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一方で三日月島にも異変は起こっている。
九頭竜との闘いが終わってから、再びこの島に戻ってきた天馬星座の光牙。
新たな闘いが始まるのに備え、自らを虐めるかの如く修業に打ち込んでいた。
恐るべき邪神の眷属達、深淵士(ディープ・ワン)は余りにも強くて、幾人もの聖闘士が死亡した。
青銅聖闘士も白銀聖闘士も……だ。
力不足を感じた光牙は、今も肉体を鍛えていた。
「光牙君」
「シエスタさん!?」
黒髪をボブカットにした女性に声を掛けられ、光牙は吃驚しながら駆け寄る。
アテナの聖闘士ではないのだが、同じ素材で同様の理屈で造られた聖衣を与えられ闘う事が出来る聖騎士として存在していた。
ハルケギニアに生まれ、主たるユートと出逢った事により、本来の流れから外れて使徒となった、ユートの固有戦力。
そして数少ない聖衣修復師として、牡羊座の貴鬼の許で羅喜と共に修行中でもあった。
尤も、既に免許皆伝になって久しいのだが……
「今日はどうしたんだ?」
「貴鬼様から許可を戴いたので、光牙君の聖衣を修復しに来たのよ」
「ペガサスを?」
九頭竜との闘いの果て、ペガサスの聖衣はボロボロに破損しており、もう修復も利かないとさえ思っていたのだが、シエスタは修復の為に三日月島へ訪れたのだと言う。
「俺、もうペガサスは二度と羽ばたけないとばかり」
「確かにこの侭では羽ばたけないわ。このペガサスは既に死んでいるから」
「え? 死んでるって?」
「聖衣にも生命があるの。ある程度の破損なら自己修復で直るけど、此処まで壊れてしまうと聖衣も息絶えてしまうわ」
「じゃあ、どうすんのさ」
シエスタは狼狽えている光牙に微笑み掛け、ウィンクをしながら言った。
その笑顔に思わず紅くなってしまう光牙。
「大丈夫。仮令、死に絶えたとはいっても聖衣を甦らせる方法はあるのよ」
「ホントか?」
「死に絶えた聖衣を甦らせるには、聖闘士の大量の血を必要とします。という訳でして……」
「──え゛?」
光牙はソッと後退る。
笑顔でシエスタがゆっくりと前進……
「あの、シエスタさん?」
後退る。
「さあ、献血を」
前進……
「うわぁぁぁぁぁっ!」
光牙は逃げ出した。
「させません! 黄金星雲鎖(ゴールデン・ネビュラチェーン)ッッ!」
「んなぁぁっ!?」
黄金の鎖が伸びてきて、光牙の身体をグルグル巻きにして捕縛してしまう。
「がはっ!」
引っくり返る光牙。
笑顔で近付くシエスタを見て、口元をヒクヒクと引き攣かせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「容赦ないな」
辰巳は憐れにもゲッソリと窶れた光牙を見ながら、大粒の汗を流している。
「聖衣修復に聖闘士の血液が要るのは御存知でしょ? 仕方ない事ですよ」
「其処まで性急に修復をするには理由が?」
「次の闘いが始まると……ユート様が、アテナが仰有いました。急いで聖衣を直さないと闘えません」
「なら光牙から血液を抜いたら拙くないか? 若しも今の間に襲われたら……」
「とはいえ、私の血液を使うと暫く修復が出来なくなりますし、この場の聖闘士は光牙君だけなので」
「まあなぁ……」
三日月島に居る聖闘士は現状で、光牙とシエスタの二人のみだ。
シエスタは正式にこの地の聖闘士ではないのだが、黄金聖闘士と同等の小宇宙を持っている。
それこそ、ユートが造った牡羊座(アリエス)の聖衣を纏うのは伊達ではない。
元々、ユートがハルケギニアで造った聖衣は初心者の為のマジックアイテム。
窮めて本物に近い模造品(イミテーション)だ。
ユートの使徒なり或いは仲間なりが渡される聖衣というのは、飽く迄もユートが本物と同じ素材同じ技術で造り出した模造品。
窮めて本物に近くとも、それは決して本物とは云えない贋作に過ぎないのだ。
何処ぞの贋作師が描いた絵画を、果たして本物として扱うだろうか?
断じて否。
本物と偽る事は出来ても本物に成り代わる事は可能だとしても、それが本物に成る事は出来はしない。
ユートの造る聖衣とは、闘いの初心者に力を与えるのが目的の鎧。
戦闘訓練をさせても決して目覚めぬ小宇宙、それを補うべくユートは小宇宙に関しては自分のモノをチャージして、
後は世界からの集積で獲られる様に術式を組み、戦闘で使うエネルギーには小宇宙を使わずに、纏う本人の精神から魔力、生命エネルギーの氣、
この二種類を合成──陰陽合一法──した融合エネルギー【咸卦の氣】を用いる。
故に、纏えば聖衣を重く感じる事は無く、魔法とは別のエネルギー源を以て、必殺技の再現を行えた。
後は纏う人間が戦闘訓練をしていれば、鋼鉄聖闘士より戦闘能力の高い聖闘士モドキになる。
ユートはその知識や技術を使い、牡羊座の貴鬼と共に新しい聖衣を造った。
此方は本物と同じ聖衣、パワーアシストが無いから小宇宙を身に付けねば使えない物だ。
前聖戦終了までに破壊された聖衣は数多く、この侭では次の聖戦に支障を来すとして、聖衣修復に一生懸命だった貴鬼。
聖衣には予備も存在し、前聖戦──二百数十年前の冥王戦──で喪われた聖衣はそれで賄われた。
例えば各世代の聖戦で、常にアテナの傍に控えたというペガサスの聖闘士。
前聖戦のペガサスの聖衣は更に前、五百年以上前の聖戦で使われたであろう、ペガサス聖衣だったらしく既に形状が星矢の最終青銅聖衣に近かったが、
星矢が実際に使ったペガサスは、明らかに初期状態だった。
NDのペガサスの天馬が纏っていた聖衣と星矢が纏った聖衣、明らかに退化していたのは前聖戦で喪われたペガサスの予備を用いた為であろう。
勿論、予備が存在しない聖衣も在ると思われる。
鳳凰星座の聖衣は最後に造られた為、予備が存在する筈もないし何よりもその性質上、予備が不要な聖衣だからだ。
また、永久氷壁に有ったキグナス聖衣や海の底に沈んでいたアンドロメダ聖衣も予備は有るまい。
今まで八八人の聖闘士が揃わなかったのは、これらの纏い手が居なかった所為でもあるのだろう。
実際、前聖戦の時代では最も戦力が充実していたとされるが、それでも聖闘士の人数は七九人で、本来の総数である八八人には届かなかったと云う。
黄金聖衣にも予備は存在しないと考えられる。
黄金聖衣は、白銀聖衣や青銅聖衣とは違って生命力も遥かに高くて意志も確りしていた。
しかも、この度の冥王戦でタナトスに粉砕されるまでは、一度として完全破壊された事が無いとされる。
仮に纏い手が戦地で死んでも、聖衣だけは十二宮にしれっと戻るのだろうが、便利なものだ。
閑話休題……
ユートはペガサスやドラゴンの様に、前聖戦に於いて神聖衣にまで進化をした聖衣は仕舞っておき、新しい聖衣を造る提案をした。
彼の最終青銅聖衣はそれだけで黄金聖衣並、小宇宙を燃やせば黄金聖衣を遥かに超越する。
つまり、新しい纏い手の成長を妨げるだけだ。
其処で一度、黄金聖衣以外を全て造り直す事にし、面倒な聖衣櫃を廃止した。
そして、九頭竜との闘いまでに造られた聖衣は合計は百を越える事となる。
階級も幾つか変更されたものもあり、前聖戦までと様変わりしたと云えよう。
例えば、風鳥座は前回が白銀聖衣だったが、今回は青銅聖衣となる。
キリン星座の青銅聖衣も白銀聖衣となり、ユートの麒麟星座と分けられた。
彫刻具星座の青銅聖衣も白銀聖衣となり、その逆に鷲座(イーグル)の白銀聖衣は鷲星座(アクィラ)の青銅聖衣に改められている。
他にも、歴史の流れに消えたオリオン座の聖衣は、白銀聖衣だったとされているのだが、新たに造られたオリオン座は青銅聖衣だ。
また、パライストラ開校に伴って聖闘士が増えて、聖衣が足りなくなる可能性も考え、
既に存在してない星座──帝国の宝珠座や、四分儀座──の聖衣も製作されて、他にも名前が変わった星座──雀蜂座から北蝿座など──も採り入れていった。
天馬星座の光牙や龍星座の龍峰が纏うペガサス聖衣やドラゴン聖衣、これらはそうして造られた新聖衣。
雀蜂座の白銀聖衣を纏う雀蜂座(ヴェスパ)のソニアみたいに、名前が変わって存在その物が消えた星座を守護星座として、聖闘士になった者も居る。
因みに、雀蜂座は北蝿座に名前が変わった挙げ句、北蝿座その物がもう無い。
コロナの聖衣とされていた山猫座聖衣(リンクス)、竜骨座聖衣(カリナ)、髪の毛座聖衣(コーマ)も青銅聖衣として新しい形となる。
こうして、ある意味では聖域も変遷していった。
とはいえ、邪神を相手に聖闘士だけでは心許ない、其処で聖闘士の総数を増やすのと同時に、海闘士にも何人か援軍を頼んだ上に、ユートが固有戦力で冥闘士を喚び込んでしまう。
黄金聖闘士と白銀聖闘士青銅聖闘士に加え、嘗ては単なる敵でしかなかった、暗黒聖闘士改め黒鍛聖闘士を引き入れて、更に海闘士と冥闘士と神闘士の超連合にてぶつかる邪神大戦勃発であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「大丈夫か、光牙?」
「うう、辰巳か……大丈夫に見えるのか?」
半分近くもの血液を抜かれてしまい、フラフラしている光牙はお世辞にも大丈夫そうには見えない。
「ほれ、増血剤と血を造る野菜をふんだんに使ったというスープ、それにミルクだそうだ」
「これ、シエスタさんが作ってくれたのか?」
「増血剤はユートが用意したらしいがな」
「優斗……」
スープを飲み、増血剤を煽った後でミルクを飲んだ光牙は緒方優斗に関して、少し考える。
パライストラに入学した頃の話だ、ユートはエデンと共にパライストラへ転入をしてきたが、他の青銅に比べて格段に強かった。
同じパライストラの生徒として聖闘士の修業をしてきたが、明らかに数段上の実力を持つユート。
麒麟星座(カメロパルダリス)の青銅聖闘士として模擬戦をしたが、決して勝つ事は出来なかったのだ。
その理由は九頭竜を相手にした聖戦が始まった時、よく理解する事が出来た。
よもや黄金聖闘士が青銅聖闘士として、初心者ばかりのパライストラに転入していたとは。
黄金十二宮の三番目……双児宮を守護する双子座、ジェミニの優斗。
闇の小宇宙の扱い方を教えてくれた恩人でもあり、ライバルだと目した相手。
今はまだ遠い。
「おい! お前が神殺しの光牙だな?」
「は?」
声を掛けられて振り向いてみれば、前時代的な学ラン姿の少年が立っている。
「深海の邪神、九頭竜を斃した神殺しのペガサス! お前を斃して俺が神になるんだ!」
言うが早いか、少年が行き成り殴り掛かってきた。
「な、何だよお前は?」
危なげ無く躱す光牙だったが、未だに血が足りなくてフラついている。
神殺し──先の邪神大戦に於いて、現世へと甦った九頭竜の一部を殺したのは確かに光牙だが、実際にはユートが光牙と共に殺しているから、別に光牙だけの称号という訳ではない。
ユートは余り表立たなかったから、光牙程には名前が売れていないだけだ。
「俺と闘え、ペガサス光牙っ!」
「莫迦か、聖闘士は私闘を禁じられている。闘えとか言われて『はい、そうですか』なんて言えるか!」
「うっせーよ! そんなの関係ねー!」
血の気の多い少年は光牙の言葉を聞こうともせず、拳を揮い続けた。
「俺は強くなるんだ、お前よりも……誰よりも!」
「ったく、なりたきゃ勝手になれよ。神にでも最強にでもな」
「日和った事を言ってんじゃねー、俺と勝負しろ!」
「これからまた聖戦が始まるって時に、無関係な闘いが出来るかよ」
踵を返す光牙。
「巫山戯んな、闘わねーってんなら闘いたくなる様にさせてやらー!」
そう言うと、少年は力を籠めていく。
「ハァァァァァァッ!」
「──っ!? 何だ、この攻撃的な小宇宙は? 闇の小宇宙にも似たこれは……お前、真逆?」
余りにも攻撃的な小宇宙に振り返った瞬間……
「ヒャッハー!」
何処かの世紀末、バイクに跨がってモヒカンにした雑魚っぽく叫ぶ誰かのダミ声が響いて、刺付きボールに長柄が伸びる金属の塊が降ってくる。
所謂、モーニングスターという武器だ。
「見付けたぜ、ペガサスの光牙ぁ!」
「その格好、深淵士(ディープ・ワン)の残党か?」
「深淵士だ? あんな根暗と一緒にすんじゃねーよ。俺は女神パラス様の闘士、三級刻闘士(パラサイト)、モーニングスター・星砕(スター・クラッシャー)のタルヴォスだ!」
「寄生虫……だと?」
「誰が寄生虫か! 神殺しの男、この俺の星砕であの世へ送ってやる!」
「どいつもこいつも、人を神殺し神殺しとウゼー!」
流石に頭にキた光牙。
とはいえ、今はペガサス聖衣が手元に無い。
其処へ少年が光牙とタルヴォスの間に割って入る。
「おっと、こいつに目を付けたのは俺が先なんだよ。闘いたいならまずは俺を斃すんだな!」
「用があるのは聖闘士だけなんだ、単なる人間は引っ込んでいろ!」
「単なる人間? フフン、俺は単なる人間じゃねー。この三流野郎、見せてやる……来い、鋼鉄聖衣!」
少年が持っていたバッグから、青いラインの鎧が飛び出して装着されていく。
「鋼鉄聖衣だって!?」
やはり前時代的な聖衣、鋼鉄聖衣を見に纏う少年は高らかに名乗りを上げた。
「俺の名前は昴……っ! 鋼鉄聖闘士だ!」
第6章:[新生聖衣篇](3/3)
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「はぁぁぁっ!」
昴と名乗った少年が殴り掛かる。
「ぐおっ!」
それが刻衣(クロノ・テクター)の上からであるとはいえ、良い具合に鳩尾へ決まってタルヴォスが苦しさと痛みに呻く。
「どうだ!」
「舐めるな、正規の聖闘士でもないガキが!」
昴の聖衣は決して本物ではなく、かといってユートの造る紛い物ですらない。
「アイツの鋼鉄聖衣って、鋼鉄聖闘士にあんな奴なんか居たっけか?」
光牙が昴の存在に驚いていると、辰巳徳丸が近付いて答えてくれた。
「昴と云うのはな、お前達が合同訓練をした後で鋼鉄聖闘士養成所の門戸を叩いた少年らしい。彼は量産型の鋼鉄聖衣を与えられて、こうして闘いに出る程度には鍛えられた様だ」
ユートが嘗て開発した、動物型の星座を基型とした陸海空の力を有した聖衣。
謂わば、鋼鉄聖衣の開発に成功した世界線に有った物の再現に等しい。
アニメでは不評な黒歴史認定な代物で、十二宮篇に入ってからは無きが如くであったが……
麻帆良学園都市で教師をしていた幼少時、超 鈴音と学園祭の時に闘った事があるが、この時に超が纏っていたのが、航時機(カシオペヤ)を内部に組み込んだ時計座の鋼鉄聖衣。
ユートは隷属を約束させた超を斃し、未来への帰還を阻止した後に、ユーキと超と聡美を含めた【超技術(チャオ・テクノス)】で、プロトタイプを完成した。
プロトタイプは、アニメに出た巨觜鳥座と梶木座と小狐座──スカイクロス、マリンクロス、ランドクロスの三つである。
そして現在は、財団法人【OGATA】の一部門となっている【超技術(チャオ・テクノス)】の最高責任者と技術主任によって、
完全に余分な部位を削ぎ落としてマイナーチェンジをした量産先行型の鋼鉄聖衣が造られ、麻森博士が率いているグラード財団の技術部に渡されていた。
鋼鉄聖闘士に渡されているという鋼鉄聖衣は、昴が纏う深い蒼の物とは色違いで同じ形状である。
その分、基本的に誰でも装着が可能となっており、互換性もあるからダメージにより戦線離脱した仲間から聖衣を借りて、ダメージは少ないが聖衣は壊れた者が戦線復帰も可能だ。
尚、鋼鉄聖闘士の養成は既に次代へ聖衣を引き継いでいる、狼星座(ウルフ)の那智と小獅子星座(ライオネット)の蛮がしている。
「ぐあっ!」
辰巳が光牙に鋼鉄聖衣の説明をしていると、悲鳴を上げながら昴がタルヴォスの星砕(スター・クラッシャー)に殴られて吹き飛ばされてきた。
「ふははははは! 脆い、脆すぎるわ! 所詮、機械仕掛けの聖衣なんぞでは、女神パラス様から拝領した刻衣(クロノ・テクター)には微塵も傷付かぬわ!」
量産型なだけにコストダウンの為、聖衣の素材には神秘鉱石の類いを一切使ってはいない。
例えば……神金剛(アダマンタイト)、神鍛鋼(オリハルコン)、ガマニオン、銀星砂(スターダストサンド)に青鍛鋼(ブルーメタル)などが……だ。
その分、青銅聖衣よりも脆いのは流石にどうしようもなかった。
とはいえ、昴のは旧式も旧式な鋼鉄聖衣。
本来仕様な鋼鉄聖衣は、PS装甲が使われている。
その為に簡単には破壊が出来なかった。
「ちっくしょー、もう罅が入っちまった……やっぱ、使えねーぜ!」
パリンッ! と装甲に罅が入って欠けたのを見て、昴は悪態を吐くと光牙の方を向き……
「なあ、お前も聖衣を纏って闘えよ!」
などと、文句を言う。
「ワリーけど、俺の聖衣はまだ修復中なんだよ」
「ハァー?」
意外な答えに昴は顰めっ面になりながら嘆息した。
「まだ、俺のペガサスは羽ばたけないんだ……」
「ぐわっはははははっ! そいつは好都合だ。食らえ破壊の衝撃ぃ! 鉄金隕石(アイアン・メテオ)!」
星砕(スタークラッシャー)などと、大仰な名前のモーニングスターが巨大化して光牙と昴を襲う。
「うわぁぁぁぁああっ!」
「ぐああああっ!」
吹き飛ばされる二人へ、タルヴォスが再び星砕(スタークラッシャー)を揮ってくる。
「トドメだ! 死ねぇっ! 鉄金隕石(アイアンメテオ)ッッ!」
襲い来るモーニングスターの一撃、倒れた状態では躱す事が困難だ。
「う、うわぁぁぁぁあっ! 殺られる!」
光牙はタルヴォスを睨み付けていたが、昴は萎縮してしまい顔を逸らしながら悲鳴を上げる様に叫ぶ。
其処へ黒い人影が……
「がはぁぁぁぁぁっ!」
スキンヘッドに執事服、辰巳徳丸であった。
「ジジィ!?」
直撃こそ避けられたが、酷いダメージで砂浜に叩き付けられてしまう。
「ジジィ、辰巳! 何で、何で俺を庇ったんだ!?」
「フフ、もうすぐペガサスは再び羽ばたく。それは、お嬢様の為になる事だ……光牙よ、ペガサス……羽ば……たくん……だ!」
「バカ野郎、そういうのはヒロインの役目だろうが、ジジィのなんて誰得だよ」
「お、お前も大概……俗世間に染まったな」
冗談ん言える程度には、余裕があるらしい。
というか、辰巳も随分と丸くなったものである。
昔は一輝や星矢をシバきまくっていたというのに。
光牙は辰巳の手をゆっくり放すと、タルヴォスを睨み付けた。
「生意気な目だ、何だぁ、その目はよ!」
「それはこっちの台詞だ。お前は何故無関係な奴まで巻き込むんだ!?」
「俺はな、破壊が好きなんだよ! 破壊する時、ゾクゾクするんだよ! 背筋が歓喜でゾクゾクとなあ! 地を這い擦り回る虫けらの一匹や二匹、どうなろうと知った事かよぉぉっ!」
「はん、下らねーぜ」
「なにぃ!?」
「前、俺は自分自身を恐れていた。強大な闇の小宇宙に取り込まれ破壊の衝動の侭に全てを、大切な仲間を傷つけてしまうんじゃないかと。
だから拒絶してた、抗おうとしたんだ闇を……俺の中の破壊衝動を抑え付ける為に!」
「はっ! 莫迦が、破壊は拒絶するモンじゃねーよ! こんな愉しい事は他にはねーぜ! 人間なんぞ世界の癌細胞だ、俺様の星砕(スタークラッシャー)が全てを破壊してやる!」
「違うな、お前は逃げているだけだ。自分が傷付けられる恐怖から。俺はもう闇を恐れる子供じゃねえ! 俺は地上の愛と平和を守るアテナの聖闘士、天馬星座(ペガサス)の光牙だ!」
「ふん、餓鬼が生意気な。神を倒したとは云ってもな所詮、貴様は聖闘士最下級の青銅聖闘士(ブロンズ)、況してや聖衣の無いお前が俺に敵う訳がねーだろ!
糞ジジィの邪魔が入ったが今度こテメーにそトドメを刺してやるぜ、鉄金隕石(アイアン・メテオ)!」
三度の鉄金隕石(アイアン・メテオ)を放たんと、タルヴォスが星砕(スタークラッシャー)を振り上げると……
シャリィィィン!
黄金の鎖がタルヴォスの腕を絡め取り、攻撃の手を止めてしまった。
「だ、誰だ!?」
タルヴォスの視線の先に居たのは、メイド服に黄金の籠手を装着した黒い髪をボブカットにした女性……
「シ、シエスタ……さん」
ユートの使徒で聖騎士、牡羊座(アリエス)を拝命したシエスタ・ササキ。
先代の牡羊座のムウより聖衣修復の技術を継いで、今や牡羊座の黄金聖闘士となった貴鬼とは、ある意味で同僚とも云える。
そして聖衣創成師として聖域の聖衣を造るユート、修復師の貴鬼とシエスタとして、この三人は勇名を轟かせていた。
ずっと昔、小宇宙に目覚めてより牡羊座(アリエス)
の必殺技を使い、黄金星雲鎖(ゴールデン・ネビュラチェーン)を用いる技法を得意としている。
尚、本来であれば子供も生んでいるが、見た目には一六歳の容姿を保っている為に、子供の爛漫さと大人の色気を併せ持ち、聖域で人気のアイドルだった。
正規の聖闘士ではないが故に、仮面を被っていない素顔であるのと、女性聖闘士の姉御肌な部分が無い、たおやかさが人気の秘密であろうか?
「双子座・ジェミニの黄金聖騎士、ユート様の閃姫。牡羊座のシエスタ!」
「牡羊座だと!?」
タルヴォスが知る牡羊座の黄金聖闘士は貴鬼。
だから驚愕した。
「聖衣が無いとか青銅とか関係はありません、必要なのは闘う意志と小宇宙! 全てはこの二つで決まるのです。
聖衣はそれを補助しているに過ぎませんよ……そちらの少年も、鋼鉄聖衣は我が主がお仲間やユーキ様と造り上げた物、大切に使って欲しいですね」
「仲間? ユーキ様?」
昴は誰の事か理解出来ず首を傾げる。
聖闘士の世界では普通、黄金聖闘士の方が立場的に上だから、〝ユーキ様〟がよもや〝青銅聖闘士〟だとは思わないであろう。
「今度は女、テメーが相手かよ? 良いぜ、この俺様の星砕(スタークラッシャー)で破壊、粉砕、大喝采してやるぜ!」
『大喝采は違うだろうが、この脳筋野郎!』
全員──昴さえ──そう思ってしまった。
だがシエスタは首を横に振ると光牙の方を見遣り、その手にした銀色の腕輪に白い宝玉が填まった物を、ポイッと投げて寄越す。
「これは! 俺の聖衣?」
それは光牙の聖衣石(クロストーン)だった。
「修復は完了しましたよ。血は足りないでしょうが、闘いなさいペガサス光牙。私の仲間であるペガサス、フィアは多少の困難に泣きごとは言いませんでした。
今こそ立ち上がりなさい、若き聖闘士達よ。己れの心の小宇宙を燃やし、ビッグバンを起こすのです!」
「は、はい!」
穏やかでたおやかな笑みを浮かべるシエスタ、その美しさに一瞬だが見惚れてしまった光牙は、すぐ居住まいを正して返事をする。
「俺の新しい聖衣……」
九頭竜との闘いで粉々にされたペガサスの聖衣が、今正に自分の手の内に戻ってきて感慨無量に浸り……
「輝け! 俺の小宇宙よ! 今こそ奇跡を起こせ!」
右腕に装着すると天高らかに腕を掲げて、小宇宙を今出来る最高潮にまで燃焼させながら叫んだ。
邪神大戦では第七感──セブンセンシズ──にまで目覚めた光牙、その小宇宙は光と闇の二つを併せた色を湛えていた。
聖衣石(クロストーン)が光を放ち、ペガサスを象るオブジェが光牙の頭上へと顕現する。
「来い、俺のペガサス!」
光牙の闘う意志と小宇宙に聖衣が応え、各パーツに分解されると腕にアーム、脚にフットが腰にウェストが胸にチェストが肩にショルダーが、そしてヘッドが頭に装着された。
前より形状を大幅に変えており、各部にクリスタルのパーツが付いている。
「これが俺の新生ペガサス聖衣……か。スゲーぜ!」
「高が青銅聖闘士(ブロンズ)風情が、聖衣を纏った処で俺の敵には為らん!」
星砕(スタークラッシャー)を振り回しながら叫ぶタルヴォスに、光牙は拳を向けて駆け出した。
「征っくぜ、刻闘士(パラサイト)!」
星砕(スタークラッシャー)が光牙を襲う。
それを左右に素早く動きながら躱すが、タルヴォスの攻撃も筋肉達磨が振り回す巨大な鉄球は、鈍そうなイメージがあるのに存外と速くて、遂には光牙の身体を捉えた。
ドガンッ!
「ああっっ!?」
吹き飛び、背後の大岩に罅を入れながらぶつかった光牙を見た昴が絶叫する。
だが然し光牙は腕を十字に組んで、星砕(スタークラッシャー)による攻撃を防御していた。
「な、なにぃ!?」
「流石は新生聖衣、傷一つ付いてないぜ! シエスタさんには感謝だな」
ペガサスの聖闘士は代々がフットワークの軽さを、素早さを身上とする。
しかも光牙は瞬動術を修めているが故にか、単純なマッハ──音速──なだけではないスピードを誇り、もう星砕(スタークラッシャー)に狙わせない。
「チィ、まったくちょこまかとウゼー奴だぜ! 神殺しのペガサス!」
「テメーも神殺し神殺しと煩いんだよ! 俺はアテナの聖闘士、ペガサス光牙! それだけだ!」
叫びながら拳を揮う。
「ぐおっ!? がはっ!」
タルヴォスの顔面に左右から拳を叩き付け、蹈鞴(たたら)を踏ませる光牙。
「グホォォッ!」
先程の御返しだと言わんばかりに腹パンを喰わせ、大きく後ろへ吹き飛ばす。
「俺の白き光の小宇宙よ、黒き闇の小宇宙よ!」
決して混ざり合わぬ光と闇の小宇宙……右手に光の小宇宙を集めて左手に闇の小宇宙を集める。
「混ざりて一つになれ!」
その二つを融合させると爆発的に小宇宙が高まり、更なる力の向上を促した。
更に光牙の両腕が特殊な軌跡を描き始める。
「あ、あれは!?」
「あれは光牙の両の拳が、ペガサスの一三の星座の星を描いているのだ!」
昴の発した疑問に辰巳が懇切丁寧答えた。
そんな辰巳はといえば、シエスタのヒーリングを受ける事で、先程のダメージを快復させている最中。
「ユート様やフィアが使う際にも、あの予備動作を行っています。つまりあれはペガサスの必殺技」
ヒーリングを掛けつつ、顔は戦闘を見るシエスタも説明をする。
「ウオオオオオオオッ! ペェェガァァサースッッ! 鉄金隕石(アイアンメテオ)ォォォオオッ!」
「喰らえ、タルヴォス! ペガサス流星拳っっ!」
ペガサス流星拳──それは聖闘士の闘技としてみれば基本的なモノ、つまりは唯ひたすらに拳を揮う事に特化した技だ。
勿論、今は属性といった邪神の力に合わせた新しい小宇宙の在り方もあって、光、闇、火、水、風、地、雷、氷の八属性を乗せて、各々が個性を持った必殺技に昇華させてもいる。
光牙の属性は光と闇。
それを融合した混沌こそ邪神大戦を仕組んだ存在、這い寄る混沌と闘うに能う小宇宙であった。
秒間一〇〇発処でなく、混沌の小宇宙で増幅されたペガサス流星拳は、それこそ数百、数千という流星そのものとなってタルヴォスの刻衣(クロノ・テクター)と肉体を貫く。
「ガハァァッ! 莫迦な、この俺が……己れぇぇぇ、ペガサスゥゥゥッッ!」
タルヴォスは天高く空を舞い頭から墜落した。
「ぐふっ!」
砕け散った刻衣(クロノ・テクター)、タルヴォスはフラフラとゆっくり立ち上がり、自分を斃した光牙を睨み付けてくる。
「くそ、よくも……覚えていろ神殺しのペガサス!」
悔しそうに捨て台詞を吐くと、刻衣(クロノ・テクター)の特殊機能の一つ、位相転移を使って退いた。
「消えた……」
呆然となる光牙の呟きが虚空へと溶ける。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
其処はいまだに聖闘士達は知らない、女神パラスの居城となる場所。
肉体の小ささに比べれば大きいベッドに眠るのは、褐色の肌を簡素な白い衣服で包む金髪の少女である。
その少女こそが新たなる敵たる女神パラス。
「これからパラス様が成長していく毎に、アテナの力は衰えていきます」
眠るパラスを見ながら、一級パラサイト天神創世剣のタイタンが呟いた。
パラスの手に巻き付いた螺旋の蛇が妖しく光る。
「パラス様が美しく成長された時こそアテナは死に、アテナを守護する聖闘士達……彼らは貴女の前に立ちはだかるでしょう。
ですが御安心下さい、貴女の愛と憎しみは、我らがお守り致します。女神パラスの下僕である我ら刻闘士(パラサイト)が!」
それは何かの誓いなのか或いは……